第三章:欲望の赴くまま-4

 翌日。


 私は今屋敷の外──つまりは父親であるジェイドが領主として統治する貿易都市カーネリアの商店街を当の父上と巡り歩いている。


 一体何をしに来ているのかと言えば、商店街を歩いている通り当然買い物だ。


 先日、私と姉さんは修行を終えた後に風呂、朝食を経て就寝。最初こそ自覚は薄かったのだがかなり疲れが溜まっていたのだろう。半日以上そのまま寝てしまい、起きてみればその更に翌日、丁度私の誕生日の朝になっていたのだ。


 昨日の怪我を見て貰う為に治療院に向かう予定であったのだが、誕生日当日に行くのもなんなので医者を屋敷に呼び、簡単に診察を終えた後に私はそのまま身支度を整え、とある願いを聞いてもらいに父上がいる執務室に向かった──


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 ドアをノックし、中に入ると私の姿を見た父上が出迎えてくれる。


『おはようクラウン。そして誕生日おめでとう。怪我の調子はどうだ?』


 渋い声での挨拶。そして誕生日祝いと傷の心配をしてくれた父上に対し私は──


『おはようございます。それにありがとうございます、心配もお掛けしました……。この通り、傷の心配には及びません。元気ですよ』


 と返事をしながら両手を広げ無事である事を笑って見せる。


『そうか。それは重畳……。さて、わざわざ私の執務室に朝早くから来たという事は、何か用事があるのだろう? 言ってみなさい』


 そう言いながらその真っ赤な頭髪を軽く搔き上げる仕草をする父上。普通の男が同じ仕草をすればキザったらしくて見ていられないが、渋い大人の男である父上がやると、なんとも様になっている。


『流石父上。その通りです。実は一つ、お願いがあるのです』


『ほうお願いとな? お前にしては珍しい──いや……もしかして初めてではないか?』


 そう、その通り。私は今日、に赤子の頃から数えて約五年、一度のワガママも言っていないし願いも言っていない。今回が本当に初めてだ。それだけ今からする〝お願い〟はハードルの高いものになっているだろう。


『はい。私、一つ欲しいスクロールがあるのです』


 私のそんなお願いに、父上は不思議そうな顔をして首を傾げる。


『スクロール? ということは、スキルを覚えたいのか?』


 スクロール。それはこの世界において、一般的に外的要因でスキルを習得する事が出来る媒体である。


 本来スキルとは先日私が体感したような修行をしたり、ある特殊条件下で特定の条件をクリアする事で取得しているもの。


 自分の取得スキルを確認するには自身にそれを確認出来るスキルがあるか、街などで高額で取引されている「鑑定書」を用いて確認するしか方法が無いのである。


 だがスクロールを用いたスキル習得ならば、明確にスキルを習得したかが確認が出来る。


 まずスクロールにはスキルが一つだけ封じられているわけだが、何故スクロールにスキルが封じられているのかは長くなるので端的にだけ説明して省くが、要は。という手法らしい。


 なんとも眉をひそめてしまいそうな効率の良い手法だが、取り敢えず今はそれは置いておくとして……。


 その封じられたスキルを習得するには使用者が自身の〝魔力〟をスクロールに流し込む必要がある。


 スクロールに封じられたスキルに魔力を注ぎ、スキルを活性化させる。そしてその魔力での繋がりを通じて使用者にスキルが伝わるのだ。


 ここで注意しなければならないのは、スクロールでのスキル取得はスクロール一枚につき〝一度きり〟だという事。そして更に〝必ずしも習得出来る訳では無い〟事。


 スクロールには先程も言ったように一つだけスキルが内包されているのだが、そのスキルを習得すれば当然スクロールは空っぽになる。


 それに加えスキル習得に失敗しても、一度封じられたスキルを魔力で活性化させてしまっている為、スキルがスクロールから魔力として霧散してしまうのだ。


 しかも、スキルによっては習得出来る確率がかなり違ってくる。例えば普通のスキルを習得する場合、使用者の腕にもよるのだが、確率は五十パーセント〜七十パーセント程。これがその上位であるエクストラスキルになった途端、その成功率は一気に二パーセント〜五パーセントにまで大幅に下がる。


 因みにユニークスキルの場合はそもそも論外。ユニークは所謂いわゆる複合型スキルであり、一つしか封じられないスクロールでは到底中に収まらないのだ。


 そんな問題だらけのように思えるスクロールでのスキル習得には利点が存在する。それが先程にも述べた〝明確にスキル習得が分かる〟という点だ。


 スキルが封じられたスクロールからスキルを習得すると、残された空のスクロールにはそのスキルが封じられていた〝証〟が消失する。仮に習得に失敗すると、スキルは消えるが証は点滅するのみで消失はしないのだ。


 証が消失する。それがスクロールでのスキル習得の証明なのである。


 これがスクロールでのスキル習得の全容。私はそんなスクロールからとあるスキルを習得したいのだ。


 そして私が欲するスキル。それは──


『はい。実は……エクストラスキル《解析鑑定》が欲しいのです』


『……なに? 《解析鑑定》だと?』


 エクストラスキル《解析鑑定》。


 私が転生神からスキルを選ばされた時に選ぼうとし、肉体的な問題で見送ったスキル。


 このスキルの重要性は多岐にわたる。対象の情報を先手で得る事が出来る上、〝自身の情報〟も知る事が出来る。そして何より〝自分の今の所持スキル〟なんかも判る訳だ。


 そう。自分の所持スキルが判る。つまるところこれに尽きるだろう。


 赤子の頃、スキル《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》では痛い目を見た。あの反則級の時間経過を経験した後、私は一度も《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を使っていない。


 相も変わらず《天声の導き》はうんともすんとも言わない始末。最早無いものとして扱うか?


 ……と、まあ昨日も技術系スキル《麻痺刺突パラライトラスト》をちゃんと習得出来たのかしたくとも確認しなかった訳だが、この《解析鑑定》があればその問題も解決するというわけである。


 布石は十分。後は父上が思いの外狭量が小さくなければ成功だろう。それを踏まえた上で、こうして父上にお願いしているのだが……。


『ふむ……わかっているのか? 《解析鑑定》の一般的な習得成功率、その低さが』


『存じています。習得成功率….。数あるスクロールの中で屈指の低確率です』

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