第三章:欲望の赴くまま-5

 そう。エクストラスキル《解析鑑定》はその他のスキルや同じエクストラスキルの中でも一線を画すレベルで成功率が圧倒的に低い。


 理由は判然としないが、その一つには恐らくそもそも《解析鑑定》のスクロール自体が余り出回っていないのが関係していると思われる。


 スクロールが出回っていないという事は、他のエクストラスキルと比べても《解析鑑定》を習得していた人間が稀な存在だという事だろう。そんな存在自体が稀なスキルがその他のエクストラスキルと同じ成功率だとは流石に思えない。


 そんな難易度の高いと評判のスキルなのだが、今父上が唸っているのには、また別の理由も存在する。


『……クラウンよ、他のスキルでは駄目なのか?』


『はい。どうしても《解析鑑定》が欲しいのです』


『うーむ……。しかしなクラウンよ。この際成功率は置いておいてだ。そのスクロールの〝値段〟を知らぬ訳ではあるまい?』


 値段か……。この世界の貨幣は未だに金貨、銀貨等の金属硬貨による貨幣である。場所が場所なら物々交換でさえ成り立つ様な文化レベルなのだが、その貨幣価値は異世界の進んでいない文化レベルの影響で変化する。


 例えば馬車。馬車の走行距離と走行速度は牽引する馬に依存している為に容易く変わるし、なんなら御者次第でも変わってしまう、基本的には軒並み時価だ。前世のように安定していない。


 それでも無理矢理日本円に換算するとしたら──金貨が一枚で一万円〜一万五千円。銀貨なら千円〜千五百円。銅貨は百円〜百五十円。そしてこの世界ではかなりの産出量を誇るらしい〝鉛〟を使った十円〜十五円の鉛貨。十円未満はというとそもそも存在せず、価格設定も基本的には百円以上が一般的だ。


 まあ、本当、私が体感した金額だし、明日にもこの振り幅以上や以下になんて容易に変化する。故に余り意識しない方が精神衛生上良いだろうな。


 そんな貨幣価値である世界な訳だが、では《解析鑑定》の値段はというと……。


『金貨にして五十枚。一般的なスクロール一枚の値段の約百倍もの値段だぞ?』


 その価値なんと日本円にして五十万円相当。たかたが一枚の羊皮紙に掛けていい値段設定ではないし、この世界においてその値段は前世の価値よりも更に高いだろう。


 そんな値段のするスクロール。しかも成功率は極めて低く、失敗すればただ金貨五十枚をドブに捨てるも同じ。父上が簡単に頷けないのも仕方のない事である。


『はい、存じています』


『……成る程』


 父上は難しい顔をする。息子がこんな高い買い物を要求してくるなど思っても見なかったのだろう。例え誕生日プレゼントだろうと、簡単には頷けない。


 だが、私はそれを当然予見していた。故に、出来うる限りの備えと仕込みをし、布石を撒いたのだ。そしてそれは既に父上の心中に芽吹いている。


 少し前にに父上が言った言葉──「願いを言うのは初めて」という文言から分かる通り、私はこの五年間一度としてと言った事が無いのだ。一度としてワガママを言った事が無い。そんな出来た息子の初めての願い……ワガママを果たして父上は無下に出来るだろうか?


 父上は出来る父親だ。それは仕事面でも、そしてそれより家族面でも優秀で厳格な父親なのである。


 勿論備えはそれだけでは無い。両親からの熱い期待に私は全て応えて来た。


 雇った家庭教師からの勉強や剣術指南。楽器の練習から貴族としてのマナー等、全てにいてほぼ完璧にこなして来た。


 それを可能にしたのは私に前世の記憶がある事が大きい。


 この世界の勉強など前世の一般教養に比べてしまえば大した事などなく、剣術なんかは姉さんの修行が厳し過ぎるせいで寧ろ生易しく感じ、楽器等は老後の暇潰しにと色々手を出した経験がきた。


 貴族のマナーだけは初見であったが、雑多にあった知識と大人の理解力をそのまま使える私には児戯に等しい。


 そんな習い事全てを卒なくこなし、尚且つほぼ完璧に会得しえた私の願い。果たして父上は断れるだろうか? ……というか、断られるのはかなり困る。


 私は《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》がまだまともに使えないと知ったあの時、他に何か対策が無いかと改めて模索した。


 最初に思い浮かんだのは当然天声の導き。しかし先程も言ったように今現在に於いても発動する事が叶っていない。


 色々と試行錯誤はしたが、それでも駄目だった。何か明確に条件があるのかもしれないが、それを虱潰しらみつぶししている時間が惜しい。よって除外。


 そして次に目を付けたのが、転生神からスキルを選ばされた時に見付け、一度は選ぼうとした《解析鑑定》である。転生後に真っ先に手に入れようと考えていたわけだが、まさかこんなに早く必要に駆られるとは思ってもいなかった。


 歩ける様になった時。私は最初に《解析鑑定》がどうすれば手に入れられるかを必死で探した。運良く屋敷で見付けたこの世界で存在が判明しているスキルの一覧が載っている本を発見し、そこでスクロールの存在と《解析鑑定》の難易度の高さ、値段の高さを確認し、最初は眩暈めまいがしそうになった。


 だから私は対策を講じたのだ。子供の私が出来る全てを使ってワガママを聞いて貰う。それが出来ないのであれば、別のプラン……私の考える〝最悪〟の方法にシフトチェンジするしか今は方法が思い付かない。


 はっきり言って私は、この方法は使いたくないのだ。だからどうか、頷いてくれ、父上。私にこの歳で〝それ〟を実行させないでくれ。


『……本気、なのだな?』


『はい。私はどうしても《解析鑑定》が欲しいのです』


『……自信があるのだな? 会得出来る自信が』


『はい。必ずや成功させてみせます』


 さあ、頼むぞ……。私のこの約五年間を無駄にしないでくれっ……!!


『……わかった。お前の初めてのワガママだ。買ってやろう』


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