第六章:殺すという事-31
アヴァリのその両手には、今まで見た事のない形態へ変化したシェロブが握られていた。
六つの短棍を三つずつに分け、二つを連結。その側面に一つの棍を縦に突き立て連結させた、
その威力は凄まじく、夜翡翠の頑強な防御力やクラウン自身の防御系スキルをも貫通し、彼に手痛いダメージを負わせていた。
そんなダメージを負ったクラウンは小さく笑うと《空間魔法》によるテレポーテーションで少し離れた位置に転移し、打ち付けられた腹部を労るかのように撫でる。
「『油断……そう油断だ。弁解のしようもないな』」
自嘲気味にそう言いながらアヴァリの方へ視線を向ける。
クラウンに対し今まで以上に手応えのある一撃を叩き込む事に成功したアヴァリであったが、その実、彼女の方が既に満身創痍の風体であった。
肩で息をし、シェロブを握る手は若干震え息も荒い。
先程受けた
「『だが少し
「『だ、黙れ……。ワタシはまだ、やれるっ!!』」
そう言い放ってシェロブを握る両手に力を込め強く握ると、軋み痛む身体を無理矢理動かし、クラウンに対して構えをとる。
「『素晴らしい……。凄まじい気概だ、感動するよ』」
「『ぺっ……減らず口を……』」
「『いやいや本気だよ。本気でそう感じている。もしお前が敵でないのなら味方に勧誘したい程にな』」
「『貴様に、いくら評価されようと……まったく響かんな』」
「『つれないな。だが、まあ……そうだな』」
クラウンは浅く息を吐き
「『少し旋棍の使い方も観察しようか、とも考えたが止めだ。お前のその気概に、私の全力でもって応えよう……』」
瞬間、クラウンの
目に宿る真剣さや覇気、殺気こそ今までとは変わらない。
ただ彼の中で優先順位が変わったのだ。アヴァリの技術を盗み見ることから全身全霊で相手をする事へ目的を変更し一切の容赦を無くす。その決意が彼の空気を一変させた。
(……《峻厳》、発動)
そして膨れ上がるクラウンの気配。それに気付かないアヴァリではなく、その圧倒的なまでに増していく彼の威圧感に、思わず額から一筋の汗が伝う。
だがそれでも、彼女は更にシェロブを握る両手に力を込める。
「『掛かってこいクソ人族。自慢の武器を貴様の墓標にしてやる……』」
「『それは少々、勿体無いな』」
「『……』」
「『……』」
「『……っ!!』」
「『……っ!!』」
瞬間、二人は加速する。
地面を蹴った際に立ち上る砂埃が一瞬遅れたかのような錯覚を覚える程の速さで蹴り出された足は、ただ真っ直ぐ互いを真正面から激突させる為に前へ進む。
クラウンの
そして互いの武器がぶつかったのを合図に至近距離での激しい攻防が始まった。
その技の隙をつかんと放たれた旋棍シェロブの
生じた攻撃の隙に
更に出来た隙を両手の旋棍シェロブを身体を捻りながら上段から下段へ叩き付ける《土竜落とし》で狙い、
凄まじい攻防はそれから途切れず続き、互いの間合い内で一歩も後退する事なくただひたすらに技の応酬が繰り広げられる。
時にシェロブの一撃がクラウンの頬を掠め皮膚を切り裂き。
時に
見る者を震え上がらせるような壮絶な攻防のやり取りはある種芸術的でいて華々しく。
漂う血生臭さと二人から発せられる熱気は無意識に人を酔わせる程に熱狂的だった。
だがそんな攻防も、永遠には続かない。
何度目かの攻防の中、互いの技がぶつかり合い一瞬大きな間が生まれる。
その間は大技を使うのに十分な程の隙であり、お互いは示し合わせるまでもなく、自身が放てる最大威力の大技をこのタイミングで構え、そして解き放つ。
「『《猛虎激双牙》ッッ!!』」
「《
両者の技が閃き、激しいぶつかり合いが起こる。その、直前──
「『……っ!?』」
アヴァリの足が、唐突にグラつく。
ただでさえクラウンの
そんな状態で大技を打とうものならどうなるか……。アヴァリの脳裏に、激しい後悔が渦巻く。
少しの綻びが致命的な隙を生むこの攻防に
踏ん張りが利かず、まともにシェロブを構えられなくなったアヴァリのその隙をクラウンは見逃すワケもなく。
横薙ぎに振われた
シェロブが握られたままのアヴァリの両腕は。
無惨にも血に濡れた地面に落下した。
__
____
______
……
…………終わった、な。
アヴァリの両腕が地面に確かに落ちた事を確認した私は、
「『私の勝ちだ。アヴァリ』」
「『……クソ……』」
「『嬉しくないだろうが一応言っておく。……お前は強かった。私が戦って来た中でも有数に強かった。本当に、な』」
「『ふん……。本当に、嬉しくないな』」
アヴァリはそう吐き捨てるとその場に座り込み首を
「『確かに良い勝負はした。だがだからと言って貴様のした事を
相も変わらず憎憎し気に私を睨むアヴァリ。
場合によってはこの熱い一戦で不思議と絆が──なんて都合の良い事など起こりはしない。私はそれだけの事を彼女と彼女の教え子達だった砦のエルフ達にしたのだから。
だがまあ、そうなると、だ。
私も、相応の対応をせざるを得なくなる。
使わないに越した事は無い、と思いながら仕込んではいたのだがな。
どうせ憎まれているのだ。
ならばとことん、私は彼女に憎まれてやろう。
「『それについて一つ、私はお前に嘘を吐いている』」
「『……何?』」
「『私は……エルフ全員を殺していない』」
「『──ッ!?』」
そうして私が指を鳴らすと、砦の方から二つの影が現れる。
一つはシセラ。猛獣形態となって何かを咥え引き摺っている。
そしてもう一つ。シセラによって咥えられた百四十センチ程の大きさの布に包まれたそれは、何やらモゾモゾと抵抗するように蠢いていた。
「『まさ、か……』」
「シセラ。布を取ってやれ」
私がそう命じると、シセラは蠢く何かの布を引き剥がし、その中身をアヴァリに見せる。
そこには布で
「『え、エゼルっ!? 君なのかっ!? 無事だったんだなっ!!』」
そう語り掛けるアヴァリだったが、エゼルと呼ばれたエルフの反応は鈍く、ただ懇願するような視線を彼女に向けるだけだった。
「『無駄だ。まともな返事が出来ないよう薬で意識を混濁させている。と言っても混濁するだけで他になんら効果は無いから安心しなさい』」
「『……貴様、何のつもりだ。こんなタイミングで彼をワタシに明かして何になる?』」
まあ、普通はそうだろうな。
こういう人質は本来なら私とアヴァリがやり合う前に見せておき、相手の動きを鈍らせる事に使うのが定石だ。勝利が確定している現状で見せても意味がない。
だが、目的が別なら話は違ってくる。
「『このタイミング、だからこそだ』」
「『なんだと』」
「『取り引きをしようかアヴァリ』」
私は座り込んでいる彼女の目線までしゃがむと、彼女の肩に手を置きながら笑って見せる。
「『私にお前の全てのスキルと記憶を寄越せ。そうすれば彼だけは助けてやる』」
「『──っ!? キ、サマ……』」
「『悪い話ではないだろう? お前はもう助からないんだ。ならばその身を犠牲に未来有望な若者を救う方が残り少ない命の有効活用になる』」
「『この外道がッ!! 貴様……それが血が通っっている者の言葉かッ!?』」
「『ああそうだ。これが〝私〟という人間だ』」
「『クソっ……クソがッ!!』」
「『さあ、選べっ! このまま私の提案を拒み彼を見殺しにするか。それとも提案を呑み彼を救うか……』」
まあ、選択など決まっているようなものだがな。
「『…………本当に』」
「『んん?』」
「『本当に、彼を見逃すのだな?』」
「『ああ。彼を殺さないし傷付けない。そのまま逃してやろう』」
「『……分かった』」
「『そうか。なら念じなさい。私に全てを譲渡する、と……』」
「『……ああ』」
私はエクストラスキル《完全継承》を発動。
その瞬間、彼女の肩に置いていた手から魔力の糸が繋がり、そこから膨大な力の奔流が私の中に流れ込んでくる。
力は私の中にある魂へと至り結び付くとゆっくり定着していき、馴染んでいく。
そして湧き上がる高揚感と共に、頭の中に天声からのアナウンスが鳴り響いた。
『確認しました。魔法系スキル《磁気魔法》を獲得しました』
『確認しました。技術系エクストラスキル《棍術・極》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《棍術・派》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《多節棍術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《多節棍術・熟》を獲得しました』
『確認しました。技術系エクストラスキル《多節棍術・極》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《多節棍術・派》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《旋棍術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《旋棍術・熟》を獲得しました』
『確認しました。技術系エクストラスキル《棒術・極》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《棒術・派》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《白兵戦術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《白兵戦術・熟》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《木管楽器術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《金管楽器術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《擦弦楽器術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《擦弦楽器術・熟》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《土竜落とし》を獲得しました』
『確認しました。技術系エクストラスキル《猛虎激双牙》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《立体機動》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《軽業》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《白兵戦理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《白兵戦心得》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《植物学理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《薬学理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《果樹園芸理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《音階理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《音域理解》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《腹式呼吸法》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《森精の歩法》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《体力補正・III》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《体力補正・IⅤ》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《筋力補正・IⅤ》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《防御補正・IⅤ》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《抵抗補正・III》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《集中補正・IⅤ》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《環境補正・森林》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《環境補正・樹上》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《ピンチ力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《運動神経強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《三半規管強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《平衡感覚強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《音感強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《洞察力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《判断力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《心肺持久力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《筋肉適用力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《動作間能力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《連動性強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《俊敏性強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《均衡性強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《重心把握力強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《正確性強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《肺強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《心臓強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《闘争心強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《夜目》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《絶対音感》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《教育》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《指導》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《粉骨》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《打撃耐性・中》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《衝撃耐性・小》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《磁気魔法適性》を獲得しました』
ふふ。
ふふふふ。
ふははははははっ!!
いやはや何とも久々か、この感覚……。
堪らないなぁ、相も変わらず、ふふふふ。
「『……下卑た笑みを見せるなクソ野郎』」
おっと。そうだったそうだった。
まだまだやる事が残っているのだったな。
「『すまないな。少し興奮してしまった』」
「『黙れ気色悪い』」
「『何とでも言いなさい。……で、だ』」
一泊の間を置き、アヴァリの眼前にに
「『期待していないとは思うがお前はしっかり殺す。分かっているな?』」
「『……約束さえ守るならば、好きにしろ』」
「『そうだな。ではまず私から約束を果たそう』」
私はシセラに手を振って合図を送ると、シセラは少年エルフに巻き付いていた布を引き剥がし自由にしてやる。
自由になった少年エルフは戸惑いながらも一瞬アヴァリへ駆け寄ろうとするが、彼女がゆっくり首を振った事で何かを悟り、振り返って森の中へと走り去っていく。
「『いくら私でも森の中ではエルフに追い付けん。さあ、これでどうだ?』」
「『……ああ』」
「『では。……介錯してやろう』」
私には、アヴァリを殺す上で二つの選択肢がある。
一つは《結晶習得》を使い肉体と魂をスキルへ変えてしまう事。
これを使えば彼女の肉体や魂由来の新たなスキルが幾つか生まれ、私のコレクションが更に増える事になる。
だが今回、私はこの方法を取らない。
それはもう一つの選択肢。アヴァリの魂を回収する。というものだ。
彼女は強者だ。アールヴ──いやエルフ族全体を見ても彼女に比肩し得る者はそうは居ないだろう。
ならばその魂は只人と違うものなのか、と問われれば恐らくそれは正しい。
彼女の持っていたシェロブは霊樹トールキンの枝に彼女の師の魂が宿り生まれた武器。シェロブの強さとその師の魂には何らかの関連があると見て間違い無いだろう。
ならばそんなシェロブに更にアヴァリの魂をも宿らせたらどうなるか?
アヴァリに技を叩き込んだ師とその弟子である彼女の魂が合わさる……。これ以上に魂を有効活用する術は他に無い。
まあ、その前にまずはシェロブの専用装備を解除する方法を探らねばならないが……。それも時間の問題だろう。
霊樹トールキンの枝とアヴァリの師匠の魂。私の物にするのを諦めるには余りにも惜しい武器だからな。
と、いうわけでだ。
そして俯き露わになっている彼女の首を捉えながら、
「『最期に、言い残す事は?』」
「『……くたばれ』」
「『……』」
「『
「『……残念』」
「『は?』」
「『もう詰んでいるよエルフは』」
「『何、を……』」
「『語る事は無い。さらばだ』」
──ザシュッ
それを最期に、振り下ろされた
「……万全な状態なら、見抜けたかもしれんな」
結晶がアヴァリの死体を包み込み、徐々に収縮を始め、発光。二つのスキルが生まれた。
「あんな
生まれた二つのスキルが私の胸中へと吸い込まれ、頭の中に再びアナウンスが鳴り響く。
『確認しました。補助系スキル《武闘家の矜持》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《楽士の矜持》を獲得しました』
む? 矜持? 死体から得られるスキル故に期待していなかったんだが……。中々に面白そうじゃないか。どれどれ……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スキル名:《武闘家の矜持》
系統:補助系
種別:スキル
概要:武闘家としての矜持を心得るスキル。自身の所有している近接戦闘に関係する技術系スキルに肉体的、精神的、知識的な補正を掛ける事が出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ほう。技術系──とりわけ職業的なスキルに補正を掛けるスキルか。何とも汎用性に富んだ素晴らしいスキルではないかっ!!
弱体化スキルも収集には欠かせないスキルである事に間違いないが、これはこれで希少性を感じて高揚感を覚えるな。ふふふふふふ……。
……と、さてさて。
「……さて。後始末だ」
血に濡れた地面に転がるシェロブを拾い上げてから訓練場を後にし、私は砦へと戻った。
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