第七章:暗中飛躍-32

 


「すみませんヘッズマン副団長。断りを入れるのも惜しい要件が急遽入ったものでして……」


「え、急用? なら今日の所は止めとく?」


「ああいえ。もう済んだ事ですのでお気になさらず」


 取り敢えずはヘッズマン副団長に謝罪し、今日の用事を再開しようとすると、今度は私達を探しに飛び出したアーリシアの安否を心配していたラービッツが私を見るなり頭を下げた。


「度々すまない。どうやらお嬢様は久々にお前に会えたのが余程嬉しいようで……その、はしゃいでしまっているんだ」


 申し訳なさそうにしながらも、何処かホッとしているような、安心感を覚えている表情を見せるラービッツ。


 言外にはしないが、どうやらアーリシアは帰国後少々塞ぎ込みがちだったようだからな。それはそれで側付きとして心配だったのだろう。


 本当、苦労人だ。


「来てしまったものは仕方がない。彼女にも言ったが、明日にでも帰国した方が良いだろう。本格的な衝突まで一応時間はあるが、それでも戦時中には変わりない。いつ奴等が奇襲を仕掛けて来るか判らんからな」


「ああ。今回ばかりはどれほどワガママを言おうと明日には帰る。その点は心配しなくて良い」


「そうか。よろしく頼むぞ。……ああそれとお前から受け取った鉤爪。本当に私に渡して良かったのか?」


 私達が合流して間も無く、迷惑を掛けた詫びだと言って一方的にラービッツから突然に包みを渡されたのだが……。


「構わん。実は先日師匠でもある祖母から免許皆伝を受け取ってな。その際に師匠の鉤爪を継承したんだ。故に今まで使っていた鉤爪は引退させるつもりでいた」


「ふむ。成る程な。それでただ錆びさせるのは勿体ないと私に?」


「その通りだ。一応専用武器としては解除してあるから、お前の専用武器としても使える筈だ」


「それは良い。有り難く使わせて貰おう」


「そうしてくれ。その方がそいつも本望だろう」


 一通りの会話が終わった後、ラービッツは私の言葉で未だに元気を無くしているアーリシアの元へ駆け寄って行く。


 少々ゴタつきはしたものの、面白い物が手に入ったのは重畳だな。戦争の本格化が始まるまでにある程度使い熟せるようにしなくてはな。ふふっ。


「……ボスってあれよね。確実に男の知り合いより女の知り合いの方が多いわよね」


「う、うん……。てぃ、ティール君とかグラッド君とかディズレー君の影響でそこまでちゃんと認識してなかったけど……比率的にはやっぱり──」


「聞こえているぞ二人共」


「「──っ!?」」


 はあ……。一応この場には私の部下であるヘリアーテとロセッティも一緒に連れて来ている。


 元々は付いて来るような予定ではなかったのだが、行き先と目的を教えた所物凄い剣幕で「付いて行くっ!!」と迫られてしまい、現在に至る。


「最初にも言ったが遊びで行くんじゃないんだ。浮かれ気分なら帰って貰うぞ?」


「じょ、冗談よじょーだんっ!!」


「そ、そうですよっ!! 大人しくするんで、どうか帰さないで下さいっ!!」


「ふん。是非も無いな。ったく」


 そんな二人に対し私が呆れ溜め息を吐くと──


「ん゛んっ!! もう、いいかな〜?」


 咳払いをし、少しだけ怒気を滲ませた声でヘッズマン副団長が笑顔のまま私に再確認する。


 これ以上時間を使うのは彼女の逆鱗に触れかねないな……。早急に本来の目的へシフトしよう。


「度々申し訳ありません。もう大丈夫ですので、案内の方、よろしくお願いします」


「そう? なら案内を続けるねっ!」


「はい」


 剣術団副団長である彼女に案内されているこの場所。


 そう。ここは姉さんやこのヘッズマン副団長が取り纏める王国唯一の国王陛下直属の国家剣術ギルド「竜王の剣」。その施設である。


 では何故私達がこの場に案内されたのかと言えば──


「あの、クラウンさん」


「ん? どうしたロリーナ」


「あの方の実力は私も知っています。ですがやはりこれだけの期間帰って来ないのは……」


「ああそうだな。まさにそれについて話し合うべく、私達はこの場に来たんだ。まあ何にせよ、私はまだ信じているがね」


 今回わざわざ「竜王の剣」に来た理由は他でもない。


 竜を倒しに行くと行ったきり未だに帰って来る気配の無い我が姉──ガーベラ姉さんの諸々について話し合う為だ。


「クラウンさんが信じているなら、私も信じます」


「ああ。ありがとう」


「私も信じてるわよっ!!」


「わ、わたしもですっ!!」


 一際大きな声に振り返ってみれば、私達の会話を耳にしていたヘリアーテとロセッティが若干不安そうにしながらも断固たる意地を表情に表していた。


「ほう。君達も信じてくれるか」


「あったり前でしょっ!? あの私達の憧れである「真紅の剣女王クイーンオブクリムゾン」がそう簡単に死ぬはずないものっ!!」


「そ、そうですよっ!! 「真紅の剣女王クイーンオブクリムゾン」が竜なんかに負ける筈ありませんよっ!!」


「そうか。ありがとう」


 ふふふ。姉さんも随分と人気者らしい。にしても……まあ、憧れの存在をどう好きに呼ぼうが勝手だが、うん。姉さんは喜色を示さないだろうな。


 なんせ──


「ぷっ……「真紅の剣女王クイーンオブクリムゾン」って……ぷふぅっ!」


 なんせ副団長がこんなに笑いを堪えているんだ。絶対に姉さんは喜ばない。なんなら止めてくれと懇願するかもしれんな。


 それはそれで……うん。面白可愛いんじゃなかろうか。


「ふ、ふふ……っと。はいはぁ〜い。ここが最後の案内場所、屋外大修練場ですよ〜」


 ヘッズマン副団長の声に促されるままに正面を見ると、そこに広がっていたのはだだっ広い砂の敷き詰められた巨大な修練場。


 そこで幾百、幾千の剣術家達が鬼気迫る気配で木剣をぶつけ合い、激しい攻防戦がさながら戦場のように繰り広げられていたのだ。


「これは……凄まじいですね」


「でしょでしょ〜? もう開戦してからはずっとこんな調子だよ。教官が張り切っちゃってさぁ。ま、ある程度実力があるアタシ達は好きな時に修練出来るから眺めてるだけだけどね〜」


「あ、あのっ!!」


「し、質問良いですかっ!?」


「ん〜? 何々? ベラちゃんファンの可愛い少女達」


「ち、因みに何ですけど……。ガーベラ様ってあの人数と戦ったら何連勝出来ますかっ!?」


 また突飛でとんでもない質問を……。


「あははっ! 凄い質問だねぇ。ん〜、何連勝……っていうかね──」


 ヘッズマン副団長はそこで言葉を切ると、幾千の修練に励む剣術家を背にして満面の笑みを浮かべながら両手を広げる。


「ベラちゃんはなんとっ! この後ろにいる数千人の剣術家相手に一度も負けた事無いんだよねぇ! 全勝無敗っ!!」


「えっ!?」


「一日大体五百人は相手にしてたけど、そもそも一回だって膝着いた事すらいないし、アタシ相手でさえ数百回剣振って二、三回身体に当たれば良い方だも〜ん。もうね、負けたこっちに敗北感とか感じないからっ!! あははっ!!」


 若干ヤケクソ気味に語られる姉さんの異常なまでの強さに、一同がポカンと口を開ける。


 無理もないだろう。今はまだ試した事は無いが、「暴食の魔王」グレーテルの力を得た私でさえ姉さんに膝を着かせた事など無かった。


 一応ヘッズマン副団長よりは剣を身体に当てられたものの、それでも膨大なスキルをフル活用して得られた結果だ。寧ろここは私よりは確実にスキル量の少ないであろうヘッズマン副団長の健闘の方が称賛に値する。


「アタシもねぇ〜。地元じゃ「小さな剣聖」な〜んて持て囃されてたけど、いやいや〜甘々だったね。アレこそが〝本物〟。剣聖とか英雄、英傑に相応しい逸材だよね〜」


 ふむ。やはり身内を褒められるのは悪い気がしないな。私の自慢の姉さんはそうでなくては。ふふふ。


「君達っ!! こんな所で一体どうした?」


 と、姉さんの素晴らしい才能振りを耳の肥やしにしていると、修練場の方から一人の壮年を迎えた一人の女性が力強い足取りで歩み寄って来る。


 そしてその声にヘッズマン副団長が振り返ると、彼女は慌てたように姿勢を正し、腰にはいていた剣に手を添えながら敬礼した。


「休めっ」


「はっ!」


「更に休めっ。……で、何事だ? ヘッズマン副団長」


「はいっ!! モンドベルク教官っ!! ただいま予定していた例の会議の参加者を案内していた所でありますっ!!」


 ……モンドベルク? まさか……。


「ああそうか、もうそんな時間か。すまないな。予定時間ギリギリまで団員達を見守っていたかったんだが、どうも夢中になってしまったみたいだ」


「いえ、滅相もないっ!」


「ふむ。それで、後ろの君が──」


 ヘッズマン副団長にモンドベルク教官と呼ばれた壮年の女性は私へと歩み寄ると、私をめつすがめつ眺め、小さく一言「成る程な」とだけ呟いた。


「君がガーベラの弟、クラウンだな?」


「はい。つかぬ事お伺いしますが、貴女様はもしや……ディーボルツ・モンドベルク大公のご息女であらせられるカーボネ・モンドベルク女史で、間違いありませんか?」


「ほぉう……。流石はガーベラの弟にして我が父を翻弄する胆力を持つ少年だ。その程度は最早朝飯前といった感じかな?」


 私の前に立つ、女性ながら威風堂々、不撓不屈を感じさせる雰囲気を滲ませる女性……。彼女がティリーザラ王国珠玉七貴族にて国防を司る〝金剛〟モンドベルク家次期当主、カーボネ・モンドベルクその人。


 以前会った事があるブリリアントの母親にして、私が警戒している最重要人物カリナンの元妻……。その点で言えば彼女も私にとっては決して避ける事など出来ない最重要人物の内の一人だろう。


「お察しの通り。私がモンドベルク家次期当主、カーボネだ。今は我が父ディーボルツから少しずつ仕事を引き継ぎながら「竜王の剣」の最高顧問を兼任している」


「では改めまして。私はジェイド・チェーシャル・キャッツの息子にしてガーベラ・チェーシャル・キャッツの実弟クラウン・チェーシャル・キャッツと申します。本日はどうぞよろしくお願い致します」


「ふむ。素晴らしい教養を受けているな。感心する」


「滅相もありません」


「しかし予定していたのは君を含めもう一人だけだと聞いていたが……私には更に女性が四人居るように見えるな」


「ああそれは──」


「まさか君……。実の姉の安否如何いかんを会議する場に五人の女性を侍らせるつもりではあるまいな?」


「え?」


「なんと不埒な……。君の姉が聞いたら悲しむぞっ!!」


 な、なんだ? 何故変な誤解をされているんだ私は……。兎に角弁明せねば……。


「違いますカーボネ様っ! ロリーナは確かに私が愛する女性ですが、彼女は秘書として共にしている関係ですし、後ろの四人も──」


「ええい問答無用っ!! 君の姉が帰って来るまでにこの私が君のその性根を叩き直してくれるっ!!」


 そう言うとカーボネ女史は私の胸倉を掴み上げ、剣術団員達が修練する修練場目掛け私を思い切り投げ飛ばそうとする。


 ……が、大人しく投げられてやる程、私は素直な人間じゃない。


 《剛体》《不屈》《不動》を発動。彼女が私を掴み上げるのを、私は拒む。


「むっ!? 上がらないっ!?」


 ふむ。しもの「竜王の剣」の最高顧問であっても、ヘリアーテ並みの怪力までは持ち合わせていないようだな。


 まあ、アレは投げ飛ばしたヘリアーテの怪力が異常なんだが……今は良い。


「君……何故抵抗するっ!?」


「勘違いをされたまま投げ飛ばされたのでは私の沽券に関わります」


「ほう……。私に気を遣い過ぎず、己が権威を優先するか……。ふはは、父上が言っていた通り、見上げた胆力をしている……」


「好きな人や可愛い部下の目の前なのでね。少々格好付けさせて頂きますよ?」


「何──」


 私は私の胸倉を掴んだままのカーボネ女史の肘関節に腕を押し当て彼女の肘を押し曲げながら胸倉を掴む手を捻る。


「──っ!?」


 そしてそのまま体重を乗せ彼女の体勢を崩しながら自分の重心の真下へとカーボネ女史の身体を膝を曲げて滑らせ、彼女を地面へと倒す。


「な……」


「ウッソ……教官を、こんなアッサリ……」


 合気道の技の一つ、隅落とし。優しく体重を乗せて相手を地面に転がす非殺傷向きの護身術。


 前世の時分、ある程度そういった護身を身に付けていないと切り抜けられない場面には幾度も出会したからな。一応覚えてはいた。


 まあ、スキルで色々と解決してしまう今世において出番は限られてしまうだろうがな。


「くっ……」


「ああ、無理に動かない方が良いですよ。小手返し──手首を捻っているので、無理に起きようとすると確実に手首を痛めますから」


「くぅ……」


「頭は冷えましたか? 私の話、聞く気になりましたか?」


「あ、ああ、うん。冷えた、冷えたとも……。だから技を解いてくれ。私も教え子の前で余り醜態を晒し続けたくない……」


「それは良かった」


 私はカーボネ女史から手を離し、彼女の手を取って立ち上がらせる。


「手荒な真似をしてすみません。ですがあのままでは剣を抜いた一戦にもなりかねなかったので、簡単にしました」


「あ、ああそうだな。こんな時につまらぬ事で時間を浪費していても仕方がないな」


「ええ。と、それでは、また変に誤解されぬ内に私の背後に居る者達をご紹介致しましょう。まずは私の隣に居るのが──」






「ま、待ってくれ」


「ああ、はい……」


「君の秘書と部下二人は理解した。充分にな。しかし──」


 カーボネ女史は私の背後で少々退屈そうに修練場で攻防戦をする剣術団員の様子を眺めるアーリシアと、それを優しく見守るラービッツに視線を移し、怪訝そうに眉をひそめる。


「な、何故公国に居る筈の幸神教教皇の御息女とそのお付きが一緒にいるんだっ!? 意味が分からんぞっ!?」


 正直、私も彼女達がこの場にいる理由には理解に苦しむし、一から説明している間に会議の時間など余裕で過ぎ去るだろう。


 ああ、スキルで耐性がある筈なのに頭痛がする気がする……。


「彼女については、その……。私の幼馴染という認識だけして下されば、非常に助かります」


 私の沈痛な面持ちを見て察したのか、カーボネ女史は「あ、ああ。分かった……」と何とかアーリシア達が居る現状を飲み込んでくれる。


 はぁ……。疲れる。


「あ、あのう、教官?」


「むっ? なんだヘッズマン副団長」


「そろそろキャッツ団長についての会議を始めないと今後の予定が……」


「あ、ああそうだな。 色々と混み合ってしまったが、本来の目的を果たそう。諸君、施設の二階に会議室を用意させた。そこで彼女の安否なんかを話し合おう」


 カーボネ女史が踵を返し、会議室があるという建屋の方へと歩き出した。


 私達も漸く目的である会議を行えると小さく嘆息し、彼女の後ろを付いて行こうとした、その時──


 カーンッ!! カーンッ!! カーンッ!!


「──っ!? これは……っ!?」


 甲高い警鐘の響く音が幾度も施設内を震わせる。


 それも一度や二度ではない。十回を超える回数警鐘が叩かれ、辺りにその意味を響かせていた。


 そのけたたましい音に教官であるカーボネ女史は勿論、副団長であるヘッズマン副団長。そして修練を積んでいた幾千の剣術団員達が動揺を見せる。


「十回以上の警鐘……だとっ!? 一体何事だっ!?」


 この国による警鐘の基本ルールとして、その鳴らす回数によってどれほどの危険が迫っているのかが容易に知れる。


 より回数が少ない方が勿論危険度は低いと判断されるが、今回のように十回以上鳴らし続けられるのは都市単位での異常事態の発生を意味していた。


「カーボネ教官っ!!」


 未だに鳴り響く警鐘の中、一人の剣術団員が血相を変えてカーボネ女史へと駆け寄り、息を切らせる。


「どうしたッ!? 何があったのだッ!?」


「そ、それが……しゅ、襲撃、を……」


「何だとッ!? まさか奴等……公言していた期限を破り我が国へ侵攻をッ!?」


 く……。マズいな。


 私の予想ではユーリはアレでも皇国の女皇帝だ。向こうから発布した宣戦布告を破る程の馬鹿はしないと思っていたのだが……。奴め……諸外国からの評判を落としてまで攻めに来たかっ!!


「全体ッ!! 直ちに最低限の装備を整え敵侵攻箇所へと向かえッ!! ヘッズマン副団長ッ!!」


「はっ!!」


「ガーベラが居ない今、君が全体の指揮を執れッ!! 私は父上と会って来るッ!!」


「はっ!!」


 チッ。これは私も向かわねばならないな。今すぐにでも奴等の場所を割り出──ん? 《天声の導き》の警戒網に、反応が……二つ?


「ち、違いますカーボネ教官っ!!」


「何だッ!? 違うとは一個大隊では無いという事かッ!?」


「だから違うんですッ!! エルフが攻めて来たのではありませんッ!!」


「なっ……。では何だと言うんだッ!? ふざけているのかッ!?」


「……カーボネ様」


「なんだクラウンっ!! 今は切迫した状況だっ!! 会議の事など言っている場合では──」


「良いから空っ!! ご覧になって下さいっ!!」


「むっ……。一体なんだ、と……」


 私達は空を見上げる。


 澄み切った青空はどこまでも高く、太陽が眩しく燦々と輝いている。


 棚引く雲が美しく、柔らかな風に導かれて非常に緩やか速度で緩慢に流れて行った。


 そんな美しい空を、雲を、太陽を……。まるで嘲笑うかのように大きく広がった双翼と巨大な体躯でもってぞんざいに遮り、台無しにしている。


 それは一度羽ばたく事に突風を巻き起こし、ギルドの屋根を捲り取っては青空に舞い上げては落下し。


 体躯を覆う鏡のように太陽光を反射する銀色の鱗と甲殻が辺りに光を乱反射させ、一部の家屋はその光により小火が起こり始め。


 長く伸びた首から先にある頭は尖り、横に大きく裂けた口からは剣のような鋭利に歯が並び、胴体から伸びる両の脚と尻尾の先には槍や斧を連想するような鋭い刃が地上を穿たんばかりに宙を彷徨っていた。


「あ、あれ、は……」


「……竜……」


 私達の頭上を支配した絶対的強者。


 下す事が出来れば英雄として歴史に名を残す偉業の最終到達点であり、歴史上数十度しか倒されてこなかった生物の頂点。


 そんな圧倒的捕食者である竜が、まるで値踏みでもするかのように羽ばたきながら私達の居る地上を伺っている。


「あ、ああ……」


 その余りの迫力、覇気に気圧された剣術団員達は手にしていた剣を地面に落とし、ある者は逃げ、ある者は隠れ、ある者はその場に縮こまり、ある者は気絶した。


 なんとか立っていられているのは私を含めカーボネ女史やヘッズマン副団長……そしてロリーナ達のみ。


 ラービッツは竜の存在を目にするや否やすぐさまアーリシアを抱えて《空間魔法》で転移して行った。流石の判断力に、今は素直に脱帽する。


 私もロリーナ達を連れ転移で逃げれば良いのだが……何故だろう。何度も行なっている魔力操作がなんらかの方法で妨害され、発動出来ない。


「く、クラウンさん……」


 隣を振り向くと、ロリーナが顔を真っ青にしながら力一杯私の腕を両手で掴み、心配そうに私の事伺ってくれている。


 想定外中の想定外。下手な話、エルフが規定を破って侵攻して来た方がまだマシだ。


 あんなもの相手に正直な話、勝てる気がしない。挑めば数秒でこの命を散らすだろう。


 だが今ここで立ち向かわなければ私が負けて死ぬどころかロリーナやヘリアーテ、ロセッティまで巻き添えになる。


 それは……男の最期としては少々後味が悪い。


 竜に睨まれている以上、私が逃げる事など不可能だろう。だが……だがせめて、ロリーナ達だけで──


『ふん。おいさっさと起きろ。もう着いたぞ』


 突如、まるで地面を揺らさんばかりの重低音な声音が響き、私達を揺さぶる。


 それは竜が発した言葉であり、竜の視線は地面を這い回る私達ではなく、自身の背中側へと向けられていた。


 すると──


「んぅ? おお、流石に速いなっ! 流石は竜だなっ! はっはっはっ」


『何が流石だ。竜を乗り物にするお前の神経の方が余程に流石だ』


「む。クラウンみたいな事を言うなお前は──と、そうだそうだ……」


 竜が視線を向けていた背中側から頭を出し、辺りを見回す一つの人影。


 真っ赤に燃えるような長髪が風に揺られ炎のように棚引き、


 黄金色の双眸そうぼうには何事にも揺るがない強い意志と信念が宿り、


 その美しく整った容姿は男女問わず皆を魅了し、


 豪快な口調と可愛らしい言動の差異により更に魅力が増している美女が一人、竜の背に当たり前のように乗っていた。


「おっ!! 居た居たっ!! おーいっクラウンっ!! 久しぶりだなぁっ!! 今帰ったぞぉっ!!」


 母上に良く似た無邪気な笑顔と、父上に良く似た髪色と口調を兼ね備えた、私の最愛の一人が、私の姿を見るや否や手を振って来る。


「はっはっはっ!! どうだどうだクラウンっ!! 竜を倒すどころか手懐けてやったぞっ!! さあっ!! 私を褒めてくれっ!!」


 全身から力が抜け、今世で初めての尻餅を着きながら空で手を振る彼女を見上げる。


 嗚呼……嗚呼本当に、本当に──


「本当に、姉さんは計り知れませんね」


「はっはっはっ!! そうだろそうだろっ!!」


 こうして姉さんはこの日、この国──いやこの世界で初めて「竜を使い魔ファミリアにした英雄」として、歴史に名を刻んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る