第四章:泥だらけの前進-3

 それにしても、《空間魔法》は本当に便利である。


 ポケットディメンションは当然の事として、このテレポーテーションも至極便利だ。


 座標さえ分かれば移動したい場所に移動出来る。勿論距離に応じて消費魔力は増して行くが、近場ならば一般的な魔法の消費魔力より少し多いくらいで済むのが良い。


 更に魔力を回復する手段を持っていれば長距離移動も可能になる。


 私がトーチキングリザード討伐に何度かパージンを訪れてる事が出来たのもテレポーテーションのお陰である。


 さて、そんなテレポーテーションを使って辿り着いたのはリリーとロリーナが住まう家から少し手前の場所。あんまり家に近いとリリーやロリーナが突然現れた私にビックリしかねないからな……。実際一度リリーに腰を抜かされたし。気を付けている。


 私はそのままいつもの調子でリリーの家へ向かう。すると庭では丁度ロリーナが育てている花壇の花や薬草に水をあげている最中であった。


「おはよう、ロリーナ」


 私がそう挨拶すると、ロリーナはハッとして私の方を確認し、「おはようございます」と会釈をしてくれる。


 ……ふむ。正直な話、ここまで来るのにも割と時間が掛かっている。半年くらいか? それまでは私が挨拶したら会釈だけしてそそくさと家に引っ込んでしまったからな。進歩したものだ。


 私はそれからロリーナにゆっくり近付き、予め用意しておいた土産をポケットディメンションから取り出して差し出す。


「少し前にパージンへ用事があって行ったんだが、その時に珍しいチーズを見付けてな。試食してみたが風味が強い割には後味がさっぱりしている。食べてみてくれ」


「わざわざすみません、ありがとうございます」


 勿論、この土産を買う為だけにパージンへ行った。割と値も張ったが……。先行投資みたいなものだ。こういった地道なプレゼントが印象を良くするからな。


「今日もお婆ちゃんに薬を見て貰いに?」


「ああ、先日ちょっと配合を弄ってみたら、面白い副作用が出たんだ。その意見を聞きに」


「そうなんですか。私も……、同席しても構いませんか?」


 いよっしゃ! ──と、思わずガッツポーズを取りそうになってしまった。ここは慎重に、慌てず落ち着いて……。


「それは勿論。君の意見も聞きたい」


「ありがとうございます。それじゃあ中で先にお婆ちゃんと話をしていて頂けますか? もう少しで水撒きが終わりますので……」


「ああ。今日は暑いから、熱中症には気を付けてな」


 ロリーナから無言の会釈を貰い、私は一足先にリリー宅にお邪魔する。


 いや、本当、自画自賛になるが、えらく進歩したものである。この会話を「仲が良い」と形容して良いのかは正直まだ微妙だが、「知り合い以上」にはなっているだろう。感無量である。


 それにしても……、本当に良い子だ……。


「なぁに薄らニヤついてるんだい気持ち悪いねぇ……」


 私がそうやって浸っている所に水を差したのは勿論リリー。テーブルで優雅にハーブティーを飲みながら割と辛辣な言葉を貰いはしたが、当の発言者本人の表情は言葉とは裏腹にどこか悪戯っぽく笑っている。


「そんなにニヤついてましたかね? ポーカーフェイスを心掛けているんですが……」


「これでも商売人やってんだ、他人の人相くらい分からなきゃ務まらないよぉ」


「成る程。それで本題なのですが──」


 そうしてポケットディメンションから件のポーションを取り出し、テーブルに置こうとして目をやった時、テーブルの上にはハーブティーが入っているであろうポットとカップが用意されていたのだが、リリーの分の他に空席にもうワンセット用意されていたのが目に止まった。


「……誰かお客さんでも来ているんですか?」


「は? 何言ってんだい、お前さんの分だよお前さんの……」


「え、私の、分、ですか?」


「そりゃ三年間、週一でウチに来てんだからいい加減事前に用意くらいしておくさね。まあ、今更っちゃ今更かもしれんがね」


「そう、ですか。ありがとうございます」


「礼ならあの子に言いな。わたしは何も言ってないし、手伝ってもいないよ。あの子がお前さんがそろそろ来るからと、用意したんだから」


「…………」


 ……ああ、なんだろう。なんか久々に感動している。下手したら七年掛けて《空間魔法》を習得した時より感動しているんじゃなかろうか? なんだか胸が一杯なんだが……。


「ほら、何惚けてんだい! ポーション持って来たんだろ? 早く見せな!」


「え、あ、はい」


 私は改めてポケットディメンションからいくつかのポーションが入った小瓶を取り出し、テーブルに置いていく。


 ポーションの数は全部で三瓶。それぞれが赤紫、蛍光緑、紺碧と違う色をしているが、一応全て魔力回復ポーションである。因みに通常の魔力回復ポーションの色は紫が一般的である。


「ほう、こりゃまた随分ドぎつい色のポーション持って来たねぇ」


「一応全て魔力回復ポーションです。配合の際にちょっと弄ってみたら面白い副作用が出たのですが、意見が聞きたくて」


「ほぉ、魔力回復ポーション……。まったく、何混ぜたらこんな色になるんだい。身体に悪いもん入れやしてないだろうね?」


「それは勿論。この蛍光緑はパージンの鉱山で産出されている蓄光石の粉末。この紺碧色のは漢方なんかにも使われている深海にある珊瑚ですね」


「……食い物じゃあないじゃないか。まあ、珊瑚は分かるが蓄光石の粉末ってお前さん」


「地元の人に聞いてみたんですが、この蓄光石は少量であれば腹痛に効く薬になるそうです。まあ、消化出来ないので本当に少量でないといけませんが、調べてみたら確かにそういった作用があるようでしたので、試しに」


 まあ、大体はエクストラスキルの《究明の導き》で調べたものだ。私が短期間で薬学を学べたのはこのスキルあってこそ。あの時は買ってしまったのを失敗したかと感じたが、今になってみたら正解だったな。


「ほぉう。そりゃまた面白い効能があるもんだねぇ……。で? この赤紫のはなんだい? この中じゃ一番本来の色に近いが……」


「ああ、これはですね……」


 私は再びポケットディメンションを開いて今度は先程よりも更に一回り小さい赤い液体の入った小瓶を取り出し、そのままリリーに手渡す。


「こいつは──って! これ魔物の血じゃないかい!!」


 そう、紛れも無く、純度百パーセントの魔物の血である。ポケットディメンションに入れていたから鮮度も折り紙付きだ。


「馬鹿かいお前さん!! こんなもの配合に使ったんかい!?」


「いやー、別に本気でそれ使ってポーション作ろうとは思ってませんよ。ちょっとした好奇心ですよ、好奇心」


 因みにこの魔物の血は私が獲ってきた物ではなく、たまたまウチの街に来ていた流れの商人が手頃な値段で販売していた物だ。


 その商人が売っていた九割はガラクタだったり偽物だったりと酷い品揃えだったが、数少ない値打ちものの一つに混じっていたのを見付け、購入した。


 鑑定系のスキルで見てみた結果、この血液は帝国にある草原地帯で発見された「プレッシャーボア」という猪型の魔物の血らしい。


「……はあ……、何やっとるんだかこの子は……。そんなもん飲んだ日にゃ、何が起こるか分かったもんじゃないよ」


「まあ、そうですね。実際に──」


 私は三度ポケットディメンションを開く。それを目撃しているリリーは「まだなんかあんのかい……」と愚痴るが、それは聞かなかった事にして今度は直径二十センチ程の鉄カゴを取り出す。そこには一匹のネズミが目を血走らせ、耳をつんざく様な鳴き声を上げながら暴れ散らしていた。


「……お前さんそれ……」


「はい。御察しの通り魔物化した実験用ネズミです」


「……あの子が来ない内にしまいな。それとそのポーションも」


「そうします」


 私はそのまま魔物化したネズミと赤紫のポーションをポケットディメンションに戻す。


「さっきの二つは早々に処分する事だね。万が一盗まれでもしたら馬鹿な連中が悪用しかねない。それと今後作るのも止めな」


「そのつもりです」


 まあ、レシピは頭に入ってるからいつでも作れはするが、使い時などないだろう。流石に倫理的に問題があるし、リリーが言ったように万が一盗まれたりレシピが漏れたりしたら馬鹿な連中に利用されかねない。あの魔物を崇拝する連中なんて狂喜乱舞するだろうな。


「まったく、禁術一歩手前だよ……。今日の所は見逃すから気を付けるんだね」


「はい、ありがとうございます」


 呆れながらも厳しい目でそう促してくるリリーに、私は素直に頷く。


 リリーのこの反応も、概ね予想通りではある。これで変なリアクションをされたら逆に私がリリーを信用出来ない。それ故敢えて出してみたのだが、流石はリリー、芳しい結果だな。


 そんな一方的な脳内評価を下していると──


「ただいま終わりました。さっきネズミの鳴き声の様なものが聞こえたのですが、ネズミでも出たんですか?」


 ロリーナが麻布で手を拭きながら私達が居る居間に顔を出して来た。


 どうやら先程の魔物化したネズミの鳴き声が相当響いていたらしく、外にまで及んでいたようだ。


「さっきネズミ取りにネズミが掛かったんだよ。念の為にと置いておいたが、まさか本当に掛かっちまうとはねぇ……」


「そうなの? そうしたら、そのネズミは……」


「ああ、シセラが食ったよ。丁度腹が減っていたらしくてな」


 私がそう口にすると、私の脳内に『私はネズミなんて食べません!!』と私の中に居るシセラに猛抗議されたが、ここは一旦スルーする。


「そうなんですか。でしたら少し待っていて下さい。丁度お昼時ですし、お昼ご飯を作ってしまいます。シセラちゃんもネズミだけでは足りないでしょう? 一緒に用意しますね」


「ああ、ありがとう。ご馳走になるよ」


 ああ、もう。本当に堪らなく良い子だな……。


 一瞬誰かさんが頭を過ぎったが、その事には目を逸らしつつ、ロリーナの手料理を待った。

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