第八章:第二次人森戦争・前編-28

 


 南防衛拠点砦の前に、一体の大蛇が鎮座していた。


 全身を覆う鱗はどれも歪で禍々しくうねり、毒々しい紫色に照っている。


 黄色く鋭い瞳は瞬膜に覆われて濁り、真一文字に裂けた口からは細長い舌を垂らし、口腔内から目視可能な程に濃縮された紫煙の毒霧を漏らしていた。


 その大蛇はこの拠点に訪れてから一度も、暴れてはいなかった。


 兄弟達との体格差も然程無く、無軌道に暴れるだけでも容易に脆弱な人族を幾人も葬り去れるにも関わらずだ。


 これは決して、この大蛇が温厚だったり殺戮に消極的だったりするわけではない。


 単純に〝その必要が無い〟からだ。


 兄弟達のように暴れずとも同等以上の殺戮を行える……。大蛇は魔物化した際に獲得した知能でもってそれを自覚していた。


 自身はただその場で……より多くの敵対者を葬れる場所でとぐろを巻いて鎮座し、口からあらゆる病毒を内包した毒霧を垂れ流す……。これだけで労せず成果を上げられる。


 そうすれば主人であるエルウェに叱られる事も無い。それどころか何かしらの褒美すら期待出来る可能性すらある。


 大蛇はそれが堪らなかった。


 必死で身をよじり、小さな敵をチマチマと叩き、潰し、飛ばし、噛み付き、飲み込む……。そんな兄弟達の姿を尻目にただ毒霧を吐くだけでより多くの結果を残せる自分の能力に、大蛇は酔っているのだ。


 本来読み取る事の難しい大蛇の顔には、まるで人間のようにありありとその優越感から来るしたり顔が刻まれていた。


 大蛇の体内には、特殊な器官が備わっていた。


 エルウェによって「菌庫」と命名されたそれはハニカム構造になっており、そこに空いている空間毎に多種多様の〝細菌〟が菌根として根付いている。


 大蛇はそんな「菌庫」に巣食う菌根に極めて微弱な生体電気を与える事で細菌を活性化させる事が出来、それによって生じた細菌性の毒素を自身の唾液と混ぜ合わせ、それを霧状にして放出する事でありとあらゆる種類の毒霧を発生させる事が可能なのだ。


 エルウェはそんな大蛇に「六号」と名付け、最高傑作の中の最高傑作である「一号」の次に大切に育まれた。


 六号はそれが誇りだった。


 恵まれた環境、能力、そして主人からの愛情。


 遅く生まれながらもそれらが整っていた自分は他の兄弟達なんかより優れている。


 そこを六号は、誰よりも誇らしかった。


 が、そんな大蛇の前に一人の人族が歩み寄る。


 一歩踏み入れば咳き込み、二歩踏み入れば視界が揺らぎ、三歩目を歩み出す直前で地面に転がる……。そんな毒霧で満たされた大蛇の間合いに、小さな小さな侵入者が現れたのだ。


 しかしそんな人族に大蛇は思う。


 何故わざわざ死にに来たのか? と……。


 大蛇にもう少し知能があれば分かったかもしれない。


 大蛇にもう少し警戒心があれば気付けたかもしれない。


 目の前に現れた人族に、自慢の毒など歯牙にも掛けないという、その現実に……。






 紫色に霞む景色の中を、ロリーナは悠然と歩く。


 一呼吸で人体に唯ならぬ影響を及ぼすような毒霧の中にも関わらず、その表情を微動だにする事なく平然と闊歩し、彼女は鞘から細剣を抜き放ちながら眼前にて鎮座する不気味な大蛇を仰いだ。


 十倍は優に越える体格差。


 本来なら逃げ出してしまうのが生存戦略として妥当な選択肢であるこの歴然とした差に、しかしロリーナは臆する事無く細剣を構える。


 六号はそんな彼女を睥睨へいげいしながらいつまで経ってもたおれる気配の無い事違和感を覚え始め、巻いていたとぐろを解き更なる劇毒を体内で精製しながらそれを霧状にして吐き出す。


 新しい毒霧は元々巻かれていた毒霧と混ざり合い更に凶悪化し、数秒もすれば人族の皮膚など容易に溶解するような劇毒へと昇華させた。


 だがそれでも、ロリーナは表情を微塵も変える事は無く、そのまま一切を構わずに跳躍。


 最も毒の濃度が高い筈の六号の顔面付近にまで跳ね上がると、瞬膜に覆われた巨大な眼球へ向けて迅速の一突きが放たれた。


 濃霧の中で閃く細剣の切っ先に驚愕した六号は思わず雑に首を振るい、その一撃を躱すと間近で襲撃者であるロリーナを見遣る。


 その目には強い決意と確かな殺意が宿っており、且つ自身の唯一とも言える〝弱点〟の存在を把握していると察する事が出来た。


 六号は本能的に彼女が数少ない自分を害する存在だと瞬時に理解すると、躱す為に振るった首に全身全霊を込めた勢いを付けながら寄戻し、顔を擦れ違おうとするロリーナに頭突きを見舞う。


 百キロは優に越える頭部による頭突きは凄まじく、華奢な少女の肉体など本来であれば一瞬にして絶命させる事が可能だろう。


 しかしそれを受けたロリーナは相変わらず表情を変えない。


 それどころか彼女にぶつかる筈だった六号の頭はまるで見えない壁にでも阻まれるかのように身体に当たる寸前で止まっており、ロリーナ自身には全く影響を及ぼしてはいなかった。


 そこで六号は背筋に嫌なものが走るのを体感する。


 今与えた一撃は、六号にとっての渾身だった。


 劇毒という圧倒的なアドバンテージを持って生まれた六号は、他の兄弟達のように肉体的なポテンシャルは持っていない。


 生まれてから体を殆ど動かさず、その毒のみで優位性を保っていた六号は兄弟達に比べて攻撃面、防御面で貧弱であり、そしてその毒による広範囲殲滅能力の弊害で敵にここまで接近を許した事など一度も無かった。


 肉体、経験、警戒……。強さという面で無類の凶悪さを有していた筈の六号は、しかしてその唯一の武器と鎧を突破された先に必要なそれらが決定的に欠如していたのだ。


 普通の敵──一般的な人族の兵士程度ならば、例え兄弟達に比べ貧弱な肉体であろうと打倒する事はワケなかっただろう。


 だが、今回相手にしているロリーナは、例外中の例外であった。


 クラウンによる徹底的な指導により、最早彼女はクラウン同様に一学生という枠から外れる程の実力を有していたのだ。


「っっ!!」


 そんなクラウンによって確かな実力者となったロリーナが、ただ頭突きを防いで終わる筈もない。


 頭突きによって六号との距離が離れた瞬間、ロリーナは宙空で身体を翻しながら細剣を構え直し、刀身に魔力を流し込む。


 その刀身が光り輝き、切っ先を頭突きの反動でまともな動きが出来ずにいる六号の眼球へと照準を合わせ、魔力を解放しながら渾身の一突きを繰り出す。


「《刺突光芒》っ!!」


 刹那、ロリーナの握る細剣は光の刃となり刀身が瞬間的に延長。数メートルはあろう距離を難無く、そして瞬く間に縮め、切っ先は一切の抵抗を許さず六号の瞬膜を眼球ごと貫いた。


「シャァァァァァァッッ!!?」


 六号はか細い慟哭を上げながら苦痛に喘ぎ身悶える。


 彼の大蛇にとって苦痛など初めての経験であり、ましてや眼を貫かれ、それによる激痛と不快感を覚えた事など皆無。故にその心中は激しい動揺と混乱に陥る。


 そんな状態の六号に対し、ロリーナはしっかりと鮮血を噴き出す眼球を見据えると地面に受け身を取りながら着地。


 悶える六号を尻目にそのまま全速力で駆け出すと、六号の周囲の地面へ羊皮紙に描かれた魔法陣を配置し、その全てに魔力を送り込んだ。


「少しだけ、大人しくして」


 そう彼女が発すると、配置した魔法陣から四角柱を思わせる光の柱が六号へ向け現出。


 柱は暴れ狂う六号を四方から挟み込み、六号の動きを抑え込む事に成功する。


「後は……っ!」


 ロリーナはすかさず懐へと手を伸ばすと三色の薬品が入った試験管を取り出し、それを空中へと振り撒く。


 そして《水魔法》を使い中空に散布された薬品を絡め取りながら水球を作り出し、それを身動きを封じられた六号の傷付いた眼球へと放った。


「シャァァァァァァッ!?」


 薬品が混合された水球は貫かれた眼球の傷口へと流れ込み、徐々に六号へと浸透。その様子を固唾を飲んで見守っていたロリーナはホッと胸を撫で下ろし、細剣を鞘へと納め居住まいを正す。


「……終わりです」


 そう呟いたロリーナの目には、ただただ六号の顛末を見届けんとする意思のみが宿っていた。


 ロリーナにとって、ここまでの工程は予定通りであった。


 あらかじめ全てを順序立て、念入りに準備し、予想される事態への対処法をすら用意して六号の前に姿を現したのだ。


(……これが──)


 ロリーナは感慨に耽る。


 愛する人と同じ景色、同じ手法を実現し、心中で打ち震えた。


(これが……《解析鑑定》の力……)









 それは数ヶ月前。クラウンがロリーナに訓練をつけていた時の事である。


『ロリーナ。君はもう対人相手ならば及第点な段階だ。私程度で教えられる事は既に無いだろう』


 《精霊魔法》によって作り出されたコピーゴーレムの戦闘訓練からクラウン本人へと内容がグレードアップして少しした頃、クラウンは彼女に嬉しそうにそう告げた。


『はい。ありがとうございます』


 クラウンの本当に嬉しそうな様子と、自身が確かに力を付けていけている実感で珍しく笑顔を零すロリーナ。


 だがクラウンもロリーナも、そこで満足する程に謙虚ではない。


『だからこれからは対人以外……獣や魔物なんかを想定した闘い方を鍛えよう。戦争まで時間は余り無いが、最低限の基礎を叩き込む』


『獣や魔物……ですか? エルフとの戦争で?』


 素直な疑問を彼へと投げ掛けると、クラウンはポケットディメンションを開き、そこから幾つかの羊皮紙を取り出しながら説明を続ける。


『彼の国には魔物なんかを扱う機関が存在していてな。その専門家も戦争には参加する。細かい作戦までは私も把握し切れてはいないが、まず間違い無く何処かの場面で魔物を繰り出して来る筈だ』


『それは、厄介ですね』


『ああ。とはいえ訓練に使えるような魔物なんてそう現れるもんじゃない……筈だったんだが、ある種奴等は墓穴を掘ってくれたよ』


『墓穴? ですか?』


『君にも以前話たろう? 国に潜入していたエルフ共の内何人かは、要所要所に人工的に魔力溜まりを発生させる機械を秘密裏に設置していた、と』


『はい。確かここ数年間に増えていた魔物の出没頻度が上がっていた原因がそれなんですよね? クラウンさんがお小遣い稼ぎにたまに行かれるパージンの鉱山のトーチキングリザードもそれが原因だったと記憶しています』


『流石、よく覚えていたな。本来奴等の想定では〝あの装置〟の実験の一環と、我が国への妨害工作の意味があったんだろうが、私達にとっては至極都合が良い』


『成る程。ではその人工魔力溜まりの周囲に出現した魔物を相手に私は訓練すれば良いのですね』


『その通りだ。至れり尽くせりだと思わないか? 魔物に対する訓練をつけられ、私や君達の武器を強化出来る素材が手に入り、更には余った素材を金にして君達に給料や報償まで払える……。本当、奴等には感謝せねばな』


『恐らくそんな事で感謝するのなんて、私達くらいのものですけれど』


『ふふ違いない。まあ何にせよ、暫くは私達で人工魔力溜まりが存在する各地に赴き、魔物を倒して回る予定だ。そのつもりでいてくれ』


『はい。分かりました』


『が、その訓練を始める前に、君には幾つかスキルを習得してもらおうと思う』


『スキル、ですか?』


『魔物は対人以上に変則的な戦いを強いられるからな。その変化に可能な限り即座に順応出来るようにしなければならない』


『即座に順応……』


『安心しなさい。君になら必ず体現出来る。差し当たりまずは……』


『?』


『うん。やはり、これだろうな』


 そう言ってクラウンはロリーナへ一枚の羊皮紙を手渡す。


 他の羊皮紙に比べかなり豪奢な意匠が施されたそれは──









 ロリーナは六号に挑む際、既に《解析鑑定》によりその情報をつまびらかにし、全ての作戦を立て終えていた。


 砦内に広まり始めた毒物による感染を解決する為にその成分を読み取り、衛生部隊に全てを連絡し早急な解毒剤の精製を要請。


 戦闘前にあらかじめ自分の体を《光魔法》の魔術「不罹の纏いプロペンションローブ」により防護し、一時的に六号が散布する毒霧を無効化。


 六号の唯一の弱点であり、自身が毒を粘膜摂取しないよう保護する為に存在する眼球を覆う瞬膜の破壊と、それに守られている眼球の破壊。


 そしてその傷口から〝とある薬品〟を流し込み六号を倒す、というこの一連である。


(《解析鑑定》の情報が正確なら、これで何も問題は無い筈……)


 そう内心で僅かに不安がるロリーナであったが、次の瞬間、六号の身体が一瞬だけ大きく体を跳ね上げながら痙攣し始めたのを確認し、心胆から安心する。


 六号は自身が発する毒を、体内にある菌庫に根付く多種多様の細菌を刺激する事で精製している。


 その組み合わせは千差万別であり、一歩間違えれば宿主である六号自身すら蝕んでしまう。


 故に六号の口腔内や内臓はそれらが精製する毒物から保護する為に特殊なコーティングが施されており、瞬膜同様それによって粘膜からの毒物感染を防いでいた。


 だが裏を返せば、その瞬膜やコーティングさえ無ければ、しもの六号も自身の細菌毒に脅かされる、という事なのである。


 そこでロリーナは思い至った。


 他の兄弟達大蛇と比べ肉体的貧弱ではあるものの、その肉体を覆う鱗には並の得物では歯が立たず、自身の持つ細剣も傷付ける事は容易ではない。


 ならば己の操る毒で自滅させる事が出来ればどうだろう? と……。


 その結果編み出したのが先の一連の工程である。


(ただ眼を傷付けるだけでは足りない。あの大蛇の毒耐性を看破する程の毒でないと、自滅は期待出来ない……ならもっと強い毒にしてしまえばいい)


 勿論、六号はスキル《猛毒耐性》を保有しており、多少の傷を付けたからとそこから自身の毒で自滅までは持っていけない。


 自滅をさせるのであればもっと強力な毒を奴自身が精製し、それに罹患させる必要があるわけである。


 そこでロリーナが用意したのが三種類のポーションであり、その〝効能〟が、今回の一番の決め手になったのである。


(腸内細菌の活性化を目的に作ったポーションだったけど、まさかこんな事に役立つだなんて思わなかった……)


 彼女が作っていたのは腸内環境を整える為のポーション。 


 それぞれには大した効能は存在しない。どちらかと言うとロリーナがクラウンの健康を思って開発していた栄養剤に近いポーションでしかなかった。


 だがその三種類は混ぜ合わせる事によって相乗効果が働き、三種を同時に接種してしまうと体内に存在するあらゆる〝菌〟が活性化してしまう、という効果が発覚。


 以降、クラウンへはこのポーションに関する注意事項を踏まえた上で必ず一種類ずつ渡すようにしていたのだが、ロリーナは六号にこれを利用したわけである。


(六号の体内にある菌庫にはとんでもない種類と危険性を孕んだ細菌の菌根が根付いている……。ならその菌庫の細菌〝全てが同時に〟活性化したらどうなるか……。日を見るより明らかだわ)


 ロリーナの見上げる先。


 そこには光の柱に拘束されながら口から虹色の泡を吹き、激しく跳ね痙攣していた身体が徐々に大人しくなっていく六号の姿があった。


「……ありがとう。私はアナタを忘れない」


 光の柱が消え、地面へと落下した六号はそのまま沈むように横たわり、微動だにしなくなる。


 体内で吹き荒ぶ細菌の嵐により、六号はその命を終えた。


 __

 ____

 ______


「む?」


 私は砦前にあった大蛇の反応が消えた事に気が付き、そちらへと振り返る。


 そして《千里眼》を発動しその様子を覗き見てみると、そこには紫色の大蛇が地面に倒れ伏し、それを満足そうに眺めるロリーナの姿があった。


「ロリーナ……。素晴らしい……」


 私の内から感情が込み上げる。


 感動、興奮、誇らしさ、愛おしさ……。それらが混ざり合いえも言われぬ波となって私の心を埋め尽くす。


 嗚呼……。彼女は強くなった。本当に強くなった。


 何処かにロリーナを安全な場所に居て貰おうとした愚か者が居たが、杞憂も杞憂。何を心配する事があっただろうか。


 これは大いに反省せねばならないな。


「『ふ、ふざ……』」


「『ん?』」


「『ふざけんじゃないわよぉぉぉぉッッ!!』」


 甲高いエルウェの叫びに、私は思わず耳を塞ぐ。


「『喧しいぞ。私は今愛しのロリーナが大健闘した事に感嘆しているんだ。無粋な真似は控えなさい』」


「『うるさいうるさいうるさいッ!! この化け物がッ!! 認めないわよこんな……こんな事ッ!!』」


「『だから喧しい。というか一旦この場を離れて構わないか? 今すぐ彼女を全力で褒め称えて六号を回収しに行きたいのだが』」


 六号は細菌を操る毒の大蛇だ。奴が息絶えたのはいいが、その体内に巣食う数多の細菌まで死ぬとは考え難い。


 早いところ死体をポケットディメンションに回収しなければ貴重な菌庫や細菌がダメになってしまうのは勿論、下手をすれば死体を媒介にバイオハザードを引き起こす恐れがある。そうなっては収集が付かん。


「『ふざけんなふざけんなふざけんなッ!! アタシ……アタシの子供達を、よくも……』」


 エルウェは目の前に広がる景色を一瞥いちべつし、泣きそうになりながら眼を逸らす。


 まあ、無理も無いだろう。何せ彼女の目の前に広がっているのは、手塩にかけて育て上げた我が子の死体が敷き詰められた地獄なのだから。


 全身の細胞に発電器官を備え、それらを筋肉で刺激する事で電撃を操る四号。


 《地魔法》を操り、全身を駆け巡る〝砂流菅〟と呼ばれる器官から放出する砂を組み合わせて攻撃する五号。


 液体窒素を精製出来る特殊な内臓を持ち、それを《水魔法》と併用する事で様々な氷雪攻撃に使用出来る二号。


 爆発性のある体液を分泌し、空気に触れ凝固したそれを摩擦によって擦り合わせる事で爆発させる事を可能にした三号。


 更にその支援をする為に駆け付けた純白で美しく、大蛇達にだけ作用する体力回復や身体機能の向上、精神安定をもたらす薬を噛み付く事で摂取させる七号。


 この五匹の死体が、私達の間には所狭しと並んでいた。


「『許さない……。許さないわよ絶対にッ!!』」


「『そうか。ならちゃっちゃとしろ』」


 残っているのはエルウェ本人と、彼女が跨りここまで一切の動きを見せなかった他の大蛇達より一回り大きな大蛇……一号。


 既に《解析鑑定》でその生態やら能力は把握しているが……解せん。


 判明した能力が本当に使えるのであれば、何故今まで使わなかった? 何故こうなるまで傍観を決め込んでいる?


 何故エルウェは……一号は、私に〝幻影〟を見せない?


「『やりなさい一号──いえ「ニーズヘッグ」。この化け物を、狂死させなさい』」


 冷たい言い放ったエルウェの言葉が耳に入った、その瞬間──


「──ッ!?」


 私は目端に誰かが倒れている事に気が付く。


 それは──彼女は白く、けれども赤く。


 ただただ苦痛に顔を歪め、私の事を必死で求めるように見詰めていた。


「しゅ、しゅう……いち……」


 彼女の声が鼓膜を叩き、脳を震わせる。


 何年……いや何十年振りに聞いた切りだった筈の彼女の懐かしい声が、全身を粟立たせた。


「集一……。助けて……」


 思わず駆け寄り、膝を突く。


 見間違える筈はない。何年経とうが忘れる筈がない。


 白い髪に白い肌……。赤い瞳に優しげな声音……。


 そう、彼女は──


「……ユメ


 彼女は私の、妻だった女性だ。

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