第六章:貴族潰し-1

 それは今朝の事。私がメルラのスクロール屋に出掛ける前、私は父上に書斎に呼び出された。


 私としてはその時に父上から情報を聞き出すつもりでいたのだが、その父上から予想だにしていない言葉を聞く事になった。


「クラウン、侵入者と対峙したな?」


 バレている、か……。


 まあ、余り物音とか気にしていなかった、というか気にする余裕までなかったからそりゃあバレる時はバレるとは思っていたのだが……。


 ふむ、だが父上の様子が少し予想より違うな。一体どういう事だ?


「あぁ、いや、別に怒ってるわけではないのだ。ただ対峙したのであれば色々気にする事が多いと思ってな。それに……」


「それに?」


「いや、後にしよう。それで対峙したのか? していないのか?」


 …………これは正直に言った方が良いな。誤魔化すことも出来なくはないだろうが、逆にこの事態を利用した方が色々な面で有効に働くかも知れない。それに何より父上の私を見る瞳。この瞳は私を試す様な、そして何かを期待した様な、そんな気持ちが篭っている気がするのだ。私はそれに応えたい。


「はい。侵入者と対峙しました。安心して下さい。何かされたわけではありません」


「…………ふむ。つまりお前が返り討ちにしたわけだな? なんと危険な事を……、お前、延いては家族に何かあったらどうするのだ!?」


 おっと、マズイ。まあ怒るのも無理はないが今はお叱りを受けている時ではない。なんとか話を逸らさなくては。


「プロの暗殺者であったら危なかったですが、どうやら違った様でしたのでなんとか対処出来ました。運が良かったです」


「まったくもってその通りだ。無事であったから良かった物を……。しかし何故プロでないと判断出来た? 《解析鑑定》を使って確認したのか?」


「はい。ですがそれ以前に〝私が〟対処出来たのです。その程度の相手がプロの可能性はないと見ています」


「ふむ……。確かにな。それでその侵入者はそれからどうした?まさかお前……」


「いえ、逃してしまいました。私に苦戦した時点で作戦実行困難だと察したのでしょう」


 ……まあ、全部を包み隠さずなんてのは流石に悪手だ。特に齢五歳の息子が既に人一人を亡き者にしているなどマイナスにしか働かない。知らなくていい真実など知らないに越したことないのだ。


「そうか……。いや、それを聞いて少し安心した……」


 父上は言葉とは裏腹に物凄く大きな溜め息を吐いて書斎机に顔を突っ伏す。どうやら私が過ちを犯したのではと勘繰っていたようだが、やはり言わなくて正解だった様だ。


 それじゃあ次は私から質問してみようか。


「それで父上、私を呼んだのはそれについてだけですか?」


「ん? ああ、いや、そうだな……」


 そう言って父上は姿勢を正し、改めて何かを思案する素振りを見せて黙ってしまう。時折私を伺う様子から、何やら私に頼み事なんかがあるのかもしれない。その様子を固唾を飲んで見守っていると、父上は意を決した様な表情になる。


「クラウンよ。一つ頼み事を聞いてはくれぬか?」


「はい、良いですよ」


「悩むのは判るが今は余り時間が──って、え? 良いのか!?」


「はい、父上の頼み事ですから」


「だからといってお前、内容も聞かずに二つ返事など……。頼んでおいて何だがもう少し悩んだりは……」


「私は父上を尊敬しています。そんな父上が〝私に〟可能だと頼み事をしてくれているのです。それに応えるのは私としても望む所ですよ」


「う、うむ、そうか、そうか……」


 真正面からストレートにそう言った私にバツが悪そうに照れる父上。うむ、少しストレート過ぎたか?私としては誇張などではなく割と本音だったりするのだが、まあ、好印象には間違いないな。


「で、ではその頼み事の内容なのだが、それにはまず話さなければならないことがある。本来この様な事を齢五つの息子に話す事自体に問題があるのだが、お前の能力を見込んで話す事にする。心して聞きなさい」


 話さなければならないこと?父上がスーベルクの証拠を握っている事についてか?


「まず最初に、メルラのスクロール屋で鉢合わせた貴族を覚えているか?お前は侵入者と対峙した際に《解析鑑定》で既にわかっているかもしれないが、その侵入者はその時に会った貴族、スーベルク・セラムニーの刺客なのだ」


 ふむ、これは知っている情報だな。ならば私から追加の情報を提供しよう。


「はい、存じています。それとその侵入者、そのスーベルクと一緒にいた従者のハーボンとかいう者でした。どうやら本来ただの従者であったハーボンを無理矢理暗殺者に改造した様です」


「何? ……そうか、スーベルクの奴、自身の忠実な従者を使ったか……忌々しい」


 だが私には何故スーベルクがわざわざ従者を金を賭けてまで改造し、中途半端な暗殺者になどしたのかがわからない。聞いてみるか?


「しかし何故スーベルクはわざわざハーボンを中途半端な暗殺者にしたのでしょう? それこそ貴族ならば金を掛ければプロの暗殺者を雇うくらい訳はないと思うのですが……」


「それはだなクラウン。スーベルクにプロの暗殺者を雇わせる等の怪しい動きが出来ぬよう監視をしていた人物がいたからなのだ」


 何?監視をしていた者だって? という事は……。


「つまりスーベルクは自身が動ける範囲内でなんとか暗殺者を作ろうとした。それがあの中途半端に仕上がったハーボンという事ですか?」


「そうだ。私がスクロール屋でスーベルクを煽ったのは、そうやって奴に雑な行動を取らせ尻尾を掴むことが狙いだった。奴の下に腕の立つ輩が居ないのは調査済みであったし、そんな監視下の中で用意出来る刺客などたかが知れている。故にその侵入者を返り討ちにし、情報を吐かせる手筈だった、のだが……」


 成る程、そこで私がハーボンを迎え撃った事によりその作戦が崩れたと、これは私は余計な事をしたかな?


「どうやら私は余計な事をしたみたいですね……」


「いや、確かに予定外ではあるのだが、私は寧ろこれを利用できると思っているのだ」


「利用……、ですか?」


「ああそうだ。そしてクラウン、お前にする頼み事、これはその頼み事にも絡んでくる」


「と、言いますと?」


「ああ、お前に、スーベルクの屋敷に侵入し、証拠を盗んでもらいたい」

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