第五章:正義の味方と四天王-12
「お疲れぇー」
「おう……。久々だ、こんな疲れたの……」
未だダメージと息が戻り切らないディズレーは、クラウンにボコボコにされた同士であるグラッドの呑気な声に出迎えられた。
「……次はアイツか……」
「うん。口では色々強気な事言ってたけど、どうなるかなー」
「……ヘリアーテちゃん」
グラッドの気持ちの篭っていない言葉を耳にし、学院で出来た初めての友人と呼べそうなヘリアーテを心配するロセッティに、好青年が「大丈夫だよ」と、声を掛ける。
「彼も男だ。女性に対して先程のような暴力的な手段には出ないだろう」
「え……でも、あの人そんな事に拘る人、かな?」
「……正直分からない。ただそんな事すら容赦しないような男なら……」
「……男なら?」
「……いや、なんでもない。ほら、始まるみたいだよ」
そう促されたロセッティは、この場とは打って変わって重苦しい空気が漂う勝負の場へ向かったヘリアーテの方を見た。
「名を聞いておこうか」
自身の前に立ったヘリアーテに対し、先の二人同様にその名を
するとヘリアーテは口角を上げると胸の下で腕を組み、胸を張って高らかに答える。
「耳の穴かっぽじってよぉく聴きなさいっ!! 私の名はヘリアーテ・テニエル・ヘイヤっ!! 由緒正しき伯爵家、ヘイヤ家の令嬢よっ!!」
「……テニエル?」
ドヤ顔で自己紹介をしたヘリアーテを待っていたのは、自分が想定していたどの反応とも違う眉を
「……アンタ、知ってるの?」
「この国で魔術に携わる人間なら誰だってピンとはくるものだろう? ……そのミドルネームを名乗る意味を、君は理解しているんだろうな?」
「愚問ねっ!
「成る程。理解した……」
一通りの雑談を終えた後、クラウンは一つ息を吐いてから空気を変えるようにわざとらしく笑って見せる。
「どうした? 身体が強張っているようだが……緊張しているのか?」
クラウンの余裕ある態度に対し、ヘリアーテは努めて笑うと鼻を鳴らした。
「ふんっ! アンタこそ、なんだか口調がちょっと変わってきてんじゃないの?」
「そうか? ……君等をなるべく安心させようかと柔らかく喋ってみたんだがな……。慣れない事はするもんじゃないな……」
「何が安心よ、あんだけ煽っといて……。まあでも、私は今の方がまだ好きかな」
「ふむ。なら普段通りに戻そうか」
するとクラウンは、まるで駆け寄って来る我が子を抱き留め待つかの様に両手を広げ、慈愛に満ちた微笑みを
「さあ、いつでも掛かって来るがいい。お前の全てを受け入れてやろう」
「ふんっ! 素敵な口説き文句だことっ!!」
そう答えるとヘリアーテは中腰の姿勢になり、自分の両足に魔力を集中させていく。
その魔力は次第に光を放ち始めると、バチバチと弾ける様な音を伴い始め両足を駆け巡る。
「付いて来れるもんなら付いて来てみなさいよっ!!」
刹那、ヘリアーテの姿は激しい炸裂音と共にその場から突如搔き消え、次の瞬間にはクラウンの背後に現れる。
そして激しい光を
「速っ!? 全っっ然見えなかったんだけどっ!?」
「どうなってんだありゃ……」
驚愕し唖然とするグラッドとディズレーに対し、好青年は冷静に目の前の情報を拾い上げ、一つの結論に辿り着く。
「あの光と音……《雷電魔法》か」
「《雷電魔法》って……電気とか雷の魔法?」
「ああ。《炎魔法》と《風魔法》を複合した上位魔法だね。本来なら電気を放射したり帯電させたりして攻撃するのが一般的だけど……」
「うん。アレはどう見ても違うよね……」
「……まさか、身体に直接電気を? それであの速度に……。だけどそんな事をすれば身体が……」
彼女の出した速さは人体が出せる速度を容易に越えており、最早音速にすら迫る凶器と化していた。
通常ならばそんな挙動を身体に強いれば負担に耐えられずに自滅するのが関の山だが、彼女はそれを顔色一つ変えずに
これは彼女に備わるスキルの恩恵によるものであり、とある事をキッカケに手に入れたこの力に彼女は喜び、存分に活かせる手段として今の超速戦闘スタイルを獲得した。
そしてそんな一撃に対し、クラウンは──
「ウソでしょ……」
「ふむ。かなり速い上、威力も相当なものだな。もう少し反応が遅ければまともに食らっていた所だ」
ヘリアーテの拳はクラウンの手によって捕らえられ、彼女の拳に纏う雷光が音を立てながら彼の手を焼き焦がさんと弾けるが、何ら変化を見せない。
「アンタどうなってんのよっ!? なんでこの電撃食らって平気な顔してんのよっ!!」
「平気ではないぞ? しっかりダメージは受けている。それが顕著に表れていないだけだ」
「ようは痩せ我慢って事ぉ? なぁらぁっ──」
そこまで言うとヘリアーテは身体を地面に縫い付けるが如く踏ん張り、掴まれている腕を両手で掴み返すと彼女の〝全力〟を奮う。
「アンタぁ……意外と重いわねぇ……。でぇもぉ──」
「何っ?」
ヘリアーテの〝全力〟は、クラウンの《剛体》やその権能を強化する《不屈》《不動》をすら超越し、彼の身体を強引に引っ張るとそのまま──
「どっっっりゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「──っ!?」
まるでハンマー投げの様にクラウンを宙に放り投げてしまう。
「投げやがったっ!?」
「嘘だろ……」
「スゴい……」
「なんという……」
空中に放り出されたクラウンを見て驚愕に顔を染めるロセッティ達だったが、中でも一番驚いているのは宙に放り出されたクラウン本人である。
七十キロ近くある自身の体重に加え、《剛体》などのスキルにより地面に足が接している間は余程の事が無い限り吹き飛ばされるなど有り得ない筈。
信頼を置いていたスキルの権能をすら上回り投げ飛ばされるなど思ってもいなかったクラウンは、この場に来て初めて僅かばかりにだが動揺した。
そしてそんな投げ出され自由落下を始めるクラウンに対し、ヘリアーテは両手で銃を突き付けるように構えると、指先に可能な限りの魔力を練り始め、電撃が指先に激しく迸り始める。
「耐えられるもんなら耐えてみなさいよっ!!」
雷光は増し、バチバチと弾ける音の間隔が短く大きくなっていく中、それを見たクラウンは身体をなんとか翻して《地魔法》による壁の生成を始めようとする。しかし──
「おっそいのよっっ!!
瞬間、ヘリアーテの指先から放たれたのは小さな光の塊。
それは目に追うなど
すると一瞬遅れてやって来た凄まじい炸裂音と共にクラウンの身体全体に激しい雷光が走り抜け、まるで身体が花火のように瞬くとそのまま地面に落下した。
「……いよっしゃぁぁっ!!」
クラウンに一矢報いる事が出来たと破顔して喜びガッツポーズを取るヘリアーテは、そのまま背後に振り返るとロセッティ達に元気良く手を振り「やってやった」と声を上げる。
そんなはしゃぐ彼女にロセッティは勿論、初めてまともに攻撃を加える場面に出くわせたとグラッドやディズレーも喜び声を上げた。
しかしそんな空気も、好青年の変わらぬ表情と声に一変する。
「……彼、動かないけど死んでないよね?」
その一言に楽し気だった空気は一瞬止まり、皆が皆クラウンの方を注視する。
地面に受け身も取らず激突したクラウンの体は煙を上げており、そこから一切動く気配が無い。
「え……ウソ。やり過ぎた?」
一気に嫌な想像がヘリアーテの脳内を駆け巡ると、彼女は足早にクラウンの元へ駆け付け、体力切れとはまた違った種類の息の切らし方をしながら煙を上げる彼を見る。
「ど、どうせ……さっきみたいに偽物とか、幻覚とか……でしょ?」
目を閉じ、口を閉じ、一切の動きを見せないクラウンの様子に血の気が引いていき、顔面を蒼白に染め上げると声にならない声で「どうしよう」と小さく呟きながらロセッティ達に泣きそうな視線を送る。
そんな視線を送って来るヘリアーテの助けになる為、ロセッティは彼女元へ駆け寄ろうとした。
が、それを手で好青年に遮られ、「どうしたの?」と彼の顔を見ると、ゆっくり首を横に振る。
「どうやら、杞憂だったみたいだ」
彼のその言葉が口から出た瞬間──
「駄目だろう? そんなに動揺していたら」
ヘリアーテの耳元に死人の声が響くと、彼女の身体に突如得体の知れない〝重さ〟がのしかかる。
その重さは数秒毎に徐々に増して行き、彼女のクラウンを投げ飛ばす程の
「ア、ンタ……生きて……」
「死んだフリが卑怯などと言うんじゃないぞ? これも一種の戦法だ。お前を捕まえる為のな」
クラウンは、《動体遮断》や《精神遮断》、《空間遮断》等を併用し、自身のあらゆる挙動を感知出来なくしていた。
本来ならばこれらスキルは感知系スキルに対する妨害の役割で真価を発揮するものである。
しかしクラウンはそれを絶妙なタイミングで使う事でクオリティの高い「死んだフリ」を演じて見せた。
ヘリアーテやその周りの「殺してしまった」という思い込みや焦燥。それらを存分に利用し、各種遮断系スキルを使う事で平常時ならば見破れるの「死んだフリ」を使ってヘリアーテやロセッティ達を騙す事に成功したのである。
「じ、じゃあアンタ……私の攻撃を……全然……」
「それは違う。アレは凄まじかったよ。しっかり私にダメージを与えていた。実際内臓のいくつかは焼け焦げ、普通ならば死んでいただろうな」
「なら、なん……で」
「それを教えるにはまだ早い。私はまだ君等を理解し切れていないし、君等も私を理解していないからな」
「くっ……」
「ふふふ」
奥歯を噛むヘリアーテに対し笑い掛けるクラウン。
そんな二人の様子に混乱が渦巻いているロセッティ達四人であったが、何よりロセッティはヘリアーテがよく分からない力で膝を着いてしまっている事に疑問を覚える。
「あの力は……魔法?」
「《重力魔法》……だね。《地魔法》と《空間魔法》を複合した上位魔法……」
「く、《空間魔法》っ!? あ、あの基礎五属性の中で下手したら上位魔法なんかより習得難しいっていう、あの?」
「ああ。この国でも指で数えられる人数しか習得出来ていない高難易度を誇る魔法だ。噂によれば《空間魔法》を会得するのに適性がある者でも十年以上掛かったなんて聞く」
「それを、あの人は……」
「加えて《空間魔法》を複合させた《重力魔法》だからね。きっと彼はヘリアーテ君の出すスピードを攻略したいが為に死んだフリをして油断させ、《重力魔法》を当てたんだろう」
当初クラウンは、ヘリアーテの動きを完全には捉え切れていなかった。
初撃を捕らえる事が出来たのは《
あの速度を今後奮われてしまうのは流石にマズいと判断したクラウンは、あの初撃を捕らえた時にはこの《重力魔法》でその動きを封じる算段でいた。
しかし《重力魔法》を発動する間もなく、予想外にも彼女は自身の怪力を使いクラウンを宙へと投げ飛ばした。
これには然しものクラウンも動揺したが、それよりも彼の脳内を支配したのは〝好奇心〟。
彼女のあの怪力の源はなんなのか? スキルなのか単純な彼女の肉体から来る膂力なのか?
そしてその後どんな魔術を使うのか? どんな覚悟で、感情でその魔術を使うのか……。
そんな好奇心から来る興味がふつふつと湧き、彼は見てみたくなってしまった。
人を殺めた時、彼女はどんな反応をするのか、と。
彼女のそんな反応を見たいが為、クラウンは魔術を避けるでも防ぐでも無く、自身の内臓が焼かれながらの死んだフリを選んだ。
そこには勿論、油断させて彼女の動きを封じるという目論みもありはしたが、彼の中の優先順位は、ただただ彼女の覚悟と感情だった。
それを踏まえ、クラウンによるヘリアーテの評価はといえば──
「足らんな。覚悟も気概も信念も。未熟も未熟だ」
「な、なによ……」
「お前は理解していない。魔法──
「くっ……」
「玩具ではないんだよ、魔法も魔術も。人に向けて放つ以上、それは剣や鈍器を頭に振るうも同じだ。どんな力を得ていようと、そこを忘れ、驕ってはならないんだ」
「……」
「いつか必ず来る〝その日〟の為にも、お前には──お前達にはそこを理解して貰う。その為に、私は今日、お前達全員の心を折に来たんだ」
「それは……どういう……」
「全員相手にしたら話してやろう。今は取り敢えず──」
クラウンが天に向かって手を
それらはヘリアーテに掛けられた過重力によって引き寄せられると、次の瞬間、紙に描かれていた魔法陣が淡く光り始め、一つの魔術を形成する。
それは無数の激流の槍。
津波のような勢いの流水が渦を巻き、触れるだけで岩すら削り取ってしまうような迫力を放つ無数の水の槍がヘリアーテを取り囲むように展開し、その切っ先を彼女に向ける。
「自慢の怪力とスピードで避けてみるがいい。それが出来るのならば、私も〝本気〟になろう」
「くっ……。ぬぅぅぅぁぁぁぁっ!!」
ヘリアーテは自身に掛かる重力に逆らおうと渾身の力で立ち上がろうともがくが、秒毎に増していく重力に、彼女の肉体は悲鳴を上げるばかりで一切その場から動く事が出来ない。
「……残念だ」
クラウンが手を振ったその合図により、展開していた無数の激流の槍は真っ直ぐ彼女に向かって容赦無く突き進む。
そんな絶望的な光景に彼女は思わず目を瞑り、次の瞬間に来るであろう痛みに対し覚悟を決めた。
──が、しかし、覚悟していた痛みはいつまで経っても来ず、不思議に思ったヘリアーテはゆっくりその目を開いた。
そこに写っていたのは──
「ほう。まさかお前が飛び出して来るとは思わなかった。お前の第一印象を改めようか」
自身の前に立ち、無数の激流の槍を同じ激流の槍で全て受け止めながらクラウンを睨む、〝彼女〟の姿だった。
「
「その気概や良し。存分に掛かってきなさい」
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