第四章:泥だらけの前進-2

 この三年間、私はただひたすらにスキル集め等の自己研鑽に励んだだけではない。


 まあ、殆どの時間はそっちに費やしはしたが、なんと言ってもこの三年間、一番力を注ぎ、神経を使ったとある目標があった。


 それは、ロリーナ・リーリウムと仲良くなる事である。


 彼女に私を好きになって貰う。それが私の目標である。


 そもそもの話、彼女がこの街の入学査定を受けたという事は少なくともこの街の──いては街周辺の何処かには住んでいるという事。


 それはつまり、会おうと思えば会えるという事である。


 しかも彼女のファミリーネーム「リーリウム」には聞き覚えがあった。


 同じファミリーネームの世帯もあるのではと疑問に思って父上の執務机をコッソリ覗いて適当に住民名簿を斜め読みしたが、リーリウムというファミリーネームを名乗る世帯は一つだけ。つまりはロリーナは〝彼女〟の身内であるという可能性がかなり高い。


 ロリーナの身内である〝彼女〟。それは十年も前、私が《炎魔法》を一日で習得するという今考えても馬鹿気た挑戦をし、それをサポートしてくれた老婆。


 この街の裏路地にあるスクロール屋を営むメラスフェルラ・マグニフィカ……メルラに呼び出され、私に魔法の魅力を教えてくれた恩人的な人物、リリーフォ・リーリウム、その人である。


 私とリリーは最初に会って以来十年は会っていなかったとはいえ知り合いは知り合い。接点がない訳ではないのは非常に運が良い。


 多少なりとも接点があれば、若干無理矢理でも口実なりなんなりで会いに行く事は不自然ではない。故に私はそれを利用し、自然に仲良くなれるよう遠回りで距離を詰めて行く事にした。


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 まず最初に口実作り。リリーが営んでいる薬品関係についての知識と経験を多少積み、実際に数回ポーションやら解毒剤なんかを試しに制作してみてそのサンプルを用意する。


 口実作りとはいえ薬品作りは普通に勉強した。単純に自分の為にもなるし、何より前世の様な科学や物理一辺倒な学問でも無かった為、楽しかったのもある。だがその経験や感じた感情は、実際に薬学の話に説得力を持たせてくれる。


 そうして口実に十分な経験とサンプルを用意し終えた私は次にメルラのスクロール屋へ向かう。リリーの住所を知る為だ。


 だが住所くらいは実はもう住民名簿を見た時に一緒に把握している。だからこれはあくまで私が自然にリリーと会うという説得力を持たせる為の行動であり、ただのポーズだ。


 そうしてメルラのスクロール屋で安いスクロールを買ったついでとばかりにメルラに聞く。


「そういえば思い出したのですが、何年か前に私に魔法を教えてくれたぁ……、リリー? さんて今も元気にしているんですか?」


 実に白々しいがメルラは特に疑問も抱かずに今も元気だと知らせてくれた。


 七年前の時点で割と高齢に見えたからな……。万が一……と考えて確認したが、一安心である。


 それからは雑談を挟みつつなるべく自然な会話で私が最近薬学に興味を惹かれていて勉強していると話し、メルラからリリーを紹介して貰う流れを作り、住所を聞き出す事に成功した。


 そうして頃合いを見計らい、事前に聞き出していたリリーの好物を手土産に件の住所へ向かった。


 場所は住宅街から外れ、近場に森が広がる街の中でも隅にある所。そこに古めかしい木造の家が一軒と小さな小屋があり、その周辺にある庭には眼を見張る程に広い花壇が広がり、何十種類もの植物がひしめいていた。


 その光景は正に壮観で、薬学を学び、興味を惹かれている身としてはテンションが上がるのを抑えるのがやっとな程であった。


 そうやってそんな庭に感嘆の声を漏らしていると、ここで予想外の出来事が起きた。


「ウチに、何か用でしょうか……」


 そう背後から声を掛けられ振り向くと、そこには手に買い物カゴをぶら下げた白黄金プラチナブロンドが眩しい、ポニーテールの美少女が、ほんの少し警戒しながら佇んでいた。


 私の心臓が大きくハネ上がる。


 それはこの十二年で一番、確実に一番の緊張。トーチキングリザード戦など鼻で笑える程に鼓動が早く高鳴り、外まで漏れ出ているんじゃないかと勘繰ってしまう程である。


 しかし、ここで緊張で返答が遅れていては話にならない。多少不恰好でも、ここは一旦深呼吸して、頭を冷やす。


「すまない、リリー──リリーフォさんに用事があって訪ねたんだが……君は?」


「私……。私はお婆ちゃん──リリーフォ・リーリウムの娘のロリーナ、です。貴方は?」


「私はクラウン・チェーシャル・キャッツ。この街の領主の息子で、以前リリーに世話になってな。色々話したい事があったんだ」


「領主の……息子……。貴方が……」


「……ところで、君……前にも……確か魔法魔術学院の入学査定、だったか?」


 本当に白々しい。自分で少し笑いそうになる程である。だがだからといって彼女目当てで会いに来るとはっきり言ってしまっては彼女は絶対に引く、ドン引きだろう。


 そうなるくらいなら多少のトボけも仕方ないのだ。


「そう……ですね。覚えています。貴方は他の誰より、その……違って見えましたから」


 うん、私がその時に挨拶しに行ったというのは覚えていないか……だがそれより。私が違って見えた? それはどういう……。


「お婆ちゃん」


「ん?」


「お婆ちゃんなら家に居ます。呼んできますね」


 そう一方的に言い残して足早に私の横を擦り抜けて家に入って行くロリーナ。


 少し失敗したか? いや、考え過ぎか? んん……。


 短い時間そうやって唸っていると、家の扉がゆっくり開き、そこから私の記憶に残る、十年前とまるで容姿が変わらないリリーの姿が現れた。


「おお、おお……。こりゃまた本当に懐かしい奴が来たのぉ……」


「お久しぶりです」


「ほれ、わたしに用があって来たんだろう? そんな所に突っ立ってないで入んなさい」


「はい、お邪魔します」


 促され玄関を潜ると、そこは木の温もりと薬草の仄かな香りに包まれた、不思議と心が穏やかになる様な空気感漂う空間。


 高級な調度品や家具があるわけでもない筈なのにどこか気品が漂う内装に明る過ぎない穏やかな魔法の光。それがなんだか……とても懐かしく感じた。


「ほれ、そこに座ってちょっと待っていなさい。お茶くらい出して──」


「大丈夫よお婆ちゃん」


 リリーの言葉を遮り、ロリーナが二人分のカップとポットを乗せたトレイを持って来てテーブルに置いていく。


 そんなロリーナにリリーは「ありがとうね」と返してテーブルに着く。


 私もそれからテーブルに着くと、ロリーナがポットから爽やかな香りが漂うハーブティーを二つのカップにそつなく注ぎ、それが終わるとそそくさと奥へ引っ込んでしまう。


 ……正直見惚れていた。


 別に礼儀作法云々にではなく、単純になんだか様になっていて、魅力的に見えた。


 と、そんな私に気付いたリリーが──


「ほっほっほっ、なんじゃお前さんもそんな顔するんだのぉ……。こりゃいきなり面白いモンが見れたわい」


 そんな分かり易い顔をしていたのか私は?


 ふむ……まあ、ここまで来れば、後は成り行き任せだな。


「あまり茶化さないで下さい。それとこれ、手土産です」


「なんだい、用意が良いねぇ。小さい頃から異様に礼儀正しかったが……」


「まあ、一応領主の息子ですし。それより……彼女は貴女の娘、と聞いたのですが……」


「まあ、この歳のわたしが、あの子を娘と言っても良いのか分からないけどねぇ……。色々あるんだよ、色々」


 色々……ねぇ。まあ、あまり突っ込んだ話は無しだ。相手が話したがらない事を根掘り葉掘り聞いて良い結果が出るなんてこと、そうそうあるもんじゃないからな。


「そんな話よりじゃ、わたしに用事だって?」


「はい、実は──」


 それからは暫く薬学の話である。


 最初は口実作りの為に本格的に勉強したものだが、最早本当にここに来た目的の一部になっている。


 リリーの薬学の話は簡潔で分かり易く、私がサンプルに持って来たポーションや解毒剤に対する的確なアドバイスや読んで損はない参考書なんかを教えて貰った。


 気が付けば数時間。昼過ぎに立ち寄ってもう夕方である。好きな事をしていると、やはり時間の進みは早い。


「なんだいもうこんな時間かい……。そうだ、夕飯、食べてくかい?」


 これは嬉しい発言。だがそれにはまだ早い。


「折角ですが、今日はお暇させて頂きます。私が居ると彼女も居心地悪いでしょうから」


 実際ロリーナは度々ハーブティーを淹れに来てくれるが直ぐに奥へ引っ込んでしまう。ここでいきなり食事を共にするなど彼女にも私にもハードルが高い。


「そうかい? ならせめて送って……、」


「ああ、それも御心配なく。それでは失礼しました。また試作品が出来たら寄らせて頂きます」


 そう言い残し、私は《空間魔法》で屋敷に戻る。この家の前の座標は記憶したので来る時は一瞬で来れるのだ。


 今日一日、彼女と会っただけで進展など無いに等しいが、これくらいのペースが自然で丁度良かったりする。


 後はまあ、回数を重ねて、普通に日常会話を出来るくらいには発展したいものだな。


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 それが今から三年前。私が炎剣・燈狼とうろうを鍛えて貰い、屋敷に帰って直ぐに実行した事である。


 今では週に一度程のペースでポーションのサンプルを作り、リリーに見て貰い意見交換するのが当たり前にまでなった。


 側から見ればストーカーと言われても言い訳のし辛い所業と思わなくもないが、私なりに彼女とその周囲を不快に思わせないよう最大限に配慮した。……つもりだ。


 それで肝心の彼女との仲だが……、まあ、行ってみるのが一番早い。


 私は忘れ物がないかを簡単に確認し、いつもの様に《空間魔法》でリリーの家まで瞬間移動する。


 地道に仲を深める為に……。


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 それはクラウンが帰宅した後の事……。


「驚いた……、まさか《空間魔法》まで会得しとるとは……やはり天才は違うのぉ……」


「お婆ちゃん」


 奥からひょっこり顔を出し、様子を伺うロリーナに、リリーはクスッと笑って答える。


「お前さん何をそんなにおっかなビックリしてんだい」


「だって、その……、領主様の息子って、お婆ちゃんが何年か前に言ってた魔法を一日で覚えた人でしょ?」


「そりゃそうじゃが……。ほっほっ、思い出すのぉ。お前さん昔はそれに嫉妬して頑張ったもんじゃが……結局──」


「いいの! その話は……。その、ね? 魔法魔術学院の査定で、実は一回挨拶されてたの。でも、私、あの時緊張とか、合格した嬉しさとか、色々で、その事あまり覚えてなくて……。今日改めて会って、自己紹介されてやっと気付いて……」


「なんじゃ? そんな事気にしておったのか?」


「だってその……領主様の息子さんに失礼しちゃったって……」


「ほっほっほっ、奴ぁそんな小さい事を気にする様な見てくれと態度だけの貴族とは違うよぉ……。あ、貴族じゃあなかったか。ま、あんま変わらんさね」


「そうなの? ……初めて見た時から……その、あまり良い気配の人じゃなかったから……。何かあるのかなっ、て」


「良い気配じゃない? なんだい嫌いなのかい? 生理的に……ってやつかい?」


「違うの! ……なんだかあの人を正面にすると、胸の奥がザワザワして、落ち着かなくて……。何かに急かされるみたいになるの……」


「うーむ、お前さんが言うなら、もしかしたら彼奴には何かあるのかもしれんが……。少なくともお前さんが思っとるより悪い奴じゃあないよ。寧ろ彼奴は──」


「──? なあに? お婆ちゃん」


「いやいや、これは止めておこう。お前さんの為にも、彼奴の為にも、のお」


「……なんかよく分からないけど……。あ、ご飯用意するね」


「ああ待ちなさい、わたしもやるよ」


「お婆ちゃんは座って待ってて。お婆ちゃん歳の割には若いけど、最近足腰あまり良くないんだから」


「何を言っとるかねこの子は。足腰なんざ使わなきゃ余計悪くなるわい。いいから手伝わせな!」


「もう……。無理、しないでね?」


 そうしてリリーは立ち上がり、ロリーナが居る台所へ向かう。今夜の夕食、チーズのクリームシチューを作る為に。


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