第四章:泥だらけの前進-16

 私がそのけたたましい声の方を振り返ると、そこに仁王立ちしていたのは金髪の男。男はその短髪をライオンのたてがみのように逆立てさせながらヅカヅカと私達に近付いて来る。


「君ねぇ? 女の子にそんな無茶させちゃあイカンな! うん? イカンイカン!!」


 男はそのまま椅子に座るロリーナまで歩み寄り、大袈裟に跪く。


「さあ麗しい君、こんな粗暴な男などと一緒に居らず、この俺と一緒に!」


 そう言いながらロリーナの色白で細い美しい手に触れようとし、


「いえ、結構です」


 一言それだけを残し、椅子から立ち上がって私の元へ来て少し寄り添って来た。


 ああ……、可愛い……。見たか、これが三年間地道に築き上げ来た私とロリーナの信頼関係だ。そこら辺から湧いてきた有象無象に、簡単に踏み入られて堪るものか。


「そ、そんな……。何故だ? それだけ君を酷使する男を何故選ぶんだ!?」


「先程のは私が自主的に──勝手に全力を出した結果です。クラウンさんは寧ろ無理をするなと言って下さっています」


「うっ……。そ、そうなのか?」


「はい」


「そうか……つまりは俺の勘違いか……」


 ん? なんだ、もっとグチグチ屁理屈を捏ねて突っ掛かって来るのかと思ったが……。まさか本当に勘違いをしたのか? あの状況を見て?


「ま、まあ……それは俺の勘違いだった。それは認めよう。だがしかしだ!! それにしたって随分偉そうに君に魔法を行使させていた様に見えたが?」


「偉そう……には私は感じませんでしたが、それは単純に私が最初に実力を見てもらっていただけで、次はクラウンさんの魔法を見せてもらう話です。使わされていたわけではありません」


「な……、な、成る程……。成る程……」


 なんだ? 一体何をどうやって私達を見たらそんな勘違いを引き起こして自信満々に突っ掛かってこようと思うんだ? ……露骨に怪しいな。まあ、何にせよ──


「そろそろ再開したいんだが? それともまだ私達の邪魔をしたいのか?」


 これで変にゴネてまだ邪魔しようというのなら、《解析鑑定》で素性を暴いた後に相応の処置をしてやろう。


「あ、いやっ!! 続けてくれ!! 邪魔してすまなかった!!」


 ……アッサリ引いたな。


「そうか。ならお前はさっさと何処かへ──」


「待ってくれ! 散々君達の邪魔をした俺が言える事ではないが、俺にも見せてくれないか!? 君の実力を!!」


 ……。


「お前……、胡散臭いにも程があるぞ」


「な、何を言っているんだ……。俺は純粋に君の実力が見たくて……」


「喧しい。無理のある難癖の付け方といい態度の変貌振りといい、お前、一体何がしたいんだ?」


「そ、それは……」


 それはって、コイツ……。隠す気あるのか? 悩んでいる時点でアウトだろう。惚けるなりなんなりすればまだマシなものを……。絶対何かあるぞ……。


 ……だが、コイツ、逆に使えるんじゃないか?


「まあいいだろう。見るだけなんだな?」


「──っ!? あ、ああ!! 勿論だとも!!」


「ならば勝手にしろ。そこで大人しく、な」


 コイツは絶対何かを目的に私、いてはロリーナに近付いて来ている。それを今この場で追及する事も出来なくは無いが、蜥蜴の尻尾切りをされれば意味が無い。ならば今は泳がせて、繋がっている糸が何処に向かっているのか、何処に伸びているのか、それを確かめる方が確実だろう。


「ああ、分かった」


「ふん」


 私は二人から少し離れてから両手を広げ、《空間魔法》で目の前にちょっとした隔離空間を四つ作る。一応太陽からの光の加減でその境界が薄っすらと見えるが、ほぼ透明な空間だ。


「見えるか? これは《空間魔法》で作った隔離空間だ。座標を少しだけ弄って作っているわけだが、その少しで空間は簡単に隔離させる事が出来る。まあ、魔力で座標を弄る事自体が難易度が高いし、維持するにも魔力を消費し続けるワケだが……」


 ロリーナは私が作った隔離空間を真剣に真っ直ぐ見据え、それがどのようになっているかをつぶさに観察している。


 男は驚愕で頭が一杯なのか、必死にかぶり付く様に観察しているが、多分半分も理解出来ていないだろう。まあ、コイツはいいとして……。


 次に私は、目の前の四つの隔離空間の中に一つずつ魔法を発動させる。私から見て左から《炎魔法》《水魔法》《風魔法》《地魔法》の順でそれぞれが隔離空間に出現する。


「見て分かる通り、私は五属性の魔法を扱える。細かい熟練度はそれぞれ違うが、まあ、テスト程度の戦闘に支障は無いと自負している」


 ロリーナは相変わらず私の魔法を真剣に観察しており、男は頭の処理が追いつかないようで、頭上にはクエスチョンマークが見て取れるようだ。


 私はそれら展開している五属性の魔法をその場で消す。魔法は基本、発動者の魔力で出来ている。十分な魔力を与えておけば供給しなくとも発動し続けるし、逆に発動中の魔法から魔力を抜き取る事で簡単に消える。まあ、《魔力精密操作》なんかがある前提の技術なわけだが。


「さて、次は……」


 私は次に、《精霊魔法》で先程と同じ様に土人形を作って見せる。今度は凝らず、簡単にだが。


「これが《精霊魔法》だ。土を使っているから《地魔法》に見えるかもしれんが、コイツは自然現象を操る魔法だ。その場の環境に左右はされる上に自由度は劣るが、扱うのは魔力で作った偽物ではなく本物の物質。火は一旦点ければ魔力消費無しにそのまま燃え続けるし、水だって飲料水に出来る。これだけ言えば、その有用性は理解出来るな?」


 これにロリーナは無言で頷き、男は既に考えているのかいないのか分からない表情のままぎこちなく頷く。……コイツ居る意味あるか?


 ……放っておくか。ロリーナの方が大事だしな。


 さて……ではここからは現在特訓中の魔法のお披露目だ。


 私はポケットディメンションを開いて黒い石がぶら下がる首飾りを取り出し首にぶら下げる。そして再び手を広げ《空間魔法》で隔離空間を作る。


 この魔法はこうやって隔離空間内で発動しないと万が一があるからな……。用心に越した事はない。


 そして私は念じる。深い深い、底無しの〝闇〟を思い浮かべながら。


「仄暗い底には影が蠢く。手を伸ばせば沈み、目に映る全ては塗り潰される……」


 隔離空間内に見間違いにも思える程に小さな黒い点が現れる。私が詠唱を一言一言紡ぐ度にその黒い点は大きく膨れ上がり、隔離空間内一杯一杯にまで大きくなる。


 一見すればポケットディメンションにも見えるそれだが、ポケットディメンションと違いそこには確かな〝恐怖〟。不安を煽り正気を奪う、底無しの闇。


「クラウンさん、それは……」


「……《闇魔法》。中位二属性の一つで……、私が三年間訓練している魔法だ……」


「三年間……」


「ふっふっふっ、リリーからは私に才能があると聞かされているんだって……? 全否定はしないが、だからと言って努力していないわけじゃない。私でも三年でこの程度だ」


 正直、この状態を維持し続けるのはシンドイ。《闇魔法》だけならまだしも、それを《空間魔法》の隔離空間で覆っているのだ。その維持の大変さたるや……。


「この《闇魔法》はな……。《空間魔法》と少し似ているがまるで違う。《空間魔法》は魔力で座標を固定し、置換したり穴を開けたりする魔法だが、《闇魔法》は魔力を使ってその場の光を塗り潰して作る魔法だ」


「光を塗り潰す……」


「いまいちピンと来ないか? そうだな……。例えるなら、真っ白な砂場の砂粒をムラ無く真っ黒に塗り潰して行く……と言えば分かるか?」


「それは……凄まじいですね……」


「ふふふ……。まあ、それはこの三年で効率良く出来るようになったが、問題はその後だ」


「問題……? それは隔離空間を使うのと関係があるのですか?」


 お、流石だな。


「そうだ。この魔力で作ったある程度の大きさになった闇を《闇魔法》を習得していない……制御出来ていない状態でそのまま放り出すと──」


「放り、出すと……?」


「無軌道に光を吸収し続けて大惨事になる」

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