幕間:蒙昧の貴族

 同日同時刻──


「御報告しますっ!!」


 一人の使用人がスーベルクの書斎の扉を勢いよく開け放ち、大声でそうスーベルクに告げる。それを聞いたスーベルクは不快気な表情を浮かべながら走らせていた羽根ペンを机に置く。


「なんだ? 言ってみろ」


「はっ! 調査の結果、ジェイド・チェーシャル・キャッツの死亡が確認されました!!」


「なんだとっ!!」


 それを聞いたスーベルクは机を両手で強く打ちつけながら勢いよく立ち上がる。その様子に使用人も緊張したように姿勢を正す。


「それは本当か!? 本当にジェイドの奴がくたばったのが!?」


「はいっ! 先日の騒ぎはやはりハーボン氏によるジェイド暗殺が成功した、と見て間違いないかと!」


 スーベルクは思わず握り拳を作り小さくガッツポーズをする。彼にとっての邪魔者が一人消えた事によりこれから始めようとしていたプランに光が見えたからだ。だがそこでスーベルクにふと、ある疑問が過ぎる。


「ではハーボンは? まだ見つからんのか?」


「はい……。今現在に至るまで一切痕跡を発見出来ていません。恐らくジェイドと刺し違えた可能性があるかと……」


「むぅ……、まあ良い。ジェイドが死んだ今、後はディーボルツを丸め込むだけ……。ハーボンには悪いが犬死しなかっただけで儲け物だろう」


 スーベルクはそうアッサリ切り捨てると、改めて椅子に座り直し、再び書類に目を向ける。


「それで? ディーボルツとの会談はいつになる? 

 まだアポは取れんのか?」


「いえ、それについても御報告する事が御座います。実は偶然にもディーボルツ卿がこの近くまで視察に訪れているようで、使者を送ったところ一時間という短い間ではありますが会談に応じて下さるそうです!!」


「なんとっ!! これは私に風が向いて来ているか……? だが一時間か……。あの堅物をその短時間でどう言いくるめるか……」


「あの、……これは確定情報ではないのですが、よろしいですか?」


 おずおずとこちらを伺う様に自身に問いかけてくる使用人にスーベルクは若干の苛立ちを覚えたものの、何か有用な情報なのかと顎をしゃくって続きを促す。


「はっ。実はディーボルツ卿の娘である〝カーボネ〟様がどうやら異種族の文化に興味がある様で色々と調べているそうです」


「ほぉう、それは興味深い。ディーボルツの奴に対して良い手札になり得るやも知れぬな……。それで?いつ頃コッチに来る予定なのだ?」


「早くとも明日の夜になるとの事です。今現在私共で出迎えの準備をしていますが、後程御確認して頂き、何か不備がないか教えて頂きたく思います」


「ふん、良かろう。私は目の前の書類を一通り終わらせてからそちらに向かい、細かい指示を出す。それまではそのまま準備を進めておけ」


「かしこまりました」


 使用人はそう言って頭を下げながら書斎を後にする。スーベルクはそれを確認すると、口元に手を当て、笑いを抑え込む。


(ああ! 私はなんと運が良いんだ!! ジェイドは消え、ディーボルツに対する手札も手に入った……。これが上手くいけば私は難無くこの国を〝あの国〟に売り渡せる。そして私はあの国で更なる高みに登るのだっ!!)


 そう夢想し、スーベルクは肩を震わせる。これからの自分の将来に胸を高鳴らせながら、その首には既に手が回されている事など露ほどにも思っていなかった。

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