第三章:草むしり・前編-3

 

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「……スゥ……」


「……熟睡してんなぁ」


 激しく揺れる馬車の中、御者を務めるカーラット以外の四人は思い思いに時間を過ごしていた。


 と言っても揺れる馬車の中で出来る事など限られている為、皆が皆種類は違うものの読書に耽っていた。


 ロリーナは薬学の専門書、ティールは美術書、ユウナはとある英雄の自伝。


 揺れの中で読書という三半規管が悲鳴を上げそうな所業ではあるが、暇を潰すにはこれしか無い、と三人共諦めている。


 そして四人の中で唯一、馬車の揺れをものともしないとばかりに静かに寝息を立てているクラウンに、ティールは少しだけ感心していた。


「本読んでる私達が言うのも何ですが、よく寝れますよねー」


「それだけ疲れているんです。今は寝かせて──」


 ロリーナがそこまで口にした時、馬車が少し大きめの石を踏み、馬車が一際大きく揺れた。


 すると窓際に頭を預けていたクラウンの頭が逆側──ロリーナの肩側に傾き、ロリーナの肩を枕にする形になる。


「…………」


 ロリーナはそっとクラウンの方を見ると、少しだけ顔を赤らめる。


「あーあ。行きとは逆やってるよ、もー」


「ま、まあ……疲れてるんだし。少しくらい甘えさせてやったって──」


 そうティールが口にした瞬間、またも馬車が少し大きめの石を踏み、再び馬車が大きく揺れる。


 すると今度はロリーナの肩からクラウンの頭が滑り、そのままロリーナの両膝に落下。


 いわゆる膝枕状態に移行した。


「──っ!?」


 ロリーナは更に顔を赤らめながら本を口に当てティールとユウナを何度も交互に見回しどうすればいいかと目で訴える。


「いや、そのまんまで良いんじゃね?」


「で、でも……」


「馬車の中は寝辛いからねぇ。多分それが一番楽に寝れるんじゃないかなぁ?」


「うぅん……」


 二人からの助け舟に期待出来ないと悟ったロリーナは小さく息を吐いた後、チラッと膝の上に頭を乗せるクラウンに視線を落とす。


 その顔は先程までの少し寝辛そうな表情とは打って変わって非常に安らかであり、寝心地良さそうである。


 そんなクラウンの気持ち良さそうな顔を見たロリーナは左手を優しくクラウンの頭に置き、ソッと撫でる。


「あーあーもー、イチャイチャしちゃってもー」


「はぁぁぁぁ……。俺もいつかアーリシアちゃんとイチャつきたい……」


 少しだけ騒がしい馬車内のなんとも言えない空気はこの後数時間続いた。


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「あ゛あ゛ぁぁぁぁ……街だぁぁぁ……」


 濁声混じりに背筋を伸ばして馬車で凝った全身を解すティールに周りを歩く人々の視線が少し集まる。


 私は先刻に目を覚まし、自身の体力やら魔力やらが諸々回復していたのを確認した後に馬車ごと帝都前までテレポーテーションで転移。今はそんな帝都に立ち寄っている。


 それにしても……。


「恥ずかしいから止めろ。まったく」


「はあぁ? ついさっきまでロリーナの膝枕でスヤスヤ気持ち良さそうに寝てた奴に言われたかねぇなぁ!? こっちはお前と違って全身ガチガチだっつうのっ!」


「ぐっ……」


 コイツ……。ここぞとばかりに見付けたばかりの弱味を突いて来おってからに……。


 私は隣に立つロリーナにそっと視線を移す。


 熟睡していたとはいえ、まさかロリーナの膝を借りて寝ていたとは……。


 あわよくば肩を枕に寝れないかと寝る直前に過ぎったりはしたが、肩どころか膝枕。どうりで妙に寝心地が良かったわけだ。


 目を覚ました時なんかは予想していた景色と違って正直驚いた。状況を理解するのにあれだけ時間が掛かったのは久々だった。


 はあ……。いや、正直嬉しいは嬉しい。ロリーナが嫌がらずに私の頭を膝に預けていてくれたし、何より本当に寝心地が良かった。


 ただやはり、せめて意識してやって貰いたかった。


 事故的な、ラッキー的なものでなく。ロリーナの好意で……。


 と、そんな事を考えているとロリーナが私の視線に気が付いたのか、私の方をふと見上げてから少し顔を赤らめ目線を外す。


 ……なんだろうか。変に気まずい。


「それでそれで? ここで出国手続きを済ませたらすぐ王国に帰るんですか?」


「いや。まだ時間に余裕があるから買い物でもしようか」


「買い物ですか? 旅の終わりに?」


「なんだ、忘れたのか? 今回頑張った褒美に私が好きな物を買ってやるという話だったろう?」


「えっ!? あれ、私達を焚き付ける為の方便じゃなかったんですかっ!?」


「私は嘘やブラフは使うが、約束は破らん。それとも褒美はいらないか? いらないならいらないで私は──」


「今すぐ探して来ますッ!!」


 そう言うとユウナは一人そそくさと帝都の商業区画に走り出し、ドンドン人混みに紛れて行ってしまう。


 あの子、長い森生活で自分がハーフエルフだって事忘れてないか? それに命が狙われている可能性も……。


 まあ今は兎に角。


「ロリーナ、ティール、それとカーラット。急いでユウナを追ってくれ。多分大丈夫だろうが、念の為四人で行動してもらいたい」


「クラウンさんは行かれないのですか?」


「私は各地に預けて来た魔物の素材と金を受け取ってから合流する。財布はロリーナに預けたままだな?」


「はい」


「ならそれは自由に使ってくれ。もし足りなければ私が合流してから買うとしよう。今からそうだな……。三時間後にこの場所に集合だ」


「分かりました」


「くれぐれも危ない事には首を突っ込んだりしないでくれよ? 少しでも助けるのが遅れて君等が傷付きでもしたら……」


「分かっています。ですからクラウンさんは安心して行って来て下さい」


「ああ。分かった。じゃあ行ってくる」


「はい。お気お付けて」






 約二時間程して預けていた全ての素材と金を受け取り終えた私は、パージンの街中を歩いている。


 今私の懐──と言ってもポケットディメンションの中だが──には大量の金貨が気持ちの良い音を立て、大量の魔物素材がしっかりと重さを主張している。


 簡単な内訳として……。


 鹿の魔物であるヒルシュフェルスホルンは角、毛皮、骨、魔石は全取り。肉や内臓は一部だけ貰い、残りは全て売りに出した。


 得た金貨は端数を省いて約四百枚。少し少なく感じるが、殆どの素材を売らずに受け取った結果にしては多いとも感じている。


 蜘蛛の魔物であるシュピンネギフトファーデンは外骨格、糸、毒腺、魔石と一部の内臓器官を貰い残りは売却。


 得た金貨は端数を省いて約三百五十枚。やはり蜘蛛型魔物の目玉素材は糸と毒腺らしく、それを売らないとするとどうしても売値は上がり辛くなる。


 それでも内臓器官のいくつかは様々な薬や薬品の材料になったり、ゲテモノ喰いの貴族に割と高く売れる為、極端に下がらずには済んでいる。


 鯉の魔物であるシュトロームシュッペカルプェンは鱗、骨、発電器官、魔石と一部の肉や内臓を貰い後は売却した。


 得た金貨は端数を省いて約七百枚。三匹の中で飛び抜けて高かったのはその肉と内臓に価値を見出した人物がすぐに出て来た事に起因する。


 美食を道楽にしている大貴族がコイツの肉と内臓に目を付け、言い値で払うと言って来たらしいので、限度額一杯まで出させた結果だ。


 まあ実際に食べた私からしてもシュトロームシュッペカルプェンの肉はかなり美味だったからな。それについて後からクレームも入らないだろう。


 以上。金貨の合計は約千四百五十枚。これだけで立派な屋敷が立つ量だが、今の私に屋敷などは必要ない。故に別の物に注ぎ込むつもりだ。


 わざわざ時間潰しにパージンの街を歩いているわけでもないしな。


 さて、と……。


「……ムスカ。あの子等の様子はどうだ?」


 私が小さくそう呟くと、私の肩に小さくなったムスカが耳元で囁く。


「ご心配には及びません。四人共何の問題も無く買い物を楽しんでおります」


「そうか。それは良かった」


 実を言えば帝都にて買い物中の四人の様子をムスカにこっそり監視させている。


 ムスカに《分身化》で分身体を作り、あらゆる隠密系スキルでその存在を秘匿した後ティールの服にこっそり忍ばせた後、《遠隔視界》で様子を覗かせているのだ。


「少しムスカの能力を確認してみるつもりだったが、これは思っていた以上に有用な能力だ」


 そして更にこの状態で今度は私がムスカに対して《遠隔視界》を使えば……。


 発動した瞬間、私の視界の一部が歪み始め、今見ている景色とは全く違った景色が映り始める。


 そこにはロリーナとユウナが仲良さそうに本を選び、カーラットがオススメの物を二人に紹介し、ティールが退屈そうに欠伸をかいている様子がハッキリと映っていた。


「ふふっ、これは良い」


 このスキルを使えばこうして梯子して視覚を得る事が出来るし、仮に監視している分身体が見付かったのだとしてもそれはあくまで分身体。消されても問題など無い。


 それにこうして今はティールに分身体をくっ付けて視界を確保しているが、分身体はムスカの基本的能力を有している。故にやろうと思えば分身体を飛び回らせて周囲を監視する事も、また狭い場所に潜入して情報を収集する事も出来る。


 まさに私が欲していた力。


 国内に潜入したエルフを根絶やしに出来る最高の能力だ。


 ……まあ、やり方によっては覗き見し放題なわけで、男禁制の場所なんかも容易に覗けてしまう。


 しかもムスカの隠密系スキルの熟練度は私から引き継いでもいるからそうそう発見などされる事はない。他の男からしたら夢のような力だが……。


「単純な話、私にそんな趣味は無い。男なら裸を見られる関係を築いて正々堂々と見なければ」


「──? なんの話でしょうか?」


「ああ、いや。つまらん独り言だ。気にするな。それよりだ」


 私の目線の先に、見慣れた店構えが見えて来る。


 その店の看板には堂々たる装飾と厳つい文字体で「竜剣の眠るかまど」と書かれていた。


 私は《遠隔視覚》を一旦切り、ムスカに後の監視は任せた後、いつものように遠慮なくドアノブに手を掛けて捻る。


 たまに酒場に行っていて開かない事もある扉だが、今日はすんなりと開き来客を知らせるベルが私の真上で鳴る。


 が、店内に響く鍛冶研磨たんやけんまする音でその音は掻き消され、どう考えても彼等には伝わっていないだろう。


「まったく。仕方がないな」


 私はそのまま店内を歩き、工房がある奥へと足を運んだ。


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「何を迷っているんですか?」


 二つの本をそれぞれ片手ずつに持ち、目を瞑りながらうんうん唸っているユウナに、ロリーナが横から声を掛ける。


 そんなロリーナにユウナは少しだけ驚きながらも、二つの本の表紙が見えるようにロリーナに差し出した。


「「森聖の弓英雄」と、「魔聖女の躍進」……。聞いた事無いですね」


「うん。他国の英雄と勇者の英雄譚サーガを書いた物なんだけれど、どっちを買おうか悩んでて」


 そう言われたロリーナは改めて本の表紙を見てみると、表紙の端の方に小さく値段が表記された値札が貼られており、それぞれかなりの値段が明記されている。


「紙媒体の本はやっぱり高いよ……。でもやっぱり羊皮紙より紙の方が質は良いし、紙独特の匂いも好きなのよね……。だから妥協はしたく無いけれど……。う〜ん、やっぱり高い……」


「確かに。紙媒体は素晴らしいですからね」


「でしょうっ!? それにこの二冊とも結構貴重でさぁ……。あまり出回ってないんだよね。ここで買い逃したら、多分もうお目に掛かれないんだろうなって考えるとぉ……。うーーん……」


 そんな風に頭を悩ませるユウナだったが、そんな彼女を見たロリーナは素直な疑問を口にする。


「……両方買う、というのじゃ駄目なのですか?」


「えっ!? 両方っ!?」


 ロリーナのその言葉に少し大袈裟なリアクションを見せるユウナだったが、そんな反応を見たロリーナは更に首を捻る。


「確かに高い値段ではありますけど、買えない値段ではないと思いますけれど」


「いやいやいやっ!! 高いよ高いっ!! 本一冊に金貨だよっ!?」


「ですけど、後悔するより良いのでは?」


「えっ?」


「逃したら二度と手に入らない。なら我慢せずに手に入れるべきだと、私は思います」


「う、う〜〜ん……」


「クラウンさんならそうすると思いますし、この場に彼が居たとしても同じ提案をしたと思います」


「そ、そうかなぁ?」


「はい。お金で後悔しない未来が買えるなら安いじゃないですか。それに……」


「それに?」


「私も、その本に興味があります。読み終わった後で構わないので、貸してくれますか?」


「ロリーナちゃん……」


 ユウナはそう言うと決心したように強く頷き、ロリーナから金貨を受け取った後意気揚々と受付に本を持って行った。


 ロリーナはそんなユウナの背中を見て優しく微笑んでいると、背後でティールが小さく溜め息を吐く。


「君、ちょっとクラウンに似てきてないかい?」


「そうでしょうか?」


「前だったらあんな大金ホイホイ使わせなかったと思うんだが」


「……確かにクラウンさんのお金使いの荒さには愕然としましたが、私も元々お金に対してそれほど執着はしていませんよ」


「つっても本二冊に金貨だぜ? 流石に高ぇよ」


「なら貴方は安物で我慢しますか?」


「え」


「クラウンさんからはお金は自由に使って良いと言われています。普段買えない高価な美術道具を買う良い機会だと思いますよ?」


「……」


「まあそれでも遠慮したい。と言うなら無理には止めま──」


「分かった分かった悪かったっ!! だから俺にも買わせてくれよ……」


「ふふっ。素直が一番ですよ」


「……やっぱアイツに似てきてるよ、君」


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