第五章:正義の味方と四天王-10

 

「形式はどのようにするんだ?」


 空気がヒリつく中、まるでそんな空気など感じ取っていないかのように涼しい声音でそう口にしたのは、五人の中でも比較的一般的な中肉中背の好青年。


 短髪の青髪を棚引かせ、黄色い凛とした印象と何処か優しさを感じさせる瞳に、誰がどう見てもイケメンだと評する程に整った顔立ちの彼は、真っ直ぐクラウンの目を見据えていた。


「君達の好きなようにしなさい。個人戦でも団体戦でも……騙し合いでもなんでもね」


 余裕ぶった態度を崩さないクラウンに対し、先程の好青年を押し除けて前に出たのは五人中で一番ガタイの良い男。


 制服の下からでも分かるほどに筋肉が隆起しており身長も一番高く、比較的高身長なクラウンすら容易に越えている。


 橙色の髪から覗く青い三白眼は完全にクラウンを捉えており、額には青筋が走っている。


「テメェ……。いい加減そのナメた態度はどうにかなんねぇのか?」


「相応の態度を取っているつもりだがな……。気に入らないか?」


「ああ気に入らねぇなぁ。一回脅かしたくれぇでそんな態度取られちゃあ腹も立つってもんだろう」


「ふむ。なら取り敢えず君から相手をしようか。どうせ待っていられないだろう?」


 そう言うとクラウンは歩き出し、少し離れた位置に向かうと、ガタイに良い男は少しだけ感心したように微笑する。


「へっ。そこはわかってんじゃねぇか」


「ああ……。私に早くやられて、早く休みたいんだろう?」


「……叩き潰──」


「と、その前に」


 クラウンはその場で振り返ると何も無い空間に手を伸ばして何かを掴み取るような動作をする。


 そんな彼の意味不明な行動に眉をひそめるロセッティ達だが、クラウンが何かを掴んだ手を捻り上げ投げ飛ばすような動きをすると、少し離れた場所に何かが落ちる音と呻き声のような物が響き、砂煙が舞う。


 すると砂煙が舞う中に徐々に人の姿が浮かび上がり始め、最後には緑髪の糸目の男が立ち上がろうとする姿が露わになる。


 それを見たロセッティ達は周囲を改めて確認すると、いつの間にか先程まで側にいた彼が消えているのに気が付き、どういう状況なのかを理解する。


「ほ、ホントに仕掛けたのっ!?」


「全然気付かなかった……。でも……」


「ああ。アッサリ看破されたようだね」


 確かな実力があるであろう彼等の目を掻い潜り、いつの間にやらクラウンの背後に迫っていた糸目の男の隠密能力は並では無いだろう。


 だがしかし、こと隠密に関して言えば今のクラウンには遠く及ばない。


 悔し気に顔を歪める糸目の男に対し、クラウンは対照的に楽し気に口元を歪め、彼から奪い取ったナイフを手元で弄ぶ。


「ふむ。思っていたより多才じゃないか。魔法が優秀だけではなくこういった隠密にも精通しているとはね……。だがまあ、所詮は並より多少上な程度だな」


 クラウンはそのまま手で弄んでいたナイフを握ると、手の中に《炎魔法》を発動させナイフを急速に熱し、ドロドロに融解したナイフだった物が地面に落ちる。


「き、金属が融ける程の高温を、あんな片手間で……」


「どうだい? 今からでも止めるかい?」


 驚愕したヘリアーテに対して優しく諭すクラウン。


 ヘリアーテはその言葉を受け苦虫を噛み潰したような顔をすると、気合いを入れるように無理矢理笑い、腕を組んで鼻を鳴らした。


「ふ、ふんっ! その程度で折れる程、柔な育て方はされてないのよっ!!」


「そうかそうか。頼もしい限りだ」


「……頼もしい?」


 クラウンの言葉端に何かしら引っ掛かった好青年だったが、次の瞬間に起こった破裂音の様な音で意識が反れ、そちらに目を向ける。


 そこには眉間に皺を寄せ、明らかに激昂している糸目の男が自身の周囲に風をまとわせ、今にもクラウンに飛び掛からん勢いで身構えている。


「すまないな筋骨隆々な君。彼に順番を譲ってくれないかい?」


「あ、ああ……」


 流石のガタイの良い男も一連の出来事を見て色々察し、巻き込まれないようにと三人の元へ戻る。


「……さて、ワガママを通したんだ。期待しているぞ」


「ウルさいなーゴチャゴチャと……。ボクに恥をかかせた事……、後悔させてやるよッ!!」


「楽しみだ。所で、君、名前は?」


「……グラッド・ユニコルネス。その頭に直接刻み込んでやるよぉッ!!」


 グラッドは叫ぶと纏っていた風を自身の脚に集約させ身を屈める。すると集約させた風を破裂させたかと思えば爆発的な加速力でクラウンに突っ込んで行く。


「早ッ!?」


 突風と共に駆けたグラッドのその速度は凄まじく、ロセッティ達はその姿が一瞬消えたかのように錯覚し、目で追う事も叶わなかった。


 だがしかし、直後その姿をハッキリ見る事になる。


 《風魔法》で作り出した風の刃がクラウンの喉元に届かんとした瞬間、グラッドの纏っていた風と風の刃が唐突に魔力に霧散し勢いが殺されると、クラウンはそのまま彼の制服の襟を掴み上げる。


「成る程。《風魔法》で圧縮された風の玉を作って推進力にし、一気に勝負を決める算段だったか」


「なっ!?」


「オマケに口では頭を狙うような事を言いつつ、実際には首を狙いに来る……。激昂していながら中々に冷静な手腕だな」


「は、離せっ!!」


 そう言って身を捩るグラッドだったが、クラウンはまるで子猫でも摘んでいるかのよに涼やかな表情で掴み続ける。


「クソッ!! なんで魔法がっ……」


「離してほしいか?」


「ったりまえだろうがっ!!」


「そうか。なら──」


 クラウンはグラッドを掴んだまま体を捻って振り被る。


「ちょっとで見学していなさい」


 そう言った直後、クラウンはそのままグラッドを上空へと放り投げてしまい、そのまま約五、六メートルまで上昇した。


「はあっ!?」


「嘘……」


「どんな腕力してんだよっ!? アイツは確かに痩せちゃいるが、それでも五十キロ近くは体重あるんだぞっ!?」


「……っ」


 それぞれのリアクションが披露される中、上空五、六メートルに放り出されたグラッドは苦し紛れに《風魔法》を発動させ、風を身に纏う事で防御を張る。


「咄嗟にしては良い判断だが、その程度の《風魔法》じゃあ落下の衝撃は殺せないだろうな」


 無慈悲なクラウンの言葉通り、落下するまでの数秒で起こせる風程度では衝撃は殺し切れず、敢えなく体は地面に叩きつけられる事になるだろう。


 だがしかし──


「ナメるなぁぁぁぁッッ!!」


 怒号にも似た叫びが響いた瞬間、グラッドの周りには今までとは比べ物にならない程の突風が吹き荒れ始める。


 そしてそんな突風が渦を巻き、竜巻の様に形が形成されるとグラッドを包み込んでそのままゆっくりと地面に着地した。


「ハァ……ハァ……」


「素晴らしいな。《嵐魔法》を体得しているとは」


「ハァ……ハァ……う、うるさいなー……」


 息も絶え絶えなグラッドと、何故か彼の魔法を見て嬉しそうにするクラウンの姿を見たロセッティ達は、今までのやり取りに息を漏らした。


「あ、《嵐魔法》ってのは……」


「《風魔法》と《水魔法》が合わさった上位魔法だね。恐らく《風魔法》の風圧だけでは着地に弱いと判断しての決断だったのだろうが──」


「ええ。代わりに大量の魔力を消費してしまっているわね。あれじゃあ続行は難しいわよ」


「だ、だけどあの人、続けるみたいだよ?」


 ロセッティのその言葉に皆がクラウンの方に目をやると、クラウンはゆっくりとした足取りで立つ事もやっとなグラッドに歩み寄り、右手を天に掲げ手の平に魔力を集約させていく。


「見るに習得したばかりでまだ上手く使い熟せていないのだろう? 魔力消費の効率が悪過ぎるからそうなるんだ」


「く、そが……」


 掲げた手の平に集約していた魔力が徐々に風へと変化していき、風はクラウンの手の平の中で凝縮、圧縮され特定の形を成していく。


「あの状況なら先程加速に使った圧縮された風玉を使って激突寸前に炸裂させれば怪我をしない程度くらいには衝撃を殺せたろう。多少不格好でダメージもあるだろうが、今の様に身動き出来ない程消耗はしない」


「ハァ……ああ、そうかそうか……」


 圧縮された風は、先程グラッドが作り出した風のナイフとは圧倒的に密度も鋭さも桁違いな、一本の直剣を形成し、クラウンの手に握られる。


「戦闘に於いて大事なのは継続戦闘能力だ。一時の判断──選択肢を誤ればこうして無防備を晒し、結局は……死ぬ」


「ハァ……ハァ……ぼ、ボクを、この場で?」


「出来ない……と勝手に判断するのは自由だ。それを下すのは私なのだからな」


「ハァ……ハァ……なら──」


 その瞬間、クラウンの腹部に衝撃が走る。


「ボクもやらなきゃ、フェアじゃないよねー?」


 グラッドの手には、いつの間にやらナイフよりも長い短剣が握られており、その刃先がクラウンの腹部に深く突き刺さっていた。


「殺しに来る相手を殺し返すのは普通だよねぇ? 正当防衛、だよねぇ?」


 薄く笑うグラッドの息は最早荒くなくいつもの調子に戻っており、今までの激情は一体なんだったのかとロセッティ達は困惑する。


「ど、どういう事?」


「あれらが全部グラッド君の作戦だったのだろう。タイミングはどうあれ《嵐魔法》を使って魔力を消耗したと見せ掛けギリギリ残して不意打ちで刺す……。まあ空中に放り出されるとは思っていなかっただろうがね」


「あっ! もしかして最初のナイフでの不意打ちもっ!?」


「恐らくね……。成功したら万々歳、失敗したらしたで武器を失っていると錯覚させる為のブラフになる……。中々に狡猾だよ、彼は」


「……って、真面目に考察してるけどアレ大丈夫なのっ!? あの人──クラウンさんのお腹に短剣刺さってるんだよっ!?」


「いや……彼が如何に強くとも短剣で刺されては大事だろうね。早く彼等の間に入って──」


 好青年は若干焦りながらクラウンを助けようと歩み出した時、彼の目に何か違和感があるように見え、その足を止めさせる。


「ど、どうしたのっ? 早く助けに──」


「……何故、血が出ていないんだ?」


「え?」


 言われてロセッティがクラウンの短剣が刺さっている腹部に注視すると、確かに本来なら血が吹き出して地面を濡らしてもおかしくない程の怪我にも関わらず、血が滴るどころか刺された周辺の衣服ですら血に濡れていない。


「え……血が、出てないっ!? なんでっ!?」


「それに一番驚いているのはグラッド君自身だろうね」


 グラッドの顔を見てみれば、先程の嗜虐的だった笑みは陰りを見せ始め、脳に飛び込んで来る様々な違和感と不気味さに支配されていた。


(な、何が……どうなってっ……)


 と、その瞬間──


「君は本当に素晴らしいな。あの短時間にここまでの策を立て臆さず実行に移すとは……。その狡猾さと胆力には脱帽するばかりだよ」


 その声がしたのはグラッドの背後。


 しかし背後にはロセッティ達の目から見ても誰もおらず気配も感じない。


 ただただ不気味に声だけが響き、グラッドの背中に悪寒を走らせる。


「だが惜しい。《嵐魔法》を習得出来るだけの人間があそこまで魔力消費が下手なのは考え辛いし、聞こえて来た心音や脈拍と君の息遣いは余りに不釣り合いだったよ。それに──」


 グラッドの首筋に、冷たい感覚が唐突に伝わる。


 それは鋭利で凶悪で、一撫でしただけで鮮血の噴水を作り出せる可能性をはらんでいた。


「君は〝殺意を隠す〟のが下手くそだ」


 耳元で囁かれたグラッドはその手に握っていた短剣を手放すとゆっくりと両手を上げ、俯きながら小さく「参りました」と呟いて敗北宣言をした。


「……ふむ。流石にこれ以上は無いか」


 その一言が放たれたタイミングでグラッドの背後に、まるで絵具が水に滲むようにクラウンの姿が浮き出始め、その姿を露わにする。


 そしてグラッドの首筋に当てていた間断あわいだちを引っ込めると指を鳴らした。


 するとグラッドの目の前に居た彼に腹部を短剣で刺されたもう一人のクラウンの姿が溶け出し、土塊つちくれの人形へと姿を変えた。


 そんな目の前の土塊に糸目を見開いて目を丸くし驚くグラッドの横にクラウンが並び立つ。


「《精霊魔法》で作った土人形に《幻影魔法》を被せたコピーゴーレムだ。中々どうしてよく出来ているだろう?」


「い、いつからっ!? いつからボクはコイツと──」


「最初からだ」


「──っ!?」


「君達の前に姿を現した時からずっとコピーゴーレムだったよ。本当ならコイツでやれるだけやるつもりだったんだが……。一番手の君相手にこの様じゃあ、私の技術もまだまだだな」


「だ、だけどコイツ、魔法を使っていたじゃないかっ!? ナイフを《炎魔法》で融かして《風魔法》で剣だって」


全部幻影魔法だよ。よく見てみなさい」


 グラッドがクラウンの目線の先を追うように目をやると、そこには土塊の手の部分に埋もれるナイフの姿があり、グラッドは察する。


「ナイフはまあ簡単に誤魔化せたが、《風魔法》の剣は苦労したよ。なんせ風の剣が形成されていく様を《幻影魔法》で再現しなければならなかったからね。中々に骨が折れる精密作業だった」


「は、はは……。そりゃーそうか……。単なる《炎魔法》でナイフがあんな風に融けるわけないもんな……。はは……」


「……ふむ」


 クラウンはおもむろに土塊の手に埋め込まれたナイフを取り出し手の中に収めると、その中に魔力を集中させていく。


「勘違いは、なるべく早めに正さないとな」


「え?」


 刹那、クラウンの手は蒼炎に包まれ握られたナイフが急速に白熱していく。


 そして白熱したナイフはその形を留める事が出来なくなると、クラウンの手から融解したナイフが滴り落ち、高熱と共に地面を焦がしていった。


「ふふっ。さっきよりも少し派手だろう? 《幻影魔法》でここまで再現するのは少し難しくてね。省いたんだ」


「……化け物かよ……」


 そう呟いてグラッドがその場に座り込むと、クラウンは融け切ったナイフを取り払い、ロセッティ達の方へ視線を向ける。


「さあ、次は君で良かったかな?」


 その目は四人の中でガタイの良い男を捉えており、向けられた本人は生唾を飲み込みながらも爽やかに笑って見せ、歯を剥き出す。


「上等だコノヤロウ。やってやるよっ!!」


「ああ。……因みに名前は?」


「ディズレー・レオニダスっ! お前の泣きっ面を拝む男の名だぁぁっ!!」


 ディズレーはそう叫んで、クラウンに飛び掛かって行った。

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