第三章:欲望の赴くまま-7

 私に跳び付き、全力で頬擦りして来る人物のお陰で一瞬混乱した私の理性はその制御を取り戻した。


 取り戻したのは良いのだが、果たして未だに私に頬擦りをし続けるこの女性は一体誰なのだろうか? 店主ではあるのだろうが、何故か妙に親しげな……。


「義姉さんもうその辺にして下さい。息子が困惑しています」


 ……義姉さん?


「えー、良いじゃなぁーいっ!! 漸く会えたのよぉーっ!? そもそも貴方が全っ然っ会わせに来てくれないのが悪いんじゃなぁーいっ!!」


「誕生会には誘いましたよ? 来なかったのは義姉さんじゃないですか」


「えぇー。だって、ココからお屋敷まで遠いじゃなーい……。面倒よそんなのぉー」


「そんなんだから息子を会わせたくなかったんですよっ!! 息子が貴女の真似なんてし出したらと思うとねっ!!」


「えぇーーっ!? それ酷くなぁいぃー!?」


 あー、成る程。私が質問するまでもなく状況は理解出来た。


 この店の店主であるこの女性は父上の義姉、つまりは母上の姉であり、私の伯母にあたる人物なのだろう。言葉端から察するに母上とは似ても似つかない雰囲気だが……。まあ、私と姉さんの例もある。兄弟姉妹は割とこんなものなのだろうな。


 それよりも取り敢えずは挨拶だな。一応親戚なわけだし。


「初めまして伯母様。私、父であるジェイドの息子。クラウンと申します」


「アラぁーっ! これまた随分と畏まった挨拶をするのねぇー? これは両親の厳しさの賜物なのかしらねぇー?」


「イヤらしい言い方をしないで下さいっ!! この子は喋れる様になった時から教えなくても割とこんな感じでしたよ。最初は私達もちょっと困惑しましたがね……」


 ふむ。そうだったのか。赤ん坊の頃から両親の立派な姿を見て感心していた私は喋れる様になった時に今の喋り方をしてしまっていたが、まさか訝しまれていたとは……。


 老人から転生してしまった弊害とでも言うべきか……。まあ、今更だ、さほど支障は無いだろう。年月を重ねる毎に違和感は無くなるだろうしな。


「それよりも、息子が挨拶したのですから早く返してあげて下さい。無作法ですよ」


「ふふふっ、それもそうねぇ」


 そう言って抱き着いた私から漸く離れた彼女はその場でクルリと一回転し、手を後ろに組んで前屈みになりながら私に顔を突き出して来る。


「初めましてぇーっ! 私はさっきの会話の通り、この人の義理の姉にして貴方の母親の実の姉。そしてこのスクロール屋の店主──メラスフェルラ・マグニフィカ。気軽に〝メルラ〟って呼んでちょうだいっ♪」


 わざとらしい仕草しながら明るい声音と表情を見せてくれるメルラ。


 母上の姉なだけあってかなりの美人だ。母上に似た黒髪と病的な程に白い肌。性格は似ても似つかないが、身体的特徴だけ拾えば彼女が母上の姉なのだと実感出来る。


「まったく義姉さんは、いい歳してなんですかその乙女の様な仕草は?少々見苦しいですよ」


「アッラ、まぁ、失礼ねぇーーっ!! 私の心は昔から変わらず乙女のままよぉっ!? お客さんにだって好評なんだからぁっ!!」


「はいはい……。まったく、だから連れて来たくなかったのだ……。いいかクラウン? ああいった娘が居たとしても好いたりしたらイカンぞ? 苦労するのが目に見える」


「あぁーーひっどぉいっ!! 男尊女卑よ男尊女卑っ!! それにその子の趣味を貴方が押し付けないのっ!! 歪んじゃうわよっ!!」


「押し付けはしていません。忠告です。第一男尊女卑は違うでしょう義姉さん……」


 ふむ。安心して欲しい父上。失礼を承知で思うが、余程な状況でない限りこういったテンションの子が居たとしとも多分好きにはなれない。人としては兎も角、異性としての対象にはならないだろう。


 老人を経てしまったせいか、精神性が幼いとどうも異性としてより無邪気な子供を見ているような気分になってとてもとても……。


「そんな事より義姉さん。私達がわざわざ貴女の店に来たのは息子を見せに来た訳ではありません」


「えぇーーっ……。じゃあなんの用なのよぉ……」


「なんの用って……。ここは何の店ですか?」


「スクロールの店よぉー、って……え? まさかスクロールを買いに来たの? わざわざここの?」


「そうですよ。さっきから言っているじゃないですか。……実はこの子が今日誕生日なんです。ですが、この子が欲しがるスクロールが少し珍しい物でして」


「あぁー……成る程ぉ……。それでウチに……。それで、なんのスキルのスクロールなの?」


「……《解析鑑定》です」


「……はい?」


 その場の空気が少し固まる。メルラはゆっくり父上に先程の穏やかな雰囲気を一変させ問い掛けるような視線を向けた。


 それを受けた父上はゆっくりと頷き、それを確認したメルラは小さく溜め息を吐いて踵を返す様に背を向ける。


「まあまあ。随分とまあ、エライ代物を探しているのねぇ……。成る程成る程。だからウチに……うむうむ」


 メルラはその場で楽しそうに呟きながら店内をゆっくり歩き回る。思案しながら、何度も何度も頷きながら歩き回り、たっぷり時間を使ってからこちらに再び振り返る。


「希少価値やら難易度やら値段やらは当ぉ然っ、把握しているのよね?」


「ええ、その上で私達は《解析鑑定》のスクロールを探しているのです。義姉さんの店になら、と」


「そうねぇー。そうでもなきゃ、貴方が私のお店になんて来ないわよねぇぇ?」


 わざとらしく嫌味な言い方をしながら父上を睨み付けるメルラ。そんな視線を受け父上も表情を曇らせるが、その視線からは顔を反らさない。そういう所を、私は尊敬しているのだ。


「ず・い・ぶ・ん・とっ。図々しいんじゃなぁいぃぃ?」


「う、埋め合わせはします。ですからクラウンに……。どうか……」


「……ふーーん」


 メルラはまるで父上の心の内を覗き込んでいるように瞳孔を開きながら睨み続ける。


 そんな視線にも父上は目を背ける事はなく真っ直ぐメルラのそんな見透かしたような目を跳ね返し続け、決して怯む事はない。


 するとメルラは唐突にまた表情を明るい物へと変化させ、父上の鼻先に指を突き立て軽く小突いてから悪戯な笑みを浮かべる。


「ふふふ。まあ、いいわ。……あるわよ? エクストラスキル《解析鑑定》のスクロール。確か誕生日プレゼントだったわよね?なんならタダにしてあげても良いわよぉぉ?」


 おおっ、あるのかっ。夢にまで見た《解析鑑定》が……。これは重畳っ。……しかし、タダだ、か。そんな都合の良い話があるわけなど──


「本当かっ!? それなら助かるっ!! それでは早速っ!!」


「待った待った待ったぁぁっ!! た・だ・しっ!! 条件がありますっ!!」


「じょ、条件だとっ!? ま、まさかお前、息子に無理難題を押し付ける気かっ!?」


 目をカッと見開き、庇うようにして私の前に盾になる様に父上が立ち塞がる。


 そんな父上の行動に少しだけ感動を覚えるが。それはそれとしてやはりそんな旨い話などあるわけが無い。


 だが《解析鑑定》は稀少なスキル。貿易都市であるカーネリアですらこの店以外に無いとなると最早次を見付けるのはかなり難しいだろう。


 しょうがない。なんなら多少無理な条件でも我慢して──


「何言ってるのよぉーーっ!! 可愛い可愛い甥っ子にそんな酷い事するわけ無いでしょぉぉーーっ!? 一体私をどんな風に見てるのよぉぉーっもぉーーっ!!」


 そう叫びながら顔を真っ赤にするメルラはその場で地団駄を踏みながら子供っぽく頬を膨らます。


「……いい歳して流石にその仕草は無理が……。というか義姉さん。私達は一応、買う側と売る側の立場の筈ですよね? それなのに売る側がそんな態度で良いのですか?」


「アラ? アラアラアラアラ? 私を甥っ子に会わせず放ったらかしにして? いざ会わせに来たと思ったら目当てはスクロールで? そーんな薄情な義弟が今更そこ突っ込んじゃうんだふーーん?」


「そ、それは……」


「私は今ねー。買う側と売る側で話してるんじゃないのっ! 叔母さんが甥っ子にプレゼントしたげるって話してんのよっ!そこに贖罪の気持ちを挟んでるだけよ私はー」


「むぐぐ……」


「私は良いのよー? 平均相場金貨五十枚のスクロールをその値段以上に吊り上げて売ったって?」


「なっ!?」


「でもほら? 私達一応家族だしー? 下手に貴方虐めると可愛い可愛い妹に殺されちゃうかもしれないしー? それは流石に嫌だからこそ、私は〝ワガママ一個〟って条件を言ってるだけよー? 不満ー?」


「…………はあ。だから貴女が苦手なんだ、私は」


 ……あ、終わったか?


 取り敢えず無理難題でなければ、それならそれで安心なのだが、では一体条件とはなんなのだろうか?


「私が提示する条件……。それは《解析鑑定》を習得して貰うというものよっ!!」


 ……この場で?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る