第四章:泥だらけの前進-1

 三年後──。


 私は今、空を見上げている。


 地面に直接寝転がり、見上げている。


 絵の具を溶いたような澄み切った空に、幾つかの白く小さな雲が漂い、見ているだけで心地良くなれる気がする。


 私の真上に昇る太陽がジリジリと肌を焼き付けるが、今は気に留めない。


 気にしていても……しようがない。


 何故なら私は今、起き上がれなのだから。


 身体中のエネルギーが枯渇に喘ぎ、心臓の鼓動は一向に大人しくなる気配が無い。


「いやはや!! 素晴らしいじゃないかクラウン!! 流石は私の弟だ!!」


 息一つ乱れる事なくそう快活に声を上げるのは、私の愛おしい姉であるガーベラ。


「さて、お前もそろそろ限界だろう? 今日はこの辺にして続きは明日だな!!」


 ああ……もう……、また勝てなかった。


 というか勝てる気がしない。


 そりゃあ昔よりは数発程度姉さんに打ち込めるようにはなったが、決定打を決められた事が未だ一度もない。


 私だって強くなっている。それは確かだし、驕りでもなんでもない。


 なのになんなんだ? なんで隠密系スキルをフル活用しての一撃をアッサリ防がれるんだ!? 常人なら私の姿なんて霞の様に見えない筈。それなのに迎え打たれるから理由を聞けば「勘だっ!!」と断言するし!!


 なんなんだこの超天才? 誰が勝てるんだ姉さんに!?


 ああもう……本当……「クラウン」という名前を付けてくれた母上には申し訳ないが……、私は身内の強さに心が折れそうです……。


「あっ、そうだクラウン!! 久々に一緒に風呂にでも入るか? 背中流してやるぞ?」


「……姉さん、十五の弟と一緒に風呂に入る姉なんて普通居ませんよ……」


「むぅ……駄目か?」


「はい、駄目です」


「そうか……駄目か……」


 本気で残念そうだなこの人……。まあ、昔みたいに泣いて駄々をこねるよりかは大人になっているだろうしな。というか二十二にもなって私にベッタリだったら流石に困るが……。


「風呂には私一人で入ります。先に入っても良いですか?」


「ああ、構わない。私は後でクラウンが入った後の残り湯でゆっくりさせて貰うとしよう」


 ……なんか少しヤバいこと言わなかったか? いくら姉さんが仕事が忙しくて最近余り会えていないからって……。


 まあ……聞かなかった事にしよう。それか私の聞き間違いだ。姉さんはそんなブラコンではない……はずだ。


 ──さて、いつまでも寝ていないで、さっさと起き上がらねば。


「坊ちゃん」


 私が上体を起こしてから立ち上がると、いつの間にかマルガレンが側まで来ており、いつもの様にタオルと水筒に入っていたアイスティーを差し出してくる。


「ああ、ありがとう」


「いえいえ。お風呂の準備も整えてあります。行きましょう」


「ああ」


 私は注がれたアイスティーを飲み干してからマルガレンにカップを返し、後に付いて行く。


 ふと、後ろを振り返れば、姉さんが無言で木剣を握り、真剣な表情で素振りを繰り返している。


 その軽く振っている一振りで凄まじい風圧で周囲の土が煙となって舞い上がり、私では到底出す事の出来ないような重い風切り音がここまで届く。


 あの一振りで、簡単に人の命を奪えるだろう。ただの素振りで、これだ。


 本当、なんて遠い目標だろうか……。


 今や姉さんはこの国が誇る剣術団の団長である。


 あの若さ、しかも女性という立場であの位置に到達した者は姉さん以外に居らず、またその実力も未だに留まることを知らないという。


 その評判は国内に留まらず、隣国であり同じ人族が治める騎士帝国にまで及び、ウチの屋敷や王都にある姉さんの宿舎には引っ切り無しにお見合いの願書が届いているらしい。


 だが当の姉さんは何を思ってか、それら全てを蹴り続けているようだが……。


 何はともあれ姉さんには相応しい人と結婚して貰いたいものだ。まあ、姉さんに相応しいなんて難易度をクリア出来る人間が、居ればの話だが……。


 と、そんな事よりである。


 私はこの三年間、雑に言えば色々頑張った。


 スキル習得は勿論、魔法の訓練を中心に様々な技術の修練、各地の魔物発生具合や国内で拾える隣国エルフの国の情報収集等々……。


 スキル習得数については三年前に発案し、実行した死神に扮したスキル回収によって飛躍的に向上。


 ただやはり余り頻繁には行えない。


 私がターゲットとして選ぶ条件が「能力はあるものの、なんらかの理由で使えない・持っていても仕方がない」としている人物が一番の理由であり、その条件に該当する対象を探し、情報を探り、住処を割り出してスキル譲渡を持ち掛ける。という一連の少し手間の掛かる事をしなくてはならない。


 それに加えそんなピンポイントな対象自体がそう多くはないのだ。この三年間でもカーネリア、セルブ、パージンでの回収した合計は九人と少ない。


 ただ、これが欠点なのかと言えばそうでもない。


 自分で言うのも何だが、あんな音も無く忍び寄る異質な格好をした神の使いを名乗る存在が頻繁に現れていては調査ギルドなんかが放っておかないだろう。


 調子に乗って手当たり次第にスキル回収をしていたら、私の傾向を割り出されて先回りなんてされて御用となるのは目に見えている。


 一番初めに成功させた老齢の冒険者はあの直後に亡くなって私のあの姿は伝聞していないが、その他の回収対象はその後も普通に生きているのだ。信じる信じないは置いておいて、そりゃあ多少なりとも噂が出る。


 故にいずれ噂にはなるにしても、ゆっくりと広まるくらいが丁度いいのだ。


 例えるならばそう。前世で言うところの、気が付いたらなんとなく広まっていた都市伝説。そんなニュアンスを目指している。


 現在のところ、私の死神の噂の広がり具合は絶妙なところ。


 ターゲットの殆どが病人だったのもあってか、幻覚や妄想の類としか周囲は認識していない。


 そういった噂が好きな物好きな連中が面白がって話題にしていたりもするらしいが、それが実際に起こっているものと認識している者は限り無く少ないだろう。


 そんなこんなで九人分。怪我による再起不能の冒険者五人、病気の冒険者二人、特殊なスキルを持った孤児二人。それぞれからスキルを回収した。


 因みに孤児二人に関しては、その後王都の教会に居るシスター・ドロシーに連絡し、キッチリ引き取って貰っている。孤児を放置するのは流石の私も後味が悪いと感じる。


 残りの冒険者は、まあ、適当に頑張って欲しい。


 と、いうわけで、回収したスキル及びこの三年間で習得、獲得したスキルの内訳はこんな感じ。


 魔法系

 《風魔法》


 技術系

 《剣術・熟》《細剣術・初》《短剣術・熟》《大斧術・初》《槍術・初》《大槌術・初》《杖術・初》《裁縫術・初》《釣術・初》《栽培術・初》《瞬斬撃ソニックブラスト》《飛墜閃ダイビングスラッシュ》《八雨突レインエイト》《影討ち》《鎧通し》《兜割り》《唐竹割り》《螺旋突スピントラスト》《地縛撃シェイクバインド》《脱力法》


 補助系

 《体力補正・II》《魔力補正・II》《筋力補正・II》《防御補正・II》《集中補正・II》《命中補正・II》《貫通強化》《衝撃強化》《破壊強化》《剣速強化》《睡眠耐性・小》《気絶耐性・小》《混乱耐性・小》《扇動》《挑発》《鼓舞》《数学理解》《精神感知》《予測演算》《並列演算》《激流》《嶄巌》《虚偽の舌鋒》《明哲の遠耳》


 大量である。


 三年間でこれだけ集まってくれた。笑いが込み上げて仕方がない。


 欲を言えばもっと集めたかったのが正直な感想だが、他者からスキルを奪うのにうってつけのタイミングなど狙ってやらねばそうそう来ない。


 先にも述べたがあまり衝動的に動いてはいらん面倒事を増やす事になる。


 「強欲の魔王」たる者、自身の欲望の使い所・加減は完璧に調整出来てこそだ。ただ闇雲に撒き散らすだけなど愚の骨頂と言えよう。


 勿論この中には私が身銭を切って買ったスクロールから獲得した物も含んでいるが、逆にそっちはかなり少ない。


 理由は簡単。三年前に注文した毒ナイフの為に金を貯めているからだ。


 ノーマンからはあれ以来簡単な進捗状況を随時手紙で送って来るが、完成の連絡は無い。


 手紙から察するにそろそろ完成しそうではあるのだが……。


 そんな毒ナイフだが、私が当時「いくら掛かっても」とか宣ってしまった為に金を節約せざるを得なくなった。


 まだ具体的な値段は提示して来ないが、既に三年間を費やして制作している事から相応の値段がすると覚悟している。


 これでいざ出来ましたと渡されて金が払えないじゃ流石にマヌケも良いところである。


 故に小遣いや、通常個体のトーチキングリザードが現れたと情報を掴み次第討伐報酬と素材売却目的でパージンに向かったりして金策をしている。


 因みにトーチキングリザードはついでに雄雌の成体に幼体、更に卵を《蒐集家の万能博物館ワールドミュージアム》に剥製として確保済みである。


 まあ、そのお陰で金自体は割と集まり、万が一高額な値段を提示されても払える状態にはなっている。


 だが油断は禁物という事でスクロールの方は最小限に留めている。口惜しいは口惜しいが……。


 と、そんな事を考えいると、気が付けば脱衣所である。


 姉さんとの稽古で全身汗でぐっしょりだ。早いとこ洗い流したい。


「そういえば坊ちゃん。本日のこの後のご予定は?」


「ん? あぁ……そうだな。試験的に作った自作魔力回復ポーションをリリーに見てもらうつもりだ」


「……あー。またその〝体裁〟ですか」


「何を言う。別に間違ってはいないのだから構わないだろう」


「まあ、そうなんですが……。心中の主目的は、違いますよね?」


「お前……わざわざそんな言い方をする必要があるのか? 充分に分かっているクセして」


「まあ、そうですね……」


「別にどんな体裁だろうと口実だろうといいだろう。〝彼女〟との距離を、縮める為なのだから。

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