第三章:草むしり・前編-6
「……また剣か。オメェさん、一体何がしてぇんだ?
「そんなつもりは微塵もありません。まあ兎に角、コレを見てみて下さい」
まだ少し機嫌の悪いノーマンは鼻を鳴らしながらも白亜の硬剣を手に取り、じっくりと検分する。
すると難色だった顔色がどんどん変わっていき、最終的には目を見開いて私を問い詰めるような視線を送って来た。
「オメェさん。コイツをどこで……」
「先に言っておきますが犯罪紛いの事はしていませんよ? 単純に倒したアンデッドが持っていた物を貰い受けたまでです」
「アンデッドが……。成る程な……」
ノーマンは妙に納得したように頷くと、硬剣をモーガンにも見るようにと差し出す。
モーガンはそれを受け取ると同じように検分を始め、そして同じように目を見開いて驚きの声を上げた。
「遺跡からの発掘品……。それに蛇腹剣って……」
「ああ。俺も見た事ねぇ」
「師匠もですか?」
意外だとでも言いた気に返すモーガンにノーマンは無言で頷く。
まあ蛇腹剣など私が読んだ本の中にも登場しなかった代物だからな。ノーマンが知らなくても何ら不思議ではない。
「私はそれに内蔵されているらしい機構を復活させて、元の蛇腹剣にしたいんですよ。なんとかなりませんか?」
そう問う私に、ノーマンは難しい顔をする。これは、流石に……。
「すまねぇがなニィちゃん。コイツは俺にはどうにもならん」
「理由を聞いても?」
「ああ。……この剣が蛇腹状にならねぇっつう不具合は内部の機構によるものなんだが、その機構は俺達の専門外なんだよ」
「専門外?」
「中の機構はいわゆる〝錬金術〟って技術が使われてる。それが悪さしてんのさ」
「……錬金術」
錬金術。
前世でも様々な書籍や媒体で一度は耳にした事がある技術。
この世界においての錬金術は石ころを金に変える……なんて荒唐無稽なものではなく、前世の世界では極々一般的に広まっていて私達人間の生活の根幹を支えるなくてはならない一つの学問。
つまりは〝科学〟である。
魔法やスキルで火や水、風や岩すらなんとかしてしまうこの世界において、前世で猛威を奮っていた科学は残念ながら鳴りを潜めている。
勿論、魔術士にとって魔術の再現度や理解を深めるにあたり現象に関する知識は必要になるが、これらは科学というより〝魔法学〟に分類されてしまっているために畑が違うという事にされてしまっていた。
つまりこの世界に
そしてそんな錬金術は、一部の種族では主体になりつつある。その種族は──。
「錬金術なら俺等ドワーフじゃあなく、〝獣人族〟に頼るしかねぇなぁ。アイツ等なら、解決策も見付けられるだろうよ」
そう。獣人族である。
獣人族は悲しい事に種族的特性上、魔力に関して恵まれていない傾向にある。
一説では知恵ある七種族──まあ厳密には九種族だが──の中で一番新しく知恵を得た種族だからという説があり、種族単位で魔力に馴染んでいないのだそうだ。
故に人族やエルフ族、ドワーフ族のように魔力を上手く使えず、私達のように魔法に頼った生活を送れなかった。
今ではその兆候も薄まり、魔法を扱える獣人族も現れるようにはなっているようだが、流石に他種族と比べてしまうと数段見劣りしてしまう。
そんな魔法が不得意な彼等が辿り着いたのが錬金術──つまりは科学である。
錬金術を編み出した獣人族はそれを国単位で発展に使い、前世の普及には遠く及ばないものの、魔法無しでもある程度豊かに生活出来るだけの発展は遂げていた。
それがこの世界に於ける獣人族と錬金術──科学の現状である。
正直な話、内部の機構が云々と知った時まさかと一瞬頭を過りはした。だがあの時は戦闘中であったし、ノーマンならもしや、という思いもあったのだが、やはりこうなったか。
「すまねぇな。コイツに関しては力になれん。使われてる金属や素材の加工なんかは手が出せるが、中身に関しちゃ門外漢よ」
「いえ。そうなんじゃないかとは思っていたので構いません。これはいつか獣人族の誰かに見せて解決して貰うとします」
私はノーマンから白亜の硬剣を受け取ると改めてポケットディメンションに収める。
「その機構が直ったらもう一度見せてくれや。中身以外だったら今より良いもんに仕上げてやるよ」
「はい、期待しています」
残念は残念だったが、まあ致し方無い。出来ない事に固執し続けるわけにもいかないしな。今は目の前の武器達の詳細を打ち合わせよう。
「……まだなんかあったりしねぇよな?」
「流石にありませんよ。さっきので最後です」
「そいつぁ、まあ、よかった」
内心でホッとしているのを必死で顔に出ないようにするノーマンだが、それもバレバレだ。
まあ流石に頼み過ぎだからな。それこそ過労死なんてされては溜まったものでは無い。ここいらが潮時だろう。
「さて、気を取り直して……細かい武器強化の打ち合わせをしましょうか」
「おう。徹底的にやってやるよっ!!」
それからは打ち合わせは一時間続いた。
途中集合時間になってしまい、一時的にテレポーテーションで帝都に戻って四人に追加の金を渡してからすぐさま鍛冶屋に帰り、打ち合わせの続きをした。
その結果の簡単な内訳として……。
魔石は相性の良かった物が無かった為断念したが、ヒルシュフェルスホルンの骨とシュピンネギフトファーデンの牙を使えば更なる強度と鋭さを得る事が出来るという事で採用した。
元々毒武器としていた
大剣には
大剣は私が《重力魔法》を使った影響で重力属性が馴染んだ。故に魔石はノーマンに重力属性の物を探してもらい、それを使って強化する方針に決定した。
細剣には
大剣と同じように《雷電魔法》を流し込んだ細剣には雷電属性が馴染み、これも魔石をノーマンに調達してもらう手筈を取って強化する。発電器官も内蔵するから相乗効果で雷電属性がより強化されるだろう。
槍には
槍には《水魔法》で水属性が馴染んでいる関係上、同じ水属性のシュトロームシュッペカルプェンの魔石が相性が良い。更には鱗を使う事で水属性攻撃をした際の威力を上げられるかもしれないとモーガンが進言したので採用した。
大斧には
《氷雪魔法》で氷雪属性が馴染んだ大斧には氷結属性の魔石を用意し、後は単純な強度と鋭さを増す為に骨と外骨格を採用した。ノーマンの概算によればこの辺りでヒルシュフェルスホルンとシュピンネギフトファーデンの外骨格が切れるらしい。あんな大型の魔物の素材が無くなるとは……。我ながら欲張りな注文をしているものだ。
手斧には
弓には
《風魔法》により風属性が馴染んだ弓に下手なワイヤーより頑丈で強靭なシュピンネギフトファーデンの糸で弦を作り、エロズィオンエールバウムの木材で本体を製作。風属性だったエロズィオンエールバウムの魔石を使い風属性を強化する手筈だ。
そして最後、小盾。これには
手斧同様、属性に馴染んでいない小盾は単純な強化のみを施して貰う。
と、そこまで打ち合わせし、お茶を飲んで一息ついた後、モーガンがふとある疑問を口にする。
「そう言えば
「ああ、
そう言われ私は《
「形、変わってますよね?」
「ああ。コイツに関しては既存の武器とは色々違うからな。
「武器に食わせたって……。オメェさん自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「分かってますよ。ホラ」
疑念の眼差しを向けて来る二人に砕骨の《形状変化》を発動させて見せる。
「分かったよまったく……」
「なら結構。あ、そうだそうだ」
私はとある事を思い出し、ポケットディメンションを開いてある物を取り出す。
それは綺麗に丸く磨かれた宝石のような形状をしており、美しく琥珀色に輝いていた。
「魔石か?」
「ええ。ヒルシュフェルスホルンから取れた地属性の魔石です」
以前森でも思案していたように、この砕骨にも属性を付けたかったのだ。砕骨にはまあ《地魔法》を流したりして馴染んではいないのだが、ハンマーという特性上、地属性とは相性が合うだろう。
「……まさか」
「はい。そのまさかですね」
私はその魔石を
すると
『アイテム種別「大槌」個体名「
『これによりアイテム種別「大槌」個体名「
『確認しました。アイテム種別「大槌」個体名「
ほう。これはまた素晴らしい……。
「……ホント、職人泣かせな武器だぜまったく……」
「まあまあ。可愛らしいじゃないですか」
「禍々しいの間違いじゃあ……」
「何か?」
「いえ何もっ!!」
「よしっ。依頼書はこんなもんか……。ったく、書き物は肩が凝るぜ」
「ジジ臭いですよ師匠」
「うるせぇうるせぇっ。一度にこんだけ書いたのなんて初めてなんだ、ジジ臭ぇ事の一つや二つ出るってもんだ」
ノーマンが依頼書を手に立ち上がり、依頼書が完成する間にお茶を啜りながら寛いでいた私に最終確認させる為に差し出してくる。
私はそれを受け取り上から下まで目を通し、問題ない事を確認する。
「はい。問題ないです」
「しかし本当に良いのかぁ?料金は言い値ってよぉ……」
「大丈夫ですよ。お金なら手元にかなりあります。依頼した武器分が払える程度にはね」
「金持ちは違ぇな……。まあいい。じゃあ最後にそのコートの名付けだな」
「はい。糸はさっき言ったように……」
「ああ。シュピンネギフトファーデンの糸だろ?分かってる分かってる」
そう言うとノーマンは店の入り口へ向かい──
「モーガンは店番してろっ。今からニィちゃん連れてアイツんとこ言ってくる」
「……アイツ?」
誰だ、アイツって。というかここで刺繍するんじゃないのか?
「ノーマンさん、これは一体……」
「ああ? 何がだ?」
「何がって……。ここでやるのではないのですか?」
「はあ? オメェさん、俺が刺繍なんてチマチマしたもん出来ると思ってんのか?」
……なんだと?
「いや……。じゃあこのコートは?」
「金属糸はウチで拵えたが、コートの形に編み上げたのは俺じゃねぇよ。ウチの母ちゃんだ」
……母ちゃん?
ノーマンに連れられて商店街を歩いて暫く。
ノーマンの鍛冶屋と真反対に位置する商店街の端に、一つデカデカと目立つ看板が掲げられており、そこには優雅な文字で「震える魂の糸車」と書かれていた。
「ここですか」
「おうよっ! 俺が一番信頼してる服飾師がやってる店だ。入るぜ」
そう言ってノーマンは勢い良く店の扉を開き、開口一番に叫ぶ。
「おーーいっ! 母ちゃんっ!! メリーっ!! 一つ仕事をぉ──」
「うっさいんだよアンタはっ!!」
瞬間メリーと呼ばれた褐色美人の平手がノーマンの頬を強く打ち付けた。
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