第八章:第二次人森戦争・前編-29

 


 私がユメと出会ったのは、前世で私が三十路だった頃だ。


 その頃は情報屋としての噂が裏社会に出回り始め、各所から我が社への依頼が殺到。私と選りすぐった部下達の少数精鋭で着々とそれらを消化する日々を過ごしていた。


 そんなある日だ。我が社の元に〝雪女〟の噂が持ち込まれた。


 字面だけを見れば鼻で笑い飛ばすような都市伝説にもならない戯れ言に聞こえるだろう。


 だが私達の住まう裏社会にいて、こういったたぐいの馬鹿馬鹿しい字面をした噂は寧ろ決して聞き流してはならないモノに含まれている。


 何せ裏社会の人間というのは表に生きている人種より、遥かに〝真面目〟な奴が多い。


 真面目に人を騙し、真面目に人を殺し、真面目に法を破り、真面目に法を欺く。


 捕まらぬよう、見付からぬよう細心の注意と警戒を怠らず。知られぬよう、見破られぬよう綿密な計画と作戦を備える……。


 日本の警察は中々に侮れない。


 故に彼等に鎖で繋がれぬよう、私達のような悪党は〝真面目〟に生きているのだ。


 そんな真面目人間が日々懸命に生きる裏社会に流れる奇妙奇天烈な噂……。放っておくには余りにも居心地が悪い。


 私は迷わず情報元を探し出す事を決め、時には脅し時には吊るし時には炙りを繰り返し、細い糸を手繰るようにして捜索を続けた。


 そうして一週間が過ぎようとした時。私はとうとう件の〝雪女〟を見つけ出す事に成功した。


『……やっぱり。諦めないって大切ね』


 檻に入れられ、鎖に繋がれ、見窄みすぼらしい衣服と異臭が立ち込める空気の中で、開口一番、彼女は私にそう言った。


 日本の忌まわしい習わしが未だに根付く片田舎で人身売買組織に売られた数ヶ月間。そんな期間〝飼い主〟を転々としていたにも関わらず、彼女はにこかに笑ってそう言って退けたのだ。


 掃き溜めの鶴……。そんな言葉がピッタリの彼女の美貌と純白さは今でも目に焼き付き、私は一瞬で彼女に魅入られた。


『……私を新たな飼い主だとは思わんのか?』


 素直な感情を押し殺し、私がそう質問すると彼女は立ち上がる。


 そして足に繋がれた鎖が限界に張り詰めるまで鉄格子越しの私に歩み寄ると、まるで心を覗くように私の眼を覗き込んだ。


 ……彼女は先天性白皮症……所謂いわゆる「アルビノ」と呼ばれる遺伝子疾患を患っていた。


 頭髪も肌も白磁のように白く、両の眼は鮮やかな桜のような淡紅色に染まりえも言われぬ美しさを体現している。


 反面。本来人間が持ち合わせているメラニン色素が欠乏している関係上、光の受容体不十分が招く視力の低下や、皮膚で紫外線を遮断する事がまともに出来ず極めて脆弱になってしまうといった決して釣り合いの取れていないデメリットを孕む疾患だ。


 アルビノに対してこういった詳細なメカニズムが判明していなかった当時。彼女のような人間離れした美しさは他者から神秘や畏怖の対象になる事が多く、場所によっては呪術的な迷信が信じ込まれているケースも少なくない。


 そして例に漏れず、彼女もその被害者だった。


 日本の地方でも山麓に近い辺境の村。そこでは数百年と続く昔ながらの悪辣とも形容出来る陋習ろうしゅうが存在しており、どういった奇跡と運命か、よりにもよってアルビノである彼女はそんな村で産まれ落ちた。


 当然、日本人離れした真っ白な姿で産まれた彼女に村人達は激しく瞠目し、最初は「シラヒガミの化身」として祭り上げられていたらしい。


 だが物心を付け、感情を表し、知識を身に付けていった彼女に、次第に村人達は彼女に〝不気味さ〟を覚え始め主張を一転。


 凶兆として彼女を忌み嫌い、今まで尽くして来た分を取り返すように虐げ始め、最終的にはどういう伝手を辿ったか人身売買組織に彼女を売り飛ばした。


 かなり突発的な手の平返しにも聞こえるが、彼女の事を理解している今ならば分からないでもない。


 彼女はそう……常軌を逸する程に人間強度が高かったのだ。


『……なんだ』


『……うんっ! 勘だけど、アナタなら私を幸せにしてくれそうっ!』


 その態度と声色に、当時の私は内心驚愕した。


 私の元に入って来ていた情報が確かなら、彼女は少なくとも半年間〝手荒な〟扱いを受けていた筈。


 彼女は元々こうなる前に生まれ故郷で蔑まれていたし、暴力を振るわれるなど日常茶飯事。


 売り飛ばされてからは休む暇無く性的暴力を振るわれ、ロクな食事も衣服も環境も与えられずに様々な飼い主にタライ回されていた。


 加えてアルビノという疾患で脆弱化している肉体は常人の数倍は苦痛を味わっていた事だろう。健常者でも、気を違えてしまう者が大半だ。


 にも関わらず、彼女はまるで穢れを知らぬとばかりの無邪気な表情と声音を露わにし、私に何かを期待するかのように語り掛ける……。


 そんな彼女に私は瞠目どうもくしながら、その余りに強靭な精神性──人間強度に怖気おぞけすら感じた。


 一体どんな魂を持っていれば、こんな化け物じみた心を持つに至るのか、と……。


 だがそれと同時に、怖気おぞけ以上に私は彼女に興味を覚えた。目に映る──感じる全てが尋常ならざる、雪女に……。


『……ふふふ』


『ん? 何で笑っているの?』


『ああいや……。何が〝雪女〟だ、と思ってな。白いだけで微塵も雪要素などない事に少々呆れてしまっただけだ』


『?』


『気にするな。取り敢えず一つだけ言っておこう』


『ん? なぁに?』


『私と一緒に来たからといって幸せが待っているなど期待しない事だな。私は基本的に自らの意志で危機に飛び込む人間だ。命が幾つあっても足りないぞ?』


『なんだ。随分と生温そうね。一方的に虐げられ続けるより居心地良さそう。それに……』


『それに?』


『フフフ。私がアナタを幸せにすれば、きっと私も幸せになれると思うの。まあ、勘だけど』


『私が幸せ、ねぇ……。それだけの器量が君にあると?』


『さあ? でも私、一つだけ得意な事があるの。誰にも負けない自信があるわ』


『ほう。それは面白い。どんな事だ?』


『簡単よ。それはね──






 絶対に、諦めない事。






「……ユメ


 私はエルウェと最後の大蛇である一号──ニーズヘッグには目もくれず、戦場に無造作に横たわっていたかつての妻──夢へと駆け寄った。


 夢は私が昔プレゼントしたワンピースを血に染め、脆弱な皮膚を太陽光に焼かれ、爛れ、荒い呼吸と定まらない視線で私を必死に求めている。


「集一……。ねぇ集一……。助けて……」


 弱々しい声音。いつもの溌剌とした明るい声とは裏腹で、何とも胸の奥を締め付けてくる。苦しくて仕方が無い。


「集一……。このままじゃ、死んじゃうよ、集一……」


 彼女の目から涙が溢れる。


 死への恐怖と私との別れの予感……。その二つが綯い混ぜになった悲痛な表情が私を捉え、何十年振りかの形容し難い感情に襲われた。


 ……だが。


「集一……。私このままじゃもう駄目──」


「すまない」


「え?」


「……すまない夢。私はもう、集一じゃないんだ」


「なにを、言って……」


「私の名はクラウン……。クラウン・チェーシャル・キャッツなんだ。もう、集一じゃない」


「そ、んな……私は──」


「君も、夢じゃない」


「!!」


「夢は……。私のかつての自慢の妻は絶対に諦めない人だった。死に別れたあの日も、彼女は私の腕の中で笑いながら「絶対に諦めない。絶対にまた逢いに行く」と言って死んでいった……。君以上の傷を負っていてもだ。君のように弱い人間では決して無い」


「集一……。集一……」


「だから私は君を助けない。集一では無い私は、夢では無い君を助けない……。ただ──」


「え?」


「……久々に聞けて良かった。夢の声を……顔を、見れて良かった」


「……そっか」


 目の前に横たわる血塗れの夢に似た彼女は、それだけを呟いて風に吹かれるように散り、消えていく。


 後には何の痕跡も残らず、それが私が見ていたものが幻影であった事を証明していた。


 私はそのまま立ち上がり、エルウェとニーズヘッグを一瞥いちべつする。


「『アンタ……。一体何なのよ』」


「……」


「『ニーズヘッグの幻影は、人の二度と見たくない光景を再現するのよッ!? なのに、なんでアンタは──』」


「『黙 れ』」


 私の制御を離れた《恐慌のオーラ》が目の前の敵を叩く。


 一瞬にしてエルウェとニーズヘッグの顔色が変わりると無意識に後退し、苦しそうに歯噛みした。彼女に比べ、何と脆弱な心か。吐き気がする。


「『質の悪いモノを見せおってからに……。そんなに私を本気で怒らせたいのか?』」


「『は、はんっ! 何よっ! 無様に引っ掛かったクセに偉そうにっ!! どんな原理かも分からないのに強がっ──』」


「『ニーズヘッグの幻影の正体は「マンドラゴラ」だろう?』」


「『っ!?』」


 魔植物マンドラゴラ。


 魔物化した麻薬植物であるこのマンドラゴラは、その花から漂わせる香りで生物を引き寄せ微小な種子を生物の体内に吸い込ませる。


 その花粉は強力な幻覚作用を誘発し、吸い込んだ生物はその幻覚に喉が裂けんばかりの絶叫を上げながら恐怖に打ちのめされ結果自害。


 そして死体を養分に種子が芽吹き、新たなマンドラゴラが咲き狂う……。特級危険植物にも分類される最悪の魔物だ。


「『そのニーズヘッグの体内にマンドラゴラを寄生させているんだよな? 沈静化と活性化を促す蛇毒を使い分けマンドラゴラを刺激し、自在に種子を撒き散らす……。体内は腐食性のあるコーティングでもしているのだろう? ニーズヘッグに種子の影響が出ぬように』」


「『アンタ……なんで……』」


「『それを教える義理はない』」


 私は両の手にそれぞれ《光魔法》と《闇魔法》を発動。光と闇の光球を作り出し、ニーズヘッグへと歩み寄る。


「『粗末なモノを見せたツケを、払って貰おうか』」


 殺意を剥き出しにした私に怯え、今までずっと冷静さを保っていたニーズヘッグは爬虫類らしからぬ程に表情を歪ませる。


 そして苦し紛れとばかりに身体を捻り、全身全霊の力を込めて私に尻尾での殴打を敢行した。


「……《召喚》」


 凄まじい威力を伴って迫るニーズヘッグの尻尾。しかし尻尾が当たる直前、私の直近に生じた暗黄色の光がその一撃を容易に受け止めた。


「ご機嫌が宜しく無いご様子ですね。ご主人様」


 暗黄色の光が収まり露わになったのは巨大で凶悪な外見を為す私の使い魔ファミリアであるムスカ。倉庫での作戦下で比較的傷が浅めだった為、協力させる為に呼び出した。


「ムスカ。あのデカイだけのミミズに無駄な動きをさせぬよう抑えなさい」


「承りました」


 詳細を聞く事なく了承したムスカはそのまま受け止めた尻尾を逃げられぬよう力強く掴み直し、《地魔法》を発動して幾つもの岩を発生させニーズヘッグを地に縫い付けようとする。


 だが岩がニーズヘッグを縛り付ける直前。ニーズヘッグは身体を揺すり背に跨るエルウェを振るい落とした。


「『ッ!! ニーズヘッグッ!?』」


 突然の事に受け身が取れないまま地面を転がったエルウェがそう叫ぶが、顔を上げた彼女は岩によって拘束されたニーズヘッグの眼を見て何かを察し、表情を歪める。


「『……そこで見ていろ』」


「『ッ!!』」


「『人の逆鱗に軽率に触れた報い……。身をもって味わえ』」


 両の手の平に展開していた光と闇の光球を、〝融合〟させる。


「『知っているか? 《光魔法》と《闇魔法》が混ざると何が起きるのか』」


 押し広げる特性の《光魔法》と塗り潰す特性の《闇魔法》。


 この二つは〝引き離す〟力と〝引き寄せる〟力が発展した力であり、四属性による相剋関係以上に反発する性質になっている。


 だがこの二つの相反する魔法を複合させる事が出来るとどんな事が起こるか?


「『普通の術師ならば相殺し合ってしまい何ら変化は起きないだろう。だが双方の特性を生かしつつ魔法を成立させると……そこに一つの〝結果〟が見え始める』」


 両手手中。その中に光と闇の特性が混ざり合い、絡み合い、溶け合い、人間の知覚では認識困難な概念が構築されていく。


「『引き離し引き寄せる……。決して定まらない力のそめぎ合いに一種の結果を定着させ、〝仮定〟する。離す事と寄せる事を幾度と繰り返し、辿り着いた両者の性質を内包させ生まれる〝それ〟は、人智の限界のきざはし、その片鱗でもある』」


 手の中に生まれたモノ。


 まるで宇宙空間に浮かぶ星々を体現したかのような一切形容出来ないそれを、私はニーズヘッグに突き出す。


「『今の私にはこれが限界だ。ここから先これに如何なる作用も挟む事は出来ない。故にお前にこれをぶつける事も叶わないが──』」


 手の中のそれに私は《空間魔法》を使用し、それ単体を空間として切り離してからニーズヘッグの「頭の中」の座標を算出する。


「『これを、お前の頭に直近ぶち込む事は可能だ』」


 座標の算出を完了。《空間魔法》「テレポーテーション」、発動。


「『とくと味わえ。《虚無魔法》「シツ」』」


 私の手の平から虚無が喪失。次の瞬間には目の前に縫い付けられたニーズヘッグから生命反応が消え、絶命を確認した。


「『……ニーズ、ヘッグ?』」


 感情の抜け落ちた表情でピクリとも動かなくなったニーズヘッグを見詰めるエルウェ。心神喪失一歩手前、といった具合だろう。


 しかし、ふむ。あの様子ではやはり〝魂の契約〟によるリスクを負っている風には見えないな……。


「クラウンさん」


 その声に私は思わず勢いよく振り返る。


 そこには今までに無い反応をした私に少しだけ驚いた様子のロリーナの姿があり、何があったのかと小首を傾げた。


「何かありましたか? 無事最後の大蛇を始末したようでしたので話し掛けたのですが……」


「……」


「──? クラウンさ──っ!?」


 気付けば私は、ロリーナを抱き寄せていた。


 理性でなるべく苦しく無いようにと努めるが、私の中に渦巻いて消えてくれない様々な感情が綯い混ぜになった嵐がそれを拒む。


「ど、どうされたんですか? 大丈夫ですか?」


「すまない……。あまり大丈夫ではない……」


「珍しいですね。今話せる事ですか?」


「いや……。後で話す……。今は……」


「良いですよ。敵が来るまでは、好きなだけこうしていてくれて」


「すまない……。ありがとう……。ありがとう……」


 今の私には、そう、ロリーナが居る。


 数十年分の喪失感を癒してくれた……。底無しだった愛欲への渇望を一瞬にして満たしてくれたこの子が居る……。


 こうして鎧越しの温もりを感じているだけで気持ちが落ち着いていき、逆立った心が凪ぐ……。


 嗚呼……。存外私も、まだまだ弱いな……。






「成る程。《虚無魔法》でこの大蛇を……」


 私の気持ちが落ち着いた頃。私は何があったのかを詳細を省いて説明。今は先程使った《虚無魔法》について説くところである。


「つまりは魔力で虚無を再現する魔法、という事ですか?」


「いや、厳密には違う。〝無にする〟ではなく〝無になる〟が正しい解釈になるな」


 《虚無魔法》は無を作り出す魔法……ではない。


 そもそも無は無だ。作り出そうとした時点でそれは〝有〟であり、魔力での無の再現など決して出来ない。


 ただ〝結果的に〟無という結果が現れるのであれば話は別だ。結果とは作り出すものではなく、辿り着くものだからである。


 だがこの〝結果的に〟というものが厄介で、四属性のように複数の相剋関係が成立してしまうと別の結果に落ち着いてしまう。それが俗に言う複合魔法という事だ。


 故にこの〝無〟という結果に辿り着くには《光魔法》と《闇魔法》を複合させるしかなく、この両魔法を体得し、尚且つ類い稀な魔力操作能力を有している存在でなければ発動出来ない。


「基本的に私のような特異な人種でもなければ人は《光魔法》と《闇魔法》の〝どちらかしか〟習得出来ない。故にこの《虚無魔法》の歴史は片手で数えられるだけしか記録は無いんだ」


 習得訓練には苦労した。何せただでさえ制御が困難な両魔法の特性を活かし、反発と同調を微調整しながら融合させなければならないからな。


 ただ不思議な事に、一度それを成功させた途端に《虚無魔法》と《虚無魔法適性》を習得出来てしまった。


 理由は解せないが、予想として〝無〟という性質上存在しないワケだからそれが何かしら関係して──


「クラウンさん?」


「ん? ああすまない。考えに耽ってしまった」


「それは構わないんですが……。少々理解が追い付かないんです」


「私も《虚無魔法》に関しては習得に至った今でも理解が遠い魔法なんだ。すまないが今は説明した事を自分で噛み砕いてくれたら助かる」


「ええ。解りました」


「ありがとう。……で、だ」


 私は振り返り視界に入ったエルウェを見遣る。


 彼女は今ムスカの手によって拘束された状態であり、エルウェ自身も私が落ち着きを取り戻し《虚無魔法》の説明をしている間に心神喪失寸前だった心を持ち直したようだった。


「『他人の事を言えた義理では無いが、どうやら気を取り直したようだな』」


「『フン。殺すならさっさと殺しなさいよ。言っとくけどアタシが死んだからって連れて来た兵士達は止まんないわよ。エルフ族舐めんな』」


「『ああそれは問題無い。私達がわざわざ手を下さんでもお前達とこの拠点に攻めてきたエルフ兵士共は直に戦闘不能に陥る』」


 そう口にするとエルウェは一瞬素っ頓狂な表情をし、直後耐えられないとばかりに吹き出して小さく笑い出す。


「『アハハハッ!! はぁ? 脅しにしてはバカっぽいわね。アタシより歳下なのにもうボケたわけ?』」


「『ほう。そう思うか?』」


「『当然でしょっ!? 兵数は大蛇達がかなり間引いたし、兵力としてもコッチが上っ! それがやられるですってっ!? バッカじゃないのっ!!』」


 嘲笑混じりに声を荒げるエルウェ。


 しかし私やロリーナ、そして彼女を拘束しているムスカの余りの反応の薄さに何かを感じたのか、吊り上げていた口角を徐々に下げていき、顔色を変えていく。


「『……何かしたの?』」


「『ん? 何かとは?』」


「『何かは何かよっ!! いくら何でも焦らな過ぎでしょっ!? 何よっ!? 何企んでんのよっ!!』」


「『キャンキャンと喧しい……。それに今から何かし仕掛けると思っているようだがそれは違う』」


「『え?』」


「『この先後どれだけ命が続くか分からんがよぉぉく覚えておきなさい──』」


 私はエルウェの不安と焦燥が滲む瞳を覗き込みながら言う。


 軽率な行動の、その結果を。


「『敵の道具を使うなら、もっと慎重にならなきゃなぁぁ?』」


 その直後。まるで見計らったかのように拠点内に数多の絶叫がこだまし始める。


 それは通常戦場で響く殺し合いの末の叫びとは少し質が異なり、どちらかと言えば圧倒的な苦痛に喘ぐような慟哭だった。


「『な、何……。何なのよっ!!』」


「『報いだ。安易に〝コレ〟を使ったな』」


 そう言って私はポケットディメンションを開き、そこから一枚の羊皮紙を取り出してエルウェに見せる。


「『そ、れは……っ!!』」


「『そう。お前達が考え無しにこの拠点前に転移した際に使った、私達人族の転移用魔法陣だ』」

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