第四章:泥だらけの前進-23

 目の前で激闘が繰り広げられている。


 シセラはその体躯を活かした高い瞬発力と俊敏性でもってエクエスを翻弄し、沼地の不安定な足場も何のそのと的確に強靭な爪で一撃を入れて行く。


 一方のエクエスは、その不安定な地面で踏ん張りが効かないのか、シセラの攻撃に反応こそ出来ているものの上手く避ける事が出来ず、体表の鱗で致命傷を避けるので精一杯といった具合だ。


 その鱗も特別頑丈という程では無いようで、シセラが攻撃を加える度に剥がれるなり割れるなりしてエクエスの防御力はみるみる下がっていく。


「杞憂だったか。流石に問題無いな」


 対面にいるエクエスの主人であるミーミアは、そんな防戦一方な可愛い下僕の姿に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


 気迫的には今にもエクエスに加勢せんばかりの物だが、例え彼女自身が参戦しニ対一の戦況になった所でシセラは倒せないだろう。残念だがそこは揺るがない。


「……なあ、クラウン」


「なんだ?」


「あの子もお前の知り合いなのか?」


「は?」


 なんだ藪から棒に……。今可愛い可愛いシセラが戦っている最中だというのに。


 そもそもあの子ってアーリシアの事か?じゃなきゃ他の奴など私は知らんぞ。


「あのアーリシアって子だよ!! なんかスゲェ親しそうにしていたが……。まさかお前のか、彼女か!? ロリーナが居るのに更にあんな可愛い子を侍らせてんのか!?」


「喧しいな。アーリシアは只の幼馴染だ。可愛がっているのは間違い無いが、私に彼女に対する特別な……恋愛感情など無い」


「ああ? 可愛がってるのに恋愛感情は無いだ? 意味が分からんぞ!? 普通好いてる子を可愛がるんじゃ無いのか!?」


「お前みたいな子供には分からんよ。世の中はな、恋愛以外にだって愛があるんだよ。私が可愛いがってるのは愛だが恋愛じゃあない」


 愛は欲望の深度だ。欲望が深まるにつれ愛も深まり、愛が深まれば更なる欲望が湧いてくる。


「強欲の魔王」たる私が欲する物にはあまねくそれがある。愛するからこそ欲しくなるのだ。


 まったく。何故こんな事を一々説明せにゃならんのだ……。


「子供にはって……。同い年、だと思うんだが……。じゃ、じゃあよ……。お、俺があの子に〝ときめく〟のも……アリって事で良いんだな!?」


 ……何?


「それはつまりアレか? オマエはアーリシアに惚れてしまったと? そういう訳か?」


「あ、いや待て!! ま、まだ分からん!! これがそれなのか……ぶっちゃけ分からん!! だ、だけどこう……。アーリシアは俺の中で一際輝いて見えて……」


「あーあー、もういい分かった。それは好きにしろ。さっきも言ったが私に彼女に対する恋愛感情は無い。オマエがやらかさない限りは邪魔はしないよ」


 まあただ彼女が余程嫌がるのであれば止めるが……って、私はアーリシアの何なんだ……。


「お、おう分かった!! 分かったぞうん!!」


「ただ一つ約束しろ。私がアーリシアを実は可愛がっているというのは本人に言うな。都合の良い耳をしているから歪曲して理解して勝手に舞い上がりかねない」


「……それってつまりお前は彼女が自分を好いていると知ってるって意味だよな!? え、なんかアーリシアちゃんスゲェ可哀想なんだが!?」


「そう思うなら慰めてやれ。……それだけは私には出来ないからな」


 出来ないというか、やってはいけないだろう。曖昧な線引きはかえってアーリシアを傷付ける。ハッキリさせ続けなければならないのだ。私の好意は、決して恋愛ではないのだと。


「お、おう……。兎に角分かった。善処する」


「ああ、頼む」


 結果論だが、ティールが居てくれて良かったのかもしれない。正直、ティールが何を目的で私かロリーナに近付いて来たのかまだ判然としないが、コイツがデカイ何かと繋がっているとは考え難い。


 まあそこも、今後の情報収集次第だが……。


 ん? というか、


 私は背後を振り返る。


 すると思いの外近くで私とティールの会話を聞いていたロリーナが、気のせいか少し興味有りげに私の顔を覗いている。


「……違ったのですね」


「ん? 何が違ったって?」


「いえ……。それよりシセラちゃん、苦戦している見たいですよ」


「何?」


 ロリーナに言われシセラとエクエスの戦いに改めて注視すると、そこには的確に入れていたシセラの一撃が悉くエクエスのその角で弾かれ、逆にすれ違い様にその角や蹄の一撃を受けてしまっている。


 能力差がある故に大きな傷は負っていないものの、小さな傷が着実に数を増やしていっている。


 しまったな。余計な話に気を取られて少し余所見をし過ぎた。しかし、これ……どういう事だ?


 シセラも馬鹿ではない。アレだけ私に言われて本気で戦わないなどという愚かは犯さないだろう。で、あるならば。


 私は視線を二匹の戦いではなくその背後の三人に向ける。


 するとそこには二人の肩にそれぞれ手を置き神経を集中させているアーリシアの姿があった。


 これは……。まさかアーリシアの奴、《救恤》の力でエクエスを強化している?


 少し前、アーリシアは私に褒めて欲しかったのか、自慢気に自身の《救恤》の権能を語っていた。


 《救恤》はユニークスキルであり、私の《強欲》同様、その内には幾つかの内包スキルが存在する。


 一つ目は《供給》。自身の所持スキルの権能を他者へ一時的に付与するスキル。


 二つ目は《団結支援》。周りにいる友好的な他者と自分の能力を一時的に対象に付与するスキル。


 三つ目は《献身》。自身の回復力、免疫力などを一時的に他者へ付与するスキル。


 アーリシアもこの数年努力していたらしく、アレから新たに二つのスキルを覚醒させていたのに私は少し驚き、その時ばかりは素直に褒めてやったのだが──


「成る程……。別に加勢は禁止していなかったからな、これもアリか」


 これが「救恤の勇者」の真骨頂か。


 施しの権能に特化し、他者、いては仲間を背後から全力でバックアップ、強化する最強の後衛。


 一人では何も出来ないと言われてしまえばそれでお終いだが、仲間が一人でも居ればその真価を発揮する。私とは真逆の力。


「仲間に力を授けるか……。今の私には出来ないな」


 一応シセラは私の成長と比例して力を付けていく。私が強くなればなるほどシセラも強くなるが、だからといって私の能力、スキルをシセラに与える事は出来ない。


 つまりこの戦い、エクエスはアーリシアを含めた三人の魔導師の力を授かっているのに対し、シセラは現状のまま勝たねばならない。


「勝てますか? シセラちゃん」


「勝って貰わねばならん。まったく、是非も無いな」


 私は殺すなよと命令した。シセラはそれを忠実に厳守し、致命傷を与えかねない攻撃を控えている。だがそれが通じなくなってしまった今、制限を掛けている余裕はない。


「シセラ。いざという時は止めるから全力でやれ」


「──っ!! 承知しました!!」


 私の命令の直後、シセラは闇を纏った黒炎をエクエスに浴びせ掛けた。


 《魔炎》によって闇属性が付与された《炎魔法》はそのままエクエスを包み込み、既に付いていた傷を悪化させ、更に火傷を与えて行く。


 しかしエクエスはそれに怯む事なく先程まで安定していなかった地面を嘘のようにしっかり踏み締めて駆け出して炎を振り払い、その勢いのまま鋭い角を突き出してシセラに突撃して来る。


 シセラはそれを飛び上がって避け、宙空で華麗に心身を翻しながら《六爪撃ヘキサクロー》を食らわせる。


 エクエスはその一撃に倒れこそしなかったものの、突進していた最中の攻撃によろめいて体勢を崩してしまう。


 そこを見逃さなかったシセラはその勢いのままエクエスの首元へ噛み付き、鋭い爪を鱗に食い込ませてガッチリとホールド。更に重心を変えそのままエクエスと共に倒れ込むと締め上げる。


 エクエスはそこから抜け出そうとその場で全身を駆使して暴れるだけ暴れるが、魔導師三人分の力を授かっているエクエスの力で以ってしてもシセラの肉食動物特有の発達した筋肉には敵わなかったようで徐々にその動きを鈍くさせて行く。


「エクエス!?」


 主人であるミーミアが心の底から心配する声を上げたのを聞き、勝負がついた事を確信する。


「シセラもういい。お前の勝ちだ」


 シセラはゆっくりとした動きでエクエスの首から口を離し起き上がると、いつもの猫の姿へと戻って行き、私の肩に飛び乗ると汚れを取るように体を舐め始める。


 エクエスは息も絶え絶えでなんとか立ち上がり、弱々しい足取りで主人であるミーミアに歩み寄って行く。


 それに対しミーミアは泥だらけになっているエクエスに構う事なくその首元へ抱き着いて優しく撫でる。


「良い準備運動だったな。さて、次は本番だ」


「……少し休ませて下さい」


「ふふふ──っ!?」


 そう適当に笑ってやった直後、遠方から大きな空気の振動が音を伴って私の全身を打ち付けた。

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