第八章:第二次人森戦争・前編-27
______
____
__
クラウンがカーボネを助け出した、その約五分後。
遅れてクラウンが転移させた
拠点内を暴れ回る大蛇の存在に一同は驚愕し
ロリーナは荒れ狂う死地を駆け抜け、すれ違うエルフ兵をなるべく手早く片付けながら砦へ到達し、中にエルフの侵入を許してはいないと聞かされるとそのまま中へと入る。
エルフによる砦侵入を防いでいた味方に諸々の戦況を聞き取り、この砦を訪れた目的である〝彼等〟の居場所を知ると、そこへ真っ直ぐ向かっていった。
数分して辿り着いたのは控え室。砦の
「……ふぅ」
小さく深呼吸し、ロリーナはその控え室の扉をゆっくりと開けた。
するとそこには各々が得意とする武器を手に、唯一の出入り口である扉を鋭く睨み付けながら臨戦態勢に入っている少年少女十二名と、彼等に庇われる形で初老の女性が一つ立って剣を構えている。
「落ち着いて。私だから」
「ろ、ロリーナさん……。はぁぁ、良かったぁぁ……」
垢抜けた男生徒──ギデオンが心底安心したようにそう漏らすと、彼等に庇われていたカーボネが難しい顔を貼り付けたままに言う。
「待て。エルフの中には《幻影魔法》や変装術を得意とする者も居ると聞く。彼女が本物のロリーナかはまだ判断しない方がいい」
冷静な彼女の言葉にハッとした学生達は緩んだ神経を再び緊張させると、改めてロリーナに対して各々武器を構える。
しかし凶器を向けられている当人であるロリーナはそんな状況に一切動じず、寧ろ内心で感心するのと同時に安心感を覚えた。
「貴様が本物だというならば証明しろ」
カーボネの言葉にロリーナは小首を傾げる。
「証明、ですか?」
「ああ。なんでも良い。貴様しか知り得ない……そしてコチラが是非を下せる事を口にしてみるんだ。それで判断する」
そう言われロリーナは困り果てる。
それはつまり学生達十二名とカーボネ、それとロリーナの間でしか通じないような共通点を見付け、彼等に理解して貰う必要があるという事だ。
一応十二名の中にはロリーナの部下となる予定の女生徒二名も居るが、人付き合いが得意ではなく、また自分とクラウンの事で精一杯だった彼女はこれまでまともにコミニケーションを取れておらず、情報など共有していない。
つまり共通の話題となると極端に限られてくるのだ。
(私と彼等で通じる話……。もうあの人の話しかないわね)
ロリーナは少しだけ思い起こすように目を閉じ、数秒して見開くと学生の内の一人……黄土色の髪をウルフカットに整えた垢抜けた男生徒ギデオンに視線を向ける。
「……ギデオン君」
「え、俺?」
「貴方訓練の時、隙を見てサボっていたそうね」
「え」
戦争が本格化するにあたって、ヘリアーテ達四人とロリーナが将来的な部下として選んだ十二名には訓練をするようクラウンか申し渡されていた。
故にクラウンがヘリアーテ達を見てやれない時間を利用し、将来的な上下関係の構築とデモンストレーションを兼ねてヘリアーテ達自身が部下となる生徒達に訓練を受けさせていたのである。
勿論他人を指導した経験など無い彼等はどうしたのもかと悩んだ。
学院の先生に聞いてみたり、クラウンの真似をしてみたり、それっぽい教材を揃えてみたりと様々。
だが結局どれも上手くいかず、悩みに悩んだ末にクラウンに泣き付き、提案されたのが、他人の指導を客観的に指摘し、改善点を話し合う「改善提案会議」であった。
その会議ではヘリアーテ達五人が互いに指導の良し悪しを指摘し合い改善し、また指導する生徒達一人一人の情報を共有し指導方針を定める事でより効率的に訓練の質を向上させる。
この目論見は成功し、最初は
そしてこの改善提案会議のもう一つの利点として、生徒達の詳細な状況と成長具合をまとめ、クラウンへ報告する工程が円滑に行える事にある。
会議によって洗練され効率化されたからといって、自分達の上司であるクラウンの意向にそぐわない結果となってしまっては元も子もない。
故に簡単にではあるが彼等の訓練方針や能力の成長具合、更にはプライベートに踏み込まない程度の近況をまとめて確認していたのだ。
勿論、クラウンは基本的に個人の個性やセンス、趣味嗜好には肯定的であり、余程に外れたもので無ければ全力で後押ししてくれる。
だがそれでも万が一、彼の思惑と違う方向に舵を切ってしまっている場合を考慮し、またクラウン自身が生徒達の成長を楽しみにしているという事情も相まって生徒達の近況等をまとめたものを会議内にて決定し、報告していた。
そしてその報告内容を全て関知しまとめ、クラウンへ伝えているのが、改善提案会議の議長でもあり、将来彼の秘書として働く事となるロリーナなのである。
つまり彼女は、この場に居る十二名の生徒全ての情報を掌握していると言っとも過言ではないのだ。
「ヘリアーテちゃんが呆れていたわよ。能力はあるのにサボり癖のせいで見込みより成長してないって」
「え……マジ? てかバレてるしっ!?」
ギデオンは十二名の中でもかなり器用な方であり、剣術に魔法にとなんでも
しかしそのせいか忍耐力が無く、訓練に嫌気が差すとヘリアーテ達の目を盗みこっそりとサボっていたりする事がままあった。ヘリアーテに気付かれているとも知らずに……。
「キャサリンちゃん」
「……え、アタシっ!?」
次に名指しされたのはグラッドの部下であり薄緑色の髪をポニーテールにまとめた目付きの鋭い女学生キャサリン。
「グラッド君が嘆いていたわ。腕は順調に上がってるけれど、他の人に当たりが強いって」
「そ、それは……」
「私も人の事余り言えないし、無理に仲良くなれとも言わないけれど、将来の同僚になるのだから多少は胸襟を開いて欲しいわ」
「う……」
図星を突かれたキャサリンは言い返せぬままロリーナから視線を逸らす。
子爵位の家の出である彼女は両親から将来国に大きな貢献をし
両親への親孝行、そして子爵からの脱却を胸に掲げ、そのプレッシャーを抱えながらも勉学に励んでいるキャサリンなのだが、気負い過ぎている嫌いがあり、周りと中々打ち解けられずにいる。
「ミレー君」
「っ!?」
その次に名を呼ばれたのはロセッティの部下であり藍色で天然パーマの印象の暗い男生徒であるミレー。
「ロセッティちゃんが心配していたわ。周りに〝つまらない事〟を色々言われているらしいわね」
「っ!! ロセッティさんが……」
「貴方には《闇魔法》のセンスがあるのでしょう? 《闇魔法》は誰にでも扱える魔法では無いから、周りに茶化されてもそこを引け目に感じないでね」
「え、えぇと……」
「私達は貴方の味方だから。そこは安心してね」
「は、はい……っ!!」
そう言ってロリーナが視線に圧を込めながら生徒達を一通り見渡し、全員に言外の戒めを促す。
そんな彼を周囲は宜しくない方向で面白がり、また《闇魔法》が得意であると判明してからはそれが加速していた節があったのだ。
それを嫌ったロセッティは改善提案会議でこれを相談。今現在対策を検討中であり、その事は勿論クラウンも承知している。
「ヴィヴィアンちゃん、ポパニラちゃん、コンタリーニちゃん」
「へっ!? ワタシ達っ!?」
「な、なんで……」
「私達変な事は何も……」
三人纏めて呼ばれた事に驚きの声を上げたのはディズレーの部下であり
三人は自身の顔を指差しながら眉を
「ディズレー君に甘え過ぎよ三人共。彼優しいからすぐ甘やかしちゃうけど、他の生徒達より伸びが良くないって悩んでいたわ」
ディズレーは口調こそ乱暴になる事が多々あるが、その本質は甘やかし。なんならクラウンの身内への甘さよりも甘々である。
それもクラウンのように成長を促すような厳しさを含むようなものではなく、ただただ考え無しに甘くしてしまっているのだ。
これにはクラウンも──
『
と、ディズレーに苦言を呈している。
「彼も反省はしていたけれど、貴女達もそれを享受し過ぎだと個人的には感じたわ。ディズレー君に少しでも思う所があるなら、甘えるだけじゃなく彼の為にももう少し頑張って」
真剣な表情でそう厳しく告げたロリーナの様子に、三人は沈痛な面持ちで顔を見合わせてから同時に頷く。
「うん。ありがとう」
「……」
「……」
「……」
「……え、ワタクシには無いわけっ!?」
跳び上がる勢いでロリーナに詰め寄ったのはロリーナの部下(本人曰く見極め中)であり、
立ち上がった彼女はそのままロリーナを睨み付け続けようと目に力を込めるが、ロリーナの一切動揺を見せない眼力に押し負けて
基本的にエルシーはロリーナの部下(見極め中)であるにも関わらず彼女に対し常に反抗的であり、一応訓練の方針や内容には従うものの、平民の下に就く事に未だに納得がいっていなかった。
が、エルシーは別段メンタルが強いわけでも無い。
故に元々感情の起伏が薄く、更にクラウンの側に殆どの時間
「……私は常に貴女に言いたい事はそのまま伝えているから今更何か語る事はないわ」
「そ、そりゃそうでしょうけど……」
「それとも今思い付いた事をここで披露しましょうか? 二、三個程度だったらすぐにでも──」
「いいわよ別にっ!! だ、大体これアンタが本物がどうかの確認ってだけで暴露ダメ出し大会じゃないわよねっ!?」
「……それもそうね」
ロリーナはそこで一つ小さな咳払いを挟むと蚊帳の外になってしまっていたカーボネに向き直り、軽く会釈する。
「申し訳ありませんカーボネ様。彼等に本物かどうかは証明出来ますが、まだ殆ど接点の無い貴女には証明のしようがありません。ですので彼等の反応で、どうか御判断願えないでしょうか?」
丁寧な所作と謝罪にカーボネはほんの少しだけ息を飲み、首だけで振り返り生徒達の様子を伺う。
すると生徒達の誰もが既にロリーナを本物であるとは疑っておらず、中でも名指しまでされてダメ出しをされた六人は確信を通り越して今後の自身の心構えをどうするかと思案してすらいた。
そんな彼等の様子にカーボネは何処か安心感を覚えると改めてロリーナに向き直り、彼女に微笑み掛ける。
「いや大丈夫だ。充分理解した。流石は
「ありがとうございます」
「はは……。それで外は? まだ私がクラウンにここに送られて然程時間は経っていないが、どんな様子だ?」
カーボネの疑問に対しロリーナは少しだけ思案するように目を閉じると、砦に来るまでの間に見聞きした情報を簡潔に文章化してから目を開ける。
「ファーストワンさんが率いる二番隊により一方的だった状況ではなくなりました。ですがそれでも大蛇の存在はかなり深刻です」
「そうか……」
「大蛇とそれを操る敵方の将はクラウンさんがなんとかするでしょう。ですがそれ以外は私達で応戦し、撃退無いしは〝転移用羊皮紙の副作用〟が発現するまで持ち堪える必要があります」
「くっ、やはりか……。ならば」
そう口にした後、カーボネはその表情を瞬時に緊張させると彼女を通り過ぎて控え室の扉へと歩み出す。
「どちらに?」
声を掛けたロリーナにカーボネは振り返らずに答える。
「決まっている。エルフ共を駆逐し、部下達を助ける」
「……見たところ未だ体力は戻っていないようにお見受けしますが、その状態で外へ出ると?」
「そんな事はどうだっていいっ!!」
叫ぶカーボネの額に汗が滲む。
クラウンによる強制転移によって砦に戻された事により多少休息する時間は得られていたものの、齢四十を過ぎ昨今座り仕事ばかりをこなして鈍っていた今の彼女の身体は依然回復し切ってはいない。
だが、カーボネにとってそんな事は二の次三の次の話であった。
「私の部下達が今もエルフやあの大蛇共の餌食になっている……。それを知っているにも関わらずこんな所で私一人休んでいるなど出来るかっ!!」
「そうは言いますがカーボネ様。
「
カーボネが感情のままにロリーナに掴み掛かりそうになった瞬間、突如として砦が大きく振動し、空気を震わすような低い地響きが起こる。
「なっ!?」
「これは……」
動揺する控え室に集まる一同。
するとそんな控え室に一人の兵士が血相を変えて走り込み、息わ荒げながら叫ぶように報告を始める。
「長官ッ!! だ、大蛇が……紫色の、大蛇がッ!!」
「大蛇……。ついに砦に──ってお前っ!?」
「は、はいっ!?」
カーボネが駆け込んで来た兵士の顔を見てらしくなく狼狽する。
それもその筈。彼の顔の約三分の一には無数の
「全員口を塞いで部屋からでろぉッ!!」
何かを察したカーボネは可能な限りの声量で声を張り上げると目の前の兵士を剣の柄で殴り気絶させる。
そして控え室の最奥に安置してから全員で退出し部屋を締め切り、辺りで大蛇出現に混乱して走り回る兵士達を注意深く観察した。
「教官、まさか……」
一連のカーボネの行動で全てを察したロリーナが深刻な面持ちで彼女に問うような視線を向けると、カーボネは苦々しく頷く。
「何が原因で何者の仕業かは解らん。だがまず間違いなく……」
「はい。病毒属性……それも毒物ではなく細菌等による空気汚染ですね」
そんな二人の会話に部下である生徒達は一斉に動揺し、小さな混乱が生まれる。
「彼を見た所、感染したとしても重症化までに多少時間を要するようだが、油断は出来んな……。クラウンは何か病毒に対する対策はしているのか?」
「はい。この戦争に
「ああ解っている。身内に使う分に限ってはの話だろう?」
人死にが辺りで頻出する戦争という状況に
故にクラウンはあらゆる可能性を考慮し、現在発覚している伝染病やウイルスの情報を調べ上げ、且つ過去の戦争で実際に発生した
しかし
唯一出来た事といえば、クラウンの独自調査によって纏め上げられた戦病死に関するデータとその具体的な対策案を〝医療〟を司る珠玉七貴族であるエメリーネル公に送り付ける事くらい。
つまりこの状況で今の内から出来る対策は実質一択しか無いのである。
「気に病むな。それよりも原因の究明と根絶、それから今すぐにサイファーの奴に連絡し対策を立てる事を最優先せねばならん」
「そうですね。ですがカーボネ様。タイミングを見るにこの予兆は……」
「チッ。感染源はさっきの報告にあった大蛇か……。電気と地の大蛇といい、まったく厄介なものを連れて来てくれる……」
カーボネは爪を噛み、心底忌々しそうに眉を歪める。
「……カーボネ様」
するとそこでロリーナは小さく深呼吸をし、顔を上げて彼女の名を呼ぶ。
そして振り返りロリーナの表情を見た時、カーボネは彼女が何をしようとしているのかを悟った。
「まさかお前……っ!?」
「はい」
「無茶だよせっ! 私が苦戦した相手なんだぞっ!? それに幾ら備えがあるからと相手は病毒を操るかもしれん得体の知れない存在だっ! 解っているのかっ!?」
「……確かに、私はまだまだ未熟です。クラウンさんは当初、私を戦争から遠ざけようとしていました。それくらい、私は頼りない存在なのかもしれません」
「なら何故っ!?」
「決まっているじゃないですか」
そう言うとロリーナは僅かに頬を赤く染めながら、何の臆面も見せずに欲望のままに真っ直ぐ言い放つ。
「あの人に……クラウンさんに褒めて欲しいからですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます