第四章:泥だらけの前進-5

 リリーが言う準備。


 それは私達が魔法魔術学院に入学した直後に行われる予定の今期入学生にのみ与えられる特別な〝新入生テスト〟。その準備の事を言っている。


「一体何の為に今期から半年も入学を早めてまでそんなテストをするんだか知らないけど……。厳しいのは、間違い無いんだろう?」


「はい、そう師匠から聞いています」


「師匠──キャピタレウスのジジイかい。あの底意地の悪いジジイが主導のテストだ。それはもうイヤラシイんだろうさね」


「……そう、ですね」


 私は、既に師匠から聞いている。


 何故今期新入生にだけこんなテストをするのか。


 表向きは「厳密な能力差による格差を計り、それを参考にクラス分けをする」というもの。


 他の魔法学校同様、その才能、能力によって既にある程度はバランスの良いクラス分けはされているが、それを更に厳密なものに細分化させる為らしい。


 だがこれはあくまで表向き。公に公表出来る部分のみを切り取ったもので本質ではない。


 私が師匠から聞いた新入生テストの本当の目的。


 それは「今後訪れるエルフとの戦争を想定した実戦訓練と精神面の強化、そして即戦力を確保し、選定する」。


 それが本来の目的である。


 師匠が送って来た手紙に書かれていたのは、最早エルフとの戦争が避けられないという事実。


 エルフ国内に潜伏している調査員からの情報によれば、エルフ達は既に戦争の準備を進めており、今現在それが最終調整段階まで来ているという話。


 これを知った我が国は現在の国としての戦力が余りに練度不足で脆弱であり、手をこまねいていては必ず戦争に敗北する。そう悟り今回の新入生テストを設けたという事だそうだ。


 全く戦えない者しかいないわけではない。実際の戦力を数値として見ればエルフには引けを取らないだろう。


 ただこの国が抱えている一番の問題は、その実力に見合った経験を積んだ者が少な過ぎるという事。


 例え実力があったとしても、実際にそれを発揮し、戦い、怪我をし負わせ、死ぬかもしれないという状況を体感しているのといないのとでは雲泥の差が出る。


 他者を殺し、殺される覚悟。仲間の死を見届ける覚悟。街が焼かれ、爆音が響き、空気が血に滲む光景。


 そんなものを最初から許容出来る者など居ない。


 数十年もの間平和を享受し、戦争や侵略をして来なかったツケが回ってしまった形になっているのだ。


 故に今期の新入生には、それこそ死が隣り合わせの状況を実際に一度体感させ、いざ戦争に参加した時に即戦力になってもらう。それが新入生テストの実態だ。


 では何故師匠が世間には公表していない新入生テストの実態を私にここまで話したのか。


 私もその新入生の一人であり、本来はそんな私にこの事実を公表すべきではない。


 では何故か?


 ……それは私にだけ、その新入生テストを免除出来る権利があるから。そしてこの話を知る権利があるから。


 私が三年前に受けた特別査定。そして師匠が私を見て実際に感じたもの。それらを加味して出した特権だという。


 恐らくだが、あの時師匠はこっそりと、スキルか何かで私の戦績の様なものを見たのではないだろうか?


 天声が反応しない程に高度に隠蔽されたスキルにより、私の戦績を見て、最早即戦力と位置付けた。故にわざわざ新入生テストを受ける必要が無い。そして即戦力と見越された私には隠しておくより、寧ろ話しておいた方が都合が良い。そんな所だろう。


 まあ、それが事実かどうかは後々に師匠をとっちめるとして、問題の新入生テストの免除だが……。


 そんなもの断るに決まっている。


 別に特別扱いが嫌なわけではない。


 寧ろ利用出来るのであれば、親のコネだろうが師匠からの特権だろうが私は迷わず使うだろう。私の得になるのであれば。


 しかし、新入生テストを私はなんとしてでも受けねばならない理由がある。それは当然──


「お前さんも気を付けるんだよロリーナ? あのジジイは勇者辞めてから底意地の悪さが増したからね。何があるか分かったもんじゃない」


「大丈夫だよお婆ちゃん。私だって魔法には自信があるもの。なんとかして見せるよ」


 そう、ロリーナを守る為だ。


 私一人でならなんとでもなろう。正直新入生テストなんてなんの障害にもならない自信がある。


 だがロリーナは素人だ。常人よりは魔法の才能があるが、戦闘経験など皆無で喧嘩すらした事がない程に争いとは無縁な生活を送っている。


 そんな彼女が師匠が用意した戦争を想定したテストにいきなり飛び込んでなんとかなるなど有り得ない。


 では一人ではなく二人、または複数人で奮闘すれば良いのではないかと考えるが、この三年間でまともに仲良くなったのが私だけな時点でその厳しさは想像に難くない。


 ならばどうやって彼女はテストをクリアするのか?


 こんなのもう、私しか居ないじゃないか。


「安心して下さい。ロリーナは私が守ります。怪我の一つも負わせません」


「そんな……、私、クラウンさんの邪魔になるのは嫌ですよ」


「いや、それは問題無いよ。君を守りながら戦うくらいが私には丁度良い難易度だ」


 流石にそのテスト内容までは教えてもらっていないが、恐らく対人を主体にしたものになるだろう。でなければ戦争を想定している意味が無いからな。


 だからといって教師が敵に回るのは戦力差的に流石に考え辛い。ならばこのテストの主体は新入生同士の対戦になる可能性が最も高い。


 似た様な実力者同士での戦闘がなんだかんだ一番良い経験になるからな。


 だがだからこそ、私にとってロリーナを守りながらくらいが丁度良いのだ。


 新入生程度で私に匹敵する奴なんて、そうそう居て堪るか。


「……随分傲慢な言い方だが、本当に大丈夫なんだろうね?」


「大丈夫ですよ。自分で言うのも何ですが、基礎五属性の魔法と《精霊魔法》を使えて、魔獣を使い魔ファミリアに持ち、魔物であるトーチキングリザードを討伐出来てその素材を使った剣を持つ私が〝魔法魔術学院に入学出来る程度〟の素人に、負ける訳ないじゃないですか」


 まあ、他にも色々やったり持っていたりするが、言及はしなくて良いだろう。


「……改めて聴くと無茶苦茶だね、お前さん」


「努力の賜物ですよ」


 実際私は怪我なんかや寝ている時以外は大体技術を磨いているか本で知識を付けている。何もしないでイキナリ力が手に入るなど、そんな都合が良い事など私は信じていない。


「まあ、そうさね……。ではいっちょ、頼まれてくれるかい? わたしの娘を……どうか守ってやってくれ」


「当然です。必ず守り通してみせます」


 ロリーナを必ず合格させ、一緒に学園生活を満喫する。その為ならば全力で彼女を助けよう。


 そしてそれを邪魔する愚か者に、私は一片の慈悲も情けも掛けはしない。


 それは絶対だ。


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「──当然です。必ず守り通してみせます」


 ロリーナには分からなかった。


 何故彼がここまで自分に良くしてくれるのか。


 正直な話。新入生テストの話を聞いた時、込み上げて来たのは不安だけだった。


 漸くの思いで勝ち取った魔法魔術学院への入学。なのにこれ以上の何かを、自分はまだ成さなければならい。


 リリーには安心して欲しいからと自信があると言ったが、それは真っ赤な嘘で塗り固められた虚勢であり、自分の中の不安を塗り潰さんが為の苦肉の策だった。


 だから本当の事を言えば、クラウンが自分を守ってくれると言ってくれた時、心の底から安心した。彼の様な実力者に守ってもらえるならきっと大丈夫だろう。ロリーナにとっては渡りに船だ。


 自分の実力でクリアしたいという気持ちも無くは無いが、そんな贅沢を言ってしまえる程、実力も気持ちも余裕が無い。それにそんなつまらない感情で折角の入学がフイになるなど御粗末だ。それでは意味が無い。


 だから彼の協力は本当に有り難かった。


 ただやはり、どうしても拭えない疑問が残る。


(何故、私にここまで良くしてくれるの? 私なんかの為に、どうして?)


 彼は──クラウンは自分の人生で初めて仲良くなった異性である。今後もしかしたらもっと男と知り合うかもしれないが、そこだけは揺るがない、少し特別な存在。


 ただの優しいだけの仲の良い男ではなかった。


 どこか暗いのに明るく振る舞い、どこか冷めているのに時々暖かい、どこか不穏なのに何となく柔らかい。そんなチグハグな面を持つ彼に、彼女は少なからず興味があった。


(知りたい。何か分からないけど、もしかしたら後悔するかもしれないけど、でも……)


 この胸の奥で小さく蠢く〝衝動〟の正体を知りたい。


 彼女の鼓動が一度だけ、大きく高鳴った。


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