第四章:泥だらけの前進-7
……金貨二百枚。前世の日本円に換算すると約二百万。間違いなく大金である。
ナイフ一本に二百万とは……。下手なブランド高級腕時計より高いじゃないか。
だがノーマンは金にがめつい男ではない。口にしている金貨二百枚という値段も、彼なりに勉強してくれたのだろう。
そもそも払えてしまえるしな。
「あの、一応内訳なんかは?」
マルガレンが恐る恐るといった具合で訊ねると、ノーマンは腕を組んで難しい顔をしながら唸る。
「うーん、そうだなぁ……。大半はブレン合金の勉強代だ。あのジジイ共、中々俺に製法教えねぇもんでな。一体どれだけの高級酒を貢がされたか……」
殆どは酒代なのか……。なんか釈然としないが……。必要経費と割り切ろう。
「そうですか……他には?」
「後は単純に材料費だ。ブレン合金に使う金属とかグリップに使ってる革、刃の根元に嵌ってる魔石の調達とかな」
魔石? 気付かなかったな。
そう思い言われた根元部分を確認して見ると、確かに小さいが嵌っている。それも丁度グリップに半分埋まる形なので若干見え辛い。
「この魔石はどんな魔物の物なのですか?」
「そいつは「シャドウチェイサー」っつう大型犬くらいある蜘蛛の魔物の物だ。毒物との親和性が高くてな、そいつがあるだけで毒の扱いも容易になる」
ほう、そんな素晴らしい物を使ってくれたのか。流石職人、私が言わなくても妥協はしないな。
「本当はシャドウチェイサーの毒も欲しかったんだが、何せかなり貴重でな……。滅多に出回らねぇ分かなり値が張る。そっちまで買っちまうと、いよいよナイフの値段が可笑しくなってくる」
「成る程……。惜しい気もしますが、現時点で金貨二百枚なのを考えると、確かにナイフ一本の値段では無くなってきますね」
ナイフを依頼する際、いくら掛かっても構わないと豪語したが、あまりにもあまりな値段だと流石に私もたじろぐ。仮にこれ以上のクオリティを目指すならば……。
「でも妥協したままは嫌ですから、いつかそのシャドウチェイサーを手ずから狩るのも視野に入れてもいいですね。その時は強化の方、お願いしますね」
「ガッハッハ、まったくおめぇさんも懲りねぇな!! ガッハッハ!!」
今回は仕方がない。現実問題、金貨二百枚は割とギリギリなのだ。
「うっし! なら後は名付けだけだ! いい名前は考えてんのか?」
勿論考えている。考えているがそれよりも、だ。話し出す気はないようだし、いい加減気になって仕方がないからツッコムぞ。
「その前に一つ……。今日会ってからずっとノーマンさんにしがみ付いてるその子は一体なんなんですか?」
私がそう話題を振ると、ノーマンは苦虫を噛み潰したような表情になり、目線を泳がし、話題の主軸たるしがみ付く子供は我関せずとノーマンの顔を見上げている。
そんなに聞かれてマズイものなのか? こんな露骨にへばり付いてるのに隠し通せるわけ無いだろうに……。
「……話さねぇと駄目か?」
「駄目というか、状況が混沌としてて話に集中出来ないんですよ。根掘り葉掘り聞きませんから大雑把にお願いします」
「うーん……。まあ、そうだよなぁ……。気になるよな普通……。……はぁ……こんな筈じゃ無かったんだがなぁ……。わかったよ、話す。つっても面白い話じゃねぇぞ?」
「はい、別に面白いかどうかまでは期待していませんから大丈夫です」
だからといって実は愛人との隠し子で、みたいな重たい話をされても困るが……。その時は聞かなかった事にしよう。
「そうか? ……なら言うが……。コイツな? こう見えて〝勇者〟なんだよ。「勤勉の勇者」」
「……勇者?」
この子供が? 勇者? ドワーフ族のって事でいいんだよな? いや待てそれよりこの状況、よろしく無いんじゃないか? 私が魔王だとバレないか?
……うん、初めてアーリシアと対面した時の様な悪寒めいた感覚はないな……。私がアーリシアで慣れてしまったのか、種族が違うせいなのか……。判らんが取り敢えずこの話は早めに切り上げよう。この小さな勇者が気付かないとも限らない。
「なんでドワーフの勇者がこの人族の国に? しかもノーマンの所に?」
そうノーマンに質問するマルガレン。私としては早く話題を変えたいのだが……。確かに勇者なんて重要人物、自国に囲っておくものだろう普通。魔王を倒し得る存在なのだから。
「国から頼まれたんだよ! 勇者の師匠になれってな!! 人族の街に店構える俺ん所の方が現状のドワーフの国に置いとくより安全だってな!!」
ドワーフの国より安全? 友好国とはいえ他国の方が安全とはどういう意味なんだ……。ドワーフの国で何かあったのか?
「ドワーフの国、そんなに酷い状況なんですか? 勇者を他国に預ける方がマシな程に」
「……あー、詳しくは言えねぇが……。今ウチの国──マスグラバイト王国じゃあ魔王が幅利かせてんだよ。〝空船〟使って国中を飛び回ってやがる……。そんで勇者なんて見付かった日にゃ瞬殺だからって……な?」
な? と言われてもな……。それにしても、魔王が国で幅を利かせているなんて……大丈夫なのかドワーフの国。魔王の私が言える事ではないが……。ん?
なんとなく視線を感じそちらの方へ向いて見ると、先程までノーマンのみを凝視していた小さな勇者が今度は私を凝視していた。
マズイ、気付かれたか?
こんな所でノーマンに私が「強欲の魔王」だと気付かれるのは非常にマズイ……。最悪ナイフを貰えない可能性も……。そうなれば最悪だ。
ノーマンが彼女をどこまで信用しているか知らんが、もしもの時は私が築き上げてきた信頼を利用して──
しかしそんな私の心配をよそに、小さな勇者は騒ぐでもなく怖がるでもなく、ただひたすらに私を凝視し続けるだけである。
……よくよく見ればこの子、女の子か?
褐色の肌に深緑色の瞳に髪色は銀でお下げ髪。幼い容姿なせいか中性的にも見えるが、多分、女の子だろう。女の子で鍛治見習いとは、また随分──
「ん? あ、コラ! モーガン! コイツはウチの大事な客だ! あんまりジロジロ見るんじゃない! 失礼だろ!」
「まあまあ……モーガンというのですか?」
「あ? あぁ、モーガン・ウォールス・カーペンター。一応ドワーフの貴族のご令嬢だ。地方のだけどな。ったく、ガキの考えてる事は分からんな……。だから話したくなかったんだ、話が拗れっからな」
寧ろ黙っていた方が拗れそうだと思うんだが……それにそこまで話し辛い内容でも無いような……。まあいい。別にこの子も私の何かに気付いたわけでも無いみたいだし、話を戻そう。
「まだ小さいですし、仕方がないですよ。それよりナイフに名前を付けましょう。どんなスキルが覚醒するのか、楽しみです」
「……それもそうだな。うっし! じゃ、いっちょやりますか!!」
その後ノーマンにポケットディメンションから大量の金貨が詰まった重たい革袋をいくつか取り出して渡し、前回の時同様ナイフに名前を刻む。
「んで? なんて名前にすんだ?」
「このナイフに相応しく、毒武器としての意味合いと、蜘蛛の魔物の魔石からちなんで「
「ほぉー、よくもまあ、そうポンポンと出て来るもんだ……。取り敢えず了解、ちょっと待ってな」
私から名前を聞いたノーマンは、その後黙々とナイフに名前を刻んで行く。
名前が少しずつ刻まれて行く度に、漠然とだが、私とナイフとの間に不可視な何かが繋がって行く不思議な感覚を覚える。
元々は私が十年間使っていたそのナイフは、思い返せば屋敷の物置に置いてあった二本のナイフを売り、新たに買ったごく普通のナイフだった。それが今、新たな姿形へと変わり、再び私の手元に戻って来る。なんとなくだが、感慨深いな。
そうして待つ事数分。ノーマンが最後の文字を刻み終えたその瞬間、私の中の天声がアナウンスを始める。
『アイテム種別「ナイフ」個体名「
『これによりアイテム種別「ナイフ」個体名「
『これによりアイテム種別「ナイフ」個体名「
『確認しました。アイテム種別「ナイフ」個体名「
『確認しました。アイテム種別「ナイフ」個体名「
『確認しました。アイテム種別「ナイフ」個体名「
……なんか凄い物騒なスキルを覚醒させたな。
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