第六章:泣き叫ぶ暴食、嗤う強欲-3
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低く、そして高い二つの唸り声のような寝息を立て眠るそれは、
歪な体躯を折り畳み、身体から滲み出す濁った体液は沼地の泥を瞬く間に汚染する。肉塊のように丸くなって眠る魔王は、
そんな魔王の元に、九名の男女……クラウン達が転移により瞬間的に出現する。距離にして約十メートル離れた土壌が突出した比較的泥の少ない地面に降り立った九人は、魔力回復ポーションを
そして後方にいるクラウン、キャピタレウス、ロリーナ、アーリシアはそれぞれに魔法を展開していく。
「……清き水は激流の勢いを帯び、瀑布が如き轟を上げる。衝撃は岩をも砕き、今、水は鉄槌と化す……」
ロリーナが唱えるのは彼女が習得している水魔法の中で最大威力を発揮することが可能な「フォールハンマー」。それも以前クラウンに披露した時よりも何割か増しに魔力を込めた、ロリーナが今発動出来る限りの魔法である。
「振るうは鉄槌の如く、貫くは鎗が如し。紫電は御霊の元収束し、暗雲より
キャピタレウスが唱えるのは上位魔法の一つ、《雷電魔法》。彼が習得している中でキャピタレウスが最も得意としている魔法であり、今唱えている詠唱は《雷電魔法》の中でもかなり熟達した者でも制御の厳しい超高威力の魔術である。
「天地を焦がさん蒼炎、鋭く蝕む業火。今、欲しいがままに焼き尽くし、その
クラウンが唱えるのは彼が最初に習得し、五属性の内最も高威力を発揮出来る《炎魔法》。その内クラウンが詠唱しているのは彼が学んだ中でも再現難易度が高く、また学院内では師匠であるキャピタレウスくらいしか発動すら困難な代物である。
「我等が召します幸神様……。どうか我等に活力の源となる福音をお与えくださいませ……」
アーリシアが唱えるのは《神聖魔法》。その力は攻撃ではなく、他者に聖なる力を与え、全能力を底上げする魔法。アーリシア自身がまだ未熟なのもあり、その効果はそこまで高くはないが、クラウン、ロリーナ、キャピタレウスに集中させる事でそれを補っている。
それぞれが自身が放てる最大の魔法を展開し、その頭上に魔力が集約、具現して行く。
極限まで圧縮された巨大な水柱。現れた暗雲を走り、鋭い音でそれを駆ける紫電。蒼炎が渦巻き刃のように鋭利な灼熱の槍。
三つの魔法がアーリシアの《神聖魔法》を受け更にその内包魔力を増幅していき、その威力を劇的に増していく。
しかし、それだけの膨大な魔力が魔王の頭上に曝された今、魔王自身がそれに気が付かない訳もなく、立てていた寝息を止め、目が付いた触手が現状を確認し始める。
辺りを見回し、クラウンに目を留めると折り畳んでいた肉体を広げ、興奮したように悲痛極まる咆哮を上げる。
「あぁ……あっ……、ああああああああああああああああああああッ!!」
そんな中、アーリシアの心は改めて認識した魔王の冒涜的な異形とその泣き声に、激しく動揺する。
勇者であるが故に感じる魔王の悍ましい程の気配は全員を
脳髄から訴え掛けられているような本能的警告は、無意識に足は後ろへ後ろへと動こうとする。
(あれが……魔王……。あの時は一瞬だったからよく分からなかった……。でも……、あんなの……どうやって……)
あんな化け物を自分がどうこう出来るわけがない。
勇者である自覚は揺らぎ、絶望感が胸を締め付ける。
そんな感情が心を支配し、落ち着きなく助けを乞うように視線を周りに動かすと、クラウンの背中に目が止まる。
それは決して臆する事なく、ただひたすらに、魔王の命を刈り取らんとする信念が感じ取れる様だった。
そしてその横のロリーナ、キャピタレウス、クラウンを守らんとするマルガレンと移し、最後に前衛の四人を見る。
自分を除いた全員が、あの慟哭を聞いて、僅かだが自分よりもあの化け物により近い位置にいる全員が、魔王に対して一切視線を外していない。
同じ声を聞いていたはずなのに、ただただ魔王を見据え、必ず仕留めるという意思を感じる。それはなんとも頼もしく、それだけで掻き消えそうだった心の火が再燃するようだった。
(みんながあんなに必死で真剣なのに、私だけ弱気になるのは……違う……っ! みんなが居る……うん、大丈夫っ!)
アーリシアは更に願いと勇気を込める。それを受け《神聖魔法》は更に魔法達を強化し、魔王の上空に莫大な魔力の塊が並び立つ。
そして……、
「皆に力を……
「打ち付けろっ!! フォールハンマーっ!!」
「降り注げっ!!
「貫き焦がせっ!!
全ての魔法が、轟音を響かせ魔王に厄災となって降り注いだ。
巨大な水柱は自由落下するように落ちて行く。高密度を保った水柱はそのまま泣き叫ぶ魔王の頭部を強力に打ち付け、叫ぶ為に開けていた大口はその衝撃でひしゃげながら潰れ、並んだ牙は弾け飛び、肉片を撒き散らす。
暗雲を走っていた紫電は一つ所に集まると、水柱にて押し潰された魔王の頭部に雷鳴と共に追撃を加えるが如く降り注ぐ。
衝撃は魔王の肉体を削り、更に紫電は帯電し続け絶えず体を焼いていき、辺りに焼け焦げる匂いを漂わせながら剥き出しになった骨すら焼いていく。
最後に、上空の巨大な灼熱の槍は既にボロボロになり帯電し続ける魔王の胴体を貫き沼地の泥に固定する。
豪炎を上げる蒼色の炎は凄まじい煙を上げながら燃え続け、魔王から滲み出た体液を蒸発させ魔王を内側から焼き尽くしていく。
「あぁぁ……ああああああああぁぁぁぁぁっ……」
泣き声は
辺りには異臭が立ち込め、最早先程までの冒涜的な異形は姿形を変え跡形も無い。
状況だけを見れば完全勝利。魔王討伐に成功した。かのようにも見れるがしかし……。
帯電と炎が収まって行く中、一つの黒焦げた肉塊を完成させたクラウン達の顔に、一瞬の気の緩みは無い。
底を尽きかけた魔力を回復する為ポーションを呷り、強張った表情のまま黒焦げの魔王の趨勢を見守る事たったの数分……。
飛び散った筈の肉片は少しずつ蠢き始め、焦げ付いた皮膚は回復し、崩れた骨は再形成されて行く。
まるで幾つもの虫が得体の知れない塊として凝縮していくように集まり、先程の化け物が徐々に蘇って行く。
「……分かっていたとはいえ、目の当たりにすると若干心に来るものがあるな……」
「何を言っとる。知らずに目の当たりにするより随分とマシじゃわい」
「しかし、あれは……」
「資料の通りだ、一応な。奴が持つスキルの中で、最も厄介で問題になるエクストラスキル《超速再生》。アレを、攻略するぞ」
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