第八章:第二次人森戦争・前編-26

 


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 彼女自身に自覚は無いが、アヴァリはアールヴ国内でそこそこの人気を得ている。


 エルフとしての基礎能力が平均より劣り、家柄も良くなければ人付き合いも上手くはない。それが幼少期の彼女を表す評価だった。


 しかし運命的な出会いによってアヴァリはその内に秘める才能を開花させ、僅か十数年で国軍の最高指導者である第一軍団長にまで昇り詰め、様々な戦いでその勇姿は輝いた。


 この来歴と活躍は国中の基礎能力に乏しく、地位も無く、ただ誰に知られもせずに埋もれていく子供達に勇気と希望を与え、彼女が頭角を表してから数十年の間に幾人もの才覚者が現れるようになった。


 そしてエルウェもまた、そんな才覚者の一人である。


 当時エルウェは歳の近い弟「オルウェ」と共にとある理由で孤児院に預けられていたのだが、その理由と弓も剣も扱えない凡才加減が原因で院内でもとりわけ孤立しており、毎日を呪いながら生きていた。


 そんなある日。エルウェとオルウェは視察という名目で孤児院を訪れたアヴァリと出会う。


 孤児院で彼女は何も特別な事はせず、ただ院内に居る子供達に自身の棍術を披露し、強くなる秘訣や様々な感情論を彼女なりの解釈で説いた。


 ところが、孤立を極めていたエルウェとオルウェはアヴァリに群がる子供達に押し退けられてしまい、彼女と触れ合う事が出来ず隅に追いやられてしまったのだ。


 加えて当時捻くれに捻くれていた二人はアヴァリに興味が無い素振りも見せており、益々三人の接点は無くなってしまう。


 このままでは千載一遇の機会を逃し、彼等は二度と会う事は無い……。が、しかし──


『さあ。君達もおいで。君達のような子がこの国を支え、守っていくのに必要なんだ』


 差し伸べられた手は傷跡だらけで浅黒く、触れば皮膚はゴツゴツと分厚く固いもの。


 だがエルウェとオルウェはその「世界一美しい手」に憧れを抱き、アヴァリから注がれる真摯で真っ直ぐな眼差しに凍り付いた心は氷解した。


 彼等のそれまでを一蹴するに足るその優しさに触れ、姉弟二人は迷う事無く彼女の背中を人生の指針に据えたのだ。


 それからエルウェとオルウェは努力を重ねた。


 弓も剣も、その他の武器類一切にも才能が無かった時も諦めず自分達に合った才能を探し、エルウェは生物学、オルウェは魔法学を自身の歩むべき道であると見付け出しひたすらに邁進。


 別々の貴族家に養子入りする傍ら新設された「魔力開発局」へと身を投じ、溢れんばかりの才能を発揮すると瞬く間に「魔生物部門長」、「魔導書研究部門長」へとそれぞれに就任した。


 そして更に……。


『おおっ!! まさかあの時の二人かっ!? しかも揃って軍の最高責任者になるとはな……。昔焚き付けた側としては実に鼻が高いっ!!』


 憧れ慕うアヴァリの背を追い掛けるようにして自身の得意分野を活かして軍へと入軍。弟オルウェが第四軍団長、姉エルウェが第四副軍団長へと身を置く事が出来たのだ。


 落ちこぼれの底辺を彷徨うと確信していた二人がこの地位まで来る事が出来た……。この事実はひとえにアヴァリという先駆者の光が彼等を照らし出したからこそ生まれたものであり、新たな時代の幕開けを想起させた。


 だがそのエルウェ達の──いやエルフ族にとっての光明とも呼べるアヴァリが振るっていた「聖棍・シェロブ」に酷似した棍を、目の前に居る人族が振るっている……。


 そんな目の前の信じ難い光景に、エルウェは自分の奥底から感じた事の無い感情に襲われた。


(ヤメろッ……ヤメろッ!! そんなモン認めるかッ!! アヴァ姉さんは……アヴァ姉さんはこんなヤツになんかッ!!)


 憧憬、尊敬、感謝、目標……。


 自分に姉呼びを許してさえくれたアヴァリの何らかの変事の可能性がチラつき、エルウェは必至に鞭を振るう。


 鞭が空気を弾く度、その余波を受けた四号五号と呼ばれた雷電属性の大蛇と地属性の大蛇の攻撃は苛烈を増し、棍を操るクラウンへと熾烈に攻め立てていた。


 彼女の振るう赤黒い配色の鞭「聖鞭せいべん・シンゴル」は〝強化属性〟を内包した鞭である。


 霊樹トールキンの樹皮を加工し編み上げられたシンゴルは、その僅かに内に秘める〝霊力〟により自身の組成を自在に伸縮させる事が出来、意志を持って振るいさえすれば十数メートル程度は優に届く攻撃範囲を持つ。


 そして何より内包された〝強化属性〟により、打ち付けた物は勿論、空気を弾く事で波及した対象に魔力による一時的で疑似的な〝強化〟を施す事が可能となっている。


 加えてエルウェ自身が行使する《炎魔法》と《闇魔法》の複合魔法である《強化魔法》により更に効果は上乗せされ、操る大蛇達を文字通り強化していた。


「『早くッ!! 早くソイツ殺してッ!!』」


 エルウェが鞭を必死になって振るう度、四号五号の放つ雷球と岩石はその威力や頑強さを増す。


 一度その雷球に触れれば一般兵程度ならば一瞬にして消し炭になり、岩石は例え身の丈はあるカイトシールドであろうと容易に押し潰し圧殺する事だろう。


 だがそれは、〝一般兵〟ならばの話だ。


「ふはははッ!! 良いなぁ……良いなぁ素晴らしいなぁッ!!」


 被弾すれば最低でも瀕死は免れない猛攻の数々を前に、その威容を向けられている張本人のクラウンは心底楽し気に笑いながら次々と雷球と岩石を道極どうきょくにて打ち消していく。


「多少ノイズはあるがそこのイエローエレメントバジリスクは体内で相当の電力を作り出せるようだなッ!? 魔法でも魔石でも無くこの電力を捻出可能な臓器……実に興味深いッ!!」


 饒舌にそう語りながら道極どうきょくの多節棍形態でもって雷球を《磁性》により歪め、難なく無数の雷球は消滅される。


「そっちのランドエレメントバジリスクは《地魔法》により岩石を精製しているが、魔物の割に実に魔力構成が精緻だなッ!? そこに自身が放出した砂塵を混ぜ組成を強化している……素晴らしい知性じゃないかッ!!」


 雷球の合間に降り注ぐ大小様々な岩石は、旋棍形態へ変形させた道極どうきょくにて全て打ち砕かれ、散った破片は無惨に魔力と化していく。


「『なんで……なんでなのよッ!? まだ足りないってのッ!?』」


 エルウェが振るう聖鞭シンゴルの強化属性と《強化魔法》とは、その影響下に生じている〝力〟という概念そのものへ干渉し、その力と同質に変化させた魔力を上塗りする事で力を擬似的に強化する属性。


 故に彼女が鞭を振るい強化属性を発揮する度、四号五号の攻撃はその威力を増していくのだが、当然その強化にも限界が存在する。


 強化した力に更に強化を重ねる事自体は可能ではあるが、当然上塗りする関係上それまでの力よりも大きな力を再現した魔力で上塗りする必要が出てくるのだ。


 つまり強化に強化を重ねれば重ねる程、要求される魔力量と魔力操作能力は飛躍的に上昇してしまい、いずれは術者や行使者本人には捻出出来ない程の力量が必要になってしまう。


 そもそもの話。擬似的にとはいえ対象の力が増幅している事には変わりはなく、対象に重ねられた強化はあくまでも対象が行使する力に他ならない。


 すなわち強化を重ねられた対象はその〝強化を重ねに重ねた力を制御する力量〟が要求されるのだ。


 しかし大抵の生物は短時間で何倍にも膨れ上がった力をすぐさま制御出来る程身体と精神の順応性は高くない。


 仮にそれを可能とするならばそれ相応のスキルが必須になるわけであるが、エルウェのペットである大蛇達に備わっているスキル構成にそれを可能とするモノは決して多くないのが事実。


 その結果訪れるのは……。


「シャァァァァ……」


「キシュゥゥゥ……」


「『ちょ、ちょっとアンタ達ッ!?』」


 何度も何度も鞭による《強化魔法》を重ねられ、普段行使している何倍もの魔力を捻出し続けた四号と五号。


 畢竟ひっきょう。四号の電力を作り出す臓器は機能過多により重度の疲弊と衰弱を招き、五号の保有魔力は枯渇寸前にまで使い果たしてしまいまともに攻撃する事が出来なくなってしまう。


「『な、なんでよッ!? 限界まで強化したのよッ!? こんなになるまで強くしたのに……』」


 エルウェは真っ直ぐと睨む。


 何百もの雷球と岩石に晒され、それでも尚道極どうきょくを構えながら酷薄な笑みを絶やす事なく全てを叩き落としたクラウンに、その内に燃え盛る憎しみの全てをぶつけるように……。


「『なんでそんな平気なのよ……。ふざけんじゃないわよぉぉッ!!』」


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 エルウェの慟哭を聴きながら私は道極どうきょくを棍形態に戻す。


 そしてすっかり疲れ切った様子の雷電属性の大蛇イエローエレメントバジリスクと地属性の大蛇ランドエレメントバジリスクを見上げ、思わず嘆息を漏らす。


 正直な話、私は今この大蛇達に憐憫の念を禁じ得ないでいる。


 《解析鑑定》でエルウェの情報をつまびらかにした結果、彼女は一応この拠点に連れて来ている七匹の大蛇と〝魂の契約〟を交わし使い魔ファミリアとしている事が判明した。


 七匹もの魔物と〝魂の契約〟を交わしている事には素直に驚愕するが、その契約相手である筈の使い魔ファミリアの扱いがどうにも解せない。


 〝魂の契約〟というのは文字通り魂同士の契約だ。その繋がりは強く、主従の主が魂を害せばその影響は従者側にも波及し、また従者側の魂が害されれば先述程で無いにしろ主もまた少なからず影響を受ける。


 それは〝魂の契約〟を交わす際に周知されている常識であり、これを軽視する事は主従どちらにとっても不都合以外の何物でもない。


 にも関わらず、だ。


 このエルウェは己の鞭による強化属性と《強化魔法》によって二匹の大蛇を短時間で酷使し、それで勝てれば良いものの結果として重大な隙を晒している始末……。


 これでは契約による強固で相互理解のある主従関係というよりも、一方的な奴隷契約と言った方がまだ納得出来るという状況だ。


 つまり何が言いたいのかというと……。


「まさか〝魂の契約〟のリスクを何らかの方法で回避しているというのか?」


「『あ゛ぁッ!?』」


 私の呟きを聞き取ったのかエルウェが声荒く反応し、その手に握る鞭を更に強く握り締める。


「『何余裕ぶってるわけ? まさか四号と五号の攻撃を耐えたからって調子乗っちゃってたりする? キっモ!』」


「……」


「『一体どんな手使ってアヴァ姉さんのシェロブを奪ったのか知らないけど、アンタみたいに棍術がヘタクソな奴なんかにアヴァ姉さんは負けたりなんかしないッ!!』」


「『ふむ。それは返す言葉も無いな』」


 確かに私はアヴァリを倒し、その内に宿していた全てのスキルを手に入れた。


 スキル構成に熟練度、それに相応しい武器が揃っている今、私はあの日闘ったアヴァリよりも棍術使いとしては格上であるのが普通だろう。


 だがそう……。私の網膜と脳裏に焼き付いた彼女のあの圧倒的なまでの戦闘センスと美しい技術の数々を思い返すと、今の私がアヴァリを上回っているとは正直全く思えないのだ。


 あの日以降、他の武器種もそうだが、特に棍術に関しては時間が許す限り鍛錬を積んだ。


 アヴァリが見せた棍術に関する全てを思い出しながら、一つ一つを丁寧に精査し、完全再現するつもりで挑んで来た。


 私なりに創意工夫を重ねながら無理矢理道極どうきょくで眠るアヴァリの魂に語り掛けコツを聞いたりもしてみた。


 が、しかしそんな足掻きは一切実らず、結果としては非常に拙く決して美しいとは言い難い出来に落ち着いている。


 アヴァリの魂はそんな私に──


『それで良い。存分に苦しめ』


 などと嫌味たっぷりの抽象的なアドバイスだけを残し再度入眠。棍術に関しては完全に沼にハマっている状態だ。


 だがまさかそれを見抜かれるとはな……。伊達にアヴァリに何十年と憧れを抱いてはいない、というわけか。


「『フンッ!! アンタにシェロブは相応しくないッ!!』 もう二、三匹呼んで、今度こそアンタを──」


「『いや。それは困るな』」


 私は道極どうきょくを再度多節棍形態に変形させ跳躍。


 四号と呼んでいたイエローエレメントバジリスクの首へ道極どうきょくを巻き付けながら遠心力を利用して後ろ首へと回り、眼下に大蛇の後頭部を収めてから道極どうきょくを再び棍形態に戻し、頚椎を砕く勢いで《土竜落とし》を叩き込む。


 すると四号の全身から一気に力が抜けていき、私を頭に乗せたまま地面へと力無く伏せる。


「キ、シャァァァァ……」


「『四号ッ!! キィサマァァァァッッ!!』」


 叫ぶエルウェが鞭を振るい、空気が弾ける音が鳴ったと同時に五号と呼ばれていたランドエレメントバジリスクが反応。


 身体をバネのようにして跳ね上がると、大口を開けながら私に真っ直ぐ迫り来る。


「的がデカくて助かる」


 思わずそう呟き、私は道極どうきょくを《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》に仕舞い込み、取り替えるようにして新たな武器を引き出す。


「『それ、弓ッ!?』」


 私が取り出したのは先程カーボネ女史を助ける為にも使用した若葉色をした弓。


 我が心の友ノーマンが仕上げてくれた武器の一つであり、樹木型の魔物エロズィオンエールバウムの木材と風属性の魔石、蜘蛛型の魔物シュピンネギフトファーデンの糸を使用した風の弓であり、私が所持する数少ない遠距離武器である。


「『ッ! ハンッ!!』」


 弓を五号の開いた口内に目掛け構えると、その様子を見たエルウェは鼻で笑い、卑しく口角を上げる。


「『てか矢筒無いじゃないッ!! 弓があったって矢が無きゃ意味は──』」


「『私に矢筒は必要無い』」


 私はポケットディメンションを開き、その中から三本の矢を取り出し、番えた三本の矢を同時に引き絞る。


 弓矢両方に《風魔法》を流し込みながらそれを推進力と破壊力、貫通力に上乗せする様にしてまとわせていき、暴風の三矢を作り上げていく。


「『覚えておきなさい』」


「『ッ!?』」


「『弓の名を「飆一華みだれいちげ」。技の名を《木槿信貫ハイビスカス》。弓矢はエルフだけのお家芸ではないのだよ」』


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 アイテム名:飆一華みだれいちげ

 種別:ユニークアイテム

 分類:弓

 スキル:《疾風》《暴風》《狂飆きょうひょう》《魔力増幅》《魔力操作補助》《食魔の加護》

 希少価値:★★★★★★★

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「『思い知れ』」


 矢筈やはずを摘む指を離し、解き放たれた三本の矢は刃の様な暴風をまといながら一切曲がる事なく巨大な五号の口内へと飛来。


 柔らかな口腔へとやじりが着弾した瞬間、矢にまとっていた暴風が爆発するかのように弾けて広がり、まるで削岩する重機の様に肉を削り取りながら前進を続け、奥へ奥へと貫き進む。


 五号の声にならない声を掻き消しながら、羽根に吹き付ける暴風によって衰えを知らない推進力を発揮し続ける三矢。


 鮮血を撒き散らし、辺りに腥風せいふうが漂い出した頃。


 五号の後頭部が徐々に盛り上がっていき、その内側から風をまとった三本の矢が飛び出し、矢は虚空を目指しながら遥か彼方へと消えていった。


 それと同時に口腔から後頭部を貫かれた五号は当然絶命し、四号よりも悲惨な状態でそのまま血溜まり広がる地面へと全身を沈ませる。


「『五号ッッ!!』」


「ふむ。やはり主人であるお前に影響は無いか。ならばつまりはそういう事、だな」


「『はぁッ!?』」


「『少し予定変更だな。お前には早々に達磨だるまにでもなって貰おうかと考えていたが、問い質さねばならん事が出来た』」


 もしそれが……リスク無く〝魂の契約〟を結ぶ事が本当に可能だというならば、シセラやムスカに留まらず、私は更なる使い魔ファミリアを迎える事が出来る。


 嗚呼……。思わぬ収穫に身震いがして来たぞ。


「『くっ……。二匹倒したくらいでぇぇ……』」


「『変わらんよ、二匹も七匹もな。ただ私の養分となり、せめて華々しく戦地に血を塗りなさい』」


「『ぐ、ゔぅぅぅぅッッ!! 二号ッ!! 三号ッ!!』」


 打ち鳴らされた鞭に呼ばれ、先程の四号五号に代わるように薄空色で霜が全身に降りた大蛇と、橙色で身動き一つで当たりを炸裂させる大蛇が集い、私に蛇睨みを効かす。


「『お代わりとは気が利く。ふふふ』」


 溢れる笑みをそのままに、私は飆一華みだれいちげを《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》へ仕舞い燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐもを取り出し、構えた。


「『さてさて。私はまだ空腹だぞ?』」


「『ホザけぇぇッ!!』」


 第二ラウンドが、エルウェの振るう聖鞭シンゴルによって火蓋を切られた。

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