第六章:殺すという事-17

 

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「ホンッットっ! 扱いが荒いんだからっ!!」


 ヘリアーテは文句を垂れながらも予定通り自分が担当する区画へと走る。


 彼女が担当するのは砦二階西エリア。兵士達が詰める詰所や待機所が存在し、クラウンの使う《天声の導き》による警戒網では詰所に一人、待機所に四人の合計五人のエルフが居る事が判明している。


 詰所に居る一人は先に入り口を塞いでしまえば孤立させられなんとかなるとして、問題なのは待機所に固まっている四人。


 実力的にはヘリアーテ達に及ばないという話だが、いくら劣るとはいえ四人徒党を組まれたらその差を覆されかねない。


 そこでそんな四人を相手に一番問題無く立ち回れると判断されたのが《雷電魔法》による埒外らちがいなスピードを誇るヘリアーテだ。


 彼女の手が付けられない程のスピードをもってすれば、彼我の人数差を容易に埋められるだろう。


「ま、まあ、認めてくれんのは……悪い気しないけど……」


 そう愚痴をこぼしながら、ヘリアーテは詰所入り口に到着し、扉の前の床に向かって《炎魔法》の魔法陣が刻印された羊皮紙をばら撒く。


 するとそのタイミングで何やら騒がしいと様子見に扉を開けようとしたエルフと鉢合わせ、ヘリアーテは咄嗟に開きかけた扉を蹴り飛ばして無理矢理閉めた。


「まだ準備終わってないから待ってなさいよっ!! ……あら?」


 何やら蹴飛ばした扉をよく見ると、勢いよく閉めたヘリアーテの怪力により扉は大きく歪み、何もせずとも開かなくなってしまった。


「ま、まあ結果オーライねっ。魔法陣節約出来たし上々だわっ!」


 ヘリアーテは自分にそう言い聞かせるとばら撒いた羊皮紙を回収し、振り返って次の目的地である待機所に向かおうとする。


 と、そこへ彼女の正面の廊下の角から一人の青年エルフが顔を出し、ヘリアーテを見付けると一瞬だけ思考が停止したように眉をひそめた。


「同ぞ──いや、人族っ!?」


 エルフは漸く彼女の正体が同族であるエルフではなく天敵である人族だと理解し、腰にはいていた剣を抜こうと手を掛け、引き抜く。


 しかし、そんな彼を見てヘリアーテは思わず絶句し、動きを止めてしまった。呆れや失望などが理由ではない。それは……戸惑いだった。


「私……いや、私達……こんな相手を、わざわざ殺さないといけないの?」


 驚くのも無理はない。


 その身を鎧で守り、十分に研がれた剣を構えようと拭い切れない違和感。


 身長は低く、着ているというよりも着られていると言った方がいい程に成熟し切っていない体躯。


 顔には未だに幼さがありありと残っており、鎧と剣が無ければ街で元気に駆け回る姿の方がしっくり来る容姿。


 側から見れば──人族から見れば〝子供〟としか表現出来ないような歪な姿が、ヘリアーテに向かって剣を向けているのだ。


「こ、ども……。なんでそんなんが兵士を──って、そっか。違う……か」


 そう。エルフは人族の約十倍の寿命を持つ長命種であり、その成長速度は極めて緩慢。


 例えヘリアーテ達の倍の年月を重ねていようとその容姿は成熟し切らず、幼い姿のままである。


 この監視砦に詰められているエルフ兵士の平均年齢は約三十五。見た目年齢にして十二、三からなる兵士達が、今回彼女達が殲滅する対象である。


「アイツ……この事知ってて黙ってたわねっ!? うぅ……あぁっ、もうっ!!」


 目の当たりにした現実と理不尽さに苛立ちを覚えたヘリアーテは悪態を吐きながら頭を掻くが、そんな事をしても状況は好転しない。


 何故なら彼女達はそんな少年の姿をした彼等を殺す以外に選択肢は無いのだから。


(……本当に、これは正しい事なの?)


 彼女の中で疑念が渦巻く。


 例え彼等がヘリアーテ達より倍の年齢だとしても、例え彼等がヘリアーテ達より倍の訓練を積んでいたとしても、果たして彼等は殺すにあたう程の戦力なのだろうか?


 エルフがどの程度の実力かは知らない。だがそれでもその小さな身体から出せる膂力には制限があるだろう。


 倍の年月生きようと、鍛えるには限界がある。


 彼等エルフが出せる実力など、良くて人族の大人兵士と同等かそれ以下……。才能がある上にクラウンからの鍛錬を施されたヘリアーテ達の足元にも及ばない。


 ヘリアーテに至ってはその俊足と怪力でって通り過ぎ様に片手で屠る事だって難しくはない。


 そんな……その程度の戦力でしかない彼等。


 そんな彼等を倒した所で……殺した所で今後の戦争に影響などまずしないだろう。


 彼を──彼等を殺して、果たして何になるのか? 意味が、あるのか?


 ヘリアーテの頭の中で渦巻いたそれらは、彼女の動きを止めさせるのに十分だった。


 そして──


「『うぉぉぉぉぉっっ!!』」


「──っ!?」


 思考が覚束おぼつかないままでいるヘリアーテに対し、エルフは引き抜いた剣を上段に振り上げ彼女に真っ直ぐ突進。


 剣の攻撃範囲内にまで迫るとそれを彼女に振り下ろし、その命を容赦無く掠め取ろうとしてくる。


 ヘリアーテはそんな避ける事が容易な一撃に対し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると直剣を真横に構え盾とし、エルフからの斬撃を防いだ。


 彼女の両手には一撃による振動がジリジリと走り身体へ伝わっていくが、その一撃を受けて尚彼女は思う。


 〝軽い〟と。


(こんなん倒して何になんのよっ!? こんなんが二十人居ようと戦争なんか左右するわけ──)


「ほう。これは意外だ。苦戦しているのか?」


 ヘリアーテの背中に寒気にも似た何かが走る。


 それはまるで大切にしていた花瓶を割ってしまったのを隠し、それが親にバレてしまった子供の様な罪悪感と焦燥感。


 今一番聞きたくない人間の声が、対峙するエルフの背中の方から聞こえた。


「く、クラウン……アンタっ!?」


「ん? ……ああなんだ。苦戦している〝フリ〟をしているのか。それはお前なりの作戦か?」


「くっ……」


 更にヘリアーテの表情は険しくなる。


 そして突然背後近くに現れ、目の前で唐突に会話しだした二人に剣で迫っているエルフは──


(『クソッ……人族語なんて分かんねぇよっ!! つうか後ろから攻撃して来ない? でもなんで……。……いや、今は目の前のっ!!』)


 この状況に混乱しつつも目の前で苦い顔をしている人族の女に剣を振り下ろし続ける。


 今は目の前の人族を潰す事。それを最優先事項とした。


 そしてそんな様子を見たクラウンは浅く溜息を吐く。


「はあ。随分と回りくどい事をする……。お前の力ならそのまま剣を弾いてしまい、出来た隙を容易に狙えるだろうに」


「……るさい……」


「それとも怖じけたか? あれだけ息巻いておいて、やはりお前は殺す覚悟を持てないか? それでよく〝テニエル〟の名を名乗──」


「うるさいつってんでしょッッ!!」


 ヘリアーテは迫る刃を盾にしていた直剣で容易く弾くと、その勢いで体勢を崩したエルフの首に手を伸ばし、そのまま床へと押し倒した。


「『ガッ!? グガッッ!?』」


 倒され、叩き付けられた衝撃とヘリアーテによる首絞めにより苦悶の息を漏らしたエルフに対し、ヘリアーテは直剣の切先を彼の顔面に突き付ける。


 だがエルフがそれで大人しくしているワケもなく、なんとか離さずに済んだ剣を再び振り上げヘリアーテを狙おうとする。が──


「動くんじゃないわよッ!!」


 ヘリアーテはそんな剣を自身の直剣で思い切り弾き、その怪力によって握り続ける事が出来なくなったエルフの剣は思わず手から離れ、そのまま天井へと飛ばされ突き刺さる。


 そして再び切っ先をエルフの眼前に突きつけると、彼女の呼吸が浅く荒いものに変わっていった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


「……やれば出来るじゃないか」


 クラウンは無表情のままそう言い放つとゆっくり歩き出し、エルフを押さえ付けるヘリアーテの側まで近寄る。


「さあ。後数十センチ押し込めば、刃は目を貫き簡単に脳を引き裂くだろう。そうすればそうやって〝わざわざ手加減して絞めている〟首から手を離せる」


「──っ!?」


 そう。わざわざ剣を使わなくとも、彼女の手中にはエルフの首が収まっている。


 彼女の怪力を以ってすれば片手で首を潰す事など難しい事ではない。ただその手に思い切り力を込めるだけで彼は絶命する。それが出来る。


 しかし、ヘリアーテはそんな彼の首を潰すことなく締めるに止め、どころか剣の切っ先すら眼前で止めている。


 その両方から、殺気を感じ取る事は出来ない。


 クラウンはそれを全て理解していた。


「お前達が何をしにここに来たかなど、改めて言わねばその手は動かないか?」


「ぐっ……」


「自分より小さいから……自分より弱いから……。だから殺す必要がない、と?」


「──っ!? アンタ……そこまで……っ!!」


「殺さない言い訳ばかりを考え、殺さない必要性ばかりを模索し、殺さない意味ばかりを探している……。お前の頭の中は忙しいな」


「ふ、ふざけんじゃ──」


「『た゛、頼む……』」


「──っ!?」


 それは、エルフからのか細い声だった。


 ヘリアーテに死なない程度に首を絞められていながら、なんとか必死に紡ぎ出した声に……言葉に……二人は耳を傾ける。


「『お゛、俺は……戦、争がおわ、終わったら゛……。け、結婚する……んだ……』」


「…………」


「『あの子を……ゼルリムを……。じあわせに……しなきゃ……俺は……。約束、を……アイツどの……約束を……守れない……っ!!』」


「…………」


「『だ、がら……。頼む……見逃し……て、くれ……。頼む……だのむよぉ……』」


 それは文字通りの必死の懇願。死に直面し、果たせぬかもしれない約束を何とか繋ぎ止めようと足掻く決死の言葉。


 エルフ語で紡がれたその言葉はクラウンにしか理解出来ないが、ヘリアーテはそのエルフの表情と必死さに何かを感じ、更に表情を険しくさせる。


「……コイツ、何て?」


「……近々結婚するそうだ。恋人を故郷に残し、恐らくその子を幸せにすると友と約束している」


「…………」


「また殺さない言い訳が増えたな」


「それが……悪いっての?」


 ヘリアーテはクラウンを睨み付け、叫ぶ。


「こんなに小さくて弱い奴を殺して何になんのよッ!? 何千何万の兵隊の中でコイツらが一体何の支障になるってのよッ!? 私達がこんな思いしてまで殺す意味なんてあんのッ!? コイツらの未来を奪ってまで私達が得る物って何よッ!? …………コイツを……何があったら殺せるのよ……」


 奥歯を噛み締め、ヘリアーテは苦悩する。苛立ちが全身を這う。


 本当は、一番にムカついている相手は自分自身だ。


 散々威張っておいて、散々悩んでおいて、散々言い訳しておいて、結局自分は何も決断出来ていない。


 殺したくないのにエルフの首から手を離せず。


 殺したくないのに向けている剣を捨てられない。


 進退を望まず、ただ停止する事しか選べていない自分に、一番腹が立っていた。


 都合の良い選択肢が湧いて来る事を何処か願っている自分に、嫌で嫌で仕方がなかった。


 そして何より──


「……恐いか?」


「……え?」


「こんな無害そうなエルフを殺せるようになってしまう……。そんな自分が恐いか? 無抵抗で、命乞いをし、未来がある若者を殺す選択をする自分が、恐いか?」


「……当たり、前じゃない……」


 ヘリアーテは俯き、小さく言葉を紡ぎ出した。


「そうよ……恐いのよ……。何を言い訳したって結局そう……。私はコイツみたいな奴の命を奪えるようになる自分が恐い、死ぬほど恐いっ! ……ただでさえこんな……怪物みたいな力があって……誰にも出来ない魔法が使えて……これで人を殺せるようになったらそれこそ本当に怪物じゃないのよ……」


「……怪物、か」


 クラウンはヘリアーテの目線まで座り込み、その様々な感情がない混ぜになった瞳を覗き、口を開く。


「違うぞヘリアーテ。お前はあの「テニエル」の子孫。そうだろう?」


「……へ?」


 ヘリアーテの家系──ヘイヤ家は、その名に「テニエル」を冠する貴族。


 今から六百二十四年前。


 帝国から独立し、ティリーザラ王国建国を果たした九人の英傑達の中で「魔導の女神」とまで称された並ぶ者無しの「初代最高位魔導師」の女魔導師が居た。


 当時世界は混迷し、魔王や勇者、果てには竜が頻発する戦争に参戦し、ゆっくりと世界の破滅に向かっていた世界を救い、今も尚語り継がれ続ける規格外の偉人。それが「テニエル」だった。


 王国建国を果たした九人の内、リーダーを務めた者が王となり、七人が後々珠玉七貴族を名乗る事となった。


 しかし彼女だけは行き先を誰にも告げず消息を断ち、以降歴史に於いてテニエルの名を見る事は出来なくなったという。


 建国後、珠玉七貴族に並び立とうと自らをテニエルの子孫であると名乗る者は後を絶たず、舌舐めずりをする愚か者が頻出したが、国王を始め珠玉七貴族の全員がそれを一切の躊躇なく一蹴し続けた。


 何故なら当時テニエルと恋仲にあったのは後の国王であるリーダーであり、その国王にすら、彼女は自身の純潔を捧げる事は無かったのを知っていたからだ。


 故に現れる子孫を名乗る者達を国王と珠玉七貴族達は一切拒絶し、過剰な態度を示した家には容赦無く罰を与えた。


 すると徐々にテニエルを名乗る貴族達は愚を悟り始め、次第に名乗る者は減り続けていったのだ。


 だが、六百二十四年経った今でも、恥も外聞もなく未だに「テニエル」を名乗り続け、その意思を決して曲げようとしない貴族家が一つだけ残った。


 それがヘリアーテの家であるヘイヤ家である。


「信……じてるの? 私の家が、テニエルの子孫だって……本気で?」


 ティリーザラ王国内でのヘイヤ家の立場は、決して良くない。寧ろ悪いとさえ言えるだろう。


「テニエルに子孫は居ない」という常識になっている現代で愚かにもその名を名乗り続け、他貴族からは余りに非常識だと忌み嫌われ続けているのだから無理もない。


 その結果、元々侯爵家を冠していたヘイヤ家は伯爵家まで追い落とされてしまい、今や王都を追われ辺境にまで飛ばされてしまった。


 ヘイヤ家は「大嘘吐きの貴族」「愚かの体現者」「恥濡れの愚者」として、貴族やテニエルに関する英雄譚サーガ愛好家からは嫌われ続けている。


 ヘリアーテはそんなヘイヤ家の一人娘なのだ。


 彼女自身、この名を名乗って良い思いをした事など一度も無い。


 中途半端に知っている者からは好奇の目で見られ、詳しく知る者からは石を投げられた。


 古い偉人故に知らぬ者も何人か居り、友人にもなった事はあるが、後々にヘイヤ家の事を人伝に知り、皆がヘリアーテから離れていった。


 自身の怪力や他の者には真似出来ない魔法の使い方を披露し証明しようと試みた事もあった。


 だがその結果、返って来た言葉は「化け物」や「怪物」という、到底受け止め切れないものだけだった。


 辛くて辛くて仕方がない。


 名乗るのが恐くて恐くて仕方がない。


 そんな過酷な毎日を送り、それでもヘリアーテがテニエルを名乗り続ける事が出来たのは、何より両親の言葉と、代々伝わる「テニエルの手記」だった。


『お前は間違いなくテニエルの血を受け継いでいる。だから自信を持ちなさい』


『貴女は私達の希望。この国で唯一テニエルを名乗るに相応しい、私達の大切な子供よ』


 そう両親は慰めながら、彼女にテニエルの逸話を幾度となく語ってくれた。


 最早風化して内容も怪しく、所々に子供でも気付くような違和感はあれど、それを聞かされる度に不思議とヘリアーテに勇気が湧いた。


『私はヘリアーテ。ヘリアーテ・テニエル・ヘイヤ。由緒正しきテニエルの正統な血族よっ!!』


 たとえ誰も信じてくれずとも、たとえ誰からも相手にされなくとも、たとえ辛く苦しくとも、テニエルを名乗るのを止めない。


 それがヘリアーテの信念であり、信条だった。


「信じる……とまでは言えない」


「……」


「だが得体の知れない情報を鵜呑みにし納得する程、私は純真無垢ではないのでな。知りたい事は自分で調べる。お前が本当にテニエルの子孫なのかもな」


「何よ……それ。それじゃ信じてないのと同じじゃない」


「いいや違う」


「え?」


「少なくとも私はテニエルに関する情報は適当に漁った伝記とお前の事だけしか知らん。故に──」


 クラウンはヘリアーテの頭に手を置くと、優しく……今までヘリアーテに接して来た中で最も優しく頭を撫でる。


「私はお前を信じている。テニエルかどうかを、ではなく。お前の〝言葉〟を──お前が信じているものを信じている」


「わた、しを……」


「私はお前の過去を知らん。だが今お前がテニエルを名乗り続けているという事実を、私は本当に……本当に尊敬しているんだ」


「……っ」


「きっと辛かったろう。苦しかったろう。私程度ではおもんばかる事は出来ないが、そんな苦難を耐え、それでも強く、そして堂々と居続けられている〝君〟に、私は心から敬意を表する」


「……っ……っ」


「だからヘリアーテ。私は君に死んで欲しくは無いんだ。つまらん戦争程度で君の命が脅かされるのは……本当に我慢ならない」


「……ええ」


「私が守ってやれれば良いが、それにも限界がある。だから君自身が強くならねばならない。身も、心も、屈さぬ君になって欲しい」


「……」


「今一度言う。私は君達を、この場に〝殺す覚悟〟を持ってもらうために連れてきた。戦場で躊躇し、逆に命が脅かされる事が無いようにする為にだ。分かっているな?」


「……ええ」


「泣いたって良い。叫んだって良い。恐がったって良い。だが決して目を背けず、後悔せず、目の前の命に向き合いながら、強くなってくれ。それが私が君達に要求する全てだ」


「……」


 クラウンはヘリアーテから手を退かし、立ちあがる。


 するとヘリアーテは直剣を手放すと、片手で絞めていたエルフの首にもう片方の手を回し、握力を強める。


「『グガッ……、ゴッ……。な……で……』」


「吐く怨嗟も、呻き声も、決して聞き逃すな。感じる感触、感情、感覚、その一つ一つを忘れるな。それらが積り、累積し、覚悟という器が満たされる」


「『や゛、めて……じに……だぐ……な……』」


「さあ、ヘリアーテ」


「『じに……だ、ぐ……』」


「テニエルへの、第一歩だ」


「『が……が……』」


 ──グキリッ


 その瞬間、


 一つの命が、


 少女の手の中で、


 消えた。


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