第三章:欲望の赴くまま-8

 ……何?この場で、だと?


「この場で習得って……なんだ、そんな事で良いのか?」


「ええそうよぉー♪。ただしっ!! その様子をぉーっ──」


 そう言いながらメルラは店内の奥にあるスクロールの山に埋もれた棚に手を突っ込み、何やらゴソゴソと探し始める。


 そうしているとメルラは何かを見付けたようで、それを勢い良く両手で掲げる。その手に持っているのは……カメラ?


 それは私が知る限りで、カメラの形をしているように見えた。しかもデジタルどころかアナログでも無く、形状はポラロイドカメラに似ている。違いがあるとすれば、本来写真が出てくる口が無く、代わりに小さな丸い穴が空いている。


「義姉さん、それは?」


「これはねぇぇー、最近手に入れたもので「動映晶機どうえいしょうき」って言う道具なのよぉー♪ なんとなんとこの道具っ!! 目の前の風景をそのまま切り取って記録として保存出来る優れ物なのでぇーすっ!!」


 ……成る程。見た目はカメラだが機能は写真撮影じゃなくて映像記録なのか。だがしかし、この世界の文明レベルでビデオカメラ?なんでそんなオーパーツめいた物が……。


「おおっ!! それはまさか、かの有名な「王国最高位魔導師フラクタル・キャタピレウス」氏が考案製作したとされる道具ですかっ!?」


 ……王国最高位魔導師?


「ふっふっふぅ♪ そうよぉー、これはその試作品の一つなのっ! 手に入れるのに苦労したんだからぁーーっ!!」


 そんな話で盛り上がる二人だが、私としてはそのカメラよりも先程出て来た「王国最高位魔導師フラクタル・キャタピレウス」の方が気になる。屋敷にある魔法関連の書籍に度々名前を見掛けていたが、メルラはそんな人物と繋がりがあるのか?


 それならば是非お近付きになりたいのだが……。いや、今は取り敢えずそれは置いておこう。


「それは素晴らしいですねっ!! それで義姉さん、その動映晶機で一体何を?」


「ふふんっ♪ それはねぇ、今からこの道具でクラウンが《解析鑑定》を習得する様を記録に残すのよっ!!」


 メルラは動映晶機を片手に右手人差し指を突き立ててこちらに差してくる。


 つまりは私のスキル習得の一部始終を撮影したいというわけか。一体何の為に?


「それは……、一体何の目的で、そんな事を……」


 私同様に訝しむ父上。それもそうだ。ただでさえメルラを警戒していた父上がそんな意味の分からない要求に対して訝しまない道理がない。


 だがそんな警戒する父上に対し、メルラはワザとらしく妖しく笑って見せる。


「ふふんっ♪ それはねぇ、その様子を記録にして宣伝材料にしてお客さんに見せる事で集客率を上げる為よっ!!」


 ……成る程。世の中は世知辛い。例え領主の親族だからといって楽出来る訳ではない。ましてやこんな裏路地に店を構えていては、マニアな者しか来ないだろう。繁盛など、するわけ無い。


 店の繁盛に繋がるなら手伝うのもやぶさかではないが、流石に私自身の姿を宣伝に使われるのは具合が悪いな。他の事なら手伝っても──


「集客率? 貴女が? この店で? 何をバカな事を……。大方甥っ子の活躍する様を記録に撮って独り占めする。そんなところでしょう?」


「ぐぅぅ……。な、なんのことかしらねぇ……」


 ……心配した私が馬鹿だった。そもそも目の前に広がるスクロールの山を見て気付くべきだった。これだけの量のスクロールを扱えている時点でこの店が客に困っているわけが無いのだ。


 それに今まさに手にしているカメラだって一般的な代物でないのなら値段も相応に高くなる。それを鑑みても、経営の余裕を表している。


「はあ……。まったくこの人は……。クラウン、どうする?」


「宣伝には使われたくありませんが、メルラが個人で所有するなら、構いません」


「よっしゃぁぁっ!! それじゃあちょっと待っててねぇっ! 今スクロール持ってくるからっ!!」


 メルラはその勢いのまま、スクロールで埋め尽くされた狭い店内を器用に走り抜け、奥の階段を軽快に上っていく。まったく騒がしい人だ。


 それから暫く私達は店内で待ち惚けていると、階段から疲労困憊の様子でメルラが下りてくる。その外見は全身ホコリまみれで、見ているだけで鼻がむず痒くなってくる。


「お、お待たせぇー……」


「随分と汚れていますね。何をしたら屋内でそんな汚れるんですか……」


「えぇ……ほ、ほらぁ、《解析鑑定》なんて希少価値の高いスクロールなんて滅多に引っ張り出さないものぉー。たまぁーに手入れするくらいで奥に大切に仕舞い込んじゃったら、ねぇ?」


 そう言いながらヨタヨタと頼りない足取りのメルラが抱えていた一枚のスクロールを私に差し出してくる。そのスクロールは目の前の山積みになっているスクロール群とは違い、かなり凝った装飾が散見された。


 私はそのスクロールを受け取り、その全容を見回す。


 まず通常のスクロールとは羊皮紙の質がかなり違った。素人の私が判るレベルで丁寧に作られたそれは、縁取りとして赤く箔押しがされている。スクロールの表紙には様々な紋様と文字の羅列で埋め尽くされており、中央にはエクストラスキル《解析鑑定》を示す〝証〟が赤々と淡く光を発していた。


 例えるならそう、日本の御朱印に似ている。私も前世では津々浦々の神社、寺院を周り集めていたものだ。この世界にも、そういった物は存在したりするのだろうか?


 ……おっと、また話が逸れた。今はこのスクロールに封じられた《解析鑑定》の習得に専念せねばな。


「クラウンよ、やり方は分かっているのか?」


「あ、いえ。知識としてはあるのですが……」


「あらっ、なら私が教えてあげるわぁっ♪ 大丈夫っ!! 何も難しい事はないわよぉぉ♪」


 そう言い私達は早速スクロールでのスキル習得の準備に取り掛かる。準備といっても本当に大した事はない。平たい場所にスクロールを広げ、使用者が〝証〟の上に手をかざして魔力を送り込む、ただそれだけだ。


 今回はエクストラスキルの習得という事で成功失敗に関わらず万が一何かが起きた場合に備えて床に広げて習得を行う事とした。


「魔力の注ぎ方は分かるぅ?」


「いえ、教えて頂けますか?」


「勿論よぉっ♪」


 メルラは私の役に立てて余程嬉しいのか、嬉々として私に魔力の注ぎ方を教えてくれる。魔力とはそう、世界中に循環している目には見えない純粋な〝力〟の奔流。


 私達知的種族は、そんな魔力を体内にも循環させ、様々なスキルを行使する事が出来る。魔法もその一環だ。


 私達人間の身体には「魔間欠」と呼ばれる〝ツボ〟の様な物がいくつか存在し、魔力はその魔間欠を基点として全身を巡っている。


 今回はその全身に流れている魔力を手の平にある魔間欠を通してスクロールに流し込むといった方法だ。その際全身を巡る魔力を操る必要があるのだが、これは案外簡単にこなせる。それこそ赤ん坊が自然と歩けるようになる様に、気付いたら出来ている物なのだ。


 だが私の場合は赤ん坊の頃から自我と記憶を有していたのもあって、意識してコントロール出来る様にならなければならず、幼少期はかなり四苦八苦した。


 だがその甲斐あって魔力のコントロールはかなり上達し、下手な同年代よりも寧ろ精度は高いまでに成長した。故にスクロールに魔力を注ぐのなど朝飯前なのだ。


 だが万が一スクロールからの習得に間違いがあってはいけない。取り敢えず一から教えて貰おう。


 超が付く程の稀少なエクストラスキルだ。念には念を。慎重に慎重を重ねて挑まねばな……。

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