第三章:欲望の赴くまま-6

 と、そんなやり取りを経た後に私達は今商店を巡っているのだ。


 まあ、巡っていると言っても回っているのは当然スクロール屋のみ。それ以外の店は今日は寄るつもりはない。


 因みにこの貿易都市であるカーネリアには日夜様々な品物が輸出入されているのだが、漁港が併設されている関係で特にここで漁獲された魚介類は格別に美味い。


 前世で言う所のサーモンに似た魚が特に美味く、クドくない甘みがある脂が口一杯に広がり、香辛料の香りも相まって更に旨味が──


 ……と、話が逸れたが、兎に角海が近くに在る事からその点でかなり賑わっている。そんな所を踏まえてカーネリアにならきっと希少な《解析鑑定》のスクロールがあると、思っていたのだが……。


 ……全然見付からない……。


 この都市にある全てのスクロール屋を探し回っているが一向に見付からないのだ。隣には領主である父上が居るので店主もスクロールを出し渋って嘘を吐くなどの行為は出来ないと思うのだが……まさか、な。


 しかし見付からないのも当然といえば当然か。何せ超高額で希少価値の高いスクロールだ。滅多に出回らないものがそこら辺の店でそう簡単に見付かるような事はそうそうありはしないだろう。


 何なら他に見付けた者が居て、先に買われてしまったかもしれない。超高額とはいえ希少なスキルを内包しているのだ。一期一会と感じ大枚を叩く者が居ても不思議ではない。


 ……と、散々ネガティブな事をかんがえたが、流石に疲れた。


 父上にそう促し、私達は一旦休憩しようと街の中央に位置する噴水広場にあるベンチに腰掛ける。広場近くの露天にて売られていた果実水をついでに買って飲み、私は父上に疑問をぶつけてみた。


「父上、失礼は承知で申し上げますが……。店主に嘘を吐かれている……なんて事は?」


「嘘? この私に? いやいや、流石にそれは無いっ! 自分で言うのも何だが、これでも私は領主としてそれなりの貢献をこの都市にしている。その私に嘘を吐くという事はそれだけこの都市での立場を悪くするという事に他ならん。それに奴らとて商人だ。そんな愚行を冒す様な馬鹿者など……」


 そう言い張る父上だが、その顔には「まさかな」の文字が読み取れてしまう。うーむ、私もそれは考えたのだが、スキルがスキルだからな。何かしらの理由で下手をすれば隠してしまっている可能性だって無いとも言えない。それに先に出した理由もあるしな。


 さて、本格的にどうしたものか……。ん?


 と、悩んでいると父上が何か思い出した様な表情を突如浮かべる。しかし直後に苦悩する様な表情に変わり、また暫く悩み込んでしまった。


「むぅ……。あそこなら……しかしあそこは……」


「……父上、何か心当たりがあるのですか?」


 そう訊く私に父上は更に表情を曇らせてしまう。こんなに渋る場所とは一体どんな場所なのか……。まさか闇市場とかの裏稼業が支配してる様な店なんてものがあるのか?


「うーむ。いやなに。怪しい店などではないのだが、実は一つだけ可能性があるスクロール屋があるのだ。あるのだが……」


「何かあるのですか?」


「いや、なんというか……お前に余り会わせたくない奴が居るのだ」


 ほう。私に会わせたくない人物か。さぞかし面倒な奴なのだろう。それこそ領主である父上が渋るような、敵わないような……。そんな人物が居る店。だが、聞いてしまっては行かない訳にはいかないだろう。


「行きましょう父上。私としてはそのくらいの事で諦めるなど我慢なりません」


「……そうか。よし、わかった。お前がそうまで言うのなら私も腹を決めるとしようっ!」


 そうして意を決した私達は早速とばかりにその店の場所に向かう。


 後に私はこの時の判断が正解だったと満足するのだが、今の私はそんな事を知る術はない……。






 向かった場所は裏路地。狭い道を何度も曲がると、突然少し開けた場所に出る。そこには薄暗い路地を魔法の炎特有の揺れの少ない光が淡く照らし、まるで魔女でも出て来そうな威容を醸し出している。


「ここ……なのですか?」


「ああ……。まったく、風貌は一切変わっていないな。お陰で服が少し汚れてしまったよ 」


 不満を漏らす父上だが、その言葉とは裏腹に表情は少しだけ柔らかい。まるで今から古い友人にでも会う様な、そんな雰囲気だ。


 先程の苦悩しながら来る事を決意したあの様はなんだったんだろうか……。まあ、今はいいか。


「では入るぞ」


 私にそう一言掛け、父上が扉を開ける。


 店内から外の灯りと同じ淡い炎の光が点っており、次に目に飛び込んで来た物に私の視界は埋め尽くされる。


 それはスクロールの山。大袈裟でもなんでもなく、スクロールが乱雑に山積みになっており、その高さは天井にすら到達している。


 そんな山が見えるだけで五つ。小さいのも合わせれば十以上はある。乱雑さもそうだが、その量は今まで巡ったどのスクロール屋も及ばない。私はそんな光景に脳内がスパークする様な幻覚に襲われる。


 脳内でアドレナリンがドバドバ出る様な感覚。胸の内から来る抑えるのが辛い程の高揚感が私を喜びで苛んだ。


 そう、目の前に広がるスクロールの山。これが全てスキル……。私が生涯を賭けて集めると誓った人生の目標、私の強欲を刺激する存在。そんな物が目の前に、山になって、嗚呼、なんて素敵なんだっ!!


 これを……。この量のスキルを、いつか……私は……。ふふ、ふふふふふっ……。


 ……と、いかん。久々に強く欲望を刺激されて自制が緩くなっているようだな。気を付けなければ……。


 そう自覚しだした頃、店の奥にある階段から何かが降りて来るような規則的な音が響いて来ると一人の人物が降りて来る。


 眠た気な目を擦り欠伸をしながらも小さく「いらっしゃーい……」とやる気無く入店の挨拶をする。


 そして寝ぼけ眼が漸く冴え始めた頃、その人物が私と父上を交互に見るや否や表情を突然明るくさせ、私達──いや、私目掛けて猛烈な勢いで飛び込んで来る。


「わあーーっ!! やぁっと来てくれたのねぇっ!? まったくもおー、産まれてからどれだけ経ったと思ってるのよぉーーっ!! もぉーーっ!!」


 ……大変に喧しい女性だ。

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