第四章:泥だらけの前進-26

 久々にすこぶる機嫌が悪い。気分が悪い。


 既にエルフに色々としてやられてる事実に加え今日立てた計画の半分以上が頓挫だ。


 そして……そして何より……。


「あれだけ目新しいスキルを豊富に持っていたヤツから一つしか獲得出来ていない……。ああぁ、ムズムズするな……もどかしくて吐きそうだ」


「く、クラウン? 一体何を言って……。というかなんで同級生がお前を襲うんだ!?」


「……そうだな。取り敢えずコイツから処理だ」


 私は燈狼とうろうを構え直す。


 私を襲った奴は火傷した腕を庇いながら立ち上がり、腰に隠されていたナイフを取り出して逆手に構える。どうやらまだやる気らしい。


「……後悔しろ」


 コイツが私の敵ならば容赦はしない。さっきの魔物から奪い損ねた分コイツからスキルを──


 いや待て。この二人、これだけ教師が居る前で《強欲》を中心としたスキルを強奪するスキルは使えない……。やれて燈狼とうろうの《劫掠》でチマチマ奪う事だが、成功率の低いこのスキルでは魔力を過剰に消費する。


 それに今はスキルより情報が欲しい。ならばコイツからは《劫掠》で記憶を奪ってしまおう。その方が有益だ。スキルは周りが見ていない隙にでも《強奪》するしかないか……。まどろっこしい……。


 と、そんな事を考えていると相手は姿勢を低くし一切の躊躇なく私に突っ込んで来る。


 動きは早い。足場の泥を物ともしない歩法でもって複雑に左右にブレながらの正面突破……私に狙いを定めさせない寸法だろう。


 ……まあ、私がこうして頭で一つ一つ理解出来ている時点で、それらが全て見えているわけだが……姉さんとの特訓を何年も経験している私に、その程度見えなくては姉さんに申し訳が立たない。


 私は相手に《解析鑑定》を発動させる。


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 人物名:ホーネスト・センチピード

 種族:情報が削除されています。

 状態:高速化

 役職:情報が削除されています。

 所持スキル

 魔法系:情報が削除されています。

 技術系:情報が削除されています。

 補助系:情報が削除されています。


 概要:情報が削除されています。

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 チッ、コイツも情報が削除されているのか。だがさっきの魔物と違ってコイツは普通の人型人種。しっかりした人格を確立しているであろう人の情報を削除……つまりは過去も消し去っているワケだが……。


 これは……コイツは操られているとかそんなんじゃないな。化けているんだ、人族に、エルフが。


 そう簡単に他人の情報を削除出来るとは思えない。あまつさえ操るなど……相応のスキルが必要になるだろう。土壇場で出来る事じゃない。


 つまりエルフ共はそこまでして──仲間のエルフ一人の記憶を削除してまでこんな奇襲を実行する奴等の徹底ぶり。そして覚悟。生半可では無い。


 それだけ今回のエルフ共は本気なのだろう。本気でこの国を潰しに掛かっている。エルフ共……ナメていた。完全に。


 ……叩き潰さねば。徹底的に。


 そうこうしている間に相手は私の懐まで迫る。そしてそのままナイフを私の腹部へ目掛け横薙ぐ。


 私はそれに構わず、燈狼とうろうに魔力を注いで炎を爆発的に噴き上げさせる。その熱は当然ながら高温であり、私の様に《炎熱耐性・小》でも無ければまず耐えられない。


 炎に当てられた相手はそのまま炎に巻かれるも、その姿はまるで霧の様に薄っすらと消えてしまう。


 前に師匠が使った《幻影魔法》。コイツはそれを使い私に自分の位置を誤認させたのだろう。だが。


 私は構えている燈狼とうろうで自身の背後を振り向き様に切り上げる。すると何も見えない空間で燈狼とうろうの刃が止まり、確かな手応えを感じる。


 その瞬間私は燈狼とうろうに魔力を注いで再び炎を巻き上げさせる。加えてそこに《魔炎》を発動し、背後から姿を消して襲い掛かる同級生に化けたエルフに負わせた火傷を爛れさせる。


 辺りには鮮血が吹き上がり、左脇から右鎖骨付近までを切り込まれた同級生もどきは炎に包まれながらその場に倒れた。


 《劫掠》により得られた奴の記憶はごく僅かだ。しかし全く無かった訳ではなく、それはコイツに与えられた絶対命令と細かい行動の設定。そして今回の大目標。それは……。


「なるべく多く死体を作る? 死体だと? ……まさか……まさか!?」


 私は咄嗟に振り返る。


 そこに広がっていたのはまさしく戦争の風景。


 当然ながら奇襲を仕掛けて来たエルフはコイツだけでは無かった。


 同級生に化け、鳴りを潜めていたエルフ共は教師や同級生達を襲い、先程の魔物の影響で気絶していた奴等には静かにトドメを刺している。


 教師達は流石の手練れであり苦戦するに留まっているが、同級生達は防戦一方。《幻影魔法》による背後からの攻撃に対応出来ないでいる。


 奴等の大目標である死体作りは、着々と進んでいた。


「マズイ……」


 私は燈狼とうろうを一旦しまい、ロリーナとティールに駆け寄る。


 二人は返り血を浴びた私に若干引き気味な反応を見せるが、今は構っている場合ではない。それどころではないのだ。


「ど、どういう状況なんだ……?」


「かなりマズイ。説明は……出来るか分からんが後でする。だから君等には一旦王都に戻ってもらう」


「お、俺達が手伝える事は……?」


「……ロリーナは兎も角お前には戦闘力が無い時点で無理だ。ロリーナも……すまないが私に余裕が無い。いざという時守ってやれないかもしれない」


「……」


 ロリーナは私の後ろに倒れる二つに分かれ損なったエルフに目を移す。その姿は既に先程までの同級生ではなく、黒装束に身を包んだ褐色の長耳であるダークエルフに変容している。


「……私は未熟です。クラウンさんの様に敵に容赦なく当れる自信がありません」


 よく見れば、ロリーナが前で組んでいる手が震えている。


 本来なら模擬戦等で徐々に慣れて行く筈のこの修羅場に突然放り出されたのだ。頭が追いつかないだろうし、その分ストレスと恐怖は大きくなるだろう。


 頭が良く、物事を冷静に観察出来るロリーナなら尚更だ。


 ……この子にはまだ早い。


「無理をする必要はない。君には君が活躍出来る場面が必ず来る。今はその時でないだけだ」


「……わかりました」


 その言葉を聞き、私は二人の肩に手を置く。そうして王都の安全な場所の座標を思い起こし、置換。テレポーテーションで二人を王都へ帰した。


 二人を帰し終わった後、振り返って先程のたおれ伏すダークエルフの死体の元へ行く。


 ポケットディメンションを開き、魔力回復ポーションを取り出して呷る。魔力の回復を確認した後、死体に《結晶習得》を発動。《強欲》で無理矢理結晶化を進行させスキルを完成させる。


『確認しました。補助系スキル《反射神経強化》を獲得しました』


 チッ……やはり燃費が悪い。三年前よりマシになったが、死体を減らす為にやり続けるのは効率が悪いし私の魔力も持たない。


 そうこうしている内に視界内では複数の同級生擬きに襲われ、倒れる教師が現れ死体となって追加される。


「まったく……やってくれるなエルフ共……」


 思わず拳に力が入る。


「私達を……「暴食の魔王」の餌にする気か」

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