第五章:正義の味方と四天王-11

 

 ディズレーはまず、飛び掛かった勢いをそのままに硬く握った拳を振り上げクラウンの頭目掛け素直に真っ直ぐ振り下ろす。


 制服の下からでもありありと分かる筋肉から放たれたその一撃は凶器そのもの。並の人間ではまず間違いなく重傷を負う事になるだろう。


 だがそんな拳にクラウンは表情一つ変えず、迫り来る暴力を正確に捉え余裕を持って半身を逸らして避けようとした。


 しかし身体を動かそうとした瞬間、背中に何故か壁のような物がぶつかる感覚があり、思っていたよりも身体をズラす事が出来ずにディズレーの拳がクラウンに振り下ろされる。


「入ったっ!!」


「……いや、まだだ」


 が、その拳はクラウンの頭部に当たる事はなく、土壇場に発生させた《地魔法》による岩の壁によりそれを受け止めた。


 以前、ユウナと初対面を果たした際に絡んで来た学生にも同じ手を使い、相手の拳をズタズタにして返り討ちにした事があり、通常ならこの時のように岩に強力に打ち付けた拳は負傷する筈だが、ディズレーの拳は怪我一つ負っていない。


「あの一瞬で壁を……。どんな魔力コントロールしてるんだよアイツ……」


 三人の元に戻って来たグラッドがそうぼやくと、好青年は違う視点から意見を述べる。


「ああ……。しかし彼の拳もかなり頑丈だな。あの勢いのまま壁を殴れば拳そのものが駄目になっても不思議じゃない……。何かスキルで強化しているのか……?」


「かもしれないわね。さっきのグラッドとは、また別の戦いになりそうだわ……」


 そんな会話が繰り広げられる中、ディズレーは舌打ちをしてから不適に笑う。


「チッ! 魔法で防ぎやがったか……。流石にイキりやがるだけはあるっ!」


「君も言動のわりに中々抜け目がないな。私が拳を避けられないように周囲に《地魔法》で壁を作るとはね」


「ヘッ。今までの奴ぁこれで大体片付くんだがなぁっ……。しゃあねぇ、ちぃっと趣向を変えるか」


 そう言うとディズレーは図体にそぐわない程に身軽に身体を翻しながら後退し、短く息を整えると右腕に魔力を集約させ始める。


「随分と隙だらけじゃないか。誘っているのか?」


「ヘッ。来たきゃ来いよ……。どうなるかは知らねぇがなっ!!」


 挑発するディズレーに、クラウンはなんでもないような態度を崩さない。


「いいや、待つとするよ。少し興味がある」


「余裕振りやがって……。目にもの見せてやるよっ!!」


 ディズレーはそう叫ぶと更に腕に魔力を集中させていき、ついに魔法が発現する。


 視認は出来ないものの、魔法による力はディズレーの腕の周りに確かに発生し、地面から少しずつ黒い粒子状の何かを集め始め、徐々に形を作っていく。


「な、何、アレ……」


「あれは……。砂鉄?」


 思わず溢れたヘリアーテの疑問に半信半疑のまま答える好青年。


 そんなやり取りを聞いていたのか、ディズレーは口角を上げると自身の腕に固まった砂鉄の真っ黒な塊を掲げる。


「ハッハァーーっ!! その通りよっ!! コイツが俺自慢の魔法っ!!《磁気魔法》だっ!!」


 腕に集まった砂鉄は絶えず流動し続け、まるで液体状の生物かのようにディズレーの腕で蠢き続ける。


「……《磁気魔法》?」


「《磁気魔法》は《地魔法》と《風魔法》を複合させた上位魔法だね。磁力を使って金属を操ったり、逆に金属武器の攻撃を弾いたり出来る」


「な、成る程……」


 納得するロセッティに対し、好青年は少しだけ笑ってディズレーの使う《磁気魔法》を眺める。


「彼には失礼な言い方になってしまうが、彼の様なタイプが上位魔法を扱えるとは少し意外だよ」


「聞こえてるぜっ!? ったくよぉ……」


 不満そうに文句を好青年に言うディズレーだったが、クラウンの手を二拍叩く音に向き直り、改めて構え直す。


「もう良いかな?」


「はんっ!! 今の間に攻撃しなかった事、後悔すんじゃねぇぞっ!? さあ、覚悟しなっ!!」


 ディズレーは腕に集まっていた砂鉄の動きを制御し、拳の先に固めると先の尖ったドリルの様な形状に変化させ、先程と同様真っ直ぐクラウンに突っ込んでいく。


 するとやはり同じようにクラウンの周囲には逃げられないよう《地魔法》による壁が発生し、動きを封じた。


「魔法の併用発動とは存外に器用な事をする……。だが──」


 そう呟くとクラウンの周囲に発生していた土の壁は何の前触れもなく崩れ始め、ディズレーの砂鉄の拳が届く頃には余裕を持って避けられる空間を確保する。


「あっ! また急に魔法が消えたっ!」


 声を上げたヘリアーテに、グラッドが頷いた。


「うん。ボクがあの人の首に風の刃を突き付けた時も急に消えた……。まあ、あの時は相手は土人形だったわけだけど……」


「今回は本物相手よね……。一体何をしてあんな風に……」


「魔法……じゃないだろうね、見た感じ。聞いた事も無いし」


「ならぁ……補助系スキル?」


 ヘリアーテとグラッドの読みは正しく、クラウンはその場その場のタイミングで《魔力障壁》を周囲に発動させ魔法を打ち消していた。


 コピーゴーレム相手にグラッドの魔法が消えたのも、単に姿を消した状態でグラッドの近くまで行き発動させたからである。


「チッ……。んなモン関係ねぇっ!!」


 自由が効くようになったクラウン目掛け砂鉄の拳を振り下ろすディズレーだが、当然素直に当たってくれるわけもなくアッサリ避けられる。


 が──


「そんな簡単にゃいかねぇぜっ!!」


 砂鉄の拳がクラウンの顔面を逸れたその瞬間、ディズレーの拳に纏わりついていた砂鉄は突如形を崩してから形を変え、避けたクラウンの顔面に剣山の様な無数の針となって襲う。


 咄嗟にクラウンは自身と剣山の間に先程同様地魔法による壁を作り出し防ごうとする。


 しかし剣山の先端が壁に触れた瞬間、貫くというよりはまるで掘り出すかの様にいとも容易く穴が空き、ひびが入ってあっという間に崩壊する。


 そして剣山はそのままクラウンの顔面に目掛け真っ直ぐ伸びていった。


「穴だらけだっ!!」


「ふむ」


 顔面に近い位置で避けたクラウンは、本来であればこの剣山を避けられるような体勢にはなく、確実に当たる筈だった。


 しかしその剣山の鋭い先端がクラウンに届くかどうかの距離にまで迫った瞬間、唐突に目標であったクラウンの姿が消失する。


「はあッ!?」


「き、消えたっ!?」


 声に出して驚愕するディズレーと観戦していたヘリアーテ。


 すると周囲をつぶさに観察していた好青年が目を見開き叫ぶ。


「後ろだっ!!」


「なっ!?」


 ディズレーが振り返ると、そこには右腕を天に伸ばし魔力を集中させているクラウンがイヤらしい笑顔を浮かべ彼を見据えていた。


「お返しだ」


 クラウンの伸ばした右腕に硬質な岩の外殻が形成され、それは十倍にもなった岩の巨腕と化すと容赦なく振り下ろす。


巌の巨腕フェルゼン・アルム


 自身に振るわれた硬く握られた岩の巨腕を見たディズレーは奥歯を強く噛み締めると腕に纏わせていた砂鉄を再びドリル状に変化させ迫る巨大な拳にぶつける。


 だが先程クラウンが防ぐ為に作り出した《地魔法》の壁の様に掘り出す事は出来ず、僅かな傷を付けるだけで勢いまでは殺せない。


「ちっくしょぉがぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 ヤケクソに叫び《磁気魔法》を解除すると、ディズレーはなんと迫る拳に対し身構え始めそのまま全身を使って岩の拳を受け止める。


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 硬い物が肉にぶつかるような音が響き、威力を殺し切れずにディズレーの踏ん張っている太い両足は地面を滑る。


「ぬぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 しかしディズレーも意地を見せた。


 巨大な拳を抱き抱えるようにしながら踏ん張り続け、遂には滑っていた地面を強く踏み締めるとそのまま完全に拳の威力を殺し切って見せた。


「凄い……止めちゃった……」


「伊達に筋肉まみれじゃないねアイツ。まあ、全然スマートじゃないけど」


「……騙し討ちしようとしてた奴がよく言うわね……」


「ヘッ……。まだアイツと戦ってない奴に言われたくはないね」


「何よ」


「何だよ」


「二人共うるさいよ」


 ヘリアーテとグラッドがそんな言い争いをし、好青年がたしなめている中、止まった拳に息を吐くディズレー。


「だぁぁっ……。はぁ……はぁ……」


 漸くまともに息が出来ると息を切らすが、そんなディズレーの耳に聞きたくない声が響き、血の気を引かせる。


「休める時間があると勘違いしていないか?」


「ぐうっ!?」


 振り返ればそこにはクラウンの姿があり、それにディズレーはたじろいでしまい体のバランスを崩すとそのまま右手で前襟を、左手で右腕の袖を掴まれる。


 そして釣り手と引き手で相手の体勢を崩しながら膝を曲げ、姿勢を低くし釣り手を畳むと、クラウンはディズレーの右脇に入り込む。


「おいおいまさか……」


「あの巨体をっ!?」


 クラウンはディズレーを背中に乗せる様にして投げの態勢に入り、曲げた膝を伸ばす反動を利用して体を浮かすようにして思い切り投げ飛ばした。


 所謂いわゆる、背負い投げである。


「ぐおわぁっ!?」


 クラウンからの予想もしていなかった背負い投げに困惑し、されるがまま投げ飛ばされたディズレーは、そのまま上手く受け身が取れず地面へと叩き付けられてしまう。


「がはぁっ!?」


 肺から空気が強制的に吐き出され、軽い酸欠状態に陥ったディズレーはそこから直ぐには立ち上がる事が出来なかった。


「寝ている暇も無いぞ?」


 まるで寝坊した友人を起こすかのように笑顔でディズレーの顔を覗き込んだクラウンは、再び右腕に巌の巨腕フェルゼン・アルムによる巨腕を纏わせ、振り被る。


「さぁ、頑張れ」


 その掛け声と共に何の躊躇ちゅうちょもなく岩の拳は振り下ろされた。


「ぐうぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 迫り来る拳に恐怖心を煽られながらもディズレーは両腕を前に突き出し、極限の集中力でもって《磁気魔法》を発動。


 可能な限り集めた砂鉄の形を板状に固めると、それを急場の盾にし、迫る拳にぶつけて防御を図る。


「ぐぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 額に青筋が走り、歯を食いしばり、全神経を《磁気魔法》による砂鉄の盾に集中する緊迫した状況に、ロセッティ達は思わず息を飲んだ。


「あ、アレって大丈夫なのっ!?」


「分からない……。ただあの状態はマズい。アレからなんとか脱出しなければ彼に勝機どころか……」


「良くて……大怪我だねぇ」


「そんなっ!!」


「一体……、何故そこまで……」


 疑問と哀れみを称える視線をクラウンに向ける好青年。


 しかしそんな視線を向けられているクラウンは、笑みをこぼしながらディズレーに問い掛けた。


「良く頑張るな君は。だがここら辺が限界だ。そうだろう?」


「ぐぬぬぁぁぁぁぁぁっ……!!」


「どうだい?降伏、するかい?」


「だぁぁれがぁぁぁぁぁッッ!!」


「そうかい。なら──」


 突如、巌の巨腕フェルゼン・アルムひびが入り始める。


「なっ!?」


 そして罅によって出来た隙間から、煌々と沸き立ち、融解し赤熱した溶岩が滲み始め、高熱を発しだす。


「ぐがぁぁぁッ!!」


 嫌な汗を全身にかき、必死の形相で砂鉄の盾で踏ん張り続けるディズレーの姿に、観戦している四人の身体にも思わず力が入る。


「アレは……溶岩?」


「彼、《溶岩魔法》も使えるのか……」


「《溶岩魔法》……」


「《炎魔法》と《地魔法》を複合した上位魔法……。まさか魔法の中に別の魔法を発動させたっていうのか?」


「で、でもそれって……」


「ああ、並みの技術じゃない……。あそこまで自然に別々の魔法を馴染ませるなんて余程の魔力操作能力がなければ成立しないっ……」


「あ、あれじゃぁ……」


「……残念だけど、今のアイツじゃ、もう勝ち目は無いね……」


 そんな溶岩によって赤熱し続ける巨腕に耐え続けるディズレーだったが、残り体力の限界は着実に近付いていた。


 溶岩滲む巨腕はそこから更に重さを増していき、同時に溶岩は重力に従って巨腕から溢れ出し、滴り始めた。


「ぐッッッ……ぐぅッッッ!!」


「さあ、どうする?」


 それでもなんとか耐えるディズレー。


 体力の限界を越え、擦り減り続ける精神力と集中力でなんとか持ち堪えていた。


 しかし巨腕から垂れる溶岩の雫が彼の顔面すれすれを掠め、地面を焦がした瞬間、嫌な光景が脳内を一瞬で駆け巡り、彼の中の最後の糸がプッツリと切れた。


「ご、降参だッ!! 降参するッ!! だからッ……!!」


「そうか」


 ディズレーの叫びを聞いたクラウンは指を鳴らすと、彼の心を折った溶岩に溢れた巌の巨腕フェルゼン・アルムは瞬く間に消失し、まるで夢でも見ていたかのように後には焦げ付いた地面だけが残った。


「ハァッ…………ハァッ…………ハァッ…………」


「素晴らしいね。君の器用さと根性には感服したよ」


「ハァッ……ハァッ……そりゃ……どうも……」


「《磁気魔法》も素晴らしかった。私の《地魔法》を崩したアレは、砂鉄を細かく振動させていたんだろう? 単純に鋭利で堅い武器と見せ掛けてのあの機転……。中々出来る事じゃあない」


「ハァッ……な、なぁ……」


「んん?」


「ハァッ……な、んで、アンタ……、俺の《磁気魔法》……ハァッ……、壁ん時みてぇに……消さ……無かったんだ?」


 クラウンは《魔力障壁》により、自身に降り掛かる魔力を用いた攻撃を自身の消費魔力に応じて無効化する事が出来る。


 《磁気魔法》による砂鉄の攻撃も当然魔法。砂鉄自体は消えないものの、形が為せなければ柔らかい砂となんら変わりない。攻撃にはならなかっただろう。


 しかし、彼はそれをわざわざ防いだり避けたりしていた。その理由ワケとは──


「君に、諦めて欲しくはなかったからだ」


「……諦、める……?」


「アレばかり使っていたら最早勝負にならないからね。君の心を折る前に、君は諦めてしまいかねない。だから君が脅威に感じてくれる程度に止めたんだ。その結果……な?」


「ハァ……ハァ……、ははっ……。チクショウめ……」


「ふふふっ。後は休んでいなさい。私は──」


 クラウンは待ち構えていた三人に視線を送り、再び笑ってみせる。


「まだまだ遊び足りないんだ」


 そんな言葉に、ヘリアーテが一歩前に踏み出す。


「言うじゃないのよ……。イイわっ!! 次は私よっ!!」


 身体に走る震えを強引に捻じ伏せ、頬を伝う一雫の汗を拭い、ヘリアーテはクラウンの卑しく笑う黄金色の瞳を睨み返した。

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