第四章:泥だらけの前進-12

「あぁ……疲れた……」


 私はセミダブルサイズのベッドに倒れ込みながら無意識の内にそう口にしていた。


 ベッドはフカフカで心地良く、今の疲労感なら油断すればこのまま意識を夢の中へ持っていかれる事必至である。


 そんなベッドがあるこの部屋。ここは私が今後数年間使う事になる魔法魔術学院の宿舎であり、その宿舎の中でも歴代の蝶のエンブレムの学生証を持つ生徒のみが使用を許された特別な一部屋である。


 トイレは勿論、風呂やシャワーも完備され、窓からの陽当たりは抜群。オマケに小さいながらもキッチンやベランダなんかも付いている豪華ぶり。


 下手な一般的な一軒家より快適である。


 更に隣にはここよりは狭いながらもう一室あり、そこでは自分の使用人……今はマルガレンが宿泊出来るようにすらなっている。


 これが一般生徒に与えていい宿舎の一室なのだろうか?


 私が部屋を物色して最初に思った感想である。


 ただこの部屋の豪華さは、そのまま学院が私に期待している度合いの現れでもあり、成果を出せなければあっという間に一般的な部屋に送られる事だろう。認められたからと怠けていてはいけない。部屋相応の努力をし、成果を上げなければならないのだ。


 ところで、だ。


 私が何故、そんな一室のベッドに疲労困憊しながら倒れ込んでいたのかと言えば、それは先程行われた入学式によるものだ。


 入学式自体はシンプルであり、学院長でもある師匠や来賓の挨拶をし、在校生代表である現生徒会長からのエールを受け取る。そんな内容だ。


 私達はそれを黙って聞いているだけ。師匠からもそう聞いていた。


 だがここで、司会進行を務めていた教師の一人が、耳を疑うような事を口にしたのである。


『ではここで新入生代表であり、今期入学査定で最も優秀な成績を修めた「クラウン・チェーシャル・キャッツ」による入学の挨拶を始める。クラウン・チェーシャル・キャッツ、壇上へ』


 ……あのジジイ……。


 私の頭に最初に過ぎった言葉である。


 私は念の為聞いていたのだ。在校生の挨拶があるのならば新入生の挨拶もあるのでは? と。


 だが師匠は笑いながら『そんなもんはない! 安心しなさい!』と言われ一先ずは信じ、納得した。


 その結果がこれである。あの爺さん、入学の挨拶があれば断ると考えて嘘を吐いたのだろう。まったくふざけた話である。


 ともあれ、ああも高々と私の名前を言われてしまっては出て行かないワケにもいかない。


 挨拶は、まあ、適当にアドリブでそれっぽい事を言おう。


 そう心に決め、私は並んでいた列から離れ、大勢の視線を全身に受けながら壇上を目指す。


 私と同じ立場である新入生達は私がすれ違う度に私についての様々な意見を口にする。


 やれ「何処の家の奴だ」やら、やれ「どれだけの実力者なんだ」やらと不毛な事をコソコソと言われているが努めて無視をする。


 そうして壇上へ上がり、適当な挨拶を口にする。内容は別段変わった事は言わない。媚び過ぎず煽り過ぎず、何ら差し障りない挨拶だ。


 ただまあ、これだけならば私だってここまで疲れない。ただ挨拶するだけでベッドに倒れ込む程にはならない。


 問題は、この後である。


『ふざけるな!! 貴様の様な何処の馬の骨とも分からん奴が名家である俺より優秀などあり得るか!!』


 そう叫びながら立ち上がったのは一人の男。茶色の短髪で体型は割と大柄……というか膨よか。名家とほざいていたから恐らく貴族だろう。


 新入生の全員が彼の方を向き、在校生の面々はまるで見慣れた光景とばかりに静観している。


 短髪の男は注目が自分に集まり満足したのか、次に私が居る壇上を目指してズカズカと進み、そのまま壇上にまで上って来る。


 その間生徒は勿論、それを見ている教師や師匠ですら彼を止めようとはせずにただ見守っていた。


 男は私の目の前まで来ると、私の全体を舐めるように見てからドヤ顔混じりに鼻で笑った。


『近くで見れば随分貧弱そうな奴じゃねぇか、えぇ? 一体どんな手を使ってそこに立ててるのか知らないが、貴様の様な凡人が立って良い場所じゃない!! そこに立つに相応しいのは俺の様な選ばれた人間だけなんだよ!! わかるか!?』


 そう怒気を含ませながらまくし立てた男は腰にぶら下げていたホルダーから細い木の棒……所謂いわゆる杖を取り出して私に突き付ける。


『三秒だ。三秒以内にそこを俺に譲り、俺に詫びを言わなければ貴様を俺の《炎魔法》が襲う。言っておくが脅しじゃないぞ? 俺の《炎魔法》は一族でも群を抜いて威力が高い。そこをよぉく考えろ? いいな? 三……二……一……!!』


 男の杖の先に炎が点る。それを見た新入生は一様にどよめき、在校生と教師陣は興味有り気に成り行きを見守っている。


『はんっ!! 馬鹿が!! 下らんプライドのせいで死に急ぐなんてな!! 覚悟しろ!! 「ファイヤーボール」!!』


 杖の先に点っていた炎は球状になり、私に向かって打ち出される。その速さは口にするだけの事はあるようで優に百キロは越えており、私と彼の距離では避ける事はまず叶わない。


 ファイヤーボールは私に命中するとそのまま私を包み込む様に炎上、会場のどよめきは更に大きくなり、流石の在校生や教師陣も慌て始める。


『はっ……ははっ! 思い知ったか凡人が!! そのまま炭になってしまえ!!』


 私が無抵抗のまま焼かれるなどと思っていなかったのか、彼は若干困惑を顔に滲ませながらも必死で口から強がりを吐き出す。


 確かに、この《炎魔法》は中々に威力が高い。私が前に通っていた魔法学校のどの生徒より数倍は威力があるし、感じる魔力も中々に多い。


 きっと彼は凡人では無いのだろう。


 周りが囃し立て、こうまで付け上がり、調子に乗るくらいには優秀な奴なのだろう。


 そりゃあ、そんな自分より優秀という存在が貴族でもない奴であったなら納得がいかない、ふざけるな、と叫びたくもなるだろう。


 気持ちは、まあ、理解出来る。理解出来るが、それはそれとして──


『鬱陶しい』


 私はまとわり付く炎を《水魔法》を使って鎮火させる。


『なっ!? 貴、様……。何故無傷なんかで……何故無事でいられるんだ!?』


『私にお前程度の魔法は効かん。その程度で優秀などと……片腹痛いな』


 実際はスキル《魔力障壁》と《炎熱耐性・小》のゴリ押し。《魔力障壁》も無限に出せるわけでは無いので過信は出来ないが……。


『貴様ぁ……貴様ぁ!!』


 それからだ。面倒事が加速したのは。


 つい、私が面倒になってその男を《空間魔法》で四メートルくらいの高さに飛ばして気絶させてしまったのを皮切りに、次は俺だ!次は私だ!と血気盛んな新入生達に襲われたのだ。


 そしてその大半は先程の男と同じ貴族であり、行動こそしなかったものの内心で私が気に食わなかった連中。そんな奴らが大体二十人程、列を成して私に挑戦して来たのだ。


 それがまぁ、流石に大変だった。


 なんせ相手は一応入学査定をクリアした連中。そこら辺の有象無象とは違う。


 最終的には《炎魔法》やら《地魔法》で足止めをした後、《空間魔法》で高所から放るというムーブで片付けた。


 最後の一人を片付け、魔力不足と疲労でヘトヘトになった状態で最後に一言、


『もう……文句は無いだろう? なら……これで終いだ』


 それだけ言い放って壇上から降りた。


 元の列まで戻り、ざわつき落ち着きの無い会場を教師陣が諌めた後、入学式は終わった。


 それが先程、一時間程前の出来事である。

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