第四章:泥だらけの前進-13

 ふと気が付くと、朝日が私の顔を照らしていた。


 カーテンの隙間から射し込むその陽光は、私に今が朝である事を報せていた。


 どうやら疲れ切ってベッドへ倒れ込んだまま眠ってしまったらしい。こんなにも無計画に一日を過ごしたのはいつ振りだろうか……。


 取り敢えず、マルガレンがまだ来ていない。優秀なアイツの事だ、環境が変わろうと私への気遣いは忘れない。そんなアイツがまだ起こしに来ないという事は、早朝も早朝なのだろう。


 そう適当に予想してから私はベッドから重たい身体を起こし、身体の具合を確かめる。


 よし、まだ怠さはあるが、動けない程じゃない。いつかの様に身体が丸一日動きませんじゃ、今日の予定に差し障る。


 一先ずは風呂だ。昨日の連戦で身体中が汗でベタベタする。それに疲れも抜け切っていない。ぬるま湯にじっくり浸かって、それから簡単に朝食を作って食べ、英気を養うとしよう。






「おはようございます、坊っちゃん」


 丁度朝食を作り終えた頃、マルガレンが私の部屋へとやって来た。


 既に格好はいつもの使用人服であり、準備万端である。


「ああ、おはようマルガレン。丁度朝食が出来た所だ。お前も食べろ」


「はい、ありがとうございます。ですが言って下されば、僕がご用意致しましたのに……」


「まあ、それもそうなんだが、結構早く目が覚めてしまってな。だから暇潰しがてら作っただけだ。次からはお願いするよ」


「はい、かしこまりました」


 マルガレンはそう言うと、私の代わりにテーブルに皿を並べ始め、同時に紅茶の用意も済ませる。本当、手際が良い。と、それよりだ。


「皿は三人……いや四人分用意してくれ」


「四人……ああ、成る程。では僕が呼んできましょうか?」


「ああ頼む。一人はもしかしたら遠慮するかもしれんから「少し相談がある」と付け加えておいてくれ」


「はい、では行って参ります」


 マルガレンはそう言うや否や部屋から出て行き、お客さんを二人ほど呼びに行く。しかし、部屋の場所を聞かない辺り、覚えているのだろうな。流石だ。さて、私も早い所チーズオムレツを仕上げてしまおう。


 そして数分後、部屋をノックする音がし、念の為スキルでその正体を大雑把に確認してから入室の許可を出した。


「ただいま戻りました」


 扉を恭しく開けたマルガレンの背後にはまだ寝ぼけ眼で髪型が整いきっていないアーリシアと、既にいつでも出掛けられる程に身なりを整えたロリーナが立っており、それぞれが挨拶を始める。


「おはようございます、クラウンさん。朝食のお誘い、ありがとうございます」


「お、おはよう……ございます……」


 ……なんなんだこの落差は。普通、逆なんじゃないのか?


 まあ、私としてはそんなロリーナに惚れ込んだ面もあるから否定はしないが、アーリシアはもっとシャンとしろよ。教皇の娘だろう……。


 ……はあ、まあいい。


「おはよう二人共。さあ、冷めない内に食べてしまってくれ」


「はい、では、お言葉に甘えて」


「ありがとうございます!」


 それから四人で席に着き、朝食をる。メニューはシンプルにチーズオムレツとサラダとパン。飲み物にはマルガレンが淹れた紅茶だ。


 三人が朝食を口にし、満足そうにしているのを確認してから私も食べ始める。


 基本、私好みの味付けを基準にしているからな。特にロリーナに気に入って貰えるかが重要であり、微調整するつもりでいるが……この反応ならば大丈夫だろう。


 アーリシアはまあ……私が作りさえすれば何でも良さそうだな。


 その後数十分程で食べ終え、マルガレンに食器を片付けさせる。


 するとロリーナが気を遣ってか、マルガレンを手伝おうと席を立とうとしたのを私が手で制止する。


「今日は朝食作りの仕事を私が奪ってしまったから食器洗いはやらせてやってくれ」


「そう……ですか?」


「ああ。でなければマルガレンを使用人として連れて来た意味が無いからな」


 使用人にとって、主人の為に働く事が最重要事項であり、忠誠心の度合いによってはそれ以上にもなりえる。


 仕事を貰えるという事は必要とされているという事。信頼されていると感じさえするかもしれない。


 現にマルガレンはたかが皿洗いに後ろ姿からでも分かるくらい楽しそうに取り組んでいる。


「成る程。分かりました。それでクラウンさん。相談事というのは……。やはり新入生テストの事ですか?」


「ああ、その通りだ」


 そう、私達は魔法魔術学院に入学こそ出来たものの、まだ完全に安心は出来ない要因がまだ残っているのである。


 それが新入生テスト。その概要は昨日入学式の最後の最後に発表されたのである。


 その内容に新入生は勿論、一部在校生も動揺するようにざわつき、入学式という爽やかな空気は一変して肌寒さすら感じる程に下降したのだ。


 その内容が──


「この王都セルブから東に少し行った場所に位置する巨大な沼地帯「ロートルース大沼地帯だいしょうちたい」。そこで行われるチーム三人編成からなる模擬小隊戦。そりゃ、いきなり言われれば驚くだろうな」


 ルールとしては一チーム三人で小隊を作り、大沼地帯の中央に立てられている旗を目指して進み、到達したら旗を手に今度はスタート地点まで戻って来る。


 これだけ聞けば簡単にも聞こえるだろうが、実の所、そんな単純な話ではない。


 往復する間に他チームと最低二回は戦闘を行い、各小隊に渡されているメダルを奪い合う。そして合計枚数が二枚以上ある状態でゴールすれば合格。二枚より少ない状態でゴールすれば失格。


 つまりは逃げるだけ逃げて旗だけを手にさっさと戻る、なんて戦法は使えないわけだ。


 勿論、学院側が定めた制限時間以内にゴール出来なかったチームはメダルを何枚持っていようが失格。


 合格するには旗とメダル二枚以上を手にした状態でゴールをする以外にない。シンプルでいて中々逃げ場のないテストである。


「あの……一つ疑問なんですけど……」


 小さく手を上げ私達の注目を集めたアーリシアは少しばつが悪そうにするも、そのまま話し始める。


「そ、それですと、一枚もメダルを獲得出来ないチームが出て来て……必ず複数チームが失格になるんじゃ……」


「ああ、そうだな。それがどうした?」


「え、ええと……。そうすると、折角入学した人達の半分以上が失格で……、」


「蛹のエンブレムの生徒は芋虫に、芋虫のエンブレムの生徒は入学取り消しだったな。確か」


「厳し過ぎません!? 入学テストですよテスト!! いくら実力主義だとしても余りにも!!」


 そりゃ、戦争が出来る兵隊を作りたいんだから、それくらいの選別はするさ。まあ、もっとも、その事実を知らない新入生にはたまったものじゃないが。だから用意しているんだろう、抜け道を。


「だから一つ、旗もメダルもゴールも関係無く、無条件で合格を貰える方法があるじゃないか」


「ええ……ですが、それも現実的じゃあ……」


「旗、メダル、ゴールの条件をクリア出来ない奴等からしたら一応は救済処置だ。意地でも生き残りたい、降格したくない生徒は飛び付くさ」


 なんせその〝怖さ〟を知らないんだからな。


「ですが、本当に簡単ではありません。なんせ……」


「ああ……。ロートルース大沼地帯に巣食う一匹の魔物「スワンプヘビーバシノマス」の討伐、簡単な訳が無い」

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