第四章:泥だらけの前進-11

 神官服の女の子が、こちらに向かって走って来る。


 裾がくるぶしまであろうあの丈でよくもまぁあれだけ上手く走れるなと少し現実逃避気味に感心してみるも、状況は変わらない。


 どう考えてもアーリシア・サンクチュアリス。幸神教教皇の実子であり、私の腐れ縁。そして私の不倶戴天の敵である筈の「救恤の勇者」である。それは変わらないのだ。


「もぉーー!! 待ってたんですよぉ!? 二時間です二時間!! この関所前で!!」


「……」


 知らんわそんなものっ!! 二時間関所前で待っていたなどっ!! 約束してすらいないのに恩着せがましい言い方をするんじゃない!!


「あの……、クラウンさん?」


 ロリーナが私の背後から小首を傾げながら具体的な説明が欲しいと疑問形で聞いて来る。


 ……なんだろうか。やましい事など一つもしていないのに不思議と追い詰められている気がする。


 前世ではこんな経験した事がない……。さて、どうするか……。


「ガーベラ様もマルガレン君も久しぶりぃ……むっ!? どなたですか!? その人は!?」


 あ、先に反応したか……。面倒な……。


「この子はロリーナ・リーリウム。私と魔法魔術学院に入学するわば学友だ」


「……初めまして。ロリーナ・リーリウムです」


 そう丁寧に頭を下げるロリーナ。本当、この子のこういう所が好感を持てる。それに比べて──


「そうですか! 私はアーリシア・サンクチュアリス。幸神教で神子の見習いをしています!! そしてそして!! 私は!! クラウン様の!! 幼馴染です!!!」


 渾身のドヤ顔で胸を張りロリーナに言い放つアーリシア。


 ……まあ、五歳からの付き合いだからもう十年にもなる事になるな。


 私は私で色々な事に手を出して暇だった時など無かったし、アーリシアはこの十年でビックリする程容姿が変わらないかなりの童顔だからか、あまりそんな感覚がないのだが……。


 そうか、十年か……。あっという間だったな……。


「何をボーッとしているのですかクラウン様? わざわざ関所前で待っていたのです! 褒めて下さい!」


「何を馬鹿な事を言ってるんだか……。私はお前とそんな約束をした覚えなどないし、勝手に待っていた事に対して私が褒めてやる意味が分からないんだが?」


「えぇ!? そんな!! 二時間も待ったのに!! 少しくらい褒めてくれても!!」


「知らんと言っている。そもそもお前、なんで王都に居るんだ? いや、居る分には構わないが、何故この日、このタイミングで私を待っている?」


 実はちょっと嫌な予感がしている。


 アーリシアはご覧の通りこんなだが、だからといって割と忙しい身の筈だ。伊達に幸神教の神子見習いはやっていない。故に多少の気紛れや思い付きでこんな行動には出ない筈なのだ。流石にそれくらいの分別は彼女は持っている。


 だが今のこの状況……。まさかコイツ……。


「ふっふっふっ……。よくぞ聞いて下さいました!!」


 ……ちょっとウザいな。


「何を隠そう私も!! 栄えある魔法魔術学院に入学する事が叶ったのです!! どうです? 凄いでしょう? 凄いでしょぉ?」


「……裏口入学か……」


「ひ、人聞きの悪い事言わないで下さい!! い、一応正規の……正規の入学です!!」


 ほう、裏口入学ではないのか。てっきり私は幸神教の教皇の圧力的な何かで無理を通したのだと思ったのだがな。


 アーリシアが私が学院に入学するのを知ったパージンの帰りの時点で魔法魔術学院の入学査定はもう終わっていた。


 例えまだやっていたのだとしても、厳正な審査をしている入学査定において、アーリシアの魔法の才能じゃあ少し厳しい……。


 いや、確か幸神教に限らず、ある方法を用いた〝神の見えざる手〟という信仰が深く関わった魔法系スキルがあると本で読んだが……。それか?


 だが入学査定は甘くない。そんな魔法系スキルがあるというだけで入学出来る物ではない筈だ。


 だとするならば残る可能性は──


「まさかお前……。師匠……フラクタル・キャピタレウスに〝勇者として〟弟子入りしたんじゃないだろうな?」


 最早これしかないだろう。アーリシアがなんの障害もなく、違和感なく入学出来る方法は……。


「はうっ!? な、何故それを……」


「お前なぁ……。一度断っておきながらよくもまあ……。色んな意味で、凄いな」


「し、仕方がないのです! クラウン様と机を並べ勉学をするには、これしかないのです!!」


 ……アーリシアと私に似ている所があるのだとすれば、この諦めの悪さだろう。目的の為ならばある程度は許容し、余計な雑音など構いわしない。「強欲」と「救恤」が表裏一体である、ある種の証明かもしれない。


「そ、それに……、弟子入りは、その、断られてしまいましたし……。入学ならさせてやれる、という事で甘えさせて頂きましたが……。弟子は一人で充分、だと……」


 ……あの爺さ──じゃなくて師匠。中々にリアクションに困る事をするものだな。変なむず痒さを覚える。


「成る程。話は分かった。信じないわけじゃないが、一応証明出来る物を見せてくれ。持っているだろう?査定合格証」


 あの合格証はこの学院の入学を証明する物であり、入学後は学生証としての役割を担っている。入学が決まっている彼女は査定こそ受けていないものの、当然持っている筈の物である。


「勿論です!! これをご覧下さい!!」


 そう誇らしげに懐から取り出し、私に自慢する様に突き付けたのは間違いなく査定合格証。私達と同じ金属製であり、その中央には何かが渦を巻いている様な、そんなエンブレムが彫り込まれている。


「ふむ……やはり私のやロリーナとは違うか」


 私の合格証に彫り込まれていたのは蝶のエンブレム。ロリーナの合格証に彫り込まれていたのは三日月の様な……いや、これは……。


 少し分かり辛いが、私の合格証のエンブレムが蝶なのならば、この三日月は……蛹か。ならばアーリシアの合格証のエンブレムは……。


「あー、そのエンブレム、芋虫か……。納得」


「え!? 芋虫!? 芋虫なんですかこの模様!?」


「まあ、恐らくは」


 となれば後はなんとなく察せる。芋虫が蛹を経て蝶になるように、これは謂わば階級なのだろう。そこまで確立した物ではないからか公言はされていないのだろうが……。入学の時点でこう差異を付けて来るか……。


「うぅぅ〜〜……。因みにクラウン様は?」


「私は蝶だ。そしてロリーナは蛹だな」


「うぅぅ……私が一番なんか……」


「蛹……なんですか? これ」


 アーリシアは膝を抱えてしゃがみ込み、横のロリーナは合格証を取り出して繁々と見る。


「ああ。かなりハイセンスなデザインではあるがな。私の蝶は多分少し特殊だろうから、査定の時点では蛹が一番優秀なんじゃないか?」


 実際私は特別査定を受けてのこの合格証だ。他に居ないとまではいかなくとも、恐らく所持者は少ないだろう。ならば蛹の合格証を与えられたロリーナは優秀な成績を修めたと言えるのではないだろうか?


「私は、出せる全力を尽くしただけなのですが……」


「だからこそだろう。君はもっと、自分を高評価しても良いと思うぞ?」


「そう、ですか……」


 頰を少し赤らめるロリーナ。


 こういう姿をこうして見せてくれるのも、多少は私に気を許してくれている証なのだと思いたいものだ。ん?


 視線を感じそちらに目を向けてみると、しゃがみ込んで落ち込んでいるアーリシアが珍しく私の事を鋭く睨んでいる。


「……なんだ?」


「扱いが……」


「ん?」


「扱いが違い過ぎると思います!!」


 ああもう、面倒臭いなぁっ!!


「私が誰をどう扱おうが私の勝手だろう? お前に指図される所以などない」


「ですけどぉーーっ!!」


「知らんクドイ! ……ほら、いい加減もう行くぞ」


 私は私の言葉に呆然とするアーリシアを素通りし、三人を連れて関所へと向かう。


 少し厳しいようにも感じなくもないが、反則気味な入学をし、調子に乗っているアーリシアには気を引き締める良い薬になるだろう。


 魔法魔術学院は甘くはない。生温い感情のままになっていては私としても困るのだ。


 それから三人が三人共、通り過ぎるアーリシアに一瞥し、それぞれが思い思いの表情を浮かべる。


 ロリーナは少し哀れみが混ざった視線を送り、マルガレンは少し同情の混じった諦観の念を送り、姉さんは最後に擦れ違い様にアーリシアの肩を軽く叩いてエールを送った。


 そんな姉さんのエールが効いたのか、アーリシアは立ち上がって早歩きで私達に追い付いて来る。


 なんとなくだが、彼女の浮ついた雰囲気が薄れたように感じた。

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