第四章:泥だらけの前進-24

 なんだ? なんの振動だ?


 私は振動の発生源と思われる方角に視線を向けてみるも、流石に遠くて何が起こったか分からない。だが──


「この沼地にアレだけの空気の振動を起こせる存在となると……スワンプヘビーバシノマス?」


 だがスワンプヘビーバシノマスにこんな遠方まで衝撃が出せる能力なんてあったか?


 このテストの準備期間に調べられるだけ調べてみたが、奴にそんな芸当が出来るなんて情報は確認出来ていない。


 また以前のトーチキングリザードの様な特異個体? ……いや、それならば危険過ぎてテストには組み込まない筈。通常個体だからこそギリギリ成立しているんだ。


 ならば一体……。


 ……今はこの場で考察していても仕方ないか。


「行くぞ」


「はぁっ!? 行くって……さっきの衝撃が来た場所にか!?」


「当然だ。この場にスワンプヘビーバシノマスが居ない以上、可能性が高い場所に行くしかない」


 そもそも何故スワンプヘビーバシノマスはここに居ないんだ?先程の予想で言うならば単に師匠が知らない内に住処を変えただけの可能性は大いにあるが……。あの師匠がそんなミスをするのか?


 ……何かおかしい。


「あ、あの! 私──いえ、私達はどうすれば……?」


 アーリシア達も流石にさっきの空気の振動が普通ではないというのは分かるようだが、まだ私に依存気味だな……。まあ今はいい。


「メダルと旗があるのなら構わずゴールしろ。そうじゃないなら一旦どこかに身を潜めていた方が良いかもな」


「……私も一緒に行くというのは……?」


「駄目に決まっているだろ」


「ですよね! 大丈夫です! 分かっています!!」


 ふむ……。それであの方角は──


「東か……」


「ん? 俺達が通った場所じゃねぇか!? なんだよクラウン、気が付かなかったのか!?」


 なんでオマエちょっと嬉しそうなんだ。……まあいい、事実私の感知系スキルが反応しなかったのだ。もしやあのスワンプヘビーバシノマスは遮断系のスキル持ちかもしれんな……。


 ……兎に角だ。


「歩いたんじゃ時間が掛かる。転移して行くぞ」


 念の為にとスタート地点付近の座標を覚えておいて正解だった。


「て、転移!? そんな事も出来るのかお前!?」


「一々騒がしいな……。いいから行くぞ」


 私はロリーナとティールの手を取ると現在座標と記憶している座標を参照して置換、何やら隣でギャーギャー騒がしいティールを無視して《空間魔法》テレポーテーションを発動させる。


 次の瞬間には景色は別の物へと変貌し、それと同時に轟音が私達の耳をつんざいて思わずそちらを振り向く。


 そこに広がっていたのは激戦区。


 周囲には泥まみれで倒れ臥す新入生達が散らばり、教師達と比較的無事な新入生が怒号を上げながら深緑色の素早く蠢く何かに魔法を放っている。


「これは……」


 状況は混沌としており何事か判然としない。


 一つ言える事はこのまま何もせずに居るわけにはいかないという事だ。差し当たり──


「ロリーナ、君等はここで私を支援してくれ。ティールは私が合図したら囮用の石像を指示した場所に設置しろ。いいか、絶対アレの側には行くな。こっちに来たら最優先で逃げろ」


「え!? あ、あぁ、ええっと……。お前は?」


「私とシセラは突っ込む」


 肩に乗るシセラを下ろして攻撃形態にさせた後、私は掌を前方へさがす。


 目を閉じ、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》内に飾られている炎剣・燈狼とうろうを呼び寄せる。


 微かな光を伴い掌から這い出た燈狼の鞘を左手で掴み、柄を握って引き抜こうとし──


 ……おっと、そうだった。


「二人共、少し離れてくれ」


 二人を少し下がらせてから鞘から刀身を抜く。


 瞬間、刀身は莫大な熱を発し始め、高湿度の空気は瞬時に乾燥。沼地の湿度は私の周囲だけ急激に下がり始める。


「うっわ……。なんだそれ……。そんなもんまで持ってんのかよ。ズルぅ……」


「失敬な。これは私が苦労に苦労を重ねて作ってもらった逸品だ。そこらでオマエ等貴族が親に買って貰った様な剣と一緒にするな」


「お、おう……。悪い」


 まったく……。


「クラウンさん」


 声を掛けて来たロリーナの方に目をやる。流石の彼女もこの状況に戸惑っている様でその表情は曇っている。


「ん? どうしたロリーナ」


「大丈夫、なのですか?」


 ……大丈夫、か……。


「それは分からん。私だって人間だ。他人より注意深い自信はあるが、それでも見逃したりミスをしたりする。当然だ」


「それなら──」


「だが私は欲張りな人間でもある。そんな些細な事で諦めるほど謙虚じゃない。それに安心してくれ。君は私が守るから」


「……はい」


 さて、それでは気を取り直して──


 私は熱を発し続ける燈狼を構える。姉さんとの修練でも使わなかったコイツをまともに試せる機会が漸く来た。小遣い稼ぎのトーチキングリザード狩りでは相性が悪過ぎて使えんかったからな……。楽しみだなぁ、ふふふふっ……。


「ほら、あんな凶悪そうに笑ってんだ。心配するだけ疲れるぞ?」


「……そう、ですね」


 何やら後ろで言われているが取り敢えず後回しだ。今は斬り込むのみ。


「よし、それじゃあ行ってくる」


 私は返事を待たずそのまま走る。シセラもそれに追従し、前方で不快なカチカチという音を立てる蠢く物体目掛け開幕の《炎魔法》を浴びせる。


 ……何故私がわざわざ目の前の蠢くアレをスワンプヘビーバシノマスと呼称しないのか。


 それは──


「キュアアアァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


 私が知っているスワンプヘビーバシノマスとは全く違うからである。


 シセラの《炎魔法》で焼かれて尚、そいつは沼地を凄まじい速度で動き回り意にも介していない。それどころかヤツに着いた火で周りにも被害が出てしまいそうである。仕方がない。


「シセラ、一旦火を引っ込めろ」


「……はいっ!」


 シセラに火を引っ込めさせると、ヤツはこちらに照準を変え、一切ブレのないドリフトをしながらこちらに突進してくる。


 このままではあの強固そうな外骨格に挽肉にされて泥と混ぜられかねないな……。ならば──


 私は一旦立ち止まり、上空を見上げて座標を確認、テレポーテーションでシセラと共に上空へ移動する。


 数秒後、私達が居た場所にはヤツが重機でも通り過ぎたような勢いで通り過ぎる。


 ……アレはどれだけ防御スキルを発動させようと防げないだろうな。……いや、世の中にはあるのか? あんなモノを防げるスキルが……ん?


 私は周りを見渡す最中、見覚えのある人物……というか──


 直ぐ様再度テレポーテーションを発動、その人物の元へ転移。側に突如として現れた私に一瞬驚くも、私の顔を見て深い溜め息を吐いてヤツに再び注視する。


「なんじゃ、随分のんびりとした到着じゃのう」


「師匠、アレは一体……」


「知らん! じゃがアレはスワンプヘビーバシノマスなどではない……。それよりももっと厄介なヤツじゃ」


「師匠にも分からないと……。しかしアレがスワンプヘビーバシノマスでないとすると本物は何処へ? 先程師匠は西に居ると言っていましたが……」


「はあ? なぁにを言っとる。じゃぞ?」


 ……何?

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