第五章:何人たりとも許しはしない-10

「ふむ……ここか。思っていたより綺麗なんだな」


「執行前に病死なんてされちゃ堪ったもんじゃないので定期的に清掃はしています。それに疫病なんて発生させる訳にもいきませんしね」


「暴食の魔王」についての資料を読み漁った翌日の早朝。私とマルガレンはとあるギルドの地下に来ていた。


 ギルド名を「禿鷲ハゲワシの眼光」。国内に出没した犯罪者を収監し、尋問や拷問、死刑執行を生業としているギルドである。


 今日、私はこのギルドで多くの死刑囚と対面する。そう、手続きしてあるのだ。


「私達から要請しておいて何ですが、よろしかったのですか? 倫理的に」


 昨日倫理云々をマルガレンに説いておいて狡い話だが、要請した際に案外アッサリと通ってしまったので少し気になった。もう少し、ゴネられると予想していたんだがな。


「ははは。倫理的に、ですか。このギルドに入る為に一番最初に失くしていく概念ですね。まあ、自分達はそんな失くして行く倫理観を幸神教に入信する事で抑制してはいるんですがね」


 そう笑って見せるのは私達をこの地下まで案内してくれているギルド員。三十代半ばでまだまだ見た目は若いが、その顔はやつれており目の下にはクマがある。


 ……本当に抑制出来ているのだろうか。


「それにあのフラクタル・キャピタレウス様からの直々の要請ですからね。国を守る為の贄になれるのであれば、ただ執行するよりもずっと有意義ですよ」


 階段を降りながらそう語るギルド員の顔は何故だか妙に晴れやかで不気味だ。余り関わりたくはないな……。


 しかし、よく師匠も許可を取り付けてくれたものだ。流石は最高位魔導師。まさか昨日の今日で許可が下りてくれるとは……。時間が無い今は非常に有難い。


 ……まあ、師匠に豪華な朝食をご馳走した後にこの話を持ち出した時はなんとも言えない顔をされた。


 なんというか「コヤツ、よくもまあ今のワシにそんな提案が出来るな」と言っているようで少し申し訳なかったが、どうしても必要と説明したら呆れながらも取り次いでくれた。


 本当、良い師匠である。今度また何かお礼をせねばな……。


 と、そんな事を考えていると。


「着きましたよ。この扉の先が死刑囚が収監されているエリアです。中々の人数が居ますが、本当に全員と面会されるんですか?」


「ええまあ。世の中には冤罪なんてありますから、それでありもしない罪で生贄になるのは流石に不憫ですからね」


「……一応彼等は捜査ギルドによる厳粛な捜査によって罪を暴かれた確かな犯罪者達です。それが冤罪などというのは、余り気持ちが良く聞こえませんね」


 おっと、心象を悪くしてしまったか。


 確かにこのギルドはその捜査ギルドとは仕事上密接な関係にある。それを悪く言われたら気分としては良くないだろうな。


「申し訳ない。ですがまあ、念の為ですよ。人間だれでもミスしますからね。それに私としても冤罪が見つかって折角の生贄が減っては都合が悪いんですよ」


「なんだかそれはそれでどうかと思いますが……。まあいいでしょう。受付でも申し上げましたが、面会中の怪我などは一切責任を負えません。それにここで得た情報は他言無用で願います。万が一漏れ出した場合は貴方方に調査が入りますのでご了承下さい」


 そう言ってギルド員は扉の鍵を数カ所開け、重量感を感じさせる扉を開く。


 すると先程まで静寂が包んでいた地下に、扉が開いたと同時に凄まじい怒号が突風の様に響き渡った。


「オラァァァァッッ!! 出しやがれぇぇッ!!」


「クソッタレがぁぁぁぁぁッッ!! フザケンナッ、このゴミクソがぁぁぁぁぁッッ!!」


「死にたくないッッ!! 俺は無実だぁッ!! 死にたくねぇよぉぉッッ!!」


 ……ああ、なんか憂鬱になって来たぞ。まったく。


「……お止めになりますか?」


「……いえ、やりますよ。行くぞマルガレン」


「では自分は階段を上ったすぐ側の待機場に居りますので、終わり次第声をお掛け下さい」


 ギルド員はそれだけ言って階段を一人上がって行く。……なんだが怒号が響いた瞬間ギルド員の顔が更に笑ったように見えたが……。まあいい。


 私達は喉が引き裂かれんばかりに叫んでいる死刑囚達が収監されているエリアへと足を踏み入れる。


 中は一本の石造りの長い廊下。その左右には隙間なく小さな牢屋が並んでおり、中に一人ずつ死刑囚が収監されている。


 廊下の長さはざっと五十メートル程。狭い牢屋が横幅約五メートルだから左右合わせて二十人分。この下に更にもう一エリアあるから四十人か……多いな死刑囚……。


 まあ、これだけの人数が居ればなんとかなるだろう。今は兎に角……。


 私達は一番手近な死刑囚の牢屋の前に立つ。死刑囚は私達が前に来ると鉄格子に勢いよく飛び付き、目をギラギラとさせながらコチラを睨んで来る。


「なんだクソガキがッ!! あぁッ!? ぶっ殺されてぇのか、ええッ!?」


 私に唾を飛ばしながら怒鳴り散らす死刑囚に、すこぶる苛立つ。


 ……ふむ。本当なら多少問答してマルガレンに罪を本当に犯してないか聞くつもりでいたのだが、コイツは別にいいか。死んでも。その前に──


 私は無言で牢屋の中に右手を入れる。


 すると死刑囚は私の右手を容赦無く掴み、気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「馬鹿なガキがッ!! 何考えてっから知んねぇがッ、ちょっとしたストレス解消になってもらおうかッ!!」


 そう言いながら死刑囚は右手を捻り上げようと力を込める。


 周りの死刑囚達もそんな私達の様子に様々な野次を飛ばし、私が泣き叫ぶ様を見ようと鉄格子に身を乗り出さんばかりだ。


 そんな中、死刑囚は嬉々として私の腕に力を込める。筋骨隆々な男である死刑囚に掛かれば、私の程の年齢の男の腕など簡単にへし折ってしまいそうではあるが、しかし現実は違う。


「んッ!? な、なんだッ!? クソッがッ!!」


 死刑囚は更に力を込めて腕を捻り上げようと顔だけでなく全身に力を込め、額に血管を浮き上がらせるが、私の腕はビクともしない。


「な、なんでッ!? なんでだッ!? クソがッ!!」


 私がやっている事は簡単だ。


 単純に筋力補正スキルや防御補正スキルで身体が強化されているし、《体幹強化》や《剛体》で身体のブレを無くしているから下手に動かせないだろう。


 たかが見せ掛けの筋肉如きで強引に捻ろうが私の腕はビクともしない。が──


「いい加減鬱陶しいな」


 私は右手を握る死刑囚の手を掴み返し、奴が注いでいる力の流れを利用して逆に死刑囚を腕ごと捻り上げる。


「ぬぉッ!? がっ……、て、テメェックソガキがぁッ!!」


 そしてそのまま死刑囚の腕を背中まで捻り、締め上げる。


「がぁっ……、い、痛ぇぇッ!! クソッ!! 離せクソがッ!!」


 語彙力が貧弱だなまったく……。聞いていてウンザリして来る。


「それでどうなんです坊ちゃん。この死刑囚のスキル、いい感じですか?」


「……いや、平凡も平凡。まあ、勿体無いから熟練度の足しにするか」


 私が「暴食の魔王」に与える生贄と考えている死刑囚にワザワザこうして会いに来ている理由。


 それはまあ、単純にどうせ死なせるならスキルが勿体無いなぁと、それだけである。


 冤罪云々もこの場に来る為の口実であり、一応確認はするが、まあ居ないだろうそんな不幸な奴……。


 それに魔王討伐に向けて私自身少しでも強くならなければならないからな。稼げる時に稼ぐのは悪くない。


 さてそれじゃあ早速。


「私はこのギルドからお前等に直々に死刑執行を任されている者だ」


 まあ、あながち間違いでも無い。なんせ魔王の生贄にはコイツ等をと考案したのは私なんだから。ある意味死刑執行人だ。


「お、お前見てぇなガキがッ!? へっ……笑わせんなバカがッ!! いくら俺が学が無くてもそんな事あるわけッ──ッ!? イッテェェェッッ!!」


 少しうるさいので更に締め上げる。今はギリギリ腕が折れるか折れないかの瀬戸際だ。余り騒ぐならいっそのこと折ってしまうんだが……、まあいい。


「信じる信じないは関係ない。だがお前等の態度次第じゃ私は即時死刑を執行する事も可能だ。その事実は変わらない」


「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁっ……て、テメェ……」


「ただまあ、一つ。一つだけ私の言う提案を飲むというならば、助けてやろう。上に掛け合って刑期を伸ばすと、約束しよう」


「なっ!? ほ、本当かッ!?」


「ああ……。その刑期が伸びた間にお前に反省の意思が見て取れると判断出来たならば、死刑は免れるかもしれない。どうだ? 乗るか?」


 まあ嘘なわけだが。


 コイツ等がどう足掻こうが魔王の餌という死刑は必ず決行される。まあ、中には結果的に刑期が伸びる奴も居たりするが、伸びて数日だ。意味など無い。


「お、おいなんだッ! 聞かせろッ!! 裏の仕事かッ!? 殺しかッ!? 何でもやってやるぜッ、ヘヘッ!!」


 ふむ。馬鹿で良かった。


 第一こんな無能剥き出しな犯罪者に私が裏の仕事などやらせるわけなかろう。


「いや。もっと簡単だ。それに一瞬で終わるし、お前は何の苦労をしなくてもいい」


「あ? どういう事だ?」


「お前はただこの私に「全てのスキルを渡す」という意思を示してくれれば良い……。それだけだ」


 スキル《継承》は相手と私、双方で合意が無ければ成立しないスキルだ。


 本来の用途としては師匠から弟子にスキルを伝授したり、託したいスキルに相手を与えたりする際に使用されるようなスキルだが、まあ、関係ない。使えるのだから。


「す、スキルを、全部……だと?」


「ああそうだ。額面通り聞くだけならば割りに合わないように聞こえるが、考えてもみろ? スキルは無くしても努力次第でまた手に入るが、命は違う。無くせば終わりだ」


「う、うぅむ……」


「決断は早くした方が良い。私には時間が無いんだ、お前ばかりに構っている時間がな。でなければお前は──」


「ぐ、ぬぅぅぅっ……」


「さあ選べ。私にスキルを全て寄越して助かるか、それとも拒んでただ死ぬか」


 この問い掛けも、なんだか久しぶりだな。まあ、後三十九人に同じ問い掛けをするとなると少しげんなりするが、必要経費だろう。


 さて、そんな事より……。


「わ、分かった……。渡す。渡すから助けろ……いや、助けてくれっ!!」


「了解した」


 そうしてスキル《継承》が発動する。


 死刑囚と魔力で繋がり、そこから奴のスキルが私に流れ込んで来る。


『確認しました。重複したスキルは全て熟練度として加算しました』


 天声のアナウンスが脳内に響き、定着をしっかり確認してから私は死刑囚から手を離す。


「こ、これで……。これで俺は助かるんだよなッ!?」


「それはお前次第だ。私は上に掛け合いその可能性を高くしてやるだけ。直ぐに自由になれるとは考えるな」


 私はそれだけ言って振り返る。


 気が付けば辺りは先程の喧騒が嘘のように静まり返り、他の死刑囚は皆ただ私達に何かを期待するような目を向けている。


 ふむ、ワザワザ奴とのやり取りを騒がしくした甲斐があったな。皆もう理解してくれたみたいだ。


「ふふふっ。まるで宝石が詰まった宝箱を一つずつ開けていく気分だな」


「坊ちゃんが楽しそうで何よりです」


「ああ、楽しいさ。一昨日の不満解消の為にも今日は思う存分楽しむさ。お前にも多少頑張って貰うぞ? まず無いだろうが、冤罪の善人を餌にするのは流石に夢見が悪いからな」


「はい、心得ています」


「よし、ならば始めようか。楽しい楽しい宝探しだ」

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