第三章:草むしり・前編-8
メリーから本当の意味で完成した私の専用防具「
先程ノーマンから受け取った際にも袖を通し着心地を確かめたが、今はその時よりも増して身体に馴染む感覚を覚える。
「その顔見る限りじゃぁ満足いただけたみたいだね」
「ええ……。それはもう……」
「そうかいそうかい。そいつは良かった。……んじゃ、ちょっと無粋な話になっちまうが……。支払いの方、頼むよ」
「はい。それは勿論。希望価格はどれ程ですか?」
「そうだねー……。魔物の甲殻とさっきの糸はアンタの持ち込みだからね……。それを差し引いたらぁ……。金貨五十枚って所かね?」
そう悪戯っぽく笑って見せるメリー。まあ確かにコート一着の値段としては飛び抜けてはいるが、何も問題無い。
「分かりました」
私はポケットディメンションを開き革袋を取り出してそのまま袋ごとメリーに差し出す。
「ちょ、ちょちょちょちょっとっ!?」
「中を確認してみて下さい。間違いがなければ五十枚丁度入っている筈です」
数時間前に大量に金貨を受け取った際、流石に一袋に纏めるのもややこしいと判断して、こうして五十枚毎に分けるようにした。これならば支払いも多少は楽になるだろう。
「いやいやいやっ! あ、アンタねっ! そんなホイホイ言われた金額出すもんじゃないよっ!? こっちとしちゃ、ちょっと色付けた額を──」
「いえ、これでも妥当な値段だとは思っていますよ?」
「……いや、しかし五十枚をそんな簡単にポンと……。ウチの店で扱ってる最高額でも二十枚だよ? それ超えてるってのに……」
「ノーマンさんとメリーさんの技術……。夫婦の技術が合わさって出来た傑作なんです。そのくらいの価値はあると思うんですがね」
そう口にするとメリーは何だかむず痒そうに表情を弛緩させ、照れ臭そうに頭を掻く。
「そう言われんのは……悪い気しないね」
「なら素直に受け取って下さい」
「そうかい。……なら次回の依頼は一回タダにしてやるよ。それでどうだい?」
「良いんですか?」
「このままじゃアタシの気が治らないからね。ガキは大人に甘えときな」
「そうですか? ならば助かります」
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「ただいま……」
「あ、師匠おかえりなさい……って、随分落ち込んでますね」
「ああいや……。また母ちゃんにドヤされちまってな」
「なんだ、そんな事ですか」
「なんだってなんだっ! ……で、店は特に変わった事とか無かったんだな?」
「あ、いえ。一回お客さんが来ましたよ」
「あ? なんだって?」
「師匠と、それにクラウンさんに用事があったみたいだったので直ぐに帰られましたけど……かなり怪しい感じでしたねぇ」
「……どう怪しいんだ?」
「なんか全身真っ黒の服で、胸元に変なエンブレム付けてて……。あ、そうそう。なんか前にも一度来たとか言ってましたね」
「……はあ……」
「師匠?」
「こりゃ、ニィちゃんにも伝えとかねぇとなぁ」
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メリーとの打ち合わせ後、必要な素材を渡してから依頼書を製作し終えた私はそのまま帝都には行かず、一旦ノーマンの鍛冶屋へ再び足を運んだ。
ノーマンはメリーにああ言われて素直に帰ったが、本心ではこの
まあパッと見せるだけだ。そう時間は掛からないだろう。
と、思っていたんだがな……。
「……「魔天の瞳」、ですか?」
「ああ、多分な。懲りずにまた来やがったみたいでよ」
「ふむ……」
魔天の瞳……。確か二年前にこの鍛冶屋で一悶着を起こした魔物を崇拝する過激派の宗教団体だったな。
あの時は私がトーチキングリザードを狩った事にイチャモンを付けて来て、それを返り討ちにした筈だ。
そんな奴等がこのタイミングでここを訪れた理由は……。
「私がトーチキングリザード三匹と改造魔物、それとシュピンネギフトファーデンの解体を依頼したのを嗅ぎ付けたか……」
「嗅ぎ付けたって……。魔物討伐ギルドの情報をか? いくらなんでも奴等にそんな──」
「いえ、出来ますよ。簡単な話です」
例え組織ぐるみで厳重に情報管理をしていたとしても、扱うのが人である事には変わりない。前世の様に機械が殆ど普及していないこの世界なら尚更だ。そう、つまりは──。
「魔物討伐ギルド内に信者が紛れているんでしょう。そしてその信者が情報を流している……」
「なっ!? 馬鹿いえっ! 田舎街の支部ギルドとはいえ三大ギルドの一角だぜっ? そんな怪しい奴雇うわけねぇだろっ!」
「元々一般的な職員だった者が後々に信者になる場合はクリア出来ます。それと例えば催眠や洗脳等を使って操り人形にしているか……。まあこの場合は信者でなく、下手をすれば情報を流している者自身にも自覚が無い可能性もありますが」
まあ何にせよ情報が奴等に漏れている事は確定的だろう。でなければこんなピンポイントなタイミングで私とノーマンを訪ねに来るなど余程の運だ。
……そもそも。
「そもそも奴等が私達を訪ねに来た理由はなんだ? 魔物関連なのだろうが……」
「ご高説垂れて悟らせるぅ……ってタイプの奴等じゃねぇだろうしなぁ……。ならやっぱ制裁……か?」
「その可能性もあるでしょうが……」
私達に制裁を加えたいならわざわざノーマンの店を訪ねる理由が分からない。一体奴等はなにがしたいんだ?
……チッ、独特な信仰心を抱く連中の思考など理解出来んな。ならば……。
「まあ今こうして考えていても仕方ありません。魔天の瞳に関しては私が調べますので、ノーマンさんは私の依頼に集中して下さい」
「いや、しかしだなぁ……」
「名指しされて気が気じゃないのは理解出来ますが、今はどうか……。奴等に手出しはさせないので、絶対に」
私のみならず、ノーマンにすら危害を及ぼしかねない連中をこのまま放置などしてはおけない。
今から潜入エルフの炙り出しで忙しくなるというのに、また厄介な……。
「ニィちゃんも気ぃ付けなっ! 奴等得体が知れねぇからな……。いくらにニィちゃんでも下手したら足元を掬われるかもしんねぇ」
「重々理解していますよ。だからこそ、徹底的にやります。……それでは、私はそろそろ」
「お、おう」
「武器完成の連絡、楽しみにしていますね」
それからは鍛冶屋を出てパージンの街中を少し歩き、適当な路地裏に入った瞬間に隠密系や遮断系のスキルをフル活用し姿を晦ませる。
「……ムスカ」
「はい。お呼びですか?」
同じく隠密系や遮断系のスキルでずっと姿を隠していたムスカが一時的にそれらを解除し、私の右肩に姿を現す。
「話は聞いていたな?」
「はい。一言一句違わず」
「なら大体は分かるだろう? 話によれば魔天の瞳が鍛冶屋を訪れたのはごく最近。ならばまだ街中か、その周辺に居るだろう。お前の《分身化》と《眷族召喚》で眷族を呼び出してそいつ等を探せ」
「畏まりました」
「いいか? 一人残らずだぞ? ギルドに潜入、または洗脳されている奴もだ。見付け次第奴等に《寄生》で分身体や眷族を寄生させろ。そして奴等の情報を全て私に送れ」
「数次第ではかなりの情報量になるかと思いますが……」
「構わん。やれ」
「ははっ!」
ムスカはそう返事をするとその場で《分身化》と《眷族召喚》を発動。ムスカ自身の姿が本体を除いて三体に分身し、ムスカから溢れ出た暗黄色の靄からは本物の蝿と同じ姿の眷族が何十匹と出現した。
それら分身体と蝿の眷族はムスカからの指示を受けるとそのまま街中に散らばり飛んで行った。
「ご主人様の記憶にある姿で居るならば直ぐに見付かるでしょう。目立つ格好をしていましたから」
「だが中には街に溶け込む形で潜んでいる者も居る。連中に接触した者を一時観察し、怪しいと判断したらそいつにも寄生するんだ」
「ノーマンやそれに連なる者に攻撃的な姿勢を見せた場合は?」
「……最終的には私が判断するが、場合によっては始末する」
「了解しました」
「かなり遅くなりましたね」
帝都に帰って来るなり、カーラットにそんな嫌味めいた事を言われる。
時間帯は昼過ぎ。確かにかなり遅くなってしまった。
「本当ですよっ! 私達クラウンさんが来ないからお昼食べてないんですからねっ!」
「そうだそうだっ! こっちは腹が減って仕方がないっ!」
コイツ等……。
「……私の金で散々買い物していた奴等の言葉には思えないなぁ? えぇ?」
「いやいやっ! この程度の空腹の我慢なんて朝飯前だなぁっ! なぁっ!?」
「そ、そうですねっ! まだお昼過ぎたばかりですしねっ! 今から食べれば余裕ですね余裕っ!!」
はあ……。コイツ等の手の平くるくる回り過ぎだろ。手首にモーターでも付いてるのか?
……まあいい。
「ご要望通り昼食にするぞ。そこでこの後の予定を話す」
「あ? この後の予定?」
「えっ? お前ん家でお疲れ会?」
「まあ、概ねそんな感じだ」
私達は帝都で一番評判の良いレストランに顔を出し、料理が来る前に昼食後の予定を話していた。
「ウチの屋敷で最高のもてなしをしてやろう。料理も私が作る。今日と、そうだな……。明日まではゆっくり羽を伸ばしてくれ」
「ま、マジか……」
「ようやく……まともなお風呂とベッドがぁぁ……」
少し大袈裟なリアクションをするティールとユウナだが、私が明日屋敷に行くのはただの羽伸ばしではなくちゃんとした理由がある。
一つは父上に確認したい事があるからそれを問い詰める事。これに関しては人族とエルフ族との間にある大きな亀裂に関係している可能性がある。それを知り、エルフとの戦争を少しでも万全な備えをする。
そしてもう一つはムスカを見て気になった事の確認だ。
ムスカは私のスキルを受け継いだ上、私には無いスキルにも覚醒した隠密のエキスパートとなった。
その能力は帝都で買い物をしていた四人を確認出来たり、パージンの中に居る魔天の瞳の連中捜索にも活躍しているわけだが……。
この力、果たしてムスカだけが使える力だと言えるだろうか?
私はそうは思わない。
確かにムスカは隠密系で最強のスキルを覚醒させているが、これはムスカだけの特別なスキルなどではないからだ。
特に今現在に至っても煩わされているエルフ達は当然これら隠密系に特化している。潜入エルフなんかが正にそれだろう。
つまりは潜入エルフ、
何を今更、という話だが、これが仮に事実ならば私が認識していないエルフ──もしくはそれに協力する不届者の存在がまだまだ潜んでいる可能性も大いにあるという事。
ではそんな能力が高いエルフを一体何処に使っているのか?
それはきっと、より潜入が困難な場所だろう。適材適所を考えれば当然だ。ではそれは何処か?
王城内や大貴族である珠玉七貴族、そして三大ギルドの本部……。王国内で潜入が最も困難な場所は主にこの三ヶ所ある。
しかし、それらとは別に、彼等エルフにとって最重要と言って差し支えない場所が、もう一箇所存在する。
そこは恐らく、エルフとの関係が最悪な現状を作った存在の住処。何十年──下手をすれば百年近い昔にエルフから土地を奪った存在の住処。
そして今もそこに巣食う存在の住処……。
……私の考えが間違いなければ、そこは恐らく──
──私の故郷カーネリア、
考えてみれば当然の話だった。
自分達の神聖な土地を奪った者達の住処にスパイを送り込まない道理はない。
彼等にとってあの土地は、忌むべき人族の傲慢と強欲の象徴なのだから。
ただ私の中で、無意識に近い場所で〝それは無いだろう〟と勝手に考えてしまっていた。
理由は単純で、私の住んでいたあの屋敷の使用人は皆が皆ベテラン中のベテラン。馴染み深い者達だ。
私が生まれる前から働いている彼等──特にメイド長のハンナなんかは最早ベテラン中のベテラン。それを、私は何処か疑いたくは無かったのだ。
昔の私だったら嘲笑物だろう。
誰も信じず、自分が手に入れた情報すら疑い、十重二十重と対応策を用意していた臆病とも取れる昔の──前世の私なら。
この世界に転生し、甘くなっていった自分に一度は頭を抱えて昔の自分に戻ろうとしたが、それを止め、今は全てを享受している。それが今の私だと……。
しかしそんな甘さが産んだ甘々な思考から来た希望的観測に、危うく足元を掬われそうになった。
甘くなるのも、中々に加減が難しい……。
だがここまで考えが至ってしまった以上、非情になるしかない。
屋敷内に居るであろうハイスペックな潜入エルフを暴き出す。
それが私が屋敷に戻るもう一つの理由である。
「ん? どうしたクラウン」
「いや……」
少し、耽ってしまったようだな。まだ間に合うとはいえ、危うくやらかす所だったと思うと流石に少し落ち込む。
ムスカの能力を確認して件の可能性に気が付いた時なんかは久々に全身が粟立ったものだが。本当、愚かの極みだ……。
……はあ。
「アレですね? 流石のクラウンさんも数時間程度の睡眠じゃ集中力が保たないんでしょう? なんなら今から来るお食事、食べさせてあげましょうかぁ?」
ふざけた調子でそう口にするユウナは、チラッとロリーナの方を見る。
それに釣られるように私もロリーナに視線を移して見れば、ほんの僅かだがちょっとムッとした表情を見せてロリーナが溜め息を吐いた。
「私の事、からかってます?」
「いやいや違うよ違うっ! 軽い冗談だってっ!!」
「なら、良いんですが」
……この二人、いつの間にこんな冗談を言い合う程に仲良くなったんだ?
まあ四六時中監視している訳ではないから分からんで当然ではあるが……。
「おいおい喧嘩なんて止めてくれよ? んなもん見ながらだと折角の昼食が不味くなる」
「あのねぇ……。言うにしてももっと言い方が──」
「おっ! メシが来たぞメシがっ!」
「はあ……。ちょっとはクラウンさん見習いなよ、まったくぅ……」
……なんだか少し、落ち込んでるのが馬鹿らしくなって来るな。ふふっ……。
「…………」
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