第六章:貴族潰し-23

 今もその足音達は刻一刻とこちらに近付いてくる。それも複数だ。


 先程のこの書斎を防衛していた二人の警備兵と同等レベルであればこれは非常にマズイ。一対一で勝てるか怪しいのにそれが複数など話にならない。迷わず逃走、一択である。


 私はそう決意して書斎にある窓目掛けて全力で走り、顔を両手で庇いながら窓を突き破る。盛大にガラスが飛散すると共に地面に背中から受け身を取って着地し、勢いを殺さぬまま走り出す。


 それと同時に背後から複数の怒号と警備兵達の軽鎧が擦れる金属の喧しい音が聞こえて来るが、振り返る事なく走り続ける。


 幸いここは貴族の屋敷が建ち並ぶ住宅街。この夜更けならば一度奴等からの視界を逃れさえすれば私のスキル達を重複発動させ、なんとか事なきを得るだろう。


 そうして複数回入り組んだ路地を曲がり、《気配感知》で奴等がある程度私から離れたのを見計らい一層影の濃い物陰へと身を隠す。


 未だに響く私を必死に探す警備兵達の声。しかしその声は遠く、私を完全に見失っているのが伺える。


 今頃スーベルクはその顔を真っ青に染め上げているだろう。いや、寧ろ真っ赤か? まあ、どちらにしろ、スーベルクは今絶望のどん底にいる。少し見てみたい気もするが、そんな余裕は流石にない。何はともあれ、後はこうしていれば──


「おい、そこに居るんだろ?早く出て来るんだな」


 …………嘘だろオイ。


「出て来てくれなきゃ困るんだがなぁ……。ここは貴族の住宅街だぞ? こんな所じゃあお前を炙り出す事も憚られる。だから大人しく出て来てくれると有難いんだが?」


 そう言われて素直に姿を現わす奴が居るか。そう、ここは貴族の屋敷が建ち並ぶ住宅街。こんな場所で派手にやらかせば仮に私を捕らえる事が出来てもその功績は水泡に帰すどころか厳罰だって有り得る。残念だがここは大人しくジッとさせて──


「そっかぁ……。じゃあしょうがねぇなぁ」


 次の瞬間、地面が激しく揺れるのを感じる。揺れは次第に大きくなり、何かが裂けるような嫌な音がこちらに迫って来るのがわかった。


 まさかコイツっ!?


 私は全身を走る怖気に導かれるままに全力を賭してその場から飛び退く。すると先程まで私が居た物陰はその周りの景色と一緒に亀裂が入る。入った亀裂は次々と広がり、その場に出来上がったのは小さな天変地異の様な凄惨な光景。今までそこに私が居たのを思い起こし、背中に大量の冷や汗をかく。


「よぉやく姿を見せたか──って、ちっさ!? は? え、お前が侵入者なの? 想像してたより遥かに小さいんだが……」


 姿を現したのは短髪の大男。私が見かけた警備兵達と比べてもかなり上等な装備で身を固め、その手には身の丈程ある巨大なハンマーが握られており、それを肩に担いでいる。


「んだよ調子狂うわぁ……。まあ、取り敢えず。俺の名前はキグナス・クーロンバークだ。さあ、神妙にお縄に付けよ、ちっこい侵入者君」

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