第四章:泥だらけの前進-4

 昼食の後、三人で残り二瓶について意見交換し合った。


 ロリーナが作ってくれた昼食のサンドイッチはシンプルでありながら絶品で、街にある食事処やちょっと高めのレストランで出される料理より遥かに美味い。


 私がお土産に渡したチーズも早速使ってくれ、更にはわざわざシセラの為に鶏のササミまで用意してくれた。


 シセラは慌てる様に私の中から飛び出すと私からの濡れ衣を忘れキッチリ礼を述べた後に綺麗に平らげていた。


 本当、気の利く良い子である。これもきっとリリーの教育が良いのだろうな。


 それからのロリーナを交えた持参のポーションの意見交換でも、彼女は大いに役立つ意見をくれる。


 リリーがその年期と経験によって培ってきた薬学の常識や知識を述べ、私が少し道を外れた──言い方を変えれば常識外の意見を述べる中、彼女は普遍的で正統派な冷静な意見を述べてくれる。


 実はこれが非常に助けになっていて、私やリリーが変な方向へ思考が向いてくると、その軌道修正をしてくれるのだ。


 そのお陰で私のポーション作りは遠回りする事も無く、順調にその進捗が進んで行っている。


 こうして意見交換は数時間続き、気が付けば早くも時刻は夕方に差し掛かっていた。


 楽しい時間が過ぎるのは、やはり早い。


「さて、いい時間ですし、私はお暇させて頂きます」


「んお? そうかい? 夕飯は……いつもみたいに遠慮するのかい?」


 この三年で、私はそれなりにロリーナと仲良くなれた。そう自負している。


 それもこれも焦らずじっくりゆっくりと、時間を掛けて私という存在に慣れて貰い、自然に場に溶け込めるよう配慮して来たからこそである。


 故にそれなりに仲良くなれたとはいえ油断は禁物。まだまだ仲は深くはない。遠慮するべき所は遠慮し、享受すべき所は享受する。だから今回も──


「遠慮なさらないで下さい。たまには夕飯も一緒にどうですか?」


 お、おおぉぉ……。


「で、では……お言葉に甘えて……」


 ちょっと驚いた。


 まさかロリーナの方から引き止めてくれるとは……。まさに、努力が実ったと実感している……。後、単純に嬉しい。


「ではまた少し待っていて下さい」


 そう言って台所へと向かうロリーナ。


 居間に残されたのは私とリリー、そして私達の会話にとうの昔に飽きて眠っているシセラのみとなった。


「……はぁぁ……」


「お前さん存外に分かり易いね」


「まあ、そこまで意識して隠そうとはしていませんから……。ああ、えっと、ロリーナが居ない間にさっきの魔物化ポーションについてなんですが……」


「また随分物騒な名前だねぇ……。それでなんだい?」


「いえ、ちょっと疑問が……」


 そもそもの話、あのポーションには魔物の血を配合しただけである。


 魔物の血を摂取したから魔物化した。


 字面を見ても余り不思議な感じはしないが、ここが割と謎だったりする。


 種類にもよるが、魔物の肉や内臓は可食する事が出来る。


 味の面では一般的な家畜より美味いとは良く聞く程度には魔物の肉の可食は周知されており、そこには人にもよるが忌避感は余りない。


 これを前提に魔物化ポーションを考えるなら、そこには矛盾が生じて来る。


 当然ながら魔物の肉や内臓、延いては血を摂取して人間が魔物化したなど、聞いた事が無い。まあ、過剰摂取したら何かあるかもしれないが、少なくともそんな事例を私は知らない。


 ならば、先程のあのポーションを摂取させたネズミが魔物化したのは何故なのか? ポーションにした事による効果なのか、それ以外の要因なのか……。判然としない。


「何がどう作用してそうなったのか……。貴女なら分かりますか?」


「そうさねぇ……。取り敢えず根本から話すかね」


 リリーはそう告げると、居住まいを正してから少し黙り、ちょっとの間を置いてから口を開く。


「お前さん、そもそも魔物とは何か。心得ているかい?」


「はい。動植物が魔力に長時間晒され、それに適応した姿だと認識しています」


「そう。それで正しい。じゃあ聞くが、ならば何故、人族──いては獣人やドワーフなんかの支配種族達は体内に魔力を宿しているにも関わらず魔物化しないのか……。分かるかい?」


 ……まあ、確かに。私達人族や他の異種族は体内で魔力を生成し、宿している。


 魔物化のルールに則るならば、魔力を宿してさえいる私達が魔物化しないのはオカシイ話だ。つまりは──


「他の動植物と、私達や異種族には決定的な違いがある……という事ですか?」


「そう。わたし達や異種族には、他の動植物には無いモノを持っている。それは確かに存在するが、目には見えないし、内臓なんかの類でも無い」


「では、なんだと?」


「そいつは……判明してない。未だに世界中が研究中だね。一説には魂が魔力を生み出す上での処理が何か関わっている──なんて話があるが……。わかりゃせんね」


「成る程……。その魔力を生み出し、体を巡らせている〝何か〟が、私達の魔物化を防いでいる……と……」


 それならばアンデッドの発生にも頷ける。ようは身体の機能が停止、若しくは魂が失われる事によって魔力による魔物化を防ぐ事が出来なくなり、アンデットという魔物へ変貌する。つまりはそういう事だろう。


「結論を言っちまうと、さっきのネズミが魔物化したのは、その〝何か〟を有していないから。そして単に魔物の血に含まれていた魔力量が多かった。それ故、魔物化を促したんだろうねぇ」


「そうなりますね……。という事は、あのポーション、人間が飲んでも問題無いのでは?」


「まあ、そうなるかもねぇ。なんならお前さんが目指している既存の魔力回復ポーションの上位互換に一番近いかもしれない。だけどね!!」


「わかっていますよ。動植物を魔物化させる以上、ハイリスクローリターンな代物には変わりありません。アレは問題なく処理します」


 サンプルとして残しておくのも悪くはないが、先程も言ったようにレシピは頭に入っている。残しておくだけ損しかない。


「確実にやるんだよ? お前さんのそのポーションが発端で世界中が魔物だらけになるなんて、わたしは御免だからね」


「はははっ、それは確かに問題ですね」


「笑い事じゃないよ! まったく……」


 それにしても……世界中が魔物だらけ、ねぇ……。それはそれで私は歓迎だが、私が発端になるのは勘弁願いたいな。


 やるなら押し付けて差し支えないような奴に責任やら何やらを被せて──と、思考が逸れたな。


「まあ、この話は終いにするとして……。少し夕飯の準備に時間が掛かってるみたいだねぇ」


「私の分も作ってくれているんです。急かすのは野暮でしょう」


「そう思うなら手伝ってやんな。お前さん料理出来るんだろ?」


 え、手伝っていいのか?


「彼女、嫌がりませんか?」


「嫌がるって、何を嫌がるんだい?」


「いえ、私がそこまで出しゃばるのをというか……。余り馴れ馴れしくされるのをというか……」


「お前さんねぇ……。普通嫌な相手をわざわざ引き止めてまで夕飯に誘わないよ。考え過ぎだ」


「成る程……。成る程……。分かりました、手伝って来ます」


 私はその場から立ち上がり、台所へと足を運ぶ。


「まったく、世話が焼けるねぇ」


 そんなリリーの小さな呟きに感謝をしつつ、台所に立つロリーナの様子を見る。そこにはロリーナがいつもと違う分量での料理に対し、少し苦戦しているようであった。


「ロリーナ、私も手伝うよ」


「あ、すみません、お待たせしてしまって。私なら大丈夫です。クラウンさんはお客さんなんですから、ゆっくり寛いでいて下さい」


「有り難い申し出だが、ただ寛ぐだけでは退屈してしまうよ。それにこれでも私は料理に関しては何度か経験がある。足は引っ張らないよ」


「そう……ですかならお言葉に甘えさせていただきます。それでは、私はソースを作りますので、クラウンさんは野菜を切っていただけますか?」


「ああ、わかった」


 それから私はロリーナをサポートしながら料理を手伝った。ロリーナは色々と手際が良く、料理中の合間を縫って洗い物を片付けたり、野菜などの切れ端や皮もなるべく捨てずに再利用し、どうしても可食出来ない箇所は庭に使う肥料にする為に溜めているという。


 私が手伝った事など、野菜などの具材を切ったり一人分増えた際の調味料の分量を計算したりと、殆ど雑用だろう。


「味、見ていただけますか?」


 そう言われ差し出された小皿に盛られた一口のソースを受け取り、味見してみる。


 ……うん、最高だな本当。私の好きな味だ。


「かなり良い感じだ。美味しいよ」


「それなら良かったです」


 私の言葉を受け、微笑むロリーナ。


 ああ、もう……なんだこれは……。私の顔はニヤけてはいないか? 大丈夫か? マルガレンや姉さんには見せられないなこんな……。はあ……なんだか溜息が出そうだ。


 それから漸く完成した夕飯を居間のテーブルに並べ、三人で席に着いて食べ始める。


 メニューとしては今朝獲れたという前世でいうクエに似た魚を使ったポワレとサラダに野菜スープ、それとパン。ポワレのソースには、昼食にも使った私の土産のチーズを使っている。


 当然味は絶品であり、前世で日本の美食に慣れてしまった私の舌が満足するには十分である。


 食事をしながら、三人で今度は薬学の話ではなく、他愛もない雑談をする。


 最近リリーの店に来た新米冒険者がドジ踏んだという話や最近この街の漁獲量が減少し、魚の値段が上がって来ているという話。更には最近流浪の吟遊詩人が歌っていたという夜になると訪れる欲神の使いの話等々……。


 最後のは聞いた事がある所か寧ろ身に覚えさえある話だが、本当に他愛無い話が続いた。


 一瞬だがもうこのまま済し崩し的にこんな生活も良いんじゃないかと頭を過るが、現実としてはそうはいかない。何故なら私とロリーナは──


「そういやお前さん達、もう魔法魔術学院の入学準備は済んでんのかい? 入学まで後一月と迫っとるが……」


 そう、私とロリーナは一ヶ月後、このカーネリアの街を離れ王都セルブにある魔法魔術学院に入学するのである。

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