第三章:草むしり・前編-4
金属を金槌で力強く叩く甲高い音が響く。
その音は絶える事なく響き続け、ちょっとやそっとの音じゃ掻き消されてしまうだろう。
漂う熱気は真夏を通り越しサウナ一歩手前にまで迫るだろう。秋口に差し掛かり服装も少しだけ重ねて着て来たが、一枚くらい脱がないとちょっとシンドイ。
体感温度が狂うからと普段は切っている《炎熱耐性》を発動させてもいいが、それだと魔力を消費し続けるからな。一枚脱ぐ手間くらいはいいだろう。
それより、だ。
「ノーマンさん」
「…………」
「ノーマンさんっ!!」
「んあ゛ぁ?」
ドスの効いた声音で鬱陶しそうに振り返ったノーマンだったが、私の顔を見た瞬間に表情を一変させる。
「おお! おおっ!! オメェさんかっ!! ちぃとだけ待ってろっ! もうちょいで一段落着く!」
ノーマンはそう告げると目の前の仕事に向き直り、再び金槌を金属に打ち付け始める。
そこから十数分すると鍛えていた金属を水に漬け盛大に溜め息を吐き、立ち上がってから改めて私に向き直る。
そして近付いて来たかと思えば全力なんじゃないかと思う程の威力で私の肩を何度も叩き、満面の笑みで豪快に笑い出す。
「ガッハッハッハッ!! 随分と早いご登場だなあニィちゃんっ!!」
「そうですね。十数日程度……ですかね?」
パージンから帝都まで数日。帝都から森まで数日。森で過ごしたのが数日……。合計で一週間と少し……。なんだがえらく長い時間を過ごした気もするが、一月も経っていないんだな。少しスケジュールを詰め込み過ぎたか?
「頻繁に来てくれんのは良いけどよぉ。こっちはこっちでオメェさんに頼まれた短剣と防具作りで毎日大忙しよ」
「そうなんですか。それで、進捗は?」
「馬鹿野郎! そんな早く出来るかいっ!! ──って、言いてぇところだぁがぁ……」
ノーマンの勿体ぶった言い方に疑問を感じていると、奥から姿を見せなかったモーガンが何やら見覚えのある高級感に溢れる紫色の布の包みを両手に抱え、私達の元へやって来た。
そしてモーガンからその包みをノーマンが受け取ると、悪戯を企てる子供のような笑顔を
そこにあったのは
「これは……」
「おうよっ! 頼まれてた防具だっ! オメェさんの要望通り
ノーマンに言われ手に取る。手触りは布でもなく革でもない独特な物。けれども悪いわけではなく、柔らかい金属を撫でているような心地良さがある。
全体を広げて見てみると、思わず見惚れてしまった。
それは単なるコートの形状をしているだけでなく、裾や袖、襟の部分に嫌らしくない程度の花をあしらったような同色の刺繍が施されており、見事に高級感を演出している。
更にはコートの内側。そこには複数のポケットが用意されており、大きさや形状は多様性に富んでいる。
そして重さ。流石に一般的なコートよりは多少重いものの、それでも金属糸を使っている割にはかなり軽い。私程度の筋肉量があるならストレスを感じる事なく着続けられるだろう。
「素晴らしいですね……」
「ガッハッハッハ、だろうだろうっ!! ホラ、眺めてねぇで着てみろっ!!」
そう促され、
袖を通した瞬間に感じたのは驚く程のフィット感。肘を曲げて見たり腰を捻って見たりと体を動かして見てもなんの抵抗感もない。
そして更に驚くのは体感温度だ。工房からは今も絶えず強烈な熱気が漂って来ているにも関わらず、
「これは……」
「そいつは今回混ぜ込んだ金属「温逆鉄」の性質だ。周囲の気温によって温度が変わるのは当然だが、この「温逆鉄」はそれが逆になる」
「つまり暑ければ冷たく、寒ければ暖かくなる、と? 都合の良い金属もあるものですね」
「そりゃそうよ。そいつは厳密には金属っつうより特殊な菌類の分泌物の塊だ。性質が金属にかなり近いから金属に分類されてるだけでな」
「菌類の、分泌物ですか?」
そう言われ、私はすぐさまコートに《究明の導き》を発動し、使われている「温逆鉄」を調べた。
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アイテム名:温逆鉄
種別:有機金属
分類:レアアイテム
スキル:《変温》
希少価値:★★★★☆
概要:地中深くにて広い地域で生息している菌類「温王菌」の分泌物より生成される金属質の物質。
「温王菌」は進化の過程であらゆる地中の温度変化に適応する為に自身の周囲を変温する特殊な分泌物で保護するという方法に辿り着き、繁栄した菌類。
その分泌物は長い年月を経る事で硬化していき、最終的には金属質にまで到達。性質をそのままに特殊金属として一塊で稀に産出される。
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ほう。これはまた面白い金属があったものだな。菌類からの分泌物とは、中々に興味を唆られる。
「なんだ? 気に食わなかったか?」
「とんでもない。こんな素晴らしい物を用意してくれた事に望外の喜びを感じていますよ」
「まぁた大袈裟な言い方しやがって……」
「率直な感想ですよ。それで、防御面はどうなんですか?」
私がそう告げると、ノーマンは隠す事なく口角を吊り上げ一旦工房の奥に向かうと、手に分厚い鉈を手にして再び現れた。
「腕、出してみな」
「……まさか」
「おう、まさかだ。俺を信じろ」
ノーマンは悪びれもせずに鉈を振り上げる。それを見て本気なのだと察した私は腕を鉈が丁度通過する位置に差し出す。
「オラァッ!!」
数時間、数十時間と金槌を金属に打ち付ける事を何十年と続けて来たノーマンの丸太のような腕から繰り出される鉈での振り下ろしは空気を斬り裂き、風切り音を伴いながら真っ直ぐ私の腕を断ち切りに来る。
そして鉈の刃がコート越しに私の腕に触れ食い込んだ瞬間、辺りに凄まじい金属がぶつかる甲高い音が鳴り響いた。
結果、私の腕は鉈により切断される。
なんて事はなく。鉈は私の腕──正確にはコートによって阻まれ、傷一つ負ってはいない。
それどころか振り下ろされた側である筈の鉈には
「凄いですね」
「お、おう。……つうかオメェさん、どんな体幹してんだよ。俺が全力で振り下ろしたのに微動だにしねぇって……」
「鍛えてますから。というか、本当に手加減無しに振り下ろしましたね。私でなければコートは無傷だとしても衝撃で腕が腫れるか、最悪骨折してますよ」
「いや、そこはトーチキングリザードを何匹も狩るオメェさんの身体を信用したわけなんだが……。まさか怯みもしねぇとは」
当然だ。いくらノーマンが何十年と金槌を振るって来た職人中の職人とはいえ魔物の筋肉量には流石に劣る。
そんな魔物達と鍔迫り合いをして来た私が、今更ノーマンの鉈で怯んでいたらお笑い種だ。
「ま、まあこれで防御面は理解したろぉ? 「温逆鉄」は採れる地域、環境で硬度は変わるが、今回使ったのは色んな
「ほう。最高級品」
「どうせオメェさんの事だ。妥協したかねぇだろ?だから金に糸目は付けなかった」
「ふふふっ。最高です」
満足。大変満足だっ。こんな素晴らしい物、探そうとしても見つからないだろう。ふふふっ。
「それとオメェさんが用意したあの甲殻。アレが「温逆鉄」と存外に相性良くてな。同じ生物由来だったからかもしれねぇ、とモーガンは言ってやがった。因みに「温逆鉄」を閃いたのもアイツだ」
「流石は「勤勉の勇者」。ノーマンの元に彼女が来てくれて良かった」
私がそう言って奥にいるモーガンに視線を送ると、モーガンは照れ臭そうに顔を赤くしながらも悟られぬよう作業に没頭するフリをする。
ふふっ。中々に可愛い奴じゃないか。
「で、だ。次はそいつに名付けをする工程だが……」
「ああそうですね。素晴らしい防具ですから、専用防具にはしたいですね。ですが、コートに名前を刻むんですか?」
このコートは金属糸を使ってはいるがあくまでコートだ。従来の
「そこは応用すんのよっ! オメェさんの血を染み込ませた糸で名前を刺繍すんのさっ!」
「成る程。刺繍ですか。それならば確かに名が刻めますね」
「おうよ。じゃあ、名を刻むのと支払いはいつも通り後にして、だ。次に短剣の進捗を話そ──って、いつまでも客に立たせるわけにゃいかねぇな。奥で座って待っててくれ。ちぃと準備して来る」
そう言うとノーマンは工房の奥に消える。私もノーマンに言われた通り前にも依頼について話し合った机に向かい、椅子に座る。
するといつの間に用意したのか、モーガンがお茶を乗せたお盆を抱えて現れ、私の前にお茶を置く。
「粗茶ですが……」
「お気遣いありがとう。接客を覚えたんだな」
「師匠がズボラ過ぎるんです。よくアレで今まで客商売が成り立っていたな、と」
「ふふふ。ノーマンはアレで信頼している相手には真摯に向き合う職人だ。故に客足は少なくともこの店の信用は高い。そしてそんな彼だからこそ、私も惜しまず金を出せるんだ」
「ふーん。お金持ちの感覚は理解に苦しみますね」
「金持ちの感覚って……。私が聞いた限りじゃ、確か君はドワーフの国では貴族の令嬢じゃあなかったか?」
「貴族といっても田舎町の貧乏貴族ですよ。町の運営をするだけでお金が消えていく……。まったく、責任だけ重くて割りに合わない」
「……そうか」
ティールといいモーガンといい。想像している以上に貴族というのも中々に世知辛いな。
知識として知ってはいても、いざその立場にいる奴を目の当たりにすると痛感する。
「わたしの話はいいんです。それより短剣ですよ、短剣」
「ああそうだな」
辛気臭い話は止めて、今は次の楽しみである短剣だ。
しかしまあ、その進捗に関しては恐らく……。
と、そこまで頭で考えていると、奥から紫の布の包み……ではなく、以前渡したままの短剣と複数種類の金属を抱えたノーマンが姿を見せ、それらを机の上に並べる。
「悪ぃが短剣に関しちゃ進捗は芳しくない。ブレン合金を使うまでは良かったんだが、ちぃと
「ほう。どのように?」
「ああ。……前に話し合った通り、ポイントニウム製のコイツを一旦粉々にしてブレン合金に混ぜ込んで成形し直すっつうやり方をするつもりだったんだが……」
そこでノーマンは言葉を詰まらせると、横でモーガンが溜め息を吐き、代わりとばかりに話を続ける。
「相性が悪かったんですよ」
「相性?」
「元々ブレン合金というのは二種類の金属で構成されています。一つが耐錆性に優れた「抗銅」。一つが耐食性に優れた「ヴェノシウム」です。どちらも中々に高価で、少し癖の強い金属なんです」
「それで、その癖の強い金属同士を匠の技術で合金に仕上げたのがブレン合金だと。つまりは──」
「はい。片方の金属「ヴェノシウム」の性質にポイントニウムが負けてしまうんです」
そこから先の話を聞いた所、どうやらその「ヴェノシウム」というのは毒沼の底で取れる金属らしく、耐食性を有しているのと同時に強い毒性を孕んでいるらしい。
ブレン合金はその「ヴェノシウム」の毒性を中に封じ込める形で成り立っているらしいのだが、それがポイントニウムには都合が悪いのだという。
「ポイントニウムに限った話ではないんですが、性質をそのままにすると言っても一度は粉々にするんです。並の金属程度なら職人の腕次第でなんとかなりますが、そんなボロボロの状態の金属に、ヴェノシウムに内包されてる毒性に耐えられるわけなんてなくて……」
「ニィちゃん面目無ぇ……。ブレン合金について勉強不足だった。扱えるようになったからと天狗になってた俺の怠慢だ……。許してくれ」
「他に手は無いんですか?」
「ああ……。「ヴェノシウム」の毒性を抜く方法は確立されてねぇんだ。ブレン合金の生成で一番の問題になるのが、なんたってその毒性を封じ込める技術なんだからな」
成る程。ブレン合金生成に特殊な技術がいるというのはその毒性を封じる技術の事を言っていたのか。
「つまりポイントニウムにブレン合金は……」
「ああ、どうやったって使えねぇ……。使うんなら短剣を粉々にする製法を止めるしかねぇが、ポイントニウムの硬度を考えると現実的じゃねぇんだ」
「ふむ。それで、これら金属達ですか」
短剣と一緒にノーマンが持って来た数種類の金属。それ等はつまりブレン合金の代わりに使うつもりの候補達なのだろう。
「俺が用意出来る物かつ、粉々のポイントニウムを駄目にしねぇ金属を用意した。この中から新しいのを用意するしかねぇ」
「ふむふむ……」
私は机に並べられた金属達を一つ一つ眺める。素人目からすればどれも良質な金属に見えなくもないが……。
眺めた一つ一つを《究明の導き》を発動させる。しかしそれら金属はどれも良質ではあるものの、どれもパッとしない。
ブレン合金やコートにも使われた「温逆鉄」と比べるとどうしても劣って見える。
ノーマンもそれを理解しているのか、私が金属を調べている間、とても居心地が悪そうに私の顔色を伺っている。ノーマンにしては珍しい仕草だ。
だが私は妥協しない。例えノーマンを責める形になったのだとしても、そこだけは譲れないのだ。
だからハッキリと言う。
「駄目ですね。この中に私が満足出来る物はありません」
「あぁぁぁぁ……。だよなぁぁぁぁっ……」
私が告げた途端、ノーマンは抱えていた頭を机に落とし、机に頭突きをしながら盛大に溜め息を吐く。
「わかっちゃいたんだ……。わかっちゃいたんだけどなぁ……」
「師匠を責めないであげて下さい。これでも用意出来る限りを用意したんです」
「責めるつもりは無い。ただ私は絶対に妥協はしない。それは貴方も分かっているでしょう?」
「……おう」
……そろそろいいかな?
「では聞きますが。例えばどんな金属なら短剣を仕上げられるんですか?」
「え?」
「例えば、ですよ。貴方が想像し得る理想的な金属……。なんでしょう?」
「そ、そうだなぁ」
そこでノーマンは顔を上げ、腕を組んで唸りながら少しの間考えに耽る。
そしてちょっとした後、馬鹿馬鹿しいと半笑いを浮かべながら口を開いた。
「た、例えば、だけどな?」
「はい」
「……み、
ノーマンがそう口にすると、横に居るモーガンは溜め息を吐きながら小さく首を横に振る。
まるで有り得ないだろう、と言わんばかりに。
「……
「ば、馬鹿みてぇな事言ってんのは百も承知だっ!! だがよぉ、理想を言っちまえば
「というと?」
「
「ほうほう。成る程」
「……まあ、理想は理想だ。
「そうですね。買えませんねぇ」
「……なんでぇ、その言い方と顔は」
「いえ。何も」
「オメェさんよぉ。短い付き合いってわけじゃ無ぇんだ。オメェさんのその態度見りゃぁ何かあるって分からぁ」
「ふふ。敵いませんね」
「オメェさんに言われたくねぇよ」
「ふふふ。じゃあ焦らすのはこの辺にして……」
私はポケットディメンションを開き、〝例の物〟を掴む。
「良いですか? 刮目して下さいね?」
「あぁ?」
掴んだそれを取り出すと勢い良く机に叩き置き、二人の視線を釘付けにする。
「ご希望の
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