第四章:泥だらけの前進-27

 私は感知系スキルを使い師匠の現在地を特定し、念の解析鑑定で本物かどうか調べた後、テレポーテーションで師匠の元へ転移する。


 転移後、師匠は一瞬こちらに殺気を放って来たが、私だと分かると少し安心したような表情を見せ溜息を吐く。


「オヌシこの大惨事に今まで何をやっておった!?」


「最優先でやるべき事を済ませて来ただけですよ。個人的な、ですが」


「ふぬぅ……。……オヌシ、今がどうゆう状況なのか、分かっておろうな?」


 今の状況──同級生に化けたエルフ共が本物の同級生や教師の死体を量産しているという現状と、それによって引き起こされるであろう最悪の惨劇……。


「…………「暴食の魔王」はどれだけの死体があれば現れるのですか?」


 私は師匠からエルフとの戦争の話を聞いた際、その戦争によって呼び寄せられる厄災、「暴食の魔王」についても聞いていた。


 曰く、戦争時には決まって生まれてしまう大量の死体に引き寄せられ何処からともなく現れる冒涜の悪夢。


 一度現れたら最後、戦場に転がる死体を一つ残らず食い漁り、見かけた生者を死体にしてはまた食らう。


 死者も生者も居なくなり、食べる物がなくなるとその場を移動。そのまま新たな獲物が近くに居ないか探し回るという。


 そして暫く探し回って新たな獲物が現れる気配が無い場合、漸く何処かへ消えてくれる。


 まるで一つの災害の様に私達生者には為す術もなく、ただただ大人しくそれが過ぎ去って行くのを眺めるしか道が無い。


 それが「暴食の魔王」。


「正直言えば、今現在、この程度の死者ならば〝従来の〟規模から考えればまだ足らぬだろう。じゃが──」


 そこで師匠は一拍置く。


 すると私達二人に、同級生に化けたエルフがナイフを携えこちらに殺気を放ちながら向かって来るのが見えた。


 私は燈狼を構えるが、それよりも早く師匠がエルフに杖を突き出し、《氷雪魔法》でその足を凍らせる。


 エルフはその拘束を解こうとナイフを使って足に纏わりつく氷を削り始めるが、遠目から見ても、その氷は一切傷付いていない。


 流石は師匠。あの氷の強度はそのまま師匠の魔力量を表している。


 熟達した技を使うエルフのナイフの一撃で一切傷が付かない氷……。私がアレを実現するのに、どれくらい掛かるか……。


 と、今は関係無いな。


「ふぅ……。ここ数十年、この世界で戦争らしい戦争は起きとらん。それは皆が「暴食の魔王」を恐れての事なんじゃろうが、裏を返せば「暴食の魔王」はその数十年間何も口にしていないという事になる……」


「つまり飢えていてもおかしくない……。エルフはそれを狙って……」


 国同士の小競り合い以上の諍いがここ数十年起こっておらず平和が訪れていたのは、皮肉にもこの「暴食の魔王」の存在あっての事なわけだ。


 だが今回はそれを利用された。最悪な形で。


「はっきり言ってしまえば、奴が現れるまで後どれくらいかワシには分からん。ただ言える事は、なるだけ死体を増やさない事。味方は勿論、あのエルフ共でさえじゃ」


 それ故に師匠は先程のエルフを氷漬けにはせず動きを封じるに留めたのだ。まったく……面倒な……。


「段取りは分かったな? では行くぞ!!」


 それからはただひたすらに駆け回った。


 最初から気絶していた同級生達は流石にもう手遅れで軒並みトドメを刺されていた。


 私がやったのは《解析鑑定》で本物と見破った襲われている同級生を《空間魔法》で少し遠くに用意した《地魔法》の囲いへ転移させ、その後エルフは《地魔法》で四方を壁で囲み閉じ込める。


 本来ならそのまま王都に送ってやれば良いのだが、距離の関係上、それでは流石に私の魔力が持たないだろう。


 今の状況で無駄な魔力消費は出来るだけ抑えたい。


 そうして救出する事約二十人。私が感知系スキルで探れるだけ探った同級生と教師達は全てこの場より遠ざける事に成功した。


 感知系スキルを使いながら短距離とはいえ《空間魔法》のテレポーテーションの連続使用、《地魔法》の連続使用……。先程の魔物との戦いの消費魔力を合わせるとかなり消耗した……。


 持参した魔力回復ポーションも残り一本……ギリギリだな……。だがこれで。


 最後の一本を呷り、未だに放置されている魔物の元へ転移し、そしてそのまま魔物をポケットディメンションにしまう。


 エルフによって作られた名も無き魔物だが、私の燈狼の切っ先を止めて見せた。コイツを使えばさぞ強固な防具が作れるだろう。


 コレで今日の成果はトントン……とは言えないだろうな……。色々無駄にしたし、エルフ共にはしてやられた。ロリーナ達に経験もさせてやれていないし……散々だな。


 私はそこから辺りを見回す。そこには同級生と教師の死体、氷に拘束されたエルフと《地魔法》で閉じ込めたエルフ。それから遠くに避難させた同級生……。これで全部だろう。一応の一段落だ。


 全部でザッと……………………。


 …………数が……少ない?


 今回新入生テストに参加している人数は九十人。三人一チームだから三十チーム。教師を合わせて大体百人近く居たはずだ。


 なのにこの場に居る総数は同級生に化けたエルフ含めて三十人程。明らかに人数が足らない。少な過ぎる。


 他の六十人近くは? 全員ゴールしたのか? いや、私達が沼中央に辿り着いたのはかなり早かった筈だ。今はそこから数時間しか経っていない……その間で六十人がゴール済みなど考え辛い。なら……ならば……。


 瞬間、鼓動が大きく高鳴る。


 痛い程に跳ねた心臓はそのまま耳に聞こえる程に強く脈打ち続け、自然と冷や汗が頬を伝う。


 嫌な予感がし振り返れば、少し離れた場所……何も無い空間に突如として大きなヒビが入り、それが徐々に広がって行く。


 来る……。何かが……。


 ……いや……分かっている。何が来るかなど。


 そう、目の前のアレが如実に物語っている。


 私達は失敗したのだ。確認するまでも無い。


 恐らく何処か、人知れず、残り六十人の内の大半が既に秘密裏に殺されているのだろう。もっと言えば同級生に化けたエルフの元となっていた奴も、もう居ないのだろう。


 この魔物が暴れた場所はわば囮だったのだ。


 異形の魔物を派手に暴れさせ、同級生に化けたエルフで私達を襲わせ、私や師匠、教師をこの場に惹き付けていた。


 そして教師達の監視が外れたタイミングで他のエルフ共が沼地に散らばっていた同級生達を各個暗殺し、死体を量産。


 私達はハメられた。完全にしてやられていた。


 この事態を、私は予測出来なかったのか? 気付けなかったのか?


 情報が足らなかったから、危機感が足らなかったから、甘く見ていたから……。


 私はここまで、無能だったのか……?


 今の私に、最早怒りは無い。怒りを通り越して情け無さで頭が痛くなって来る。


 目の前から着実に現れようとしているヤツに、今はただ視線を外さぬよう留める事しか出来ないでいる。


 クソ…………クソが……。どうする? 勝てるか?


 師匠すら勝てない奴に、今の私で勝てるのか?


 …………いや、一旦引くべきだ、冷静になれ。


 この沼地は広い。各所に散らばっている死体を漁るのに多少時間が掛かるだろう。その少ない時間で師匠と共に解決策を考えるんだ。


 魔王である奴を私の糧にしたいという欲望はあるが、それが難しい今、何よりも対応策が必要になる。だからここは一旦引いて──


「…………ラウンさまぁぁぁ……」


 ……なんだ?


「……クラウンさまぁぁぁぁぁぁっっ!! 大丈夫ですかぁぁぁぁっ!?」


 少し遠くから、聞き慣れた声が聞こえて来る。


 丁度私と、目の前の大きくなって行くヒビの中央に向かって、その純白の神官服を泥で汚しながら、私の元へ駆け寄って来る。


「……アーリシア。あぁ……そうか、アイツは無事だったか……。……だが」


 私用心を重ねアーリシアに《解析鑑定》を発動させる。しかし、そこに写ったのは紛れも無いアーリシア本人のステータスであった。


 私はアーリシアをあの時、確か隠れているようにも言った。恐らく律儀にも彼女はそれに従ってくれたのだろう。それだけでも、私の中で多少は救われる。


 が、取り敢えずだ。


「このままアイツをこっちに来させるのはマズイな……。ならばアーリシアも王都に送り還して──っ!?」


 目端に何が写る。


 それは大きくなって行くヒビの隙間から伸びる、気色の悪い肌色の触手。その先端には眼球が付いており、それが忙しなく辺りを見回す。


 そして触手は私では無く、私の元へ声を上げながら走って来るアーリシアに視線を移し、凝視し始める。


 マズイ!!


 次の瞬間、ヒビが一気に割れ、中から異形の怪物が凄まじい勢いで飛び出す。


 鰐の様に細長い頭部には口しか無く、その口角は頭の後ろ付近まで裂けており不揃いな牙が散見している。


 胴体はおよそ生物の形を成しておらず、手足の配置は無茶苦茶で何本も飛び出している。


 背中付近からは幾本もの触手が飛び出し、その先端には先程の眼球の他、口や耳や鼻などが歪んだ形で飛び出している。


 体表には人間や様々な生き物のパーツが無数に、不自然に飛び出しており、まるで何百人、何百匹もの生き物がドロドロに溶かされて無理矢理くっ付けられたかの様な冒涜的な見た目。


 それが今、空間を割って、アーリシア目掛けて口を開けて飛び掛かっている。


 クソがっ!!


 その異形を目の当たりにし、思わず立ち止まってしまったアーリシアの位置の座標を即座に算出。しかし、既に奴の巨大な口と牙はアーリシアの目と鼻の先に迫っていた。


 私はそのままテレポーテーションでアーリシアの元へ転移し、奴が口を閉じるその瞬間、アーリシアの肩に触れ、私諸共、そのまま王都へ転移した。






「クラウンさん!!」


「クラウン!!」


「坊ちゃん!!」


 転移した直後、転移先に居たロリーナとティール、そして待機を命じていたマルガレンが私達の出現に驚くもすぐさま駆け寄って来てくれる。


 ああ……なんとか凌いだ。間一髪だった。


 流石にあの場面でアーリシアに死なれるのは……あんな化け物に食われるのは目覚めが悪過ぎる。本当……間に合って良かった。


「クラウン様……クラウン様!!」


 さて、それじゃああの化け物をどうしようか。エルフ共の処理も急がねばならないが、まずは目先の問題、あの異形中の異形「暴食の魔王」をなんとかしなければな。


「大丈夫ですか!? クラウンさん!!」


 ふふふっ、私があの「暴食の魔王」を物に出来れば、私は更に強くなれるだろう。そして大罪スキルの《暴食》が手に入る……。ふふふっ、癪に触るが、エルフには、感謝、せねばな──向こうから──お宝を届けて──くれたのだから……。


「坊ちゃん!! 大丈夫なのですか坊ちゃん!?」


 ……なんだ、なんだ。


「なんだ、聞こえている。安心しろ」


「安心って……出来るわけないでしょう!? そんな……そんな状態で!!」


「…………ああ、もう、意識させるな。まったく……」


 まったく、忙しないなマルガレンは。


 折角、現実逃避していたというのに……。


 血の気が引く。


 頭に靄が掛かり始め、意識が朦朧として来る。


 はは、流石に現実逃避しようが、血が足りなくなればこうなるか……なんせ、今の私は──


 のだから…………。


 誰かが私の左腕の根元を紐状の何かでキツく縛る。すると少しだけマシになった気がするが、意識はもう持たない。


 ああ……クソ……畜生が…………覚えていやがれ「暴食の魔王」…………この代償は必ず……払わせ……て……。


 そうして私の意識は暗転する。


 直前に目にしたのは、ロリーナの見たことも無い、私を心配してくれる顔だった。

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