第四章:泥だらけの前進-15
私の宿舎の部屋から歩いて約十分。
目の前に広がるのは広大な砂地と芝生で彩られた巨大な野外訓練場。
前世の日本で一般的な学校のグラウンド。その約五倍は広いであろうこの敷地は、魔法魔術学院の中庭に位置しており、今も明日始まる新入生テストを受ける新入生や魔法の訓練に勤しむ上級生が様々な魔法をそこら中で爆発させている。
私とロリーナがそんな訓練場へ足を踏み入れると、私達の存在に気が付いた生徒達が訓練の手を止め、口々にコソコソと話し始める。
「おい、あの人昨日の……」
「だよな? 壇上で無双してた蝶のエンブレムの……」
「あれだけ魔法使ってもう魔力回復してんのかよ……。どんな魔力量してんだ……」
「隣の美人はなんだ? 恋人かなんかか……?」
「才能もある上に女連れかよ……。しかも美人で胸も結構……。世の中不公平だろ……」
……言われたい放題だな。それにしても不公平ねぇ……。確かに私は転生神から《
後ロリーナの身体をジロジロと見ている奴。顔を覚えたからな。
と、そんな下らない事よりだ。
「あそこが空いているな。問題無いか?」
「はい。大丈夫です」
私達はいい感じに空いているスペースを見付け、そこで対面になる様に立つ。すると私達の近くで訓練していた生徒達は露骨に距離を取り、訝しげに観察を始めた。
少し居心地が悪いが、まあ、努めて無視をするとして……。
「今から簡単な的を作るから少し待っていてくれ」
私は《精霊魔法》を使い、地面を盛り上げてから少し形を弄り、適当に人型の的を作る。見た目は適当、どうせ何回か壊れて作り直すのだし、凝った作りにする必要は無いだろう。
的の土人形が出来上がると周りから異様などよめきが起こり、私に向けられる視線も増えた様に感じた。
流石は魔法魔術学院に入学した生徒。《地魔法》と《精霊魔法》の違いが一応は分かるみたいだな。伊達ではないらしい。
「よし。まずは使える魔法の中で得意なものを使ってみせてくれ。的の土人形を壊すつもりで構わない」
「はい」
ロリーナは両手を前へ掲げる。そして目を閉じ、全身を巡る魔力を手に集中させていく。
「……清き水は激流の勢いを帯び、瀑布が如き轟を上げる」
ロリーナの手の先には水の塊が渦を巻き、魔力が注がれる度にその大きさと勢いが増して行く。
「衝撃は岩をも砕き、今、水は鉄槌と化す……。フォールハンマー!」
直径四メートルを超える大きさとなった水の塊は、そのまま滝が滝壺へと注がれる様に土人形に叩き付けられ、凄まじい轟音を上げながら土人形を跡形も無く粉砕する。
地面に衝突した水はそのまま辺りに飛散し、周りの野次馬をびしょ濡れにする。
私は《魔力障壁》でそれらを掻き消して濡れるのを防いだが……。しかし、まさかここまでの魔法が使えるとは……。
私が作った土人形、一応壊すつもりで構わないとは言ったが、だからと言って脆くは作っていない。時間を掛けない範囲で頑丈に、強固に作ったつもりでいた。
昨日私を襲って来た奴等の誰がやろうと、最低でも二、三発は魔法に耐えられるくらいには作ったのだ。それが彼女の魔法で粉々である。
「凄まじいな。優秀だろうとは思っていたが、このレベルの魔法を扱えるなんてな」
周りがびしょ濡れになった事に対して何やら喧々囂々と文句が聞こえるが知らん。本物の水では無く魔力の水なのだ。その内魔力が空気中に融けて乾くのに一々構っていられるか煩わしい。
ふと、彼女を見ると、額に汗を滲ませながら肩で息をし、けれども問題無いとばかりに表情は涼し気のままをキープしている。
まあ、あれだけの魔法を放ったんだ。そりゃあ相応に消耗もするだろう。
「平気か?」
「はい……問題……ありません……」
全然問題無いって具合には見えないんだがな。きっと私に今自分が出来る最大の魔法を使って見せてくれたのだろう。それこそ、魔力が尽き掛ける勢いのを、だ。
お陰で彼女の底力を知る事が出来た。これで彼女の魔力量を把握出来る。と、それよりだ。
私はロリーナへ歩み寄り、懐から紫色の液体が入った小瓶、魔力回復ポーションを取り出して手渡す。
「これは……」
「見ての通り魔力回復ポーションだ。私が作った物では無く、リリーが作った物だから安心してくれ」
「……ありがとうございます」
ロリーナは私から受け取った魔力回復ポーションを飲み干し、空になった小瓶を私に返却する。
……いや、変な事を考えるのは止そう。それよりもだ。
「悪いが今度はどれだけ魔法を自在に操れるかを見てみたい。土人形をもう一回作るから、その間に少し休んでいてくれ」
「はい。分かりました」
もう一度、私は《精霊魔法》で土人形を作る。強度は先程と同じ。今回は別に威力を見たいわけではないしな。わざわざ強度を変える必要も無いだろう。
少しして完成し、改めてロリーナに向き直る。どうやら先程のポーションが馴染んで魔力を回復する事が出来たみたいだ。
「もう大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
「よし。じゃあ次は先程も言ったように魔法の操作がどれ程かを見せてくれ。威力は考えなくていい」
「分かりました。……逆巻く風、一つ所に集まりて形を成す」
ロリーナの周りを風が渦巻き、土埃を巻き込みながら鋭い風の刃を作り出す。
「柔軟に、従順に、鋭く切り裂く
刃と化した風は突風の様な勢いで上空へと飛翔し、ある位置まで上がると、それは土人形目掛けて音速に近い速度で激突し、土人形をまるでバターを切り裂く様に袈裟懸けに両断してしまう。
そして風の刃は再び上空に舞い上がり、土人形の残骸に追い打ちを掛けるように更に切り裂いた。
しかしそこで限界が来たようで、風の刃は形を歪めて空気中に霧散し、巻き込んでいた土埃を辺りに撒き散らした。
……リリーには、ロリーナの事は私が守ると大口を叩いたが、これ私が守らなくとも問題無いんじゃないか?
私に見せてくれたフォールハンマーもエアスラッシュも、下手をすれば私の使う魔法より威力も精度も高いんじゃないか?まさかロリーナも私の様に《魔力精密操作》や《演算処理効率化》のスキルを持っている?
私はそんな疑問が浮かび、聞いてみるかとロリーナに振り返ると、先程の様に魔力が枯渇間近まで来ているのか、肩で息をして額に汗を滲ませている。そして今回は先程より余裕が無いようで、今にもその場にへたり込みそうな程に息を荒くしていた。
おいおい、何もそこまでやらんでも!
私はロリーナに駆け寄ってポケットディメンションを開き、中から野営用の折り畳み椅子を取り出しそこにロリーナを座らせる。そして魔力回復ポーションを二本取り出してロリーナに飲ませる。
飲んだのを確認してから再びポケットディメンションを開き、中から汗拭き用の布を取り出し、ロリーナの額の汗を拭ってやる。
「大丈夫です……自分で……やれ、ます……」
「何が大丈夫だ、まったく。ロリーナ、これはあくまで私が君の能力を知りたくてやっている事だ。そんな事でそこまで無理はする必要は無いんだぞ?」
「……そういうわけには……いきません。私は……小さい頃から……貴方を目指して……」
「小さい頃? まあ何だっていいが、頼むから無理をしないでくれ」
まさかロリーナがこんな無茶な事をするとはな……。もっと冷静に物事を考えられる子の筈なのだが、何かあるのか? 込み入った事情的な何かが。
だが取り敢えずのロリーナの能力と、その限界は把握出来た。リリーが自信満々にロリーナを学院に通わせるのも納得だ。この場で野次馬化している生徒共よりは遥かに実力があるのは間違いないだろう。
まだ二属性しか使えないとはいえ、ロリーナに才能があるのは間違いない。
「暫くは座って回復に専念してくれ。今度は私がどれ程の事が出来るのか、君に把握してもらいたい」
「はい……」
ロリーナからの返事を聞き、次は私の番だと彼女から離れようとした、その時、
「ちょっっっっっと待てぇぇいっ!!」
エラく癖の強い大声が、私の歩みを止めさせた。
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