第三章:草むしり・前編-5

 

「はぁぁ……はぁぁ……」


 ノーマンは荒い息を吐きながら私が机に置いた魔力鉱ミスリルに触れる。そしてまるで生き別れの家族と再会でもしたかのような何とも言えない表情を浮かべる。


「ま……まま、マジかぁぁ……」


 職人であるノーマンは恐らく鑑定系のスキルを保有している。でなければこれ程までの腕を持つ鍛治職人にはなれていないだろう。


 故にこのリアクション。目の前にある魔力鉱ミスリルが私が用意した偽物などで無く、本物である事を一目見て見抜いたのだ。


「し、しかも……通常の物、じゃない……」


「ああ……。ただでさえ魔力鉱ミスリルなんて生きてて一度目にすりゃ幸運だっつうのに……。こいつぁ、特別中の特別だ……」


 ノーマンとモーガンはそこから暫く魔力鉱ミスリルの艶かしくすらある輝きに囚われていると、唐突に私の顔を睨む様に見て問い詰める様に迫って来た。


「お、お客さんッ!!」

「オメェさんッ!!」


「な、なんです?」


「コイツを……一体どこで……っ!?」


 まあ当然の反応だろうな。


 面倒だし厄介事に巻き込みかねないから詳しくは説明出来ないが、下手にまたリクエストされても困る。必要な事だけ伝えよう。


「言っておきますが、頻繁には持って来れませんよ? そもそも〝採った〟わけではないので」


「ど、どういう事だ?」


「ちょっと複雑で時間の掛かる手段が必要なんですよ。詳しくは言えませんし、深入りもオススメしませんがね」


「……犯罪絡みじゃあ……」


「違う違う。そんなリスクのある馬鹿なマネはしませんよ。誰にも文句を挟ませないような、ちゃんと実力で手に入れた物です」


「お、おう」


 まったく。犯罪者扱いなど勘弁願いたい。


 と、そんな事よりだ。


「それよりですよ。この魔力鉱ミスリルを使って短剣を仕上げて下さい」


「そ、そうだなッ!! コイツがありゃぁ難なく短剣を仕上げられるッ!!」


「ドワーフの職人が人生に一度は使ってみたい素材の筆頭株……。それを扱えるなんて……」


 ノーマンとモーガンはそんな事を口にし顔を紅潮させ興奮しながら魔力鉱ミスリルを頭上に掲げ拝むように踊り出す。


 興奮するのも分かるが、私としては話を進めたい。


 パンパンっ、と手を二拍叩いて二人を現実に戻しつつ自分に注目させた後、一つ咳払いをする。


「話を進めても?」


「あ、す、すまねぇ……。つい、な」


「ドワーフとしての本能が喜びでつい……。今、正気に戻りました」


 落ち着いたノーマンとモーガンは魔力鉱ミスリルを机に置き直すと行儀良く席に着く。


 というかこの魔力鉱ミスリルには「暴食の魔王」の魔力製なんだが、勇者であるモーガンは何も感じないのか?


 ノーマンも鑑定系スキルで確認したのならコイツが魔王製だと分かっている筈だが……。


 ドワーフの本能というのはそれらすら忘れさせる──無視させる程の物なのだろうか?


 ……まあ、そこは後で探りを入れるとして、だ。


「短剣もそうなんですが、他の武器にも使って欲しいんですよ」


「他の武器だぁ?」


「はい。ノーマンさんに作って頂いた燈狼と障蜘蛛。それといくつかの武器にです」


「ま、待て待てっ! 燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐもは分かるが、いくつかの武器だぁ?」


「実は以前にここに来た後、帝都で何種類か武器を買いましてね。それにも使って頂きたい」


「……取り敢えず出してみな」


 ノーマンにそう言われ、私は燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐも。それからポケットディメンションにしまっていた大剣、細剣、槍、大斧、手斧、弓、小盾を取り出す。砕骨さいこつは既に魔力鉱ミスリルを使ったし、大盾はマルガレンへのお土産だ。流石にマルガレンの分に回す程には無いからな。また別の強化をお願いしよう。


「おいおいおいっ。随分と買い込んだな。それに質も良いのばかり……」


「中途半端はしない主義なので」


「知ってるっての。……それにしても──」


 ノーマンはそこまで口にすると細剣と槍を手に取り、じっくり検分したかと思えば今度は大剣と大斧の意匠に指で触れる。


「いくつか知ってる奴の作品があるな。相変わらず良い仕事しやがる」


「やはりですか。使っていた私自身、それを実感しましたよ」


「まあ俺程じゃあねぇがなっ!! で、コイツ等にも使うんだな?」


「はい。……やはり他人が作った武器に手を加えるのは気が引けますか?」


 実の所少し気掛かりではあったのだ。他人が作った作品に手を加えるのに抵抗は無いのか、と。


 私がノーマンの立場……またはこの武器達の作者の立場だったら正直気持ち良くはない。


 自身の手掛けた作品がより腕の立つ者によって改良されるのは仕方がないと理解は出来るが、気持ちが付いていかないだろう。


 それを、ノーマンはどう感じるのか。またはドワーフはどう感じるのか。


 気にはなっていたが……。


「いや、問題ねぇよ。俺等ドワーフの職人にとって自分の作品は我が子みてぇなもんだ」


「なら尚更……」


「いや、ちぃと考えてみてくれ。子供ってのは親からだけに学ぶ生き物か? 違うだろ? ……子供は色んなモンから色んなモンを吸収して大人になる。それこそ環境や状況。友人に他人。愛情や憎悪……。色んなモンをな。コイツ等もおんなじだ」


 ノーマンは大剣を掲げ、その刀身を眺める。


「俺等職人は、作品を完成まで近付けはするが完璧には作れねぇ。使い手に使われ傷付いては直し。至らない所は補って手答えを確かめて……。そんな過程を経て漸く作品は本当の意味で〝完成〟するんだ」


「……成る程」


「だからオメェさんの提案、有り難く受けさせてもらう。コイツ等はまだ成長過程だ。それを、俺がちぃとばかり手助けしてやろうじゃねぇの」


 ノーマンはそう笑って見せる。


 本当、ノーマンという職人に出会えた事を感謝しなければならないな。


「でよぉ。話は戻るが、コイツ等全部に使うとなると、この魔力鉱ミスリル全部使うって事になるんだが……」


「ええ。そのつもりです」


「良いのか? 欠片でもありゃいざという時の金策にもなるぞ?」


「ノーマンさんになら分かるかと思いますが、この魔力鉱ミスリルはちょっと特殊なんですよ。そんな魔力鉱ミスリルの存在が変な輩の耳に入りでもすれば、いらん厄介事に発展しかねませんからね」


「なるほどなぁ……。んで、厄介事になる位なら全部使っちまおうと。理解したぜ」


「助かります」


「おうよっ!!」


「……あの、師匠?」


 ノーマンの豪快な返事の直後、横にいたモーガンがジト目気味にノーマンを見上げながら彼を呼んだ。


「ああ? なんだよ」


「安請け合いし過ぎですよ。一体一回でどれだけ仕事受けるんですか? こっちはまだ短剣すら手を付けられて無いんですよ? それに加えてこんな量……。やり切れるんですか?」


「……」


 そうモーガンに言われてから少しだけノーマンが動きを止めると、ハッとしたかのように改めて武器達を眺め、唸るように腕を組む。


「や、やれねぇ事ぁ……ねぇよ」


「何言ってるんですかっ!? こんな量過労死しますよ過労死っ!!」


「し、職人は過労死なんざしねぇっ!!」


「なんですかその超理論っ!? 私無理ですよ無理っ!!」


「馬鹿野郎っ!! まだやってもいねぇで音ぇ上げてんじゃねぇっ!!」


「そんな横暴なっ!?」


 それからやいのやいのと口論が滔々とうとう続き十数分。


 流石にそろそろ次の話をしないと約束の時間に間に合わなくなる頃だと悟った私は再び手を二拍叩いて二人の視線を集める。


魔力鉱ミスリル使うという話だけでヒートアップしないで下さいよ。そもそも私がここに追加依頼しに来たのは魔力鉱ミスリルの事だけではないですし」


「あぁ?」


「前に言ったでしょう? 魔物を狩りに行くからその素材で武器を作ってくれ、と」


「あ、ああ……。確かにそうだな」


「今回魔物を四体──まあ、厳密には五体ですが、一体を除いた四体分の素材もちゃんと使って欲しいわけですよ」


 アンネローゼ──人族のアンデッドの肉や骨など武器に使えるわけもないしな。人皮の本であるましい。


 もしかしたら英雄や歴史に名を残すような偉人超人の遺骸ならば何かしら使えるかもしれんが……。アンネローゼはお世辞にもその域に達するような使い手ではなかった。


 変な呪いが付いても嫌だしな。


「まあ、そりゃあ勿論魔力鉱ミスリル使うついでに使うってのは構わねぇよ。だがその分時間と金も掛かるぞって、オメェさんなら当然──」


「はい。構いません」


 そんな私達の会話に、横に居るモーガンは青い顔をして後退りしだす。


「わ、私の休日がぁ……」


「何も休日返上でやれと言っているわけじゃないんだがな」


「あなたはそうでしょうけど師匠は違うんですっ!! 師匠にとって鍛冶仕事は趣味や遊びと同義なんですからっ!!」


「ほう。君は違うのか? 「勤勉の勇者」なのに?」


「そ、そりゃあ、鍛治仕事は好きですよ……。でもだからと言って体力は無限じゃないですし、他にやりたい趣味とかあるんですっ!! 私、師匠ほど体力も気力も無いんですからっ!!」


 成る程。モーガンはモーガンで色々苦労しているようだ。これは労ってやらねばならないな。私の武器の為にも、彼女のヤル気の為にも……。


「なら何があれば頑張る?」


「はい?」


「君がヤル気になるなら一肌くらい脱いでやる。何か欲しい物は無いか?」


「おいニィちゃんっ! あんまコイツを甘やかすんじゃあねぇよっ!!」


 私からの質問を横からノーマンが慌てたように遮る。まあ、気持ちは分からんでもないがな。しかしだ。


「必要経費と考えますよ。それにこの様子だと、そもそも日頃から甘やかされてるような様子は無いですしね」


「そりゃあ、俺の弟子なんだから甘えた事ぁ──」


「貴方の弟子だろうがなんだろうがモーガンは年頃の女の子なんですよ? まあドワーフの年頃の女の子がどんなもんかは知りませんが、こう言っている以上多少の甘やかしは必要です」


「し、しかしだなぁ……」


「それに失礼を承知で言いますが、彼女がこんな調子じゃあ武器造りに支障をきたすかもしれません。そんな半端な仕事、私が許すと思いますか?」


「むぅぅ……」


 唸り押し黙りだしたノーマンから視線を外し、モーガンへ戻す。その顔は玩具を心待ちにしている子供のような何かを期待する感情が見て取れる。


「さあ、何があったら今回のデカイ仕事、やってくれる?」


「……ええと」


 モーガンは少しモジモジと恥ずかしそうな仕草をしたかと思えば振り返って小走りで奥へ行き、何かを両手に抱えて戻って来る。


 そして持って来た何かを私に広げて見せてくれた。


「これは……。鍛治道具か?」


 そこにあったのは数種類の金槌ややすり。それもどれもボロボロでかなり使い込まれている。


「私が師匠から貰った鍛治道具。流石に新しいのが欲しい」


「成る程。確かに見た目かなり傷んでいるな。今にも壊れそうだ」


「うん。だから新しいのが──」


「駄目だっ!!」


 モーガンの言葉をまたも遮るようにノーマンが口を出す。まあノーマンが最初に渡した道具だから口出ししたいのは分かる。


「ドワーフの職人は、代々師匠から最初に貰った鍛治道具を使い続けるのが慣しだ。その鍛治道具が壊れそうなら自分で鍛え直してまた使う……。そうやって自身の技術と共に道具を鍛えて行くんだっ!! それを新しいのが欲しいなんかと……テメェ……」


「ご、ごめんなさい……」


 あ。そこは素直に謝るのかモーガン。


 彼女自身、駄目なのは理解していたんだろう。だけど私が甘やかした事を口にしたからついそんな事を口にした……と。ふむ。


「なら代替案として……」


「ああ? なんだ今度は」


 少し機嫌の悪くなったノーマンを一旦無視し、私は三度ポケットディメンションを開きある物を取り出す。


 それは断層状に何層にも薄紫色の薄い板が重なったようなそれは美しい鉱石。それを一塊、机の上に置く。


「……まぁた偉えもん出しやがって」


「はい。「魔導晶石」と言われる魔力に長時間晒された鉱石が変質した鉱石です。とある洞穴から採りました」


 これはシュピンネギフトファーデンの母体が潜んでいた洞穴奥から採れた鉱石だ。


 最初は武器に使えると思い採れるだけ採りはした。だが魔力鉱ミスリルが手に入ってしまった今、その下位互換とも言えるコイツの使い道がティールの美術道具だけになってしまったのだ。


 採れた量はそれなりにあるので仮にティールが欲しがるだけの道具を作ったとしても結構余る。ポケットディメンションの肥やしにするの位なら、残りはモーガンにくれてやるのもやぶさかではない。


「これを使って君の道具一式を新調しなさい。それなら文句は無いでしょう? ノーマンさん」


「う、うぅん……」


「ハッキリと、どうぞ」


「……わ、分かったよっ! 分かったっ!! ……はあ、何から何までニィちゃんのペースじゃねぇかチキショウ……」


 ノーマンが何やらボヤいているが努めて聞かなかった事にして……。私はモーガンに魔導晶石を手渡す。


「私の武器は君の道具が出来てからで構わない。だから〝これから頼む〟私の仕事を、受けてくれるかい?」


「は、はいっ!! 喜んでやらせて頂きますっ!!」


 ふふふ。これでモーガンのヤル気と好感度が上がっただろう。勇者とは出来る限り仲良くしていきたいからな。今後の為にも。


「さてさて。これで漸く話を続けられる」


「色々すまねぇなニィちゃん」


「いえいえ……。今から頼むもう一つの仕事を気持ち良くやって欲しいですからね。ふふふ」


「……もう一つ?」


「はい」


 私は四度目のポケットディメンションを開き、もう一つ剣を取り出す。


「いくつも頼んで非常に心苦しいのですが、取り敢えず見てみて下さい」


 それは古代の遺跡から発掘された遺物。切れ味の鋭さよりその硬さによって叩き斬る事を主としている一本の白亜の剣。


 内部に伸縮する機構が仕込まれており、その刀身を蛇腹状に変形させ攻撃範囲を広げると共に変則的な攻撃が可能となるらしいが、その機構は発見当初からの不具合により使用不能となっているという。


「「白亜の硬剣」という遺物、ですね」


「……そろそろ消化不良になるんですけど……」


 モーガンの顔色が、先程にも増して蒼く染まったような気がした。

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