第六章:泣き叫ぶ暴食、嗤う強欲-2

「……はあっ……細かい説明が欲しいんだが」


 私がそう言うと二人の前に居た師匠が少し呆れながら、「ワシが説明しよう……」と呟いて話を始める。


 師匠が言うには、キグナスとハーティーの所属している民間警備ギルド「白鳥の守人」はこの国の大公にして国防を司る「珠玉七貴族」の一人、ディーボルツ・モンドベルクを戴くギルドの一つなのだそうだ。


 そのギルドの中でも「白鳥の守人」はディーボルツの信頼も厚く、よく重用されているとの事。


 ……という事はだ。


 十年前に私がキグナスから襲われたのは何だったんだ?


 スーベルクの屋敷から情報を盗む作戦に於いて件のディーボルツ・モンドベルクは父上の協力者だった筈だ。


 その部下がスーベルクの屋敷を警備していた……。まあこれは私を裏からサポートする為、スーベルクを油断させる為と理解出来る。


 だがキグナスが私を襲うのは過剰じゃないのか?やるにしてもフリだけで済む話だろう。


 だがその結果は満身創痍……。確かに殺され掛けたんだ。


 ……。


 私が思わずキグナスを睨み付けると、キグナスは露骨な苦笑いを私に向ける。


 ……まさか私怨じゃないよな? あの日の会話までは流石に覚えていないが……怨まれる事を私がしたか? ……少なくとも正当防衛しかした覚えは無いんだがな……。


 後で問い詰めるか……。


 で、肝心の何故そんな彼等がこの場に居るのかだが……、


「オヌシばかりに人集めさせるのも心苦しくてのぉ。ワシはワシなりに信用に足る人間を探しとったワケじゃが……」


「それがこの二人? 知り合いだったんですか?」


「いやいや……信頼しとるのは上司のモンドベルク公の方じゃよ。実を言えば大公も今回の件で責任追及されとっての……」


「……ああ成る程。この沼地にダークエルフが侵入していたから……」


 国防という観点から見れば、この国にダークエルフが複数人存在した時点でアウトだろう。そこを突っ込まれるのはまあ、当然だろうな。


 大公ともなれば尊敬もされるが妬まれる対象にもなる。追い落としたい権力者にとってこれ以上にない好機なのだろう。


 今回はそこをやられたわけだ。


「それで彼等が加勢を? ……大丈夫なんですか?」


 ハーティーの実力は知らないが、キグナスは十年前の私相手に苦戦した奴だぞ? そりゃあ手加減されていたと言われればそれまでだが……。


 ……いや、あれは……されてたのか? 手加減……。


「馬鹿にすんじゃねぇっ!! あれから十年経ってんだぞっ!? オメェだけが強くなったと思ってんじゃねぇぞっ!!」


 ……そうイキられてもなぁ……。《解析鑑定》を使って見るか?


 そう思案していると、いつの間にか隣に立っていた師匠に軽く小突かれる。


 それに対して私が師匠に目を移すと、師匠は小さく溜め息を吐いて私に耳打ちをする。


「オヌシ、ワシの顔に泥を塗るつもりか?」


「……泥、ですか?」


「オヌシが疑うのも無理は無いがのぉ……。それ以上はワシの目を疑い、そして大公の人選を疑う事になる。ワシは……まあ大目に見てやれるが、大公はどう出るか分からん」


 どう出るか分からんと来たか……。父上から教わった話を聞いた限りじゃそんな過激な人間には思えなかったんだがな。


 まあ、用心に越した事はないか……。


「分かりました、控えます」


「そうしなさい……。ワシはあの二人に他の皆の事を説明する。オヌシは皆に二人の説明を……」


 そう私に言い残し、キグナスとハーティーの方へ歩み寄る。


 ……正直な話、私としては学院内に潜入エルフが居る時点で警戒して然るべきだと思っている。


 ここ数日間、私は仲間内全員に対して細かい情報を省いた状態の《解析鑑定》を掛けて本人かどうかを確認している。


 仲間内に《解析鑑定》はなるべくはしたく無いんだがな……。今回は仕方がない。非常事態だ。


 故にあの二人にも《解析鑑定》を掛けたいんだが……。……後でこっそり見てみるか。そんな暇があればだが。


 それから私は皆に二人についての情報を伝えておく。各々が各々に反応し、若干質問責めにあったが、もう十年も前の話なので具体的には覚えていない。重要な事は覚えているんだが……他はな。


「でも流石ですクラウン様っ! あんな大柄な人に五歳の身で勝ってしまうなんてっ!」


「いや、勝ってはいないんだがな……」


「それでもですっ!」


「それでもって……」


 ふむ……。ガチガチに緊張していたアーリシアを和ませる意味で少し茶化しながら話はしたが、ちょっと空気を緩め過ぎたか?適度な緊張はあって然るべきだとは思うが……。


 と、そんな事を考えいた時。


「あの……」


 ロリーナが小さく手を挙げ私は視線を移す。


「どうした?」


「少し待機する、という話でしたが、後どれくらい待つ予定なのですか?」


 私達が何故、こんな沼地の端でこうして駄弁っているのか。それには理由がある。


 魔王が出現して数日という時間が既に経っている今日、その動向を監視していた調査ギルドの報告と私が師匠と共に読み漁った「暴食の魔王」に関する資料を照らし合わせた結果、魔王の動向にちょっとした周期があるのが判明した。


 それは野生動物のような本能に基づいたサイクルではないが、ほんの数十分という短い時間、あの魔王は餌の探索を止め、特定の場所でわざわざ休眠状態に陥るのだ。


 その短い間、奴は背中から生やした触手による監視すら緩め、完全に無防備になる。この瞬間を見逃す手はない。


 つまり今こうして沼地に待機しているのは、その隙を狙い澄まし、一気に畳み掛ける為。それが最善手であり、討伐の第一段階だ。


「そうだな……」


 私は懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。現在時刻は六時……作戦決行まで後一時間半だ。


「一時間半後だ」


「一時間半……」


「ああそうだ」


 実はその魔王が休眠する場所の座標を記憶するのにも苦労した。なんせ奴を起こさぬよう最適な位置を現地で確認しに行ったのだからな。いつ奴が起きるのかとヒヤヒヤした。


「全員心して掛かるぞ。私が《空間魔法》で転移する、その瞬間から戦闘開始だ。転移してから心の準備をしている暇は無いからな」

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