第四章:泥だらけの前進-10

「お待たせして申し訳ありません!」


 そう頭を下げるのはマルガレン。


 どうやらマルガレンは自分の荷物自体は早々にまとめ終えていたものの、ミルトニアの怪しい動きを目撃し、それをずっと説得していたのだという。


「いや、気にするな。お前が謝る事ではない」


「はい……ありがとうございます」


「礼ならロリーナにも言え。諌めてくれたのは彼女なんだからな」


「はい。ロリーナさん、ありがとうございます」


 今度はロリーナに向き直り、頭を下げるマルガレン。それにロリーナは若干困惑したように一瞬私に目線を送った後、マルガレンに「大丈夫ですから」と言って頭を上げさせる。


「私、そういったの慣れていなくて……。出来れば、もっと普通にお願いしたいのですが……」


「ああ、そうだな。マルガレン、そういう事だ。ロリーナには余り畏まらないで構わない」


 私がそう言うと、マルガレン「はい、了解しました」と言って軽く会釈する。


 一般人は割と、頭をちゃんと下げられると戸惑ったりするものだしな。ロリーナのあの反応にも頷ける。礼儀正しくし過ぎるのも人によっては考え物だ。マルガレンは真面目だから、そこらへんの線引きは難しいだろうが……。


 と、そんな事を考えていると、


「いやはや! 待たせてしまってすまない! 三人共!」


 そう溌剌とした明朗な声音で屋敷玄関から出て来たのは私の愛しい姉さんであるガーベラである。


 姉さんもまた、私達と共に王都へ向かう予定となっている。


 そもそも姉さんは現在王都に居を構えており、今屋敷に居るのは姉さんが長期休暇を取って帰って来ているに過ぎない。


 エルフとの戦争が近いというのにそんなのんびりとしていて大丈夫なのかと思わなくも無いが……。


 まあ、姉さんによれば、わざわざ私に稽古を付けに帰って来ていると言っても過言ではないと言っていたので、そこは頭が上がらないのだが。


 と、それはいいとしてだ。姉さんが一緒に同行するのは今に決まった事ではないのでいいのだが、私が気になるのは──


「姉さん、その背中に背負っている大きなリュックはなんですか?」


「んん?」


 姉さんの背には、自身の半身程はあろうかという巨大なリュックが背負われており、目一杯詰め込まれているのか、それがパンパンに膨れている。


「ああ、お土産だよ。部下への。向こうでは新鮮な魚介は珍しいからな。普段は鮮度の関係で持っては行けないが、クラウンが運んでくれるならその心配も無い、と思ってな」


 ふむ……。つまりあのパンパンのリュックには魚介が大量に放り込まれている、と……。想像するだけで生臭さが漂ってくるようだな。


 だがそれにしたって……。


「それにしても多くないですか? そのリュックが満杯になるほどに姉さんの部下は多いのですか?」


「む、確かに。私が詰め込んだ時はここまでじゃなかったような……。それに心なしか少し重い気も……」


 ……まさかな。


 私は直ぐさま《物体感知》などの感知系を全て発動させ、リュックの中身を確認する。


 するとリュックの中には魚介に塗れた状態で体育座りした〝誰か〟がいる事が判明。


 リュックが大きいとはいえその中、しかも魚介が大量に詰まった中に潜り込める程身体が小さく、またわざわざそんな物に入ってまで私達に着いて来ようとする者……。


 ……はあ、さっきのは演技か? だとしたら名女優になれるな……。


 だからといって連れて行く訳にはイカン。それに愛しい家族が魚介塗れのままなのを放っておく訳にもいくまい。


「姉さん、リュックを一旦下ろしてくれますか?」


「ん? ああ、構わないが……」


 不思議そうに可愛らしく首を傾げる姉さんがゆっくりとリュックを下ろし、私がそのリュックを絞りを開ける。


 中には当然魚介が入っているであろう木箱が入っており、開けた途端に生臭さが溢れてくる。


 そんな魚介入り木箱の丁度真ん中。そこにはさっきも見た軽装をまとった黒から赤へとグラデーションの掛かった綺麗な髪をした一人の女の子が──


「いい加減にしないと、私も本気で怒るぞミルトニア」


「ひゃわっ!?」


 小さな悲鳴を上げ、私にゆっくり顔を向けるミルトニア。魚介の生臭い臭いに充てられたのか、若干顔色が悪い様子。


「あ、あぁ……お兄様……。ご、ご機嫌麗しゅう……」


「聞こえなかったか? 怒るぞ、と言っている。これの何処がご機嫌麗しいんだ?」


「え、ええと……」


「まったく……」


 業を煮やした私はそのままリュックに両手を突っ込み、ミルトニアの両脇を抱えて持ち上げ、強制的にリュックから出す。


「お、お兄様!?」


「理由は聞かん。言い訳も聞かん。やんちゃもここまでだ」


「うぅぅ……」


「……はあ……」


 ミルトニアを地面に下ろし、視線の高さまでしゃがんで目を覗く。その顔は悲しみだとか恐怖だとか悔しさ、寂しさ等が入り混じり複雑になっている。


「……向こうで落ち着いたら、お前の好きな所に連れて行ってやる」


「えっ?」


「好きな物も……まあ、常識の範囲内でなら買ってやる。だからもう暫く大人しくしておいてくれ」


「本当に……本当にですか?」


「ああ、約束する。だから今日は大人しく風呂で生臭い臭い落として勉強でもしていなさい。出来るか?」


「はい!! わかりました!! 私、頑張ります!!」


 今度は芝居などではなく、しっかりした真剣な表情で返事をしてくれた。そして自分の臭いを少し嗅ぎ、生臭いのを確認すると急いで屋敷に戻って行った。


「ふぅ……。これで今度こそ大丈夫だろう」


「おお……まさかミルが入っていたとは……。気付かなかったな……」


 いやいや。何故気が付かないんだ姉さん。


 絶対入れた荷物にしては重くなっていた筈だろう。十歳の少女とて全く重くないわけではない筈だ。


 それに姉さんは私の隠密系スキルを全稼働させても察知する天性の感覚があるはずだろう。それを掻い潜ってリュックに潜り込むなど……。どうやったんだミル……。


「大丈夫……ですか?」


 私が少し考えていると、ちょっと心配したようにロリーナが訊ねてくれる。


「ああ、すまない色々と。もう大丈夫だ」


 時間を懐中時計で確認すると、今日行われる入学式が約二時間前に迫っており、そろそろ王都に向かうには頃合いな時間だ。


「丁度いい時間だ。そろそろ行こうか」


 三人の荷物を一旦ポケットディメンションにしまい込み。私は手の平を前に突き出して目線で手を重ねるよう促す。


 三人はそのまま私に手を重ね、《空間魔法》を発動。演算を開始する。


 私を含めた四人で王都へのテレポーテーション。魔力の消費量は私ともう一人でパージンへ転移する時と大体同量。転移後は魔力回復ポーションを飲む必要がある。


 体感では一瞬だが、その疲労感は結構凄まじく、連続で使えば絶対身体を悪くする。それくらいには過酷だったりする。


 それにしても、結局アーリシアは顔を見せなかったな。


 あの子の事だから土壇場に駆け付けて来るんじゃないかと想像していたのだが……。杞憂だったか。


 と、そんな事を考えている一瞬、テレポーテーションが発動。景色は何度か見た事がある王都の城下町関所前に変わり、私達に王都到着を知らせる。


 関所には早朝にも関わらず行商人が引く馬車や冒険者達が行き来しており、門番達は忙しそうにしている。


「凄い……」


 ふと横目でロリーナを見ると、そう小さく呟きながら城下町の天辺にそびえる城を見上げている。


 初めて来る王都に感動しているのだろう。そんな横顔もまた可愛らしい。


「街中に転移するのでは無いのですね」


 横でマルガレンが私にそう訊ねて来る。まあ、気にはなるか。パージンの時は街中だったからな。


「パージンの時は用事が直ぐ終わるから省いたが、今回は年単位の長期滞在だ。流石に身分証明しないとマズイ」


「成る程。理解しました」


「ふむ。私も理解した。ではここに居ても仕方がない。早速向かおうではないか」


 姉さんがそう言って先行し、私達はその後に付いて行く。


 姉さんは既に王都では割と有名人。関所も最早素通り出来るというから驚きだ。まあ、そのお陰でこうして身分証明書を提示しなくとも直ぐに──


「あぁーーっ!! やっっっと来ましたねぇぇっ!! クラウン様ぁ!!」


 ……どうしよう、頭が痛い。

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