第七章:暗中飛躍-15
絶え間ない剣戟の音が鳴り響く。
「うぉぁっっ!?」
金属同士がぶつかり合うそのけたたましい音に混じり、怒号や唸り声、罵声が廃村に広がり続ける。
「わぁああぁぁっっ!?」
殺意が滲み、敵意が伝播し、決意と覚悟が空気を震わせる感覚が肌を撫で、刺し、神経が研ぎ澄まされていく。
そんな緊張感の中、一人の男──ティールの握る剣がアッサリ弾かれ、バランスを崩して尻餅を着きそうになる。
「おぉうらっ!!」
その隙を突こうと彼の剣を弾いた盗賊が、不恰好な構えで剣を振り下ろす。
流派も技術もあったものではないゴリ押しの剣であるものの、体重が乗った刃物を振り下ろせば容易に人の命は奪える。
それを経験上充分理解している盗賊は、口元を歪めながら何の
迫り来る剣にティールは思わず目を瞑り、両手で顔を守るように盾を作って剣を──
「すまない。遅れた」
盗賊の剣はその声と共にティールの目前で制止する。
目を瞑ったままのティールの耳には、喧騒に混じって剣を止められて不満そうな盗賊の呻く声が聞こえ、彼はそっと目を開けた。
「お……遅ぇよぉ……」
そこには盗賊の剣を小指で挟み込むようにして差し止めていたクラウンの姿があり、ティールを困り眉で見据える。
「そんな情け無い声を出すなみっともない。男なら虚勢でも良いから強がらんか」
「そうは言うけどよぉっ……。お前から誘われた短期間でそこまで上手く立ち回れねぇって!?」
「ふん。私の稽古を「完成間近の絵があるから」と言って時折拒否していたのはお前だろう?自業自得だまったく……」
基本的に、クラウンはティールの事をヘリアーテ達の様に命令したり強要したりはしない。
芸術方面や命に関わる事であれば説得や脅迫などをして言う事を聞かせたりはするが、今回のようにクラウンが助ける前提の状況ではそこまで強くは言わない。
故にこうして屁っ放り腰を晒してしまっているわけだが……。
「第一自分だけヌクヌクしたくない云々と言ったのはお前だろう?ならもう少し気張りなさい」
「わ、分かってるよ……。でも──」
「さっきからごちゃごちゃウルセェぞクソガキ共ッッ!!」
ティールの言葉を遮り叫んだのはクラウンに剣を止められたままであった盗賊。
実は先程からどれだけ力を込めて押し引きしても剣を離してくれないクラウンへ殴る蹴るを見舞い続けていたのだが、一切微動だにしない彼にいい加減嫌気が差し、到頭怒鳴り声を上げたのである。
「おっと、忘れていた……。ほらティール、早く立ちなさい」
「お、おう……」
少しだけ神妙な顔になったティールはゆっくり立ち上がると、辺りを見回して弾かれてしまっていた剣を拾い上げ、不恰好ながらも盗賊へ構える。
「良いか、稽古を思い出せ。焦らず相手の動きを観察し、隙を逃すな」
「わ、分かった」
「よし。では……始めっ!」
クラウンは小指で受け止めていた剣を力尽くで動かし、そのまま放るようにして盗賊ごとティールの前へと突き出す。
訳も分からないままティールの前に躍り出た盗賊は一瞬クラウンを鋭く一瞥したが、彼の殺意漲る笑顔に気圧されティールに向き直る。
「へ、へへへ……。兎に角コイツを殺しちまうか……」
下卑た笑いを浮かべた盗賊。そんな盗賊に冷や汗をかきながらティールは相手の剣の動きを見逃さぬようジッと睨み付ける。
(……本来なら、ティールには後方で大人しくして貰いたかったんだがな……)
クラウンの当初の予定では、ティールは戦時中では安全な場で大人しくしてもらう予定であった。
魔力も直接戦闘力も一般人並みであるティールが戦場に出れば十中八九生きては帰れないだろう。盗賊相手に苦戦するのだ、無理もない。
だからクラウンはティール、そしてユウナをなるべく安全圏に近い場所に居てもらうつもりであったのだ。
しかし状況が変わったのだ。アヴァリの記憶を覗いて……。
(あんな〝面白い物〟があると知ってしまった以上、無視するのは愚行だ。それに〝それ〟を利用すればティール自身の飛躍的な成長に繋がる筈……。ならば実行しないわけにはいかない)
勿論、ティール自身が今の非力な自分を変えたいとクラウンに稽古を願い出たのがきっかけではある。
だがクラウンにとっての決め手はどちらかと言えばその〝面白い物〟の存在が大きい。仮にティールからの願いだけであったら、彼は大人しくしているよう説得していただろう。
(ティールの才能は素晴らしい。今のままでも充分なくらいだ。だが今以上にその才能が伸びる可能性があるのであれば、私はそれを見逃す事など出来ない。アイツの為……そして私自身の為……)
故にクラウンはティールが戦場でも簡単には死なないよう、最低限の自衛力の鍛錬と命を奪える覚悟を鍛える機会を作った。
それが、今現在のティールが置かれている状況である。
(コイツには頑張って貰わねばな)
背後から来る盗賊達の攻撃を無感情に躱しながら、クラウンはティールの
「ふぅーーっ……」
ティールは剣を真正面に構え、目の前に居る余裕綽々な笑いを浮かべる盗賊の動きを一挙手一投足見逃すまいと鋭く見据える。
剣同士での盗賊との実力差はティールの方が劣る。と、言ってもティールが特別弱いわけではない。
数少ないとはいえ一応クラウンから稽古をつけてもらってはいるし、魔法と比べればまだマシな動きも出来る。
だがそれだけで犯罪と暴力を
(とにかくっ! クラウンが言ってたみたいに動きをしっかり見て攻撃を一つ一つ確実に……来るっ!)
色々と考える暇も無く、盗賊はティールを鋭く睨むと剣を振り上げながら大きく前へ踏み込んで来る。
ティールは迫る剣圧の恐怖を根性で耐えながら振り下ろされる刃をギリギリまで見極める。
(ここだっ!)
眼前にまで迫った刃を、剣を一文字に構えて盾にし防ぐ。
(今っ!)
そして間を置かず一文字にしていた剣を傾けて斜めにし、体重の乗った一撃であった盗賊の剣を刃の上で滑らせる。
「うおぉっ!?」
思わぬティールの捌きに対応し切れなかった盗賊は、滑らされた剣に連れられてバランスを失い身体を大きく傾ける。
(ここでっ!)
盗賊がバランスを崩したのを確認したティールは、斜めにしていた剣をそのまま振り上げ、ガラ空きの背中に狙いを定める。
(い、まっ……)
後は剣を振り下ろすだけで決着する。
刃で背中を切り裂き、そのダメージで倒れ伏した盗賊にトドメを刺し、命を奪える。
しかしその現実を直視してしまったティールは、一瞬ではあったが思わず振り上げた手を硬直させてしまう。
「ティールっ!」
クラウンに声を掛けられハッとしたティールは
だが。
「素人がっ!!」
剣を振り下ろすのを躊躇ったティールの僅かな隙を逃さなかった盗賊は、剣を振り上げた事でガラ空きになった彼の腹部へ拳を叩き込む。
「がはっ!?」
鈍い痛みが腹部から全身へ走り抜け、まるで感電でもしたかのように一瞬だけ意識が霧散するティール。
彼はその痛みと腹部圧迫によって図らずも肺から空気が抜けてしまった事でそのまま後ろへ退がってしまい、今度は盗賊に隙を晒してしまう。
「調子に乗りやがって……。死に晒せやクソガキがぁぁっっ!!」
歯を剥き出しにし、鬼の形相で再び剣を高く掲げた盗賊は、勢いのままにティールの頭へと剣を叩き込まんとする。
「……俺は──」
──キィィィンッッ!!
「──ッッ!?」
唐突に頑強な何かに金属がぶつかったような音が空気を震わせる。
盗賊の振るった剣が何か硬い物にぶつかり、弾いたのだ。
「俺は剣士じゃない……。弱っちいけど、魔術師なんだよ」
ティールの頭上に一枚の分厚い石板が宙を浮いていた。
今まさに彼の頭を切り裂こうとしていた剣はその石板によって受け止められ、盗賊の刃を弾いたのだ。
「……ちゃんと、しなきゃな」
剣を弾かれ、仰け反ってしまった盗賊は腹部を大きく晒していた。
ティールは剣を脇で構えると、そんな隙だらけの盗賊の腹部へその切っ先を勢いよく突き出す。
切っ先は盗賊の腹部に吸い込まれるように食い込んでいき、皮膚を裂き貫き内臓を巻き込みながら背中へと刃を貫通させる。
「がぁぁああぁぁッッ!?」
貫かれるのとほぼ同時に盗賊は苦痛の声を上げると、それに抵抗しようと剣を放り投げて手が切り裂かれるのを覚悟で両手で刃を掴み止めようとする。
「ぐっ……ぞがぁぁぁああああっ!!」
「させるかぁっ!!」
ティールは腹部へ貫通したままの刃に上から体重を全力で掛け、傷口を大きくしていく。
「ぐぅうぅぅ……がはっ!?」
何とか堪えようとしていた盗賊だったが、素手で刃を止める事など常人に出来るわけもない。
痛みのせいで力がまともに入らず、虚しくも刃はティールの体重が乗った影響で更に食い込んでいき、傷口から止めどなく溢れ出す。
「く……そ……」
激痛によってギリギリ意識を保っていた盗賊であったが、そこに急速な失血が加わった事で意識が掠れていき、力が抜けていく。
そしてそのまま握っていた剣からも力が抜けていき、盗賊はとうとう膝から崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐くティール。
現状を上手く頭が整理出来ず、腹部から剣を生やしたままの盗賊をただ呆然と眺めていると、背後からそっと肩を叩かれる。
「……お疲れさん」
クラウンの労いの言葉に首だけを振り向かせ、ティールは薄く笑って「ああ、うん」とだけ返事をする。
「ははっ……。やれば出来るんだな。うん……」
「いや。残念ながらまだだ」
「え?」
目を見開いたティールを他所に、クラウンは盗賊の腹部から剣を引き抜くとそれを彼に渡し、盗賊を倒れ伏すのを見遣る。
「お前の手で、ちゃんとトドメを刺すんだ」
「はぁっ!? トドメ、って……」
「確かにこのまま放置すればそう時間を要さずにコイツはその内死ぬだろうな」
「だ、だったら──」
「だが死なない
「そんなの杞憂だっ! 考え過ぎだろっ!?」
「ああそうだな。だがそんな杞憂も、コイツにしっかりトドメを刺せば済む話だ。難しい話じゃない。それに……」
クラウンはティールの背中を押し、盗賊の顔が良く見える場所に持って行き、その顔を見るよう促す。
盗賊は未だ絶命しきれず、失血で青白くなった顔には苦悶の表情を浮かべており、ティールはそれを見て改めて自分の所業の何たるかを再確認する。
「うっ……」
「お前がこのままトドメを刺さなければ短い時間とはいえコイツは苦しみながら死ぬ。お前はそれを
「……俺、は」
ティールは数秒だけゆっくり目を瞑り、深呼吸をしてから覚悟を決めたように目を開け、剣を掲げる。
両手で柄を握り、切っ先を真下へ向け盗賊の喉元に狙いを定め、そして……。
「……」
ティールはその場にしゃがみ込む。
血に濡れた剣は彼の隣で転がり、血と汗によって舞い上がった砂煙が付着し、汚れていた。
「……馬車まで送ろう」
そう言うとクラウンは同じようにしゃがみ、彼の肩に手を掛ける。
「……帰ったら──」
「ん?」
「帰ったら何か美味いもん食わせろ」
「ふふ。ああ、存分に食わせてやる」
「それと何か新しい作品に使えそうな材料を用意しろ。出来れば彫像に使えるようなヤツだ。最近、少しマンネリなんだ」
「構わんぞ。用意しよう」
「後は……いや。後で考える……」
「そうか。ゆっくり休みなさい」
クラウンはティールに笑い掛けると、そのままテレポーテーションで転移していった。
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