第七章:事後処理-6

 母上は私を一瞥した後直ぐに父上に向き直り、満面の笑みを浮かべて私の横に並び立つ。


 父上は母上の唐突な登場に面食らったようで返事を待たずに書斎に入って来た事に反応し切れず硬直していた。


「か、カーネリア、どうしたのだ突然」


「いえいえ、ちょっと貴方とお話がありましたので。クラウンと大事な話でもしていたのですか?」


「あ、いやぁ、それ程大事ではないな、うん」


「そうですか。ならクラウンも居ることですし、丁度良いですね」


 そう言うと母上は父上の執務机を両手で強く叩き付けながら前のめりになって笑顔を更に深くする。


 父上はそんな母上に度肝を抜かれてしまったようで母上の目を凝視する事しか出来ないでいた。


「クラウンが大怪我をして戻って来た時、貴方は私とガーベラに詳細は教えませんでしたね?」


「そ、それはお前達を心配させまいと……。というか大怪我とは少し大袈裟な気が──」


「な、に、が!! 大袈裟ですか!! 全身筋肉痛と打撲、それに何箇所も骨折していたらしいですね? それのどこが大袈裟なのですか!?」


「な、何故お前がそれを知っているのだ!? お前には骨折の事までは教えて──まさか!!」


 そこで父上は私の方を鋭く一瞥し、苦い表情を浮かべる。


 はっはっはっ、そうですとも父上。私はここを訪れる前に母上にあれこれ全てを話しているのです。私をあの場面で助けてくれなかった父上への報復……。今こそ果たさせていただきますよ。


「貴方、私は別に大怪我の事を黙っていた事には怒っていないのです。私達を心配させまいとしていたのは本当でしょうし、その気持ちはわかります」


「な、ならば今回の件はこれで──」


「いいえなりません! 私が怒っているのはそんな大怪我をする様な事をまだ五歳の息子にやらせたという事実です!!」


「そ、それは…………ぐ」


 これには父上も黙ってしまう。そもそもあの証拠品回収作戦を提案して来たのは父上なのだ。まあ、元々私から提案しようとしてはいたものの、私が言い出す前に父上から提案されたのは事実、そして父上はその事実を知らない。


 そんな父上は私に助けを求める様に困り顔でこちらを伺って来るが、私は笑顔を向けるだけで一切口を挟むつもりはない。そして私の報復はまだ終わっていないのだ。


 私からの助けが見込めないと理解した父上は再び母上に向き直り、溜め息を吐いて素直に頭を下げる。


「すまなかった。当初の予定ではクラウンにあそこまでの怪我を負わせるような任務ではなかったんだ。だが、私の、私達の考えが甘かった……」


「謝る相手はクラウンでは? まったく……。クラウンは確かに多才な子です。ですがそれを過信し過ぎないで下さい。才能があるとはいえまだ五歳。本来ならば目一杯遊び回るのが仕事なのです。それを任務など……」


「しかしお前も理解していよう? 我が家の忌まわしき継承……。それを受け継ぐ可能性がある以上、いつかは経験せねばならんのだ」


「ですが早過ぎます。それにアナタも言っていたでしょう? 出来るならば継がせたくない、と……」


「……私情は挟めん。私の希望など、現実の前では無力なんだ」


「アナタ……」


「……だが、そうだな。少し気が急いていたのは事実だろう。クラウンが余りに大人びているからつい忘れてしまいそうになる」


「そうです。今後はもっと配慮なさって下さい」


「ああ、肝に銘じよう」


「はあ……。まあ、今日はいいでしょう。クラウンは無事ですし……。それで、クラウンにはもう〝褒美〟は与えたのですか?」


「…………褒美?」


「…………はい?」


 そう、私の狙いはこれ、褒美である。私が任務を受けてから今に至るまで、父上は一貫して私に報酬を払うなどの文言を言わなかった。私としても親孝行になるのならとそれについては言及しないでいたのだが、今は事情が違う。


 私は母上を使って父上が有耶無耶にしようとしている褒美の件を表に引っ張り出すつもりでいた。それが私が父上に課す真の報復である。


「その反応……。まさかあれ程の怪我をするような任務に実の息子を行かせておいて無償などと考えていたわけではないですよね?」


「そ、そんな筈ないだろう! クラウンは見事任務を完遂した。例えスーベルクの奴が死んで任務自体が意味消失してしまったのだとしても、褒美はキチンと与えるつもりだ!」


 …………ん? なんだって? スーベルクが死んだ? 本当に?


「父上、スーベルクが死んだというのは?」


「え!? ……あ!! …………そ、それについてはまた後ほど……。今はお前の褒美だ! さあ、なんなりと申してみなさい!!」


 父上は額に冷や汗らしき汗を滲ませながら勢いに任せてそう私に言って来るが、どう見ても話すつもりのなかった事を口走り、それを無理矢理誤魔化している感じだが……。


 まあ、取り敢えずは有り難く褒美を受け取るとしよう。だが、今回はちょっと趣向を変える。毎回スクロールというのも味気ない。まあ、今回の任務の副産物、といった所だろうか。


「では父上、私、実は今とても欲しいものがあるのです」


「なんだ? ……まさかまたエクストラスキルのスクロールか? アレは値が張るからなぁ……。買ってやらんでもないが、今すぐとは……」


「いえ、今回はスクロールではありません」


「何?では一体何を……」


「話は変わりますが父上、スーベルクの息子、マルガレンは今どうしていますか?」


「スーベルクの息子? ああ……、あの子は恐らく孤児として教会が拾っている筈だが、それがどうしたというのだ?」


 成る程、それならば好都合。


「では父上、願いを申します。私、側付きの使用人が欲しいのです」


「側付きの使用人? まさかお前……」


「はい、マルガレンを私の側付きにしたいのです」

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