第三章:欲望の赴くまま-9

 一通りの説明を受け、私は改めて床に広げられた《解析鑑定》の封じられたスクロールに向き直る。そしてそのまま片膝立ちになり、スクロールの〝証〟の上に手の平をかざし、目を閉じて集中する。


 イメージとしては全身に流れている魔力を、翳した手の平の一点に集約させる。そして集約させた魔力をまずは少しずつ少しずつ……細い糸を垂らす様に〝証〟に注いでいく。


 すると〝証〟はその淡い光量を増していき、店内中を照らし始めた。


 増した光が一定に達すると、そのタイミングで少しずつ注いでいた魔力を今度は一気に注ぎ込む。


 その瞬間、スクロール全体が震え始め、〝証〟以外の文字の羅列も光り出しゆっくりと文字が溶ける様にその形を崩していく。崩れた文字はそのまま〝証〟へと吸い込まれると、〝証〟は更に光を強めた。


 さあ、ここからだ……ここからが正念場。このままスクロール全体の文字の羅列が全て〝証〟に吸収され終えた後、更にその〝証〟そのものが私の魔力の糸を通って私に届く。それで習得完了だ。


 私は集中力を更に高めていく。決して油断せぬよう、一縷のブレも許されない。


 とそうやって少しずつ〝証〟に魔力を注いでいくと、唐突に繋がっている魔力の糸が乱れ始め、コントロールが途端難しくなる。


 まるで正しい航路を進もうとしているのに荒波や暴風が船を全力で揺さ振り、航路から外させようとしている様な、そんな困難な操作感。


 ただ注いでいるだけでは駄目だ。恙無つつがなくスキルを習得するには、この糸を決して途切れさせる事なく、且つ安定した操作が要求される。


 己の神経に感じる僅かな感覚を頼りに微調整を繰り返しながら習得が終わるまで維持せねばならない。


 だが、それでも初見の私がここまでやれているのには若干違和感がある。成功率0.2パーセントと言われている様な難易度のわりに順調過ぎる。いかに私が所持しているスキルに習得率補正があるとはいえ、これだけで本当に?


 そう思い起こした瞬間、突如として私の魔力コントロールが大きく乱れ始める。


 私は多少油断し始めていた思考を全てコントロールに集中させ、全力で制御に掛かる。しかしその乱れは一向に改善されず、いくら工夫を凝らしても一切改善されない。


 一体どういう事だっ!? 先程まで出来ていたコントロールがまともに出来ないっ!? いくら正しい道に戻そうとしても、まるで他人の手によって意図的に糸を無理矢理引っ張られている様な……全力で邪魔されている様な異様な感覚。


 まさかこの場に私のスキル習得を邪魔する者が……いや──


 私は集中力を乱さぬよう細心の注意を払いながら左右で私を見守る二人を目端で見る。


 ……恐らくそれは無い。父上は期待の眼差しをくれているし、メルラだって未だにその目をキラキラさせながら撮影をしている。そんな二人が私を邪魔する意味が無い。


 となると他に誰かが潜んで私を邪魔している可能性もあるが、そもそも私達の行動を邪魔する奴がいるなど考え辛い。


 生後五年の幼児である私をそこまで警戒している者が居るなど道理ではないし、私が《解析鑑定》を習得して都合の悪い者など現段階ではいない筈。誰かに恨まれる生き方を私はまだした覚えはない。第一それを阻止したいのなら私が習得を始める前に止めに入るのが妥当だ。


 という事は、この妨害されている様なコントロールの乱れは外的要因では無い? となると、では何が……。


 そこまで考えた瞬間、遂に乱れは取り返しが付かない所まで乱れ、コントロールが振り切れてしまい魔力の糸が切れる。


 しまったな、接続が切れたか。まさかここまで厄介だったとは……。流石、0.2パーセントは伊達ではないという事か……。今回は失敗……。


 ……。


 ふと、習得に失敗したであろうスクロールに視線を移してみる。


 そこには〝証〟と、それに吸い込まれようとしていた文字の羅列が徐々に中空に溶け出し、魔力となって霧散しようとしていた。


 すると、スクロールの上に何か違和感というか、不思議な光景が見えたような気がした。


 私がそれに目を凝らすと、霧散し始めた魔力が〝証〟の上で対流し、何かの形に若干浮かび上がって見えた。


 これは……手?


 それは人間の手に見えた。霧散した濃度の高い魔力が対流に晒された事により本来見えない筈の〝何か〟が僅かに見えたのだ。そんな幻覚だと決め付けてしてしまいそうな光景に、私は直感する。


 まさか……これか? 私の魔力のコントロールを邪魔していたのは、この手なのか?いやしかし、ならばこの手は一体…….。


 その手はまるで、このスクロールを──《解析鑑定》の〝証〟を守る様に掌を突き出し展開されていた。そう守る様に、だ。


 ……事情は知らない。だが恐らくこのスキルには僅かながらに〝自我〟の様なモノが存在するのだろう。強力なスキルには得てしてそんな〝自我〟や〝意識〟のような物が存在すると、以前に何かの本にそう記されていた。


 今回の場合、このエクストラスキル《解析鑑定》の力が強く、比例して宿る〝自我〟も強かったのだろう。もしかしたら以前の持ち主では無い私を拒絶してしまっている可能性もある。


 この推察が合っているのかは分からない。だが、その手がなんなのか。また何故こんなにも習得率が低いのかはおおよそ察しがついた。


 さて、失敗してしまった。そう、一回目はである。


 正直な話。私は一回目で成功するなどはなから考えていなかった。


 私は最初その異常な成功率の低さから、何かしらの要因が絡んでいるのでは無いかと推察した。でなければ同じエクストラスキルのスクロールで成功率にここまで格差が生じるのは流石におかしい。


 だがいくら考察し推論を並べようともそれは決定的な解決にはなり得ない。


 そこで私は取り敢えず試してみる事にした。一回試してみて、その要因を探ろうと考えたのだ。


 一回目でクリア出来れば万々歳だったのだが、流石はトップクラスで習得率が低いだけはある。その可能性を一切感じさせなかった。


 そしてその要因がなんなのか、漠然とだが把握した。


 後はその要因を排除しながらスキルを習得する。それだけである。


 しかし、通常スクロールでのスキル習得は一回限り。一度失敗してしまえば今起こっている様に送り込んだ魔力ごと封じられたスキルが霧散してしまう。


 こうしている間にも、目の前のスクロールからは魔力が霧散し続けている。


 だがしかし。私にはまだ、チャンスが残されている。


 ふふふ。五年間待たせてしまったな。だが漸く、その権能を思いのままに解放させてやる時が来た。さあ遠慮はいらない、全てを奪い取ってしまえっ!!


 ユニークスキル《強欲》発動っ!!


 追加で魔力を注ぎ込み、強制的に二度目のスキル習得を開始するっ!!


 私はそれと同時に既に不可視になってしまったスクロールの手を両手で無理矢理押し付ける。


 抵抗など許さない。私はお前が欲しいんだっ!! どんな事情があろうが知った事かっ!! スキルならスキルらしく、私に有益に使われろっ!!


 私はそのまま魔力を無理矢理注ぎ込む。不可視の手もこちらに抵抗の様子を見せるが、魔力が注がれるにつれその力は弱まっていく。


 すると、魔力の糸を通じて私に少しずつ何かが流れ込んで来るのが感じられた。


 それは一種の記憶の様なモノ。犯罪者としてスキルを奪われ、そしてスクロールに封じられたスキルの記憶。それはまるで引き剥がされた親子の様に悲壮感まで伝わってくる。


 そうかそうか成る程。で?だからなんだ?私の知った事ではない。


 私は強欲のままにそれらを全て飲み込み、奪い去って行く。それだけだ。さあ、さっさと観念して、私のモノになってもらおうかっ。


 そのままの勢いで私は更に魔力を注いで行く。最早不可視の手など抵抗出来ずに崩れて行き、〝証〟と共に私の中に集約されて行く。


 そうして漸く、目の前のスクロールから無数にあった文字列と〝証〟が消失し、その全てが私の中に取り込まれた。

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