第六章:殺すという事-32

 


「大丈夫ですかっ!?」


 私が砦に近付くと、真っ先にロリーナが不安気な面持ちで私の元へ駆け寄って来てくれる。


 かなり今更だが、彼女もこうして私を心配して駆け寄って来てくれるようになったんだな、と内心でこっそり達成感と高揚感を感じる。


 ロリーナにだけは何があっても正直にいようと心掛けた賜物だろう。本当、地道に信頼を築いて来て正解だった。


「ああ、何ともないよ」


「そんな……。アレだけ攻撃を受けていて何ともないだなんて……」


「私には《超速再生》があるからな。魔力が尽きん限り、私の身体に傷は付かんよ」


 と、言っても今現在の私の魔力量はかなりギリギリだったりする。


 黒霆くろいなずまの技スキルを惜しみなく使いながら再生させていたからな。多少無理をしてでも一度大技を当てていなければ再生が間に合わなかったかもしれない。


「……」


「信用ならんか?」


「信用はしています。……無理をする人、という意味でですが」


「ふふふ。ならやはり私の身体を見てみるか?」


「──っ!」


 こう言えばロリーナとて先程のように遠慮するだろう。男の免疫は恐らく私に対してしか無いからな。それに彼女に──


「……はい。確認します」


「ふふふ、やはりそ──え?」


 ……おかしいな。残魔力の節約でいくつかスキルはオフにしているがこの距離で聞き間違えてしまうよう程に聴力は衰えていない筈……。と、いう事は──


「本当に、見るのかい?」


「はい。恥じらい一つで致命的な問題を見逃しては後悔してもし切れません。ですので後ほど確認します」


「……そうか。……そうか……」


 マズいな。


 いや、本当にマズい。


 ちょっと調子に乗って揶揄からかってみたのが裏目に出た。


 まさかロリーナがそう来るとは……。予想だにしていなかったぞ……。


 そんな状況になってしまったら私は──


「だーかーらーっ!! 人前でイチャイチャイチャイチャしてんじゃないわよっ!!」


 苦悩する私の心中を他所に、ロリーナの後ろから呆れ半分苛立ち半分の感情が滲んだ表情で文句を言うヘリアーテがこちらに歩いて来る。


 それに追随する形でロセッティ、グラッド、ディズレーの三人も現れ、二人だけの空間は一瞬にして霧散する。


「そりゃあここでの仕事はこれで終わりよ? だけどだからってアンタ等場を弁えずに懲りもせず……。どんな神経してんのよっ!?」


「ああぁ、いやすまない。つい、な」


「何が〝つい〟よまったく……。で?」


「ん?」


「この後よこの後っ。もう直ぐ帰るわけ? それとも一泊しちゃうの?」


 ふむ。この後か。


 確かに彼女達のやる事はもう既に終わり、後はこのまま帰ってしまっても構わないのだが……。


「私はまだ少しやる事がある。そこまで時間は掛からんから帰る準備を済ませておきなさい」


「やる事?」


「ここに来る道中にも説明したが、この砦には〝琥珀〟直下のギルド員が幾人か駐留し、アールヴ本国に怪しまれぬようエルフを騙った定期的な報告をしつつ、戦争本番の奇襲拠点として利用する予定だ」


「ええ、聞いたわ」


「今からするのはその引継ぎだな。事前の打ち合わせではさっきのアヴァリというエルフをここへ案内したエルフに化たギルド員が居る筈だ。その人と簡単な引継ぎを済ませた後に砦内にある使えそうな物を適当に掻き集めてから帰る」


「あ。ならその砦の物色、ボク達がやっておくよ」


 軽い調子で手を挙げ自身に注目を集めたグラッドは、ズレたサングラスを持ち上げてから詳しい説明を口にする。


「帰る準備っつってもやる事もう無いからさ。ボスが話終わるまで暇なんだよね。だからボク達が良い感じに物色しておくよ」


「そうか。なら頼めるか?」


「うんっ! 大船に乗ったつもりでいなよっ! ボスの記憶見せて貰ったボクならボスの好み把握してるしね」


「そうだな。では私は案内人を探して引継ぎをする。後は頼むぞ」


「うんうんっ! いってらっしゃいっ!!」


 ______

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「……はあ。安請け合いしちゃって」


「そこまで難しい事じゃないよ? 王国内じゃ手に入らないような物を掻き集めれば良いわけだしね」


「いや、俺はそれがよくわかんねぇんだけどな。見分けつかねぇよ……」


「うーん……。ならそれっぽいのはボクの所持って来てよ。ボクが判断するからさ」


「え、ええと……例えば?」


「主に植物関係かな? アールヴでしか出回って無い物とか多分あるしね。野菜とか果物の種とか肥料……後はそれを使ったお酒とか植物関連の専門書とかね」


「調度品等はどうします? 私達では見た目以上の判別は難しいですよ」


「それは片っ端で良いんじゃない? ああでも流石に絨毯みたいな大物は無理──あ、ヘリアーテなら問題無いか。やっぱ片っ端で」


「……アンタ。本当に身も心もアイツの部下になったのね」


「当ったり前でしょ? ボクの生涯はあの人と共にするってもう決めてんのっ! じゃあホラっ!! 早いとこ物色しちゃおうっ!! 任されたのに終わんなくて結局ボスに手伝わせるなんて事やりたくないしねっ!!」


 そうやる気一杯で宣言しながら砦内に戻っていくグラッドの背中を、ヘリアーテ達は少し複雑そうな面持ちで見詰める。


 自分達にもいつかアレ程の忠誠心が生まれる日が来るのか? と……。


 __

 ____

 ______


 グラッド達と別行動を取った私は訓練場から少し外れた森の中へ足を踏み入れてから辺りを見回す。


 鬱蒼と茂り陽光を遮る天井を形成した木々を見上げ、一つ深呼吸をしてから一本の木の影へと視線を移す。


「貴方もどうです? 森林浴は精神を落ち着けますよ?」


 そう語り掛けた私に応えるように移した視線の先にある影は徐々に歪み始め、丁度一人分の大きさまで膨らむとその輪郭がハッキリと浮かび上がった。


「……驚いた。てっきり戦闘力に優れている分、私のような隠密者を見付けるのに苦労するんじゃないかと踏んでいたんだが……」


「いえいえ。流石は〝琥珀〟アンブロイド辺境伯閣下の部下でいらっしゃる。これでも貴方を見付けるのに中々苦労したんですよ?」


 そうわざとらしく笑顔を作った私だが、実際、結構悩まされた。


 何せ私の感知系スキルに殆ど引っ掛からなかったのだ。気配も魔力も体温すらも完璧に近い実力で隠匿し、只人ならば決して見付けられはしなかっただろう。


 だが彼にも一つだけ隠し切れていない物があった。


 それは自身の生命力。魂から発せられるそれを隠すスキルまでは持ち合わせていなかったようで、私の《生命感知》になんとか引っ掛かってくれだのだ。


 ただこの《生命感知》……。他の感知系と比べて信じられない程に発動に魔力を持っていかれる。


 流石に《超速再生》程ではないが、それでも私の所持スキルの中ではその魔力消費量は十本の指に入る。


 アヴァリとの戦いで消耗していたから余り魔力は使いたく無かったんだがな……。魔力回復ポーションを飲むハメになってしまった。


 本当、悩まされる。


「……私が姿を隠していた理由は分かるか?」


「アンブロイド伯に命令されていたのでしょう? 貴方すら見付けられないのであればエルフの相手など務まらない……。アールヴ国内の内情を知る彼ならではの判断です」


 アールヴへ部下を潜入させ、その内情を常に受け取れる立場にあったアンブロイド伯が、エルフ──特にダークエルフの隠密、暗殺技術の水準が高い事を重要視していないわけがない。


 加えてロートルース大沼地帯だいしょうちたいで確認された数多くのダークエルフの存在によって更に警戒心は増していた筈。


 そんな彼が最前線に出る私に求めるものなど一つ。


 暗殺されない強者であるかどうか、だ。


 例えどんな強者であろうと不意を突かれ寝首を掻かれれば、その実力を発揮出来ぬままただ軍の戦意を下げただけの役立たずへと成り下がる。


 仮に死にまではしなくとも、身内に敵が潜んでいるかもしれないという疑心暗鬼が生まれてしまい混乱と混迷が軍内に広まってしまう。アンブロイド伯はそれを嫌ったのだ。


 故に彼は最前線を希望した私を試した。


 信頼する部下の能力を上回る程の実力者でなければ反対する……。そのつもりだったのだろうな。


「正解だ。お見それしたよ」


「合格、で良いんですね?」


「実を言えば辺境伯閣下はそんな自身の思惑すら見透かす人物かどうか判断しろ、と命令されていた。その点を踏まえれば、君は文句の付けようの無い程に合格だよ」


 そう言って木の影から漸く姿を表し、小さく「賭けは私の負けか……はぁ……」などと呟き嘆息するアンブロイド伯の部下。


 きっと仲間内で私がどれほどの実力者か賭け事でもしていたのだろう。まったくもって俗っぽい。


「それじゃあ、引継ぎしましょうか」


「ああ。まずはそっちの話を詳しく聞かせてくれ。どんな風にして砦内のエルフを全滅させたのか……事細かにな」


「ええ。まず最初に──」






 約一時間。


 引継ぎを終え、私はアンブロイド伯の部下と別れ砦に戻っている。


 引継ぎで話した内容は当然全て真実を話したわけではなく、一部の秘匿すべき事は秘匿している。


 特にエルフの死体関係。


 二十三人の死体が綺麗さっぱり無いわけだからな。黙っていて後で不審がられたり追求されては面倒で済む話ではなくなる。


 故に《虚偽の舌鋒》を発動しつつ、それらしい理由を付けて納得させた。


 死体を積んだ空間魔法でそれを隔離空間へ閉じ込めてから《炎魔法》で燃やしてしまい、灰は《精霊魔法》で掘った穴に埋めた、と……。


 人が人ならば疑いの目を向けるだろうが、それが何の障害もなくこなせるのが私の実力。スキルも相まって彼は納得した。


 それにその始末した方法を彼はのだからな。信じざるを得ないだろう。


 それともう一つだが──


「あ、おかえりー」


 砦内のロビーへと辿り着いた私をグラッド達が適当な感じで出迎える。


 そんな彼等の側には様々な物品が分かり易く分類毎に並べられており、その光景は私の中の好奇心や興奮を掻き立てるのに十分であった。


「ふ、ふふふ……」


「ん?」


「ふふふっ。素晴らしいじゃないかっ! 私が欲しい物……求めていた物が並んでいるっ!!」


「ふふん。でしょう?」


「ああ……」


 私は並べられた物品に近寄りしゃがんでから詳しく一つ一つ眺めていく。


「王国──いや、人族の文化圏では手に入らない野菜や薬草、果樹の種子……。果実や野菜を使った飲料と酒……。植物の専門書に園芸や栽培に関する資料の数々……。更には肥料まで……」


 アヴァリから園芸や植物関連のスキルを獲得した今、その価値がありありと理解出来る……。これは……本当に素晴らしい……。


「流石……私の記憶を見ただけはある。部下としてこれ以上にない働きだっ!!」


「いぇーーい。やったね♪」


「ちょ、ちょっとっ!! 確かに集める物を選んだのグラッドだけど私達も掻き集めるの頑張ったんだからねっ!?」


 不貞腐れるヘリアーテに笑い掛けながら「君達も良くやってくれた」と言うと、小さく溜め息を吐いてから「もういいわよ」と少し投げやりに言い放つ。


 植物関連の物品の他にある調度品も中々の量が並べられている。これらが今後役に立つかは分からないが、まあ、何かのキッカケで役に立ってくれるかもしれない。有り難く頂いていこう。


「……あの、クラウンさん」


 遠慮気味に挙手をしたロリーナに目線を移し、「なんだ?」と問い掛けると、彼女は先程ではないもののまたも不安そうな顔で問い返して来る。


「案内人と引継ぎ、したのですよね?」


「ああ、そうだな」


「その案内人、クラウンさんと強いエルフの人の戦いも見ていたのではないですか? つまり……」


 そうか。そこが気になったか。


 つまりロリーナが言いたいのは、私がアヴァリの死体を《結晶習得》でスキルに変える瞬間も見ていたのではないか? というもの。


 外で隠れていたのだから、その光景は目撃されていても何ら不思議はない。


 しかし、私は彼との引継ぎでその事を言及されておらず、死体の行方のみを追求された……。これが一体どういう事なのかと言えば……。


「安心しなさい。彼は確かに私とアヴァリの戦いを見ていたが、肝心の《結晶習得》の場面は見えていない」


「何故、そうと?」


「単純な話だ。彼女を殺す直前に《幻影魔法》で特定の場所を別の景色へ幻視させたんだ」


「そんな事いつの間に……」


「彼女を介錯した直後だよ。あの案内人には、《結晶習得》を発動した景色が、彼女の死体を始末した様子に変わっていた筈だ」


「成る程……」


「……さて、と」


 話が一区切りしたところで立ち上がり、ポケットディメンションを開いて大量の戦利品を放り込んでから手を二拍叩いて皆の注目を集める。


「改めて諸君、お疲れ様。さあ、帰るぞ」


「か、帰り道は……」


「安心しなさい。私がテレポーテーションで馬車まで転移させる。歩いて帰る必要はないよ」


「よ、良かったぁ……。あの森、もう歩きたくないもの……」


「君達は功労者だ。少なくとも今日くらいは丁重に扱ってやる」


「今日くらいって……」


「数日は休ませてやるがそれが終わったらまた稽古をつけるからな。覚悟しておけ」


 私のその発言にロリーナ以外からブーイングを貰うがそんなものは知らん。


 いくら殺す覚悟を得たからと戦争でしななくなるわけではない。今度は戦争で生き残れるだけの実力を付けてもらわねばな。


「ほらほら、取り敢えずロビーの真ん中に集まりなさい。さっさと帰るぞ」


 強引に彼等をロビーの真ん中へ押しやり、無理矢理私の手に皆の手を触れさせると、私はテレポーテーションを発動し、監視砦を後にしたのだった……。


 ______

 ____

 __


 それは一時間前。


 クラウンが案内人と別れる直前、彼は唐突に背中を向けた彼に対し再び呼び掛ける。


「一つ、聞いても良いか?」


「……なんでしょう?」


 クラウンは振り返る事なくその場で立ち止まり、彼からの質問をそのまま待つ。


「私がアヴァリをここに案内する前、トールキンでは彼女をこの砦に送り出すかどうかの許可をアヴァリ自身が女皇帝へ求めたのだ」


「それで?」


「私や同僚はそれが円滑に進むよう色々と根回しをし、準備をしていた。アヴァリをスムーズに、違和感の無いようにな。だが……」


「……」


「余りにも、上手く行き過ぎていた。都合が良すぎるんだよ。根回しの効果も勿論あったろうが、それ以上に周りの大臣が妙に女皇帝に対して「送り出した方が良い」と進言し始めた……私達が関与しなかった大臣達までもだ」


「……」


「キミは、何か知らないかい?」


「……レヴォさん」


「……?」


「実は私、エルフ領に来たの、今回が初めてではないんですよ」


「何?」


「私もかなり心配性でしてね……。私自身が施せる手段があるのならば実行せずにいられないんです。……確実性を求めるなら特に、ね」


「どういう、意味だ?」


「これ以上はつまびらかに出来ません。万が一があるので……。ですが、一つだけなら」


「……」


「彼等はもう、詰んでいますよ」


 それだけ言い残し、クラウンは彼の元を去っていった。






「……何故」


 案内人レヴォは身震いする。


 得体の知れない何かに触れた。


 そんな漠然とした悪寒が彼の背筋を駆け抜け、思わず去っていく彼の背中から目を逸らす。


「私は、キミに名乗った覚えなど無いぞ」


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