第四章:泥だらけの前進-9

 ティリーザラ王立ピオニー魔法教育魔術学院。


 通称・魔法魔術学院の入学当日の早朝。


 私は今、自分の屋敷の前に居る。


 入学に必要な諸々を全部ポケットディメンションにぶち込み、まだ太陽が昇り切らない時間に本を読みながら外に居る。


 本来ならば入学当日にこれだけのんびりしている余裕などあろう筈が無いのだが、テレポーテーションがある私には関係の無い話。これも《空間魔法》様々である。


 では何故、私がこんな早朝に一人で外で本を読んでいるのかと言えば……。


「お待たせしました」


 その可愛らしい声に、私は本をしまって声の主の方へ視線を向ける。


 そこには大きなトランクを持った深緑色のワンピースを着た少女、ロリーナが頭を下げて立っていた。


「いや、待ってなどいないよ」


「そうですか? わざわざ外で待たれていたので、待たせてしまったのかと……」


「私が勝手に外で本を読んでいただけだから気にしないでくれ」


 まあ、ロリーナが来るのが待ち遠しくて外で待っていたのだが、そこまでは言わない。引かれたく無いからな……。それより──


「それより荷物はそれだけで大丈夫か? なんならリリーの家まで荷物を取りに行くが……」


「それは大丈夫です。そこまで持って行きたい物も無いですし」


「そうか? まあ、足りない物があったら遠慮しないで言ってくれ。直ぐに戻れるからな」


「はい。ありがとうございます」


 そう言ってまたも頭を下げようとするロリーナを、私は軽く手で制して止めさせる。


 礼儀正しいのは好感が持てるが、そう何度も頭を下げられるのはな……。私は彼女とはもっと対等な立場で居たいのだ。


「それにしても、本当によろしいんですか? 私も一緒に送ってくれるだなんて……」


 そう、彼女がここに居る理由。それは当然、私と一緒に魔法魔術学院がある王都セルブにテレポーテーションで向かう為である。


 実は数週間前、ウチの屋敷で送別会の様なモノを催した。


 私の身内は勿論、エイスやクイネやジャック、ついでにメルラ。使用人の皆もその日は無礼講で飲み食いをした。


 その時にリリーとロリーナも屋敷に招いて一緒に飲み食いをしたのだ。


 呼んだ理由は様々で、勿論第一は一緒に送別会をする事だが、その他に私の身内にロリーナを紹介する事と、一緒に学院へ向かう約束を取り付ける為である。


 身内に紹介と言うと大袈裟に聞こえるが、単純に友人として紹介しただけでそれ以上の意味は無い。


 しかし、どうやら私の彼女に対する接し方で両親や姉さん、ミルトニアはなんとなく察したらしく、両親は何かを悟った様に感慨深気にしていた。


 姉さんは姉さんでどこか寂し気にだが「泣かせるんじゃないぞ」と一言助言をしてくれ、ミルトニアは憧れの眼差しで見つめていた。


 皆それぞれに良い反応をしてくれて私としては一安心なのだが、変に勘繰って余計な事をされないかは不安だな……。私から紹介しておいて何だが、気を遣わせて私の徐々に仲良くなる計画が揺らいだら頭を抱える……。


 と、そこで私はある事に気が付いた。


 私絡みのイベントだと分かれば即座に駆け付け、子犬の様にまとわり付いて来る彼女、アーリシアの姿が無かったのだ。


 まあ、そりゃ教皇の娘なんだから、ポンポン軽く出歩いていた今までが異常だったのだが、それにしては若干違和感がある。


 神官としての職務に追われているのか? それとも神子になる修行か何かか……。いや、推測は止めよう。


 それに居なくて良かった──と言ってしまうと語弊が生まれてしまうが、ぶっちゃけアーリシアとロリーナを対面させるのは気が進まない。


 なんか、こう、言葉に表せないが、碌な事にならない予感がするんだよな……。


 とまあ、そんな感じで食事をしながらロリーナに一緒に学院へ向かう事を進めた。


 馬車代も馬鹿にならない事、盗賊や魔物に襲われる危険がある事、予定日時に到着しないかもしれない事。


 私の《空間魔法》なら当日に行ける事。私の魔力さえあれば行き来は楽で安全である事。無駄な荷物を減らせる事。


 すると彼女も了承してくれ、一緒に向かう事が決まった。これも三年間、地道に頑張った成果である。


「良いに決まっているだろう? 私から提案したのだし。それよりリリーとはちゃんと別れを言って来たか?」


「はい。と言ってもずっと離れるわけでは無いので、簡単に、ですが」


「それもそうだな。帰って来られないわけではないしな」


「はい……。ところで、マルガレン、君は?」


 ん? ああ、そういえば……。


「アイツも準備をしているはずなんだが……。少し遅いな……」


 マルガレンも勿論、私達と一緒に学院へ向かう予定だ。


 師匠に従者を一人連れて行けないか相談した所、アッサリ許可が降りた。というのも、学院に入学する貴族達は大半一人以上は従者同伴で入学するのが一般的で、私の様に一人連れて行くのは何ら問題は無いらしい。


 そんな訳でマルガレンも同行するのだが。


 しかし持って行く荷物自体は私と同じか、それより少なく済む筈なのだが……。何故私よりもこんなに遅いんだ?ロリーナすら到着しているというのに……。


 と、そんな事を考えていると──


「だ、ダメです!! なりません!! 諦めて下さい!!」


「イヤです!! 私も!! 私も一緒にいきたいんです!!」


「なりませんミルお嬢様!! 聞き分けてください!!」


 ……なんか、面倒な事になりそうだな……。


 私が振り返って屋敷玄関に目を向けると同時に、玄関のドアが勢いよく開け放たれ、どこで手に入れたのか分からない軽装をまとったミルトニアが飛び出し、私にしがみ付く。


「お兄様……!!」


「駄目だ」


「お兄ぃ様ぁ!!」


「どう甘えようが駄目なものは駄目だ。そもそもお前を連れて行く理由がない」


「り、理由があれば……よろしいんですか!?」


「無いだろ理由? 例え理由をどうでっち上げようが私は否定するがな」


「お兄い様ぁ……」


 はあ……。もう九才にもなろうかと言うのにこの甘え振り……。五才の時のマルガレンよりお子様でいらっしゃる……。


 甘やかし過ぎたか? 確かにミルトニアは天使だが、アーリシアを反面教師に甘やかし過ぎない様に教育していたつもりだったんだがなぁ……。


「ミルちゃん」


 そう私がミルトニアに困っていると、背後からゆっくり歩み寄って来るロリーナが、私にしがみ付くミルトニアと同じ目線までしゃがみ、顔を覗く。


「は、はい……」


「お兄さんはお勉強をしに行くの。それは、分かるよね?」


「……はい……」


「遊びに行くのでは無いの。お兄さんは真剣なの。邪魔になってしまいたくはないでしょう?」


「……うん」


 ロリーナがそう優しく言うと、ミルトニアは私から漸く離れ、トボトボと重い足取りで屋敷へ帰って行く。


 ミルトニアがマルガレンの横をすり抜けると、マルガレンは追い掛けるべきか私に目配せし、私は首を左右に振る。


 それにしても──


「ありがとうロリーナ。助かったよ」


「いいえ。ミルちゃんは良い子ですから、本当はちゃんと分かっていると思っただけです」


「ああ、あの子は良い子だよ。ただたまにああしてたがが外れる時があるんだ。なんでだろうな……」


「それは……。クラウンさんは自分の事を頑張り過ぎなのではないかと、少し思います」


 私が、頑張り過ぎ? そんなつもりは無いのだがなぁ……。


「ミルちゃんは多分、寂しいんです。暫く会えないとは違う意味で、寂しいんです……。最近、ミルちゃんと遊んであげましたか? お出掛け、してあげましたか?」


 ……ああ、成る程。


 私は基本、自分が中心だ。


 自分が一番やりたい事を最優先し、それに全力で取り組む。それが私だ。


 だがどうやら自分の事にかまけ過ぎていて、ミルに構ってやれていなかったのかもしれん。甘やかし過ぎだと感じたが……寧ろ逆だったのだな。


 これは……悪い事をしてしまったな。


「向こうで落ち着いたら、目一杯甘やかしてやろう。ミルの行きたいところに行って、好きな物を買ってやるか」


「はい、それが良いと思います」


 ロリーナはそう言って私に微笑を向けてくれる。


 本当、こんな子に惚れるなという方が無理がある……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る