第四章:泥だらけの前進-6

 リリー宅にてリリーとロリーナと共に夕食を食べた日から三週間後、私の元に一通の手紙が届いた。


 差出人はパージンで鍛冶屋を営むノーマン。その名前を確認し内容を察した私は早速中身を開封する。


 中には趣ある字体で羊皮紙いっぱいにデカデカと「出来たぞ!!」とだけ書かれていた。


 私は込み上げて来る興奮を抑えつつ、魔力回復ポーションを持てるだけ持ち、マルガレンを連れてテレポーテーションで一気にパージンの街まで転移する。


 今の私の魔力量は一人を連れた状態でパージンまでの距離をギリギリ転移出来る量であり、人気の無い路地裏に到着した瞬間に魔力回復ポーションをガブ飲みしなければ魔力欠乏症で倒れてしまう。


 まあ、馬車で数週間掛かる距離を魔力を欠乏寸前まで消費すれば転移出来るなら安い物である。魔力欠乏症はシンドイが……。


 それから私とマルガレンは何食わぬ顔で路地裏から出ると、そのまま真っ直ぐノーマンが居る鍛冶屋「竜剣が眠るかまど」へ向かう。


 実は私が帯剣している燈狼とうろうを造ってもらった三年前のあの日から、私はノーマンと一度も会っていない。


 別に私がノーマンに対し冷めているワケではなく、ノーマンの方が「完成するまでは会えない」とかよく分からない事を言い出したのだ。


 故に何度かこのパージンの街に立ち寄ってはいるものの、ノーマンの店には一度も入っていないし、本人にも会っていない。


 私としては進捗だとか新しい素材の相談とかしたかったのだが、まあ、手紙でのやり取りで大まかな注文はしているので問題はないだろう。


 ましてや私が注文したのはそこらの鍛冶屋では頼めない様な特殊なナイフだ。一人で集中したいという気持ちくらいは理解出来る。


 暫く歩いて鍛冶屋の前に到着し、私は早速店のドアノブを回す。すると初めてこの店に立ち寄った時と同じくドアノブは回ってくれず、ただ鍵が掛かっている感触が伝わるだけであった。


「ふむ、留守か……」


「ノーマンさんもこんなに早く来るとは思っていないんじゃないんですか? 手紙の往復だけでもこの街からカーネリアまで早くて一週間は掛かりますから」


 馬車を使い往復するに一ヶ月と少しは掛かるパージンとカーネリアの距離だが、手紙や荷物の輸送だけに限ればその早さはかなり短縮される。


 王都に本部を構える配達ギルド「流麗の鴎」が主に国中の郵便物の配達を任されており、その郵送方法は配達員一人一人が魔物である「コバルトホーク」を使い魔ファミリアとして使役し、配達させるというもの。


 魔物であるコバルトホーク自体が少数な為配達員の数も比例して数は少ないが、コバルトホークの持つ並外れた持久力と帰巣本能は使役さえ出来ればかなり重宝し、今ではそんな郵送方法が主流となっている。


 だがそれでも、やはり距離が距離ならそれ相応に時間も掛かる。一ヶ月の距離を一週間に縮めているのは確かに素晴らしいが……、前世のネットの様には流石にいかない。


「仕方ないな。すれ違うのも何だ、少し店の前で待たせて貰──」


 そこまで言いかけてから、私の感知系のスキルが背後から近付いて来る二つの反応を感知する。


 一つは言わずもがなノーマンであるが、それに寄り添う様にしてもう一つ、小さな反応がある。


 私以外の客? それにしては反応が小さいな……。まあいい、振り返って直接確かめれば済む事だ。


「どうなさいました? 坊ちゃん」


「いや、タイミングが良かったと思ってな。丁度帰って来たみたいだ」


 そうして私達が同時に振り返ると、そこには前よりも何となく歩速が遅いノーマンと、そんなノーマンにくっついて離れようとしない子供が一人視界に入った。


「お久しぶりです、ノーマンさん」


「んお? おお! おお! おお!! おめぇさん達! 久しぶりだなぁオイ!!」


「ナイフが出来たと手紙に頂いたので伺わさせて頂きました。都合宜しいですか?」


「また随分と早いこったなぁ。まあいい! 手紙の通り完成したんでな! 早速見てってくれ!!」


 ノーマンはそのままくっついている子供の事は一切口にする事なく、私達の横をすり抜けドアに鍵を差し込んで解錠し、店の中へ入っていく。


 私達もそれを追う様にして店内に入り、約三年振りの「竜剣の眠る竃」を見回す。と言っても三年かそこらで雰囲気がガラリと変わるわけでもなく、記憶通りの店内が広がるだけである。


「ちぃと待ってな、今持って来るからよ」


 そう言い残して店の奥にある作業場へ消えるノーマンと子供。するとマルガレンが小声で「あのっ」と言い耳を貸してくれとジェスチャーをするので私は耳をマルガレンまで近付ける。どことなく、マルガレンの顔が青ざめている気がするが……。


「あの、僕だけ……、じゃないですよね? ノーマンさんに子供がくっついているように見えるのですが……」


 ああ、成る程。あまりにもノーマンが自然に振舞っているから幻覚や幽霊でも見てるんじゃないかと心配になっているのか。


「心配するな、あの子供はちゃんと居る。幻覚やら幽霊やらの類じゃ無い」


 まあ、だからといってノーマンがその存在に気付いていないなんて不気味な状況である可能性も無いことは無いが、それは考え過ぎだろう。


「そうですよね!? ああ……良かったぁ……」


「……お前そういうの苦手だったか?」


「いえその……特別意識した事は無いのですが、いざ目の前でそんな事態に遭遇したらと考えると流石に……。違うのであれば大丈夫ですが……」


 それもそうか。この世界じゃ幽霊の類は一種の魔物としてしっかり認知されている存在だ。前世の幽霊と違って実害がはっきり出る分恐怖も一入ひとしおだろう。


「それはいいとしてだ。このままノーマンが何食わぬ顔で話を続けるつもりならば先に問い質さなくてはな。視界に入って話に集中出来ん」


 と、そんな事を言っていると漸く店の奥からノーマンが以前燈狼を包んでいたのと同じ布で包まれた物を手に持ち現れる。


「よう、待たせたな。コイツが依頼の品だ! 受け取れ!!」


 私はそのまま素直にそれを受け取り、包んでいる布を捲っていく。


 中から現れたのは白銀色の三日月型の刀身に薄い紫の刃紋が入った一本のナイフ。グリップ部分には革が使用され、柄頭の部分には円形の大きな輪が造形された、いわゆるカランビットナイフと呼ばれる形状のナイフである。


「素晴らしいです。全部注文通りです」


「ガッハッハ! そりゃおめぇ俺が造ってんだから当然よ!! だが苦労したぜぇ? おめぇさんが絵を描いてくれたからなんとかなったが、こんな形のナイフ見た事も聞いた事もねぇからなぁ」


「無茶言ってすみません。ですがお陰様で理想のナイフが手に入りました」


「何言ってんだ、無茶は百も承知よ!!」


 そう豪快に笑うノーマン。くっついている子供はそんなノーマンを見上げているが、当のノーマンは相変わらず一切それに触れない。


 いい加減聞いてみなくてはとも思うが、その前に一つ、確認せねばならないことがある。それは当然──


「ところでノーマンさん」


「ん? なんでぇ?」


「このナイフ……おいくらに、なります?」


 色々と無茶を言った。何年も製作に費やさせた。相応の値段は覚悟しているし、その為の資金も十分ある筈。払えない事はない。


 ……ただ前の様に高い値段は付けたくないとか言ってくれないかなぁと、少しだけ期待してしまうが……。


「悪いが安くは出来ねぇぞ? 覚悟はいいか?」


「はい……」


「……金貨二百枚」


「……」


「金貨、二百枚だ」

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