終章:忌じき欲望の末-14

 


 ティリーザラ軍後方拠点より数十メートルほど手前。


 そこから三色──真紅、白銀、蒼白の強烈な光がアールヴの霊樹トールキンから見える。


 何十キロと離れた位置での出来事なのにも関わらずそれが視認出来てしまうは、それ相応の破壊が巻き起こったという証に他ならない。


「な……」


 森精の巨人兵オノドリムしかけティリーザラを蹂躙しようとしていたユーリも、思わず声にならない声が漏れる。


 ──霊樹トールキンの分身である森精の巨人兵オノドリムは、本来ならばそう簡単に倒せるものではない。


 全体的な能力は当然トールキンの百分の一程度でしかないものの、基本的な性能や特性は同様に扱う事ができ、霊樹トールキンよりも能動的に動き回るため対処もやり辛い。


 まともに戦っていたならば必ずや被害は甚大なものとなり、折角クラウンが苦労して抑えた戦死者数は倍にまで膨れ上がっていた可能性もあった。


 しかし──


「知らなかったろう? 私の姉さんは今や世界に名を轟かす正真正銘の〝英雄〟だ。私はこうして進化を果たしたが、正直アレを見ると未だ勝てるかどうか判然としないな。ふふふ」


「……」


「しかも姉さんは竜を使い魔ファミリアにするという前代未聞の歴史的偉業を成し遂げ、我が国に竜の守護をすらもたらした。あの白銀の光こそ、リンドウ山脈の禁足地「鏡信峡谷」に住う信竜・プルトンによる竜の息吹ブレスによるものだ」


「……」


「それに師匠もやはり捨てたものではないな。アレは《核熱魔法》……師匠がその存在を発見し、未だ師匠のみしか習得、使用出来ない規格外の破壊力を誇る魔法だが、如何いかんせん放射線がな……。私が回収するまでは暫く周囲を閉鎖しなくてはならんか」


「……」


「……はぁ。これで理解したろう? ユーリ」


 クラウンはユーリへ振り向く。


 その表情は笑顔でもなければ怒りでも、敵意や殺意でもない。


 ただ浮かんでいるのは〝憐れみ〟の感情。何一つとして歯が立たず、小細工もことごとく潰され一切が届かない……。そんな努力が報われない事に対する憐憫とも呼べるような表情だった。


「テ、メェぇぇ……」


「一体、お前の何が私に通用した? いつまで小細工で私に立ち向かうつもりだ? お前が伸ばした手の遥か先に、私は居る……。進化しても尚届かんのに、まだ伸ばす気でいるのか?」


「くっ……。一度はアタシに殺されかけたくせしやがってぇぇぇっ……」


「私も完璧超人ではないのでな。どれだけ努力し気を配ろうとミスや読み違いはする。……だがそこで仕留められないんじゃあ意味が無いな?」


「チッ!! 運が味方しただけだろうがァッ!!」


「なんだ? その運にすら見放された僻みか? そいつはまあ、お前にお似合いじゃないか──と、そうだったそうだった……。もうお前は「嫉妬の魔王」ですら無いんだったなぁ? ふふふふふふ」


「くゥゥ……あ゛ァァァァッ!!」


「ふふふはは……はぁ……。いい加減──」


 クラウンの顔から、感情が消える。


「──飽きたな」


「──ッ!?」


 その瞬間から放たれた《魔人覇気》。


 負の感情や悪性に傾いている人間性の者を強烈に威圧し、屈した者を問答無用で跪かせる魔の絶対王者たるスキル。


 例え《嫉妬》を失いその魂からユーリを支配していた妬み嫉みが薄まっていようと、彼女の本質や人間性が善性に傾いたワケではない。


 相も変わらずユーリは《魔人覇気》の影響を受けてしまう程度には歪んでおり、どうしようもなく彼女の神経を磨り減らす。


「もうお前から愉しめる要素も枯れてきた。ここ数ヶ月はこの戦争の事ばかり考えていたせいで刺激も少なく、さっきから戦後の楽しみばかりを夢想してしまっている……」


「な……」


「日常の喧騒、談笑、娯楽、雑事、業務、そして愛惜……。それらを早く楽しみたくて仕方が無くなっている。目の前のお前から、興味が失せてきている……」


「ふ、ふざけ──」


「だから本当にこれで最後だ」


 クラウンはその手に爆巓はぜいただき道極どうきょくを呼び出し、無感情な目でユーリを見据える。


「……ロリーナ」


「はい」


 名を呼んだ瞬間、クラウンの隣にロリーナが転移して現れ、一切の迷いなく細剣を抜き放つ。


「いい加減決着だ。私に付いて来なさい」


「はい」


 直後、ロリーナは自らの意思で《欲の聖母サンタ・ムエルテ》の内包スキルが一つ、《赤色の愛心欲ラ・グアパ》を発動。


 その権能により、彼女はエクストラスキル《最愛者ペネロペイア》を獲得し、自身が愛する者──つまりクラウンと一時的に全く同じ身体能力をその身に宿し、彼が発動するスキルの権能の効果を共有させた。


 それは実質、クラウンがもう一人増える事を意味する。


「く……そ……」


「何を嘆いている?」


「……あ゛?」


「どうせなら足掻いてみせろ。それくらい、今のお前なら出来るだろう? それとも諦めてその意思を私に殺される事を選ぶか?」


「……」


「さあ、選べッ!! 私に無抵抗で殺されるか、足掻いて足掻いて足掻いて……それから殺されるかッ!!」


「……」


「……」


「……あはは──」


 ユーリの身体から、魔力と霊力が立ち昇る。


「キャハハハハハハハハハハハハッッッッ!!」


 そして繋がっている霊樹トールキンからありったけの──あらゆる〝力〟を自身の中へと流し込み、その身体能力を爆発的に高めていく。


「……ユウナ」


「は、ハイッ!! 逃げますッ!! ご武運をッ!!」


 全てを悟ったユウナはそのままテレポーテーションの羊皮紙でその場から転移。今から繰り広げられるであろう破壊から遁走を果たす。


 その間にもユーリはトールキンから力を吸い上げ、糧としていく。


 それはエルフ族の長にして森聖種ハイエルフにとっての真の意味での〝最終手段〟。


 今後数年、数十年分のエルフ族に与えられる筈であった《霊樹の加護》による恩恵を前借りし、己が肉体が崩壊するギリギリまで自己を強化する……。


 やり方を一歩間違えればトールキンが担っている魔力と魂による霊力変換機構に影響を与えかねない禁忌の術であり、この世界が始まって以来一度たりとも使われた事はない。


 この世でアールヴの森聖種ハイエルフへ至った皇帝のみが所持する事を許された、一部とはいえ〝世界〟に直接干渉するスキル。


 その名を──




 ワールドスキル《禁断の果実》。




「キャハハハハハハハハハハハハッッッッ!!」


「ふははっ!! やれば出来るじゃないかッ!!」


「味わってけよッ! アタシの本気ッッ!!」


「私を失望させるなよ。女皇帝ユーリ・トールキン・アールヴッッ!!」


 瞬刻。三者は真正面からぶつかる。


 音速にも迫る速度での衝突はトールキンを丸ごと揺るがし、そのまま「霊樹拝礼の間」の床に亀裂が入った。


「くっ……」


「流石に強化しても二対一はキツいか? えぇ?」


 いつの間にか作り出していたトールキン製の木剣でクラウンの道極どうきょくとロリーナの細剣を受け止めたユーリだったが、幾ら強化しようと今のクラウンとロリーナの力には……。


「折角だっ! 改めてトールキンの中、案内してくれっ!!」


 クラウンは鍔迫り合いの中ユーリを掴むと亀裂の入る床へと無理矢理叩き付け、自身諸共に衝撃によって空いた穴へ三人で落ちる。


 分厚い床をユーリを使って掘削し、抜けた先はアールヴの皇城──アマン城・上空。


 木造建築の到達点とも言うべき芸術的な城は先の重墜かさねおとしによる《絶潰重斬》によって既に半壊し、最早見る影もない。


「こんのぉっ……放せェッ!!」


 クラウンに掴まれていたままだった手をユーリは力任せに振り解こうとする。


 が、今やクラウン達にも届き得る身体能力を獲得したユーリであっても、元の能力に差があり過ぎた為かその手を解く事が出来ない。


 すると──


「そんなに放して欲しいなら──」


 クラウンはまるで物のようにユーリを持ったまま振り被る。


「──ッ!?」


「叶えてやろうっ! 私は優しいからなァッ!! はっはァァッ!!」


 そして力の限り彼女を放り投げた。


 行き先は……アマン城の無事なもう半分。


「くッッ!!」


 ユーリはなすがままクラウンの全力の投擲により真っ直ぐ落下。そのままの勢いでアマン城へ突っ込むと、城壁や柱を次々とぶち抜きながら崩れ始めた城の瓦礫に埋もれていく。


「グガッッ──」


 呻き声が瓦礫の崩落音に掻き消され、ユーリは完全にアマン城の下敷きになってしまう。


 ──しかし。


「ナッ……めるなァァァァッッ!!」


 ユーリは膂力りょりょくでもって自身にのし掛かる瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がり、未だ上空に居るクラウンを睨む。


「待ってろッ! 今すぐテメェも引きずり──」


「寂しい事を言わないで下さい」


「──ッ!? ガッ!?」


 上空に気を取られていたユーリの背後を、ロリーナが捉える。


 クラウンと同等の身体能力とスキルを獲得している今のロリーナから放たれる細剣の斬撃は凄まじく、ギリギリで反応出来たユーリの木剣による防御でなんとか防げはしたものの、彼女は勢いを殺し切れずに後方へと弾き飛ばされた。


「押しますっ!」


 そんな飛ばされいる最中のユーリに、ロリーナは単純な脚力と《風魔法》による魔術の効果で超加速。


 瞬く間に宙を滑るユーリに追い付き、体勢もままならない彼女へ《荒梅雨》による追撃を繰り出す。


「ざっっ、けんなッ!!」


 ユーリはロリーナからの追撃を木剣の形状を操る事で即席の盾を作り出し、それをなんと防御。


 瓦礫の山に身体を叩き付けられるが、何千という連続突きに息つく暇はなく、それらを防御する事に徹した。


「……硬いですね」


 《荒梅雨》、《夏雨》、《叢時雨くさむらしぐれ》、《篠突しのつく雨》そして水属性の《沛雨はいう》、風属性の《沐雨もくう》という数多の刺突技を絶え間なく繰り出すロリーナ。


 しかしそれらは周囲の瓦礫を蜂の巣にするばかりでユーリには届かず、全てを盾と彼女自身の身のこなしや体捌きによって防がれてしまう。


 ──トールキン製の木剣は木製といえど硬度に関しては並の鋼鉄を優に凌ぎ、刃の鋭利さは言わずもがな究極にまで研ぎ澄まされている。


 またトールキン由来である事から《霊樹の寵愛トールキン》による操作の対象内。攻防変幻自在の武器であるといえた。


「──ッな゛ら゛ァァッッ!!」


 ロリーナの攻撃を受け続けていたユーリは、付け入る隙など無いように見える連突の攻撃に極々僅かな針の穴ほどの隙を見つけると、トールキンの盾を槍状に変形させそれを迷わず突く。


 差し込まれたロリーナの頬をその切先が僅かに掠め、止む気配の無かった雨に雲間が広がった。


「……成る程」


 しかしロリーナは一切焦りを見せず、それどころかまるで予見していたとも取れるような滑らかな動きで一気に体躯を低く落とし、滑り込むようにして瞬時にユーリの懐へ潜り、細剣を横に薙ぐ。


 迷いのない一閃が一切ブレる事なくユーリの胴体へと吸い込まれ──


 ──バキンッ!!


「──っ!?」


「はっは……」


 ユーリの胴体に触れた直後。ロリーナの振るった細剣は彼女を傷付ける前に半ばから完全に折れてしまい、破片が辺りへ散乱する。


 ──ロリーナの細剣は、クラウンの持っていた黒霆くろいなずまのような特別製の専用武器などではない。


 ノーマンの店で売っていた中では最高品質のものを使ってはいたものの、耐久性やその他の性能はクラウンの専用武器達と比べるとどうしても数段劣ってしまう。


 故に、現在クラウンと殆ど同じ身体能力を発揮する事が可能なロリーナの膂力りょりょくで細剣を振るったならば、その負荷に耐えられず折れてしまうのは当然の帰結と言えるだろう。


 寧ろよく耐えた方である。


「形勢逆転だなァッ!!」


「……っ」


 武器を失ったロリーナにユーリが満面の笑みを見せると瞬時に槍を元の木剣へと変形させ、無防備な彼女の背中へと振り下ろす。


「背開きにしてやるよッ!!」


「く……」


 ロリーナは咄嗟に自身の背に《光魔法》による障壁を張り防ぐが、今のユーリの剣撃は並のものではなく、剣速や剣筋もデタラメではない。


 ワールドスキル《禁断の果実》によって吸い上げた霊力には、残留する魂の──スキルの記憶と力を僅かながらに含んでいる。


 それは果てしなく微量で、それ単体ではスキルとして成立し得ない塵芥にも等しいもの。


 しかしそれが数千──いや万をすら凌ぐ程の年月分を積み重ねた結果、擬似的なスキルとしての権能を発揮するまでに至り、それが今現在のユーリに一時的に宿っている。


 そしてその種類こそクラウンには劣るものの、一つ一つの熟練度に関しては数千年から万年に掛けて昇華されてきたエルフの魂の数だけ蓄積されていた。


 つまり──


 ──バリンッ!!


「──ッ!?」


 おびただしい数の熟練度が積み上げられた《剣術》スキルを持つ今のユーリの剣撃にとって、クラウンと同等の能力に未だ順応し切れず、その状態で咄嗟に出したに過ぎない《光魔法》の障壁など、何一つ障害にはならないのだ。


「アイツの前でェェ、死にさらせェェッ!!」


 ユーリの凶刃がロリーナに容赦なく迫る。


「……っ!!」


 このまま彼女の命は潰え──


「まあ、そう慌てるなよ」


 まばたき一つしない間に、ユーリの剣とロリーナの背の隙間を何かが滑り込む。


 直後、耳をつんざく金属音が周囲に広がり、その際の衝撃波により辺り一面の瓦礫が四方に飛び散った。


「クラウン、て、めェェ……」


「なんだつれないな? 私も混ぜなさい」


 気軽にそう口にするクラウンは、ユーリの剣をあっさりと受け止めた道極どうきょくを棍形態で勢いよく弾き、その勢いのままユーリへと《土竜落とし》を叩き込む。


「ぐぁッ!?」


 肩口に道極どうきょくがめり込みユーリは苦悶の表情を浮かべる。


 だが彼女はそこから奥歯を食い縛り耐えると木剣を道極どうきょくの下にに潜らせ、何とかして道極どうきょくを押し返そうとした。


 だが……。


「なっ!? なん、で……」


「力負けしている事に驚きか? 地力が違うんだよ地力がッ!!」


 ユーリは確かに《禁断の果実》によって、あらゆる面でクラウンに並ぶほどの能力を擬似的なスキルとして手にしている。


 しかし所詮は寄せ集めで出来た砂上の楼閣であり付け焼き刃……。


 その性能は熟練度で補えはするものの本物のスキルには足元にも及ばない性能と不安定さでしかない。


 仮に先程、ロリーナが無理な体勢や咄嗟の場面でなくしっかりと真正面から受けていたならば、受け止める事も出来ただろう。


 が、それをクラウンに期待してはならない。


「城ももうこんなだ。次は下の階に案内して貰おうかッ!!」


 そう言うとクラウンは爆巓はぜいただきを履いた足で思い切り床を踏み抜き、床に爆破属性の魔力を流し込むと大爆発と共に大穴を開ける。


「──ッ!!」


「さぁさっ! 行政区画に直通だぁッ!!」


 クラウンはそのまま道極どうきょくに更なる力を込めると、押し付けているユーリを開けた穴へと無理矢理叩き落とす。


「くっっっっっそがァァッ!!」


 再び宙に──一階層下の行政区画へと放り出されたユーリは悪態を吐きながらも何とか身を翻して体勢を整え、自身を追うようにして穴に飛び込んで来たクラウンとロリーナを見上げる。


「こんの……ゴミカスがァッ!!」


 そして彼等に対して両手を突き出すと、その手の平から様々な種類の魔術を連発する。


 《炎魔法》を始めとした四属性や中位二属性……。更には複合属性の魔法の魔術すら織り交ぜて連撃で射出した。


 本来は才能の無い魔法まで操れているのはひとえに《禁断の果実》による恩恵によるもの。様々な属性の魔術の対処は普通ならば困難を極めるのだが……。


「私達相手に魔術? 挑戦的だなァ? だが美しくないッ!!」


 乱れ打たれた無数の魔術をクラウンは一睨みし、直後何かを理解したように片眉を上げ指を鳴らす。


 すると彼の周囲に規則的に放射状の魔術弾が複数種類並び、そのまま射出。


 飛び出して行った魔術弾は自由な軌道を描くとユーリが放った魔術へと一つ一つ殺到。それぞれが相克関係の属性の魔術に着弾し、その全てを相殺する。


「な……はぁッ!?」


 ユーリが驚愕するのも無理はない。


 何せユーリが放った魔術はどれもデタラメであり、放った際の法則性など何一つ考えず適当に放ちまくったもの。


 しかしそれ故に対処も難しく、規則性や法則性を無視して飛び回る魔術を捉え、相殺するに相当な魔力制御と操作能力、そして集中力と演算能力を要求される。


 仮に彼の師であるキャピタレウスが同じ事をやろうしたとしても、初見での全弾相殺は至難を極める。


 だがクラウンはあろう事か、何十と放たれた魔術全てを瞬時に捉えて把握し、全ての魔術を相殺する為の魔術弾を一つ一つ的確にぶつけ、一つ残らず相殺してみせたのだ。


「稚拙な花火だ。盛り上がりに欠けるなぁ? 手本を見せてやろう」


 そう言うとクラウンは自身を中心に数百もの属性の魔術弾を展開。


 クラウンが所持する全種類の魔法系スキルによる魔術弾は色や属性ごとに整列され、その様はさながら夜空に華々しく咲く大輪の花火……。


 先程ユーリが放った魔術の乱発が余計に粗雑に見える程の余りに芸術的な構築は、例え今の彼女が時間を尽くし、真剣に真似ようとしたとしても再現は不可能だろう。


 それほどまでに、魔法に関して二人の間には圧倒的な実力差があった。


「さぁ刮目しろ。多重魔術放射──名付けて「千遍万花アフタヌーン」ッ!!」


 そうして放たれるは虹の雨。


 濃縮された属性エネルギーの塊である魔術弾は列を成すようにしてユーリに超高速で放たれると、彼女はそれから逃れようと即席で構築した《飛翔》のスキルで不恰好ながら宙を舞い、魔術弾を避けていく。


 行政区画の中空を四方上下に飛び回り、急旋回や急停止を交えながら辛うじて魔術弾をまいていた。


「ふははっ! よく逃げるっ! だが──」


 クラウンが指を動かした直後、魔術弾の速度が急加速する。


「──ッ!?」


「遅い」


 急激に速度を上げた魔術弾を避けようと身を翻したが、不慣れな飛行ではその速さにまでは対応はし切れず──


「ぐがっ!?」


 一発が身を掠めたのを皮切りに後続の魔術弾が次々とユーリに着弾。


 さながら瀑布に曝されるかのように、極彩色の魔術弾の嵐がユーリの身に一斉に降り注いだ。


「ぐ……そォォ……ッ!!」


 ユーリは魔術弾の滝に押し流されるようにしてそのまま落下。


 行政区画の中でも最も大きな建造物──行政局に真っ直ぐに突っ込み、轟音が上がり土煙が上がると共に行政局に大きな穴が開口した。


「……」


 クラウンは穴の空いた行政局を真っ直ぐに見詰める。土煙が未だに上がる先を、ジッと。


 ──直後。


「な゛ぁら゛ァァッ!!」


 行政局の瓦礫を掻き分け、土煙を貫きながらユーリが凄まじい速度で跳躍。


 空中で趨勢すうせいを見ていたクラウンへ木剣を構えながら急接近し、下段からの逆袈裟を見舞った。


「ぬっ!?」


 その一閃は、決してクラウンへ斬り込む為のものではなかった。


 クラウンが道極どうきょくで防御するのを見越し、木剣が道極どうきょくに触れた際に手首を捻る事で柄に道極どうきょくを絡ませ、思い切り弾いたのだ。


 すると道極どうきょくは虚を突かれたクラウンの手から離れ、明後日の方角へと飛ばされてしまう。


「死ねクソ野郎ッ!!」


 直球な暴言を吐きながら、ユーリは木剣を切り返してそのままクラウンの首筋目掛け袈裟懸けに木剣を振り下ろした……。が──


 ──ガキンッ!!


「──ッな!?」


 木剣の軌道の先──クラウンの首筋へと振り下ろされる筈だった凶刃は、明後日の方へ飛ばされた筈の道極どうきょくにより受け止められ、防がれてしまう。


 クラウンの両手は空……爆巓はぜいただきが嵌められているだけで何も無い。


 では道極どうきょくを握っているのは一体誰か?


「なん……だとっ!?」


「させませんよ」


 クラウンの専用武器であるはずの道極どうきょくを握り、彼の身を守ったのは……ロリーナだった。

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