第四章:泥だらけの前進-25

 ──師匠は意地の悪い人だ。


 入学査定の時もこの新入生テストの時もイヤラシイ罠を仕掛けて周りを翻弄し、試された人間の内面を探ろうとする。


 しかしこの人は嘘を……こんな局面で冗談を言う人ではない。ましてやこんな吐いてはいけない嘘を言う人ではない。


 ならばだ。


 ならば私が先程話した相手は誰だ?


 私の感知系スキルを掻い潜り騙し通した奴は一体何処の何者だ?


 この状況を望んでいた者、こうなるよう仕組んだ者、メリットがある者……。


 私を騙せる能力があり、目の前の異形の魔物と恐らく関係がある者……。


 ……このタイミングで私達に打撃を与えたい者……。


「……クソ、エルフか……」


「なに? なんじゃ一体……?」


「師匠、これは思っていた以上にマズイ状況かもしれません。この国にとって、本当にマズイ状況に……」


「……なんじゃ要領を得んが、取り敢えずは今は目の前のあのバケモノをなんとかするのが先決じゃ。オヌシのその重要そうな話はその後じゃ」


「はい、さっさと片付けましょう」


 ロリーナとティールに経験を積ませてやる所では無くなった。一刻も早くこの魔物を解体して王都に戻り、師匠と対策を講じなければならない。


 何が「持って一年」だ。やはり半年も持つものではないではないか。


「師匠、援護お願いします」


「オヌシ師匠に向かって援護しろとか──」


「つべこべ言わない。行きますよ」


「……ほいほい」


 私はシセラを伴い再び走り出す。


 泥に絡め取られそうになる足を《羽根の歩法》と《重力軽減》で泥に沈むより早く足を踏み出して回避しながら、奴との距離を縮めて行く。


「シセラ、奴の動きを最小限に抑えられるか?」


「お任せ下さい」


「よし、なら任せた」


 シセラはそのまま私から離れ、単独魔物の正面に躍り出る。視界内に入ったシセラに対し、魔物は不快なカチカチ音を鳴らしながら口元にある触腕でシセラを襲う。


 そんな触腕をシセラは特有のしなやかな動きで紙一重に躱し、魔物の集中を自分一点に抑え込んで見せ、奴が対象を変えようとすれば《炎魔法》でもって再び自分に視点を向けさせる。


 よし、これならば。


 私はシセラのお陰で一時立ち止まっている魔物の背中にテレポーテーションで転移する。


「さあて、お前は一体なんなんだ?」


 奴の背中に乗った私は《解析鑑定》を発動し、この正体不明の魔物の正体を探る。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 種族:不明

 状態:狂暴化

 所持スキル

 魔法系:なし

 技術系:《鞭術・初》《強力化パワー》《高速化ハイスピード》《狂暴化バーサーク

 補助系:《筋力補正・I》《筋力補正・II》《防御補正・I》《防御補正・II》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《斬撃強化》《打撃強化》《衝撃強化》《咆哮強化》《声帯強化》《反射神経強化》《肺活量強化》《可視領域拡大》《視野角拡大》《威圧》《斬撃耐性・小》《刺突耐性・小》《衝撃耐性・小》《貫通耐性・小》《猛毒耐性・小》《痛覚耐性・小》《疲労耐性・小》《人族特効》


 概要:情報が削除されています。

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 ……ほう。正体不明な上情報が削除だと?


 明らかに普通ではない。そしてそんな普通ではないコイツから読み取れる物……。


 状況からしてコイツはエルフが用意した魔物だろう。スキルにわざわざ《人族特効》なんて物騒なスキルがあるんだ。狙ってやっている。


 三年前、私が屋敷裏の森で襲われたハウンドウルフが同じくエルフの仕業だと仮定するのであれば、合わせてエルフは何かしらの手段で魔物を使役……しかも使い魔ファミリア以外の方法で使えるか、若しくは自前で作れる可能性がある……。


 もしコイツがその作られた魔物ならば種族が正体不明なのも頷ける。種族として成り立たない存在なのだからな。そして作れるならばコイツの概要を意図的に消すことも可能かもしれない。


 そう、コイツは今日、この場でこうして暴れ回る為だけに作られた存在の可能性が高い。なんと哀れな生き物か……。


 そしてこんな魔物がこの国に居るという事実……。やはりエルフは、もうこの国の深い場所まで入り込んでいる。


 だが分からん……。エルフがコイツを送り込んだのだとして何故エルフはこんな回りくどい方法を取る?


 確かにコイツはスワンプヘビーバシノマスより強力だが、師匠や他の教師が居る中でコイツは然程障害にはならない。新入生テストを邪魔する事は確かに出来るが……コストが見合っているか?


 クソ……まだ情報が足りん。そもそもコイツの事だって推測だ。確証は無い。


 やはりここはコイツをさっさと仕留めて色々と探らねば話にならないか……。集中しなければ。


 頭を切り替え、私は燈狼とうろうをそのまま奴の外骨格に突き立て切り裂こうと試みる。が、このノーマン渾身の一振りである燈狼とうろうでさえその硬い殻は小さな傷を付けるばかりで突き刺さりはしない。


「チッ……規格外だな……。ならば」


 私はそのまま燈狼とうろうを突き立てた状態で燈狼とうろうに魔力を流し込む。次の瞬間燈狼とうろうからは莫大な炎が噴き上がり、その刀身は赤々と赤熱、周囲の湿気をより一層蒸発させて行く。


 すると次第に赤熱した燈狼とうろうが突き立てられた殻はその熱に耐えられなくなり同じ様に赤熱。そしてその耐熱性を突き破り、刀身が殻の中へと突き刺さる。


「キュアァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」


 再び奇声を上げ、シセラに構っている余裕の無くなった魔物は私を振り落とそうと身体をくねらせながら暴れ始める。


 私は燈狼とうろうを離すまいと必死に両手で掴んで耐えるが、このままでは流石の私も振り落とされてしまう。


 すると魔物の動きが突如として止まり、まるで何かに動きを封じられたかのように動かなくなる。


 少し様子を見てみれば、魔物の体の半分が強固な氷の塊に巻き込まれており、完全にその動きを封じられていた。


 これは上位魔法の《氷雪魔法》……。この規模は師匠の魔法だろう。あの人あの歳で新しい魔法を習得していたのか、いつの間に……。と、今はそれどころじゃない。


 師匠の魔法とはいえ氷での拘束も長くはもたない。今、仕留めなければ。


 私は燈狼とうろうのスキル《劫掠》を発動。コイツからスキル《貫通耐性・小》を奪い取る。


 奪うのに最も難度が高いスキル取得だが《強欲》で無理矢理にでも寄越してもらおう。


『確認しました。補助系スキル《貫通耐性・小》を獲得しました』


 これでコイツから《貫通耐性・小》が無くなった。これならば。


 私は燈狼とうろうを更に深くまで突き刺し、《魔炎》を発動してコイツの内部を一気にズタズタにしていく。


 その間魔物は幾度も奇声を上げ、その身体を左右上下に揺らして動かんとするが、師匠の《氷雪魔法》による氷はビクともせずその踠きは抑えられてしまう。


 それから数分とせず、魔物の生命に関わる物を傷付けたのか、その動きは一気に弱くなって行き、更に数分後には完全に停止する。


 《解析鑑定》でしっかりその生命活動が停止したのを確認し、私は漸く燈狼とうろうを魔物から引き抜く。


 これにて討伐完了。私は一際深い溜め息を吐いた後、コイツの背中から飛び降り、まずはロリーナ達の元へ転移する。


「よう。終わったぞ」


「お、おう……見てた。俺達、結局活躍出来なかったけど……」


「いや、今回は仕方がない。少し事情が変わってな。君等に出番を回してやる余裕が無くなった」


「それは……一体どういう……」


「説明は後だ。今は取り敢えずもうゴールしてしまおう。今日の埋め合わせは後日私が直々に特訓する事で返すつもりでいる。構わないか?」


「私は構いません」


「俺は……特訓自体にあまり唆られるものを感じないが……まあ、それでいい」


「分かった。ならば私はあの魔物を回収して──」


 瞬間、背後から気配を察知する。


 それはまるで無色透明な刃が首元に添えられた様な感覚で、私は燈狼を抜き放ち背後から迫る刃を勢い任せに弾き返す。


 弾かれた刃は宙空を舞い、振り下ろした者は間近まで迫った燈狼とうろうの発する熱に腕をやられ火傷を負いながら後方へ吹っ飛ぶ。


 そこに居たのは──


「……同級生になんのつもりだ? 貴様」


 そいつの着ている服は、まごう事なき魔法魔術学院の制服であった。

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